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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第2章 エリフ大陸編
60/219

第56話:あの男、三度

「……」 「……」 「……」



三度(みたび)現れた3番隊隊長の姿に、

3人はしばらく視線を送っていたが、

やがていつものようにイグノをスルーすべく、

船着き場に向けて歩き出す。



「そういえば、昼ご飯ってどうする?

 あたし、結構お腹空いてるんだけど」


「あー、そうか。

 昼メシのことは考えてなかったな」


「移動しながらでいいんじゃないかな?

 あんまり時間もないし」


「それもそうね。

 あーあ、またこれから長旅か、

 ちゃんと寝れるかしら……」


「何言ってんだよ、お前ならどこでも爆す


「やめろぉぉぉぉ!

 やめろお前ら!

 そのパターンはもういいでやンスッ!!」



どうやらイグノも、

度重なるレナ達の行動パターンを、学習したらしい。

まるでゴ○ブリのようなスピードで、

素早くレナ達の前へと移動すると、

これ以上先には行かせない、とばかりに道を塞ぐ。



「ちょっと隊長! 待ってくださいよ!」


「そうですよ!!

 打ち合わせの時と予定が違うじゃないですか!!」



と後ろから、これもどこかで聞き覚えのある声が。

レナがそれは面倒臭そうな表情で振り返ると、

そこにはイグノの部下と思しき、あの2人の兵士の姿が。


どうやら前回の時とは違い、

今回は3人揃ってのご登場らしい。



「はぁ~~~~~。

 まったく、何なのよ……」



スルー作戦が失敗し、

呆れ半分、怒り半分といった様子で、

レナは大きな、とても大きな深いため息をつく。


正直言って、ちょっとばかり油断していた。

人が引っ切り無しにすれ違うこの市街地で、

いきなり誰かが襲ってくることはないだろう、

と思っていた。


ただ1人、この男だけを除いては。


クライドやファルター、7隊長といった敵でも、

良識的な人ならば、こんな街中ど真ん中の場所で、

堂々と仕掛けてくることは、

さすがにないだろうと思っていた。


ただ1人、すでに前科のある、

目の前にいるコイツを除いては。


ただ、この男に関しても、

前回戦った時から、

てっきりセカルタから離れたと思っていた。

すでに一度やらかしているこのセカルタという場所を避け、

別の場所で自分たちを待ち構えている、

レナはそのように予想を立てていた。


だが、現実問題として、

今、目の前にはイグノがいる。

レナの予想のナナメ75°くらいを行くこの男は、

目の前に満面のドヤ顔をして、

行く手を阻んでいるのだ。


レナはもう1つ、

体中のすべてのやる気が、

どこぞに逃げてしまっているような、

大きなため息をつく。


あれだけやらかして、

この男はなぜここにいるのか?


ってか、後ろにいる、

ファースターの鎧を着ている2人の部下を、

セカルタで堂々と歩かせていて

この男はいいと思っているのか?


ってか、打ち合わせと違うって、

この男は何をやらかそうとしたのか?


ってか、そもそもなぜこの男は、

こんなにドヤ顔をしているのか。


疲れる。

良く言えば奇想天外、

悪く言えばただのバカな、この男。

相手にするだけで、

疲れがどっと押し寄せてくる。


「さあ、今度こそ、

 ファースターに戻ってもらうでやンスッ!

 逃げようとしても無駄でやンスよッ!!」



だが、げんなりするレナなどお構いなしに、

イグノはフンッ、と鼻息荒くしている。



「しつけぇな、オメーさんもよ……。

 一回負けてるんだから、もういいじゃねえか」


「ダメでやンスッ!!

 今度こそ、今度こそ絶対に捕まえるでやンスッ!!」



レナ同様、面倒臭いを絵に描いたような表情をするプログにも、

イグノはいつもに増して声を荒げ、反論している。



「っていうかさ!

 僕の名前はアルトムじゃないって、

 前も言


「えーい、うるさいでやンス!

 今回ばっかりは、

 絶対にお前らを捕まえないと、

 俺は7隊長をクビにされちまうでやンスッ!」


「あら、よかったじゃないの」


「よくないでやンスッ!

 これ以上クライド騎士総長から、

 お目玉を喰らうわけにはいかないでやンスッ!

 だから今日は、今日こそは……ッ!!」



アルトの指摘を無視するくらい、

妙な切迫感をにじませながらイグノはそう言うと、

じりじりとレナ達との距離を詰めてくる。


そして、イグノに合わせるかのように、

背後にいた2人の部下も、じわじわと近づいてくる。

完全な挟み撃ち状態である。



「ったく、面倒なことになったぜ……」


「ど、どうする?

 早く船に乗らないと……」



やれやれ、と頭に手を置くプログと、

この中で唯一、危機感を露わにしているアルト。


当然のことながら、

一刻も早くディフィード大陸に渡るためには、

こんなところで時間を潰すわけにはいかない。

戦うことを避け、

なおかつ迅速にイグノ達から、

逃げることが必要になる。



「……仕方ない、奥の手、使うか」


「レナ?」



独り言のようにポツリとレナは呟くと、

隣で?マークを浮かべるアルトを横目に、

ツカツカと、イグノに歩み寄っていく。



「ん? どうしたでやンス?

 おとなしく捕ま


「キャァァァァァァァッ!!」



その瞬間レナの、

今まで聞いたことのないような甲高い悲鳴が、

辺りの空気を切り裂く。



「!?!?!?」 「な、なんだ?」



突然の叫び声に、

近くを歩いていたセカルタ市民の視線は、

一斉にレナ達に集中する。



「ちょ、な


「痴漢ですッ! この人、痴漢ですッ!!」



イグノに話をさせる隙を与えることなく、

いつの間にか涙目になっているレナは、

指さしながらそう叫ぶ。

あまりに唐突な出来事に、

イグノはもちろん、

味方のアルトとプログも、

思わず固まってしまう。



「なんですって!?」 「痴漢だとッ!?」



レナの涙ながらの訴えを受け、

大勢のセカルタ市民の視線は、

レナから一気に、ある人物へと向けられる。

その人物とはもちろん……。



「え? え? え?」


「お前か!! このお嬢ちゃんに痴漢したのは!!」


「この犯罪者ッ!! 女の敵ッ!!」



訳のわからないうちに犯罪者に仕立て上げられたイグノは、

市民の冷たい視線の集中砲火を浴びている。



「ちょ、ちょっと待つでやンスッ!

 俺は何もしてな


「ウソです! 

 この人が……あたしのお尻を……」



思いもよらない濡れ衣を、

イグノは必死に弁解しようとしているが、

レナの言葉が、それをさせない。



「なにぃ!?」


「こんなにかわいいお嬢ちゃんに、

 テメェ何してやがる!」



そうしているうちにも、

周囲にはどんどん人だかりができ、

視線の集中砲火は激しさを増していく。



「お、お前、適当なことを言うなでや


「捕まえろッ! 捕まえてお城に突き出せ!」



そして、ついにイグノの言葉が通じることはなく、

最後の言葉を合図に市民の集団が、

イグノを取り押さえようと一斉に飛びかかる。



「ちょっ、こらッ!

 濡れ衣、濡れ衣でやンスッ!」


「うるせぇ! 大人しく捕まりやがれ!」


「た、隊長ッ! しっかりしてくださいッ!」


「なんだッ!

 アンタ達もこの痴漢魔の仲間なのかいッ!?」


「違う! あ、いや待て、

 違うことはないが……」


「ならアンタらも謝れ! この女の敵が!」


「だから、違うでやンス!

 レナ! お前、ちょ……」



数十人の市民にもみくちゃにされながら、

イグノと部下達は、

トンデモな濡れ衣を着せた張本人へ向け、

必死に叫んでいる。



「あーあ、かわいそうに……」


「派手にやらかしてくれたモンだぜ……。

 なあ、レ……」



まるで他人事のように不憫な顔を浮かべながら、

プログはふと、

先ほどまで涙にくれていたレナへと振り向いたが、



「さっ、急ぐわよ」



当のレナはケロッとした表情でそれだけ言い残し、

足早にその場を後にする。


あのさっきまでの、

悲劇のヒロインのような涙など、

そこには微塵も残っていない。

まるで悪事から急いで逃げるように、

スタスタと港方面へと向かっていく。



「あ、ちょっと待ってよッ!!」



その驚くほどの足の速さに、

慌ててアルトが後を追う。

ついさっきまで涙を流すしぐさを見せておきながら、

今になったら、この対応である。


残されたプログは、

若干顔を引きつらせながらも肩をすくめると一言、



「女って、怖ぇ……」



と残し、その場を後にした。



「こらぁぁぁぁッ!

 お前ら待つで、待つでやーンスッ!!」



3人が去った、いまだ多くの市民が群がるその場所には、

ファースター騎士隊3番隊隊長の、

虚しい声だけが響き渡るのだった。





この世界、グロース・ファイスは、

4つの大陸から構成されている。

そのうちの3つ、

すなわちワームピル大陸、エリフ大陸、

そしてウォンズ大陸は陸続きではないものの、

まるでドーナツを作るように土地が連なっている。

そのため、この世界には大陸の外側にある外海と、

内側にある内海という、2つの巨大な海が存在している。


そのうちの内海側にあるセカルタ港に、

レナ達は辿り着いていた。

人混みが特徴的だったセカルタ市街とは違い、

磯の香りが仄かに漂うこの地区では、

それほど人は多くなく、

どちらかといえば、

船乗りと思しき屈強な男達が目につく場所だ。


そして停泊する数十隻の船の向こう側には、

視線一面に海と地平線が広がっている。



「さて、と。

 あたし達の乗る船はっと……」



先ほどまでの懸念材料(?)であった昼食を買った後、

レナがそれらしき船を見つけようと、

目を動かし始める。

と、それと同時に、

1人の兵士が駆け足で3人へと近づいてくる。



「もしかして、

 レナ様、アルト様、プログ様ですか?」


「ええ、あたしがレナ様だけど」


「お待ちしておりました、

 レイ執政代理よりお話は伺っております、

 船はこちらです」



綺麗な30°の角度の敬礼を決めると、

その兵士は、この場にある船の中で、

一番規模の小さい船へと、

レナ達を案内する。



「レイ執政代理からの伝言です。

本来ならば、もっと豪華な船を用意したい所だったが、

要件が秘密裏な以上、質素な船になってしまった、

申し訳ない、とのことです」


「まあ、そりゃそうでしょうよ」


「さすがに豪華客船で、ってワケにもいかねえしな」



相変わらずのレイの気配りに、

レナもプログも反論の意を示すことはない。

定員が20名程度のその船は、

すでに搬入するべき荷物、

そして船員や兵士もすでに乗り込んでいて、

あとは主役の乗船を待つばかりの状態となっていた。



「皆さん、準備はよろしいですか?」



RPGにありがちなセリフを、

兵士は主役の3人へと問いかける。

この場でできること、やれることは、

すべてやり尽くした。

あとは、この船でディフィード大陸に渡るだけだ。



「OKよ、やってやろうじゃないの!」


「おう、とっとと行っちまおうぜッ!」


「よろしくお願いします」



そして主役たちは、

勢いよく船へと足を踏み入れる。

ファイタル暮らしのアルトと、

ルイン暮らしだったレナはもちろん、

プログでさえも、初めての船旅になる。


希望と不安、

そしてちょっとばかりのドキドキ感を持ちながら、

3人は出発の刻を待つ。



「乗船完了ッ! ご武運を祈り、敬礼ッ!」



兵士が高らかに声をあげ、

右手で敬礼のポーズを取ったのを合図に、

船はゆっくりと、船着き場から離れていく。


1メートル、2メートル、5メートル、

10メートル、50メートル……。


徐々に離れていく、

フェイティ、そしてローザを残した王都セカルタ、

そしてエリフ大陸。



(これでついに、3つ目の大陸か――)



次第に小さくなるセカルタの街並み、

そしてセカルタ城を見つめながら、レナは思う。


思えば最初は、ただ列車を止めたいだけだった。

本来停車するはずの暴走列車を止めたい、

それだけのハズだった。


それがいつの間にか大陸を渡り、

そして今、再び違う大陸に渡ろうとしている。

つい数週間前までは想像もつかなかった、

この非日常的な日常の連続。


ローザの安全を確保し、

シャックをぶっ潰し、

そしてアルトの母親を探すのに協力する。

先に進めば進むほど、やるべきことが増えていく。

そしてやるべきことが増えれば増えるほど、

自らの故郷であるルインに戻ることが、

遠くなっていく。



(親方、元気かなあ……)



別にホームシックになったわけではない。

だが思えば、最終列車にしがみついたあの日から、

親方であるマレクに、

手紙の1つすら出していない。

親方は元気でやっているだろうか。

もしかしたら、あまりに帰りが遅いことに、

カンカンになっているだろうか。


いや、もしかしたら自分を心配して、

探しに来てくれているだろうか。

だが、もし例え自分を探しに来てくれていたとしても、

今、ルインに戻るわけにはいかない。

ファースター王女と信じるローザ、

セカルタ執政代理であるレイ、

そして母を探しているアルト、

みんなから、自分を必要とされている。

そして何より、記憶喪失中である、

自分の記憶の手がかりを、

どこかで見つけることができるかもしれない。


あまりにも目まぐるしく変わる、

周囲の環境によって忘れかけていたが、

自分はどこで生まれ育ち、

なぜルインのトンネルで記憶を失っていたのか。


その記憶を思い出すきっかけを、

今の刺激的な日々によって、

どこかで掴めるかもしれない。


だからこそ、レナはまだ、

ルインに戻ることはできない、と心に決めていた。


みんなのためにも、そして自分のためにも。



(親方……申し訳ないけど、もうちょっと待っててね)



空高く駆け上がった、

眩しい太陽を見上げながら、

レナは心の中で呟いた。





「…………」



次第に地平線の彼方へと消えゆこうとするレナ達の船を、

王立魔術専門学校の建物の頂上から見下ろす者が1人。



「………………」



身長は170cm弱で黒髪ショートヘア、

年齢はちょうど20歳くらいに見えるその女は、

抑揚のない、冷酷な視線でその船を、

ただただじっと見つめている。


その右手には、

いかにも使い古された爪痕が至る所に残る、

大型のクロスボウを携えている。



「………………逃げられたか」



一言、女はそう呟くと、

クロスボウを持つ姿とは到底釣り合わない、

ミニスカートのポケットから通信機を取り出す。



「……私よ。

 ポイント17に、

 シャックが出たとの情報が入ったから、

 アーツと共に急いで向かって。

 頼むわよ」



時間にしてわずか数秒のやり取りを終え、

ポケットに通信機を押し込むと、

女は再び、大海原へと視線を送る。


先ほどまで見えていたレナ達の船は、

もはや米粒程度にしか確認できなくなっていた。



ファースター騎士隊5番隊隊長、ナウベル。

それが彼女の肩書と名前だ。


そう、レイにクライドの親書を届けた人物である。


イグノやナナズキと違い、

偵察や諜報活動といった裏側の任務が中心の彼女が、

表舞台に立つことはほとんどない。


騎士総長であるクライドから、

時には他の7隊長にさえ秘密裏にして、

極秘の命を受けるのが、彼女の仕事だ。


そのため今回、親書を届けるために、

口元を隠しながらもレイの前に現れたのは、

極めて稀なことだった。



(それほど、重要な親書だったということね……)



すっかり見えなくなった船を見届けると、

ナウベルは海から背を向け、コツコツと歩き出す。

だが、見る者に恐怖を与えるような、

鋭い視線は決して崩さない。


裏での暗躍を得意とする彼女にとって、

必要以上の言葉、

そして感情の起伏は不必要である。

常に冷静冷酷、喜怒哀楽を押し殺し、

与えられた任務を、確実に遂行する。

それが裏社会で生きるナウベルに課された、

5番隊隊長としての責務なのだ。



「報告がてら、一度戻るか」



ナウベルはそれだけ言い残すと、

再び表社会から、姿を消した。


次回投稿予定→10/11 15:00頃


罪をなすりつけるのは立派な犯罪ですので、

皆さんは真似しないようにしてくださいね(笑)

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