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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第2章 エリフ大陸編
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第55話:新たなる出発

「え?」



当事者であるフェイティよりも、

むしろアルトの方がその言葉に、

驚きの色を示している。


フェイティが、この場に残る。

昨夜にあの話を聞き、

一緒に頑張ろうと励ましあった矢先の、

この宣告である。


まるでマラソンでスタートの号砲が鳴った直後に、

足を滑らせ転倒するような、

出鼻のくじかれ方である。



「あ、あの!

 それはフェイティじゃない人が、

 いいんじゃないかなぁ?」



考えるよりも前に、

アルトは言葉を並べていた。



「どうしたの、急に?」



当然のことながら、

レナは不思議そうな表情を浮かべている。



「いや、残るのは他の人の方が、

 いいと思って……」


「でも、エリフ大陸に一番詳しいのはフェイティよ?

 あたしたちより適任だと思うんだけど」


「まあ、それはそうなんだけど……」



レナのもっともな指摘に、

最後は言葉をゴニョゴニョと濁すアルト。


確かにレナの言うことは正しい、

ちょっと冷静に考えたアルトも、

それは重々承知している。


仮に他の人選をしてみる。


まず、プログは一番に候補から外れる。

いまだに理由は不明だが、

護衛という言葉を頑なに嫌うプログが、

今回の役を快諾するとは、到底考えられない。

ファースターの公園で、

クライドからローザの護衛を依頼された時も、

一切受け付けようとしていなかったことも踏まえると、

今いる4人の中で、

もっとも適していない人物と言える。

事実、今現在プログの表情を見ても、

どこか我関せず的な様子で、

自分がやります、といった意気込みは、

まったく伝わってこない。


次に候補から外れるのは、アルト自身だろう。

プログと違って特に護衛を嫌っているワケではないが、

もし最悪の事態、すなわちレナ達が、

6日間で戻って来れなかった時、

自分1人でローザを、

護衛しなければならなくなる可能性がある。


はっきり言って、

自分がそこまで力があるとは思っていないし、

自信もない。

100%ダメというワケではないが、

できれば避けたいと思っているのが本音だ。


よって、候補としてはレナとフェイティ、

2人に絞られる。

ここからは消去法ではなく、

プラスの点について考えてみれば、

この辺の地理に詳しく、

またレイと昔からの知り合いで信頼も厚い、

フェイティが選ばれるのは、

決しておかしな事ではない。

それは、アルトも理解している。


ただ、である。


フェイティの目的を考えれば、

きっとディフィード大陸に、

行きたがっているハズなのである。

生き別れてしまった息子を探すためにも、

今まで足を踏み入れたことのない土地に行けるこの機会を、

絶対に逃したくはないだろう。


そういった事情を抱えていながらの、この宣告。

きっと心中は複雑に違いない。


だが、だからといってレナに残れ、

と言えるはずもない。

そんな乱暴なことが、許されるハズはない。


一番の適任はフェイティ。

頭では解っている。

でもフェイティは息子のために――。



「いいわよ、BBAが残るわ」



優しい声でそう言うと、

フェイティは笑う。

そこには、悲しさや悔しさもない。

ただただ言葉だけを素直に受け入れた、

フェイティの、いつもの微笑みがあった。



「え、フェイティ!?」



アルトが驚きながら振り返るが、

フェイティは笑顔のまま、肩をすくめながら言う。



「ありがとね、アルト君。

 でも大丈夫、BBAが残るわ。

 レナちゃんとプログちゃんも、

 それでいいかしら?」


「え? あ、うん、いいと思うわよ」


「いいんじゃないッスか」



プログ、そしてやや言葉に詰まりながらも、

レナはその提案を受け入れる。


もともとレナとて、

フェイティが残るのは賛成派だったため、

特にそれ以上どうこう言うことはなかった。



「よし、それじゃ決まりだな。

 先生、くれぐれもよろしくお願いします。

 それで他の3人についてだが……」



レイは再び話を戻して、

今後について話し始める。


……が、

アルトはフェイティを見る。

残ることを決断したBBAは笑顔のまま、

黙って執政代理の話を聞いている。


なぜ?

アルトには理解できなかった。

なぜ、ここに残ることを、

簡単に引き受けてしまったのか?

昨夜、あれほど息子について話していたのに。

主目的は違えど、他の大陸に行くチャンスなど、

そうそうあるワケがない。

自らの子を探しにここまで一緒に来たというのであれば、

なおさら行きたいハズだ。


抵抗なら、いくらでもできたハズだ。

ここに残ることを拒否して、

ディフィード大陸に渡ることを、

選択することだってできた。

なのにどうして?


葛藤に悩む少年の熱視線に気付いたフェイティが、

アルトの方へと顔を向ける。



(なんで、どうして!?)



言葉にこそしなかったものの、

アルトは目で訴えた。

昨日、話してくれたのは、

一体なんだったのかと。

強い、それでいて切実な眼差しで、

必死に語った。


フェイティは一瞬驚いた表情を浮かべたが、

しかし、それだけだった。

直後、すぐに笑顔をアルトに振りまくと、

再びレイの話へと戻ってしまう。


ほんの、ほんのちょっとだけ、

哀愁漂う笑顔をアルトに見せて。


その寂しげな微笑みが、

アルトが昨日の夜、

フェイティから聞いた、

ある言葉を想起させる。



『いいのよ。

 私の都合だけで、

 みんなに迷惑をかけたくないの。

 それに、年上は頼られる側であって、

 頼る側じゃないから。ね?』



その言葉が、

アルトにそれ以上の反論をすることを許さなかった。


本当はフェイティも行きたいのだ。

でも、この中で最年長という事実が、

その真っすぐな思いを捻じ曲げている。

それを踏まえて、

フェイティはここに残ることを、

自分の意志で了承したのだ。


(なんだよ……立場って、

そんなに大事なのかよ……)



怒り、そして少しの悲しみを、

アルトは懸命にこらえる。


特に自分のことではないという分、

なおさらタチが悪い。

他人のこととなると、

たとえ結論に納得できなくても、

アルトとしてもこれ以上、

どうすることもできない。


ましてや、年上のフェイティなら、

なおさらである。

結果、フェイティがなんの抵抗もなくセカルタに留まることを、

無理にでも納得するしかなかった。



「……だそうだ、

 アルト、わかったか?」


「……え?」



いきなり飛んできたプログからの問いで、

アルトはようやく、現実の話へと引き戻される。


フェイティのことで頭がいっぱいだったアルト。

当然のことながら、

この場で話されていた会話に割く意識など、

持っていない。



「えっと……ゴメン、何だっけ?」


「オイオイ、話聞いてなかったのかよ?」


「らしくないわね。どうかしたの?」



おかげでプログだけでなく、

レナにまで心配される始末だ。



「ゴ、ゴメン。

 ちょっとボーっとしちゃってて……」


「ったく、しっかりしてくれよ?

 これから見知らぬ土地に踏み込むんだからよ」



両手を合わせながら謝るアルトに、

プログはやれやれ、

と頭を搔きながら1つ息をつくと、

再び話し始める。



「いいか?

 俺とお前、レナの3人はこれから船で、

 ディフィード大陸に行く部隊になるんだ。

 んでもって向こうの港町、カイトを経由して、

 王都であるキルフォーに行く」


「向こうの王様に会うため、だね」


「ああ。そこでレイの書状を王様に届け、

 その返事をもらうってのが、

 俺達の役割ってトコだ。

 そんで了解の一言をいただいて、

 6日以内にココに戻れば100点満点、とのことよ」



簡単に言うなあ、

やや違和感を覚えながらも、

アルトは小さく首を縦に振ると、

今度はレイの方へ顔を向ける。



「ちなみになんですけど、

 書状にはなんて書いてあるんですか?」


「ん? ああ、内容かい?

 一応機密事項ではあるが、

 お互い不可侵の確認と、

 有事の際は密かに連携を取る提案、

 といった内容だよ」



周りに気を配ってか、

やや声の音量を下げてレイは言う。

当然だが、おいそれと他の人に聞かせていいような、

軽い話ではない。



「でも大丈夫かな……?

 キルフォーって今まで繋がりがなかったんだよね?

 いきなり襲って来たり……」


「いやぁ、さすがにそれはないでしょ。

 向こうだって一応国家なんだから、

 敵でもない国からの使者に対して、

 そんな物騒なマネはしないと思うけど」



アルトが垣間見せるいつもの心配性を、

レナは笑って吹き飛ばす。



「そっか……だといいんだけど……」


「まぁでも、アルト君の言う通りだ。

 こっちにはキルフォーの情報が何もないんだ、

 くれぐれも言動には気をつけてほしい。

 それと、もし何かあったら、

 すぐに通信機で連絡してくれ、いいかい?」


「ま、気を付けるに越したことはないしね、

 わかっているわ」



もちろん、アルトの言うことも一理ある。

何せ今から、何の前情報もなく、

得体のしれない土地へと足を踏み入れるのだ。

そこでこちらの常識が、

向こうの常識とは決して限らないことは、

往々にしてよくある事である。

口では大丈夫と楽観的に言いながらも、

レナとて、それは十分すぎるほど理解していた。



「さて、と。

 随分と時間を喰ってしまったな。

 早速ではあるが、レナさん、アルト君、

 そしてプログは港へ行ってほしい」



気がつけば、太陽は随分高くまで昇っていた。

本来ならばこの論議は、

もっと時間をかける必要があるだろう。


だが、残念ながらその余裕はない今、

一番優先して行わなければいけないことは、

ディフィード大陸に向けて、

一刻も早く出発することである。


レイは港までの地図と直筆の書状を、

レナに手渡す。



「どーもですっと。

 しっかり届けて、いい返事をもらってくるわ」


「ああ、くれぐれもよろしく頼む」



そう言い終えると、

レイは深々と頭を下げる。



「みんな、頑張ってね。

 一緒にはいけないけど、BBAも応援してるからねッ」


「どーもですっと、それにフェイティもね。

 何かあった時は、ローザを頼むわよ」


「任せてちょうだい!」



とびっきりの笑顔で答えるフェイティを確認すると、

レナは一礼して謁見室を後にしようと扉に手をかける。

プログがそれに続く。

最後にアルトが、



(もし時間があったら息子さんの話、

聞いてみるから)



プログの後を追う前に、フェイティに近づき、

耳元でささやく。


一緒に行くことのできない、

志を同じにするフェイティへの、

アルトからのせめてもの言葉だった。


フェイティはその言葉に一瞬目を見はったが、

すぐに表情を戻すと一言、



(……ありがと)



同じく小さな声でアルトに返す。

“秘密の約束”を交わしたアルトは、

最後に目で合図を送った後、

ようやくプログの背中を追う。



「さて、それじゃ行きますかッ!!」



レナは高らかに叫びながら、

謁見室のドアを開ける。


新たなる地へ向かうた



「うわッ!?」


「キャッ!!」



ドアを開け、勢いよく飛び出そうとしたレナだったが、

開けた目の前に人が立っていたため、

咄嗟に急ブレーキをかける。


その正体は……。



「ローザッ!!」



思わずレナは叫ぶ。

そう、レナ達の前に現れたのはローザだった。



「ローザ王女!

 レイ執政代理から部屋を出てはダメと……!」


「ごめんなさい。

 でも、皆さんをどうしてもお見送りしたくて……」



後ろから慌てて追いかけてきた兵士に、

ローザは詫びの一礼をする。

それでもその目には、

決して引き下がろうとしない、

力強さがみなぎっている。


現在、ローザは活動の範囲を制限されている。

セカルタ市街地はもちろん、

城内でさえも、万が一に備えて、

自由には歩けないようになっている。

無論、ローザの安全を最優先にして、である。


しかし今回は、その範囲を破ってまで、

ディフィード大陸へと旅立つレナ達を見送るべく、

ここまで駆けつけてきたのだった。



「どーもですっと。

 心配しないで、ちゃんと戻ってくるから、ね?」


「くれぐれも……お気をつけて……」


「安心しろって、俺やアルトもついてるんだから。

 な、アルト?」


「うん、絶対にいい報告を持って帰ってくるよ!」


「プログ、アルト……。

 ありがとうございます、

 皆さんの無事を祈っています」



と、ここで何やら入口が騒がしいと気付いた、

レイとフェイティがゆっくりとした足取りで近づいてくる。



「あらあらローザちゃんじゃないの」


「あ、レイ執政代理!

 ローザ王女が!」


「いや、いいんだ。

 ローザ王女だって、

 仲間の見送りくらいはしたいだろう」



まるでトラブルを上司に報告する部下のように、

兵士がレイに飛びつくが、

レイは小さくて手をあげ、

気にしなくていいとばかりに合図を送る。



「よし、それじゃあ、

 そろそろ行ってくれるか」



そしてレイは、

一通りローザとのやりとりを終えたレナ達へ告げる。

くどいようだが、

1分でも1秒でも時間が惜しい。

一時の惜別はもちろん名残惜しいだろうが、

その惜別が永遠の惜別にならないようにするには、

今、急ぐことが必要だ。



「そうね、それじゃローザ、

 行ってくるわね」



レナはローザの頭をポンポンと叩く。

そして1つ息を大きく吸い込むと、



「さて、それじゃあ行きますかッ!!」



再び気合を入れなおすかのように、

声を張り上げ、お城の出口へと向かっていく。



「すっかりやる気だな。

 ま、そんじゃ俺達も頑張りますかッ!!」


「うん、頑張ろッ!

 それじゃ、行ってきまーすッ!!」



レナ同様気を引き締めたプログ、

そしてローザ達に手をブンブン振るアルトも、

すぐに後を追う。


新たな思い、そして意思を胸に、

3人はセカルタ城を後にした。





今日もセカルタ市街は、人でごった返していた。

太陽もまだ昇りきっていない午前中の時点で、

すでに飽和状態に近いくらいの数がいる、

セカルタの街並み。

この様子だと、もし昨日、

お城に泊まれなかったら、

ホテルに泊まれていたかどうかも怪しかっただろう。


そんな中、3人はセカルタ駅とはちょうど真反対にある、

セカルタ城から徒歩10分のセカルタ港を目指して、

人混みの中を進んでいく。



「そういえば、ディフィード大陸って寒いのよね?」


「ああ、確か一年中、

 雪が積もっているって、

 レイ執政代理も先生も言っていたな」


「うっへぇ……。

 あたし寒いの嫌いなのよねぇ……」


「僕もあんまり好きじゃないなぁ。

 防寒対策していったほうがいいかな?

 服をもうちょっと着たりとか」


「ん~まあ、もし寒かったらカイトで買えばいいだろ。

 意外と平気かもしんねえし」


「それはエリフ大陸出身のあんただけでしょ。

 あたしとアルトは寒いのに慣れてないのよ」


「そうだよ、

 もし風邪でも引いちゃったらまずいじゃん」


「そう焦るなって。

 もしかしたら無駄買いになるかもなんだし、

 ひとまずカイトまで待っとけって」



足は急ぎながらも、

それとは程遠い内容の会話を繰り広げながら、

3人は港への道を進んでいく。





その背後で。



「ふっふっふ……。

 今度は、今度こそは……」



まるでストーカーのように、

ブツブツ独り言を呟く、

レナ達の後を尾ける男が1人。


途中途中で物陰に隠れ、

ギラギラと目を輝かせ、

特徴的なアヒル口をさらに尖らせている。



「今回こそは……ッ!!」



もう少しで鼻水が出そうになるくらいに鼻息を荒くし、

男は意を決すると、

物陰からバッと飛び出し、

ダッシュでレナ達との距離を急速に詰めていく。



「ん?」



その妙な殺気にレナ達が気付き、

後ろを振り向いた時には、

その男はどうだ!と言わんばかりの仁王立ちを繰り出し、

大声で叫んだ。



「ようやく見つけたでやンスよッ!

 レナ、プログ、アルトムッ!!」



そう、レナ達を後から隠れて追いかけてきていたのは、

ファースター騎士隊隊長3番隊にして、

騎士隊隊長きってのお笑い担当、イグノだった。


次回投稿予定→10/4 15:00頃

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