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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第2章 エリフ大陸編
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第53話:微笑みに隠された過去

「最初はプログの成長を見たい、

 って言っていたと思うんだけど、

 それならもう、十分に見れているだろうし、

 それでも僕達と一緒に来てくれるのって、

 何か別に目的があるのかなあ、と思って」



満月を見上げながら話すアルトの横で、

フェイティはまるで何かに怯えるように、

表情は強張ったまま硬直し、うつむいている。


いつも笑顔で、仲間を見守る、

これまでの姿とは、あまりに違う顔つきだ。



「だから、もし何かあるんなら、

 教えてもらえたらな~って……え!?

 フェイティ、どうしたの!?」


「あ、ご、ごめんなさいね。

 BBA、ちょっとびっくりしちゃって……」



ようやくフェイティの様子に気づき、

慌てるアルトにフェイティは、

必死の作り笑いで応じる。


だが、その必死に普段に戻ろうとする様相が、

逆に違和感をさらに浮かび上がらせている。


何かある。

アルトの目から見ても、それは明白だった。


まずいこと聞いちゃったかな、

そう感じたアルトはすぐさま、



「な、何かゴメン、

 聞いちゃいけないこと、聞いちゃったかな?

 もし言いたくないんだったら、別にいいんだけどッ」



かなりオーバー気味に両手を振りながら言う。

人間生きていれば、

他人に詮索してほしくない事柄の1つや2つ、

持ち合わせていて当然だ。


ましてや、ただ言葉を聞いただけで、

あからさまに様子が変わるようなら、

なおのことである。


アルトとて、

そこまでして絶対に確認しておかなければいけない!

というようなことでもないため、

すぐさま会話を終了させようとした。


……が、


オーバーリアクションを取るアルトとは対照的に、

フェイティは動くことなく下を向いたまま、口を開く。



「そうよね、やっぱり気になるわよね……」


「う、うん……。

 あ、でもホントに話したくないんだったら、

 全然気にしないでくれていいからッ!」



相変わらず両手を振り続けるアルトを横目に、

フェイティは少しだけ考えるようなしぐさを見せると、

やがて硬直していた表情を、

少しだけ緩ませる。



「他の皆には、内緒にしておいてね」



フェイティはそう前置きした上で、



「実はね、私、息子を探しているの」


「……えっ?」



その返答に、

アルトの動きは一瞬にして固まる。



「むす……こ?」



そうよ、

とフェイティは小さくうなずく。

そしておもむろに顔をあげ、

空一面に広がる夜空の星々を見上げると、

ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。



「私とアロスの間には息子がいるの。

 3人家族で、それは楽しくて幸せだったわ。

 何一つ不満のない、最高の家庭だったの。

 月並みで恥ずかしいけど、

 ずっと、この幸せが続くと思っていた。

 ……8年前の、あの日まではね」


「8年前の……あの日?」


「あの日、私達は3人でお出かけしたの。

 息子の5歳の誕生日ってことで、

 ピクニックみたいなものね。

 アックスの村の近くに丘があるから、

 そこに行ったの。

 ……今思えば、ホントに私達の不注意だったのよ」


「不注意って……何かあったの?」


「丘の頂上で昼食をとっていたら、

 魔物が襲い掛かってきた。

 私とアロスは必死に追い払った。

 息子に少しでも手を触れさせないように、ね。

 程なくして魔物は倒せたんだけど、

 元いた場所に戻った時、そこに、

 息子は……いなかった」


「……え? いない?」


「ええ。ついさっきまでそこにいた息子が、

 私達が魔物と戦っている間に、

 どこかにいなくなってしまったの」


「……」



次々と語られていくフェイティの過去に、

アルトは固唾を飲んで聞き入っている。


今までのフェイティからは、

あまりに想像し難い過去が語られていく。



「もちろん、私と主人は近くを探したわ。

 夕方になっても、夜になっても、

 一日中探し続けた。

 でも、結局息子の姿はどこにもなかった。

 見つかったのは、

 私達がいた場所からすぐに近くにあった、

 底が見えないくらいに深い崖だけ……」


「え? じゃ、じゃあ……まさか」



思わず顔が真っ青になるアルトに向かって、

わからない、と首を横に振ると、

フェイティは再び視線を足元へと落とす。



「一応、その崖の前には立ち入り禁止用の、

 有刺鉄線が張られているから、

 そう簡単には入れない造りにはなっているの。

 それに、お城の人にお願いして、

 次の日に崖の下も捜索してもらったのだけど、

 底には小さい川が流れているだけで、

 人の気配はなかった」


「そう、なんだ……。

 じゃ、じゃあもしかしたら、

 川に流されてどこか別の場所にッ!」


「私達もそう考えて、

 エリフ大陸ほぼ全域を歩き回ったの。

 でも、やっぱり息子は見つからなかった。

 崖の下にある川沿いもずっと歩いてみたけど、

 どこにも姿はなかった」


「それなら、他の大陸に……ッ!」



だが、アルトはそこまで言って、

言葉に詰まってしまった。


他の大陸まで流された人が、

無事でいる可能性など、

果たして存在するのだろうか。


ましてや、流されているのは大人ではなく

たった5歳の子どもである。

この時点ですでに、

生きている可能性はグンと下がる。


それでいて、川で溺れながら、

他の大陸まで生きて辿り着く。

もはや確率論で語れるレベルではない。


それはもはや、奇跡以上の奇跡だ。


そのことを考えると、

アルトはそれ以上の言葉を続けることができなかった。


それ以上は、限りなくゼロに近い言葉だから。



しかし、フェイティはそんなアルトの言葉に、

小さくうなずく。



「私も夫もそれを信じているの。

 きっとあの時、川に流されてどこか違う大陸に、

 息子がいるんじゃないかって。

 だから、信じているの……いえ、それを信じたいの……」



そこまで話すと、

フェイティは黙ってしまう。


何かを祈るように。

神にすがりつくように。


そこに、いつものほがらかな、

ニコニコした表情が格段に似合う、

フェイティの姿はない。


その瞳は、どこか心ここにあらずといった、

生気をやや失ったものに映る。


フェイティがアルト達についてきた理由、

それは8年前に行方不明になった息子を探し出すため、

8年越しの夫婦の想いを叶えるためだった。



「きっと、いるよ」


「え?」



アルトは静かに声をかける。

今にも泣き出しそうな表情をしていたフェイティは、

まるで救いの手を差し伸べる救世主を見るような、

驚いた表情をしながらアルトを見る。


確証があるわけではない。

具体的根拠があるわけでもない。

ましてや、救世主でもない。

それでも、アルトは続ける。



「きっと、どこかで元気に生きているよ。

 だから、フェイティもアックスから出てきたんでしょ?

 どこかで待っている、息子さんを探すために」



アルトはベンチから立ち上がる。

そしてだた一点、

満月を見上げながら、さらに言う。



「信じていれば、きっと見つかるよ。

 最初から諦める人に、

 神様は絶対、味方してくれないと思うんだ。

 ずっと信じ続けていれば、きっと何とかなる。

 僕はそう思うんだ」


最後は願うような口調で、

アルトは言葉を締めくくった。


それはもしかしたら、

目の前にいるフェイティに向けたものであると同時に、

自分自身にも向けた言葉だったのかもしれない。


生きているかどうかもわからない、

息子を探す母、フェイティと同じく、

安否不明である自らの母親を探して、

ファイタルの町を飛び出した、

アルト自身を鼓舞するための言葉として。


どんなことがあっても、

決して諦めない、信じ続けることを。



「……ありがとね、アルト君」



そう呟いたフェイティの表情に、

わずかに、ほんのわずかではあるが、

ようやくいつもの笑顔が戻る。

そしてアルトと同じく、

ベンチからゆっくり腰をあげる。



「そうね、

 アルト君の言う通り、

 私が信じ続けなきゃ、よね。

 ありがとう、励ましてくれて。

 おかげでちょっとだけ、吹っ切れた気がするわ」


「い、いや!

 は、励ますだなんて、

 そんな大それたことをしたかったワケじゃ……ッ!!」



自分の境遇に投影して話していたアルトとしては、

どうやら本当にそんなつもりはなかったのだが、



「あらあら、そんなことないわよ?

 BBA、おかげでちょっと元気になったわ。

 ありがとね」



すっかりいつもの姿に戻ったフェイティは、

小さく笑う。



「そうだ!

 フェイティもレイ執政代理に、

 もう一回お願いしてみたら?

 今探せばもしかしたら、ってこともあるし!

 それに、さっきレイ執政代理が、

 僕の母さんのことについても、

 いろいろ調べてくれるって言ってたから、

 一緒に調べてくれるかもッ!」


「あら、そうだったのね。

 そうね……時間があれば、お願いしてみようかしら」


「そうだよッ! それがいいよッ!!

 お互いに頑張ろうよ! ね!?」


「ふふ、そうね。

 一緒に頑張りましょ」



まるでさっきとは別の場所にいるかのように、

2人の雰囲気は一気に明るいものとなる。


気がつけば、アルトがこの場所に来てから、

気温はまた少しだけ下がっていた。

もはや口からだけでなく、

鼻呼吸するだけでも、白い息が漏れるくらい、

寒さは厳しくなっている。

話がひと段落したせいか、

ようやくそのことに気付いたフェイティは、

ブルブルッと体を震わせる。



「さて、長話しちゃったわね。

 そろそろお部屋に戻りましょうか」


「そ、そうだね。

 風邪でも引いたら、

 レナに怒られちゃうし」



両手で腕をスリスリしながら、

アルトもやや震える声、

そして鼻声になっている。


夜更かししていたら風邪を引いちゃいました、

なんてことになれば、レナに何をツッコまれるか、

わかったものではない。


そう考えたアルトは、

さっき入ってきたドアのもとへ、

早足で戻ろうとするが、



「あ、ちょっと待って」



ふと思い出したかのようなフェイティの声が、

その足を止める。



「BBAが話したこと、

 みんなには内緒にしておいてね」


「え? 今の話をってこと?」


「そっ。

 今の話は、アルト君だからこそ、

 話したことだから。

 お互い頑張りましょ、ってことで、

 みんなには言わないでほしいの」



顔の前で手を合わせ、

フェイティはいたずらっぽく舌を出す。



「うん、それはいいけど、

 別にそんな隠すことでもないんじゃ……。

 ってか、みんなが知っていたほうがいいんじゃない?

 もしかしたら、誰か知っているかもなんだし」



特にやましい、というどころか真っ当な理由だし、

むしろみんなに話しておいた方が、

妙な疑いもかけられないのでは、

アルトは内心そう感じていたが、

フェイティは黙って首を横に振る。



「いいのよ。

 私の都合だけで、

 みんなに迷惑をかけたくないの。

 それに、年上は頼られる側であって、

 頼る側じゃないから。ね?」


「そういうものなのかなあ。

 まあ、フェイティがそこまで言うのなら……」



イマイチ腑に落ちない点があるが、

フェイティがそう願っている以上、

無理して話をバラす必要はない。

アルトは素直に従うことにした。



「ありがと。

 それじゃ、また明日ね」



フェイティは小さく手を振ると、

アルトとは反対方向に歩き出す。


レイの用意してくれた2つの部屋は、

この空中庭園を挟んだ、別々の場所に位置している。

アルト達の部屋がある方が男性用客人室、

そして今、フェイティが向かったドアの方が、

女性用客人室になっている。


それじゃあおやすみ、

とアルトも手を軽く上げると、

改めてドアを開けようとする……が。



「あ、あと1つ」



そう言いながら、

フェイティはスタスタスタと、

アルトの方へと再び近づいていく。

そのスピードは、驚くほど速い。



「私の年齢のことも、内緒よ?」



これでもかというくらいに顔を近づけ、

フェイティは恐ろしいくらいの笑顔を押しつけてくる。


アルトは瞬間、ドキッとする。

だが、残念ながらそれは、

カワイイとかトキメキとか、

そんなヤワなものではない。


非常に嬉しくない、

有難くない心臓の鼓動だ。


悪いことをしたわけではない。

だが、自然と背筋がピンと伸びてしまっている。



「え、は、はい、わかり、ました」


「ぜーーーーーーったいに、よ?

 もし言ったら……」


「はい、絶対に、言いません」



恐怖を覚える満面の笑顔に、

小さいながらも、なぜか迫力を覚える声。


アルトはカクカクした口調で。

そう言うしかなかった。

無論、もともと言うつもりなどなかったのだが、

やっぱりさっきの時に触れなくて正解だった、

目の前に微笑みを突きつけられ、

改めてそう感じるアルトなのであった。



「よろしい。

 それじゃ改めて、また明日ね、

 おやすみなさい」



恐怖の時間(?)を終えると、

フェイティは三度(みたび)、逆側のドアへと歩いていく。

そして今度は振り返ることなく、

ドアの向こうへと姿を消した。


空中庭園に1人残されたアルト。

凍てつくような寒さ、

過去の話をしてくれた、

フェイティの物悲しそうな表情。

そして自分自身を奮い立たせるためとも言える、

励ましの言葉。


この場所に来て、

色々なものを見て、感じた。



(と、とりあえず、今日の事は黙っておかないと……)



だが、人間の脳は過去の記憶は、

最近の記憶が上書きされていくたび、

どんどん薄れていくようになってしまっている。


そのため、今のアルトの頭には最後の、

あのフェイティの“ドスのきいた黒い笑顔”が、

どの出来事よりも色濃く残ってしまった。


結局、新たな黒いモヤモヤ感を抱いてしまったアルトは、

解せぬ思いを胸に、

自らの部屋へと戻っていくのであった。





レナが寝ている女性用客室へと戻る途中、

フェイティはふと、足を止める。

そして懐から、1枚の、

少しばかり古びた写真を取り出す。


そこに写っていたのは、

当時26歳だった、若かりし姿のフェイティ。

その隣には結婚して4年の旦那、

アロスが寄り添っている。

そして、その2人の間には、

屈託のない、無邪気な笑顔で、

カメラに向かってピースサインをしている男の子が。


自宅を背景に撮影された、

そこに写る誰もが、幸せと歓びを感じている写真。

フェイティが、今まで撮ってきた数多くの写真の中でも、

1番お気に入りの、そして大切にしている1枚だ。



(…………)



写真を持つ手が、わずかに震える。

自然と指先に、力が入る。


あの頃は、本気で信じていた。

この幸せが、ずっと続くと。

いずれ歳を取り、

ちょっとばかり生意気な少年に育っても、

それでも幸せを感じられると思っていた。

可愛い息子のためなら、

どんなことがあっても、

いつも笑顔で乗り越えられると、

本当に信じていた。


あの日、あの時がなければ。

あの時、自分たちが息子から、

目を離さなければ。


たったそれだけのことができていれば。



「セントレー……今……どこにいるの……」



セカルタの夜の闇に、

今にも消え入ってしまいそうな弱々しい声で、

いまだ帰らぬ息子に一言、フェイティは呟いた。


次回投稿予定→9/20 15:00頃


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