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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第2章 エリフ大陸編
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第52話:ある夜の出来事

エリフ大陸の夜は寒い。

太陽が明るく輝く日中と、

月が静かに照らし出す夜とでは、

気温がおよそ40℃も変化する。

それは当然のことながら、

王都セカルタも例外ではない。


実際、本日の最低気温は-13℃。

それ故、このセカルタを始め、

エリフ大陸で宿泊先を取れないこと、

それは自殺行為にほぼ等しい。


一時はその危険があったレナ達。

だが、執政代理であるレイの粋な計らいによって、

お城に1泊させてもらうことになり、

その問題は解決どころか、

最高の結果を生み出すことになっていた。

しかも、宮廷料理という最高のオプション付きで、ある。

今日の謁見が終了したレイ、

そして別部屋に待機していたローザと共に食べた、

夕食の絶品さと言ったらBBA……もとい、

フェイティいわく、

『そりゃもう、ほっぺがどこかにいっちゃう』くらいの、

それほどの美味しさだったらしい。


そして夕食をすませ、

ローザとの談笑に花を咲かせた後、

レイが用意してくれた2つの部屋に、

男性組と女性組にそれぞれわかれ、

最高級のベッドの中で、

快適な眠りへと時間は進んでいった。





……ハズなのだが。



「……うーん、ダメだ。

 全然寝つけないや……」



男性組の部屋で、

布団にくるまっていたアルトは、

そう呟きながら、

ゆっくりと起き上がる。


およそ2時間ほど、

ベッドの中で目をつぶっていたのだが、

まったくと言っていいほど、眠気が来ない。



(列車の中で、寝ちゃったからかな……)



すでに若干の寝グセがつきはじめた、

薄紫色の髪を無造作に掻きむしると、

アルトはおもむろにベッドから地面へと降り立ち、

隣のベッドで横になるプログを見る。

アルトの焦りとは裏腹に、

プログはスースーと、

わずかに寝息を立てている。

どうやら、こちらは完全に、

夢の世界へと旅立っているらしい。



「……ちょっと外の空気、吸ってこようかな」



気分も少しは変わるかも、

そう考えたアルトは出口へ向かうと、

プログを起こさないよう、

ドアの開く音を必死に殺しながら、

部屋を後にした。





「これはアルト殿、どうされましたか?」



出てすぐにアルトは、

部屋の見張りをしていた兵士に、

声をかけられる。



「あ、お疲れ様です。

 ちょっと寝られないんで、

 外の空気でも吸ってこようと思いまして」


「外って……まさか、

 城の外に行かれるおつもりですか!?」


「あ、違います違います。

 そこの庭園みたいなところです」



アルトは部屋から、

数十メートル程先にあるドアを指さして答える。


地上からの最高地点で55メートルを誇るセカルタ城。

その中間部分である地上30メートルの場所には、

セカルタの街並みと、

エリフ大陸を一望できる屋外庭園がある。


王族お抱え技師が、

お城のどの空間よりも力を注ぐと言われる、

まさに空中庭園という言葉がよく似合う、

神秘的な場所だ。


アルト達はちょうど、

その庭園がある階層の部屋に宿泊していたのだ。



「そうでしたか、これは失礼致しました。

 夜になると街の外は、

 活発的に魔物が動いているものですから」


「ですよね。

 なので、ちょっとそこまで」


「了解致しました。

 ですが、なるべく早く戻ってきて下さいね。

 外の寒さも厳しくなってきていますから、

 風邪を引いてしまってはいけませんので」


「わかりました、ありがとうございます」



敬礼する兵士に丁寧にお辞儀をすると、

アルトは屋外庭園の方へ歩いていく。


コツコツという自分の足音以外何も聞こえない、

セカルタ城の廊下を今、

アルトは何の憂慮もなく歩いている。



(なんか実感わかないけど……。

僕、お城の中にいるんだよね)



静かなる廻廊を進みながら、

アルトはふと思う。


ほんの1週間前まで、

まさか自分がこんな状況下にいるとは、

想像もできなかった。

母を探すためにファイタルを飛び出した、

ただの少年が夜のお城を、

何の後ろめたさもなく歩けるとは、

微塵も思っていなかった。

先ほどの兵士も、

自分なんかを客人扱いして、

敬語を使ってくれている。

無論、自分の力だけで、

ここまで来られたわけではないのは知っているが。



(なんか、夢みたいだなあ)



地に足つかずという言葉がぴったり合うような、

そんな不思議な感覚を覚えながらも、

アルトは程なくして屋外庭園の前へ辿り着くと、

ゆっくりとその扉を開いた。





(さ、さっぶ~~~~~ッ!!)



あまりの寒さに、

アルトは庭園に足を踏み入れた瞬間、

いっきに現実へと引き戻され、

ブルブルッと体を小刻みに震わす。


現在、気温は-9℃。

アルトが想像している以上に、

外の気温は低かった。

風はそれほど吹いているわけではないが、

まるでじわじわと体に纏わりついてくるような、

寒いを通り越した、痛みが全身を襲う。


眠気が来ず、気分を変えるのが目的だったのだが、

この様子で長時間いれば、

違う意味の眠気が襲ってきそうである。


美しく整えられた植栽や天使を象った彫刻の数々、

そして庭園の周りを流れる清らかな水。

だが、今のアルトに、

その芸術の余韻に浸るような余裕はどこにもない。



(も、もう部屋に戻ったほうがいいかな……)



思っていたのとは違う方法で気分が変わったアルトは、

ものの10秒もしないうちに、

そそくさと扉に手をかける。


このままでは風邪どころか、

体調が絶賛右肩下がりになるのは確実だ。


……が。



(あれ?)



途中、ふとアルトの動きが止まる。

クルリと体の向きを変える途中、

何か違和感があった。

アルトは、一度は扉の方へ向けていた体を

再び庭園の方へと戻す。


そして両目を細く凝らしながら、

優雅な園庭の中央に配置された、

白いベンチを見る。


誰かいる。


仄かな月の明かりによって、

誰かまでを確認することはできないが、

人型のシルエットをした影を、

確認することができる。



(こんな時間に人?)



それを言うならアルト自身にも当てはまるのだが、

アルトに今、その発想はない。


間違いなく、誰かがベンチに腰かけている。


気温が下がり、

誰もが室内に入りたいと思う、

この夜更け過ぎに、しかもたった1人で。



「……ッ! 誰!?」



その不思議がるアルトの気配を察知したか、

はたまたアルトの心の声が聞こえたのか、

黒い影はそう叫ぶと、

まるでバネのように突然、

ベンチから立ち上がる。


そして近くに置いていたと思われる、

自らの武器を手に取り、臨戦態勢に入る。


その光景にアルトは一瞬ビクッとしたが、

よくよく考えてみると、

その声には、聞き覚えがあった。

というより、ついさっきまで聞いていた、

女性の声だった。


いつものゆったりとした口調とは違う、

危機感を前面に出したものではあったが、

その声色はいつもと相違ない。

加えて、彼女が右手に持つ、

全長2メートルにも及ぶ、槍状の武器。



「フェイティ?」


「……あら? もしかして、アルト君?」



黒い影の正体は、フェイティだった。

どうやら、一足早く、

この庭園を訪れていたようだ。


ひとまず不審者じゃないと一安心したアルトは、

部屋に戻るのを一旦止め、

フェイティの元へと歩み寄っていく。



「ごめんなさいね、怪しい人かと思っちゃって。

 アルト君も寝つけないのかしら?」


「あ、ううん、全然気にしないで。

 ……って、『も』ってことは、

 もしかしてフェイティも?」


「ええ。

 ……ちょっと寝つけなくってね。

 も~、夜更かしはお肌の天敵なのに、

 まいっちゃうわよねぇ~」



先ほどの俊敏な動きとはうって変わり、

再びゆったりとした口調へ戻ったフェイティは、

いたずらっぽく笑う。



「そ、そうなんだ……。

 でもフェイティくらいなら、

 まだそんなに気にしなくてもいいんじゃ……」


「あら、そんなことないわよ~?

 30を過ぎちゃえば、

 しっかりケアしないとダメなんだから」


「へ、へぇ~……」


「それに、BBAにとっては、

 夜遅くまで起きていると、

 次の日がしんどいのよ~」


「そ、そうなんだ……」


「ふふっ、まだアルト君には、

 早すぎる話だったかしら?」


「そう、かもね、ハハッ……」



ぶっちゃけ話の内容よりも、

フェイティの年齢が30を超えてたんだ、

という事実に一番驚いたアルトだったが、



(ソレをツッコんだら殺されるよね……)



ということで、

決してその思いを口に出すことはせず、

ただ黙ってBBAの話を聞くことにしていた。


一方のオーバー30のBBAは、

お肌のチェックなのか、

手で頬をスリスリして小さくため息をつくと、

大人4人がギリギリ座れる程度のベンチに、

再び腰を下ろす。



「今日は大変だったね」



どうぞ、とフェイティに促され、

フェイティのすぐ隣に座りながらアルトは呟く。


「そうね~、ギルティートレイン、か。

 ホント、怖かったわね」


「僕、結局ほとんど役に立ててなかったけどね……」


「あら、それを言ったら、

 悲しいけど私の方が役に立ってなかったわよ?」


「そんなことないよ。

 フェイティが常に冷静でいてくれて、

 本当に助かった」


「そう? 内心ずっとヒヤヒヤしていたけれど……」


「それに引き替え、僕は……」



そこまで言うと、

アルトは下を向いてしまう。


レナにわざわざ指名されて、

多少なりとも期待されて、

“知”のルートへ行った。

内心、ちょっとだけ嬉しかった。

少しでも、ほんの少しでも期待されている、

そう感じたから。


でも、フタを開けてみれば、

1問目では何の役にも立たず、

2問目に至っては、恐怖のあまり、

ただただ泣きじゃくっていただけ。


まったくと言っていいほど、

難問に相対する、

スカルドの役に立つことができなかった。

その当時、そしてみんなといる間は、

そこまで考えが回らなかったが、

夜になり、1人となり、

その現実と向き合った時、

どれほど自分が惨めになったことか。


今にも泣き出しそうなアルトの姿を、

フェイティは横から、

心配そうな表情でしばらく見つめていたが、

やがてその表情を緩めながら、優しく言う。



「スカルド君ね、アルト君に感謝してたわよ」


「……え?」


「セカルタ駅で降りてスカルド君と別れた時に、

 あの子がこっそり言っていたのよ。

 『一応、アルトに礼を言っといてくれ』ってね」


「僕に……礼?」


「2問目の時に、

 アルト君が泣きながら色々と叫んでたでしょ?

 あの言葉でスカルド君、

 答えが閃いたんですって」


「え……そう、なの?」



正直アルト自身、

必死過ぎて何を言ったか覚えていないし、

状況から察するに、

それほど意味ありげなキーワードを、

喋ったとも思えなかった。


「僕、全然覚えていないや……」


「そうね、BBAもアルト君が何を叫んだのか、

 覚えていないのよね。

 でも、スカルド君は感謝してたみたいよ。

 あんまり表情には出さなかったけれど」



その時のスカルドの表情を想像してか、

クスッとフェイティは小さく笑う。

あの基本仏頂面のスカルドが、

誰かに礼を述べる姿。



(うーん……)



しきりに首を捻るアルト。

まったく想像できない。



「だからアルト君も、

 しっかりギルティートレイン脱出の、

 立役者の1人なのよ?」


「そう……なのかな……」



ニッコリ笑顔のまま話すフェイティとは対照的に、

アルトの表情はどこかすぐれない、

微妙な面持ちだ。


あまりにも立役者としての手応えがなさすぎて、

もはやのれんに腕押しレベルを超えている。


天才少年から感謝の意を受け取ったはいいが、

どういう返しが正解なのかがよくわからない。

完全に無意識での出来事だったため、

“どういたしまして”はちょっと違うし、

だからといって“そんなことないよ”ともまた違う。

そんな葛藤が、今の微妙な顔つきが生み出されている。


しかし、それでも心の中では、

少しだけ安堵している自分がいた。

どんな形であれ、脱出に貢献することができた。

その事実は変わらない。


少しでも、自分が役に立てた。

それがわかっただけでも、

アルトはちょっとだけ嬉しかった。



「ありがとう、フェイティ。

 教えてくれて」


「いーえ。

 私はスカルド君の言葉を伝えただけだから。

 これからも頑張っていきましょ、ね?」


「うん」


(それにフェイティも、励ましてくれてありがとう)



スカルドの言葉を伝える以上の言葉をくれた、

夜空を見上げるフェイティにも、

同時に心の中でアルトは感謝した。





ふと、フェイティの横顔を見る。

銀髪が月の光によって照らされ、

まるで草花を愛でるような優しい目で、

大人の女性、フェイティは月を見上げている。

まるで聖母を彷彿とさせるその表情からは、

3Kgをゆうに超える槍を、

軽々と振り回すような女性には到底見えない。


どちらかといえば戦いとは無縁の、

どこかの田舎町で、

夫と仲睦まじく平和に過ごすといった、

絵に描いたような一般人、

といったイメージの方が容易にできる。



(……)



だからこそ、

アルトは気になることがあった。


おそらくレナやプログ辺りも疑問に思っているであろう、

フェイティにまつわる、聞いておくべき話が。



「フェイティ」



意を決したかのように、

アルトは口を開く。



「ん??」


「1つ、聞いてもいい?」


「あら、質問? 何かしら?

 あ、でもプライベートな話はNGよ?」



月を見上げていた柔らかい表情のまま、

フェイティは冗談交じりに言うと、

アルトへと振り向く。

アルトはほんのわずかだけ間を置き、

聞きたかった疑問を、

目の前の淑女へと投げかける。



「フェイティが僕たちといっしょに来てくれる、

 本当の目的ってなに?」


「……え?」



瞬間、先ほどまで慈愛の表情に満ちていた、

フェイティの表情が、一瞬にして消えた。

次回投稿予定→9/13 15:00頃


今回はちょっとだけ短めでした。

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