第50話:再びセカルタにて
「あー来た来た、レナ遅いよ~」
すでにトーテンの町の外へと移動していた4人のうちアルトが、
後ろから小走りで追いついてくるレナへと声をかける。
「ゴメンゴメン、ちょっと捕まっちゃってさ」
「あら、大丈夫だった?」
「へーきへーき。
さてと、そしたら早いとこ、
セカルタに戻りましょ」
レナを迎え、元通り5人となった一行は、
トーテン駅へと戻るため、再び歩き出す。
「でも、まさかナナズキが見逃してくれるなんて……。
僕、ずっとヒヤヒヤしてたのに……」
「そうね、敵さんとは言え、
なかなか粋な事をしてくれたわね」
「あのナナズキって子、
もしかしたらそんなに悪い子じゃないのかもね」
「そうね~、口はあんまり良くないけど、
なかなかカワイイところがありそうよねぇ~」
その道中、アルトとフェイティは、
安堵と感心の会話を繰り広げている。
確かに、宿屋で呼び出された後のあの状況下で、
誰がそのまま何事もなく、
見逃してくれると予想できようか。
その確率は、飢餓に晒されたライオンが、
目の前を通るウサギを見逃す程度に低い。
「ま、あの子にも思うところがあったんでしょ。
お言葉に甘えてサッサと逃げるわよ。
……っと、その前に」
あえて事情を話すことなくレナはそう言うと、
懐に手を入れ、中から通信機を取り出す。
「あら、レイと連絡を取るのかしら?」
「そっ。さすがに何の連絡もしないのはまずいでしょ?
それに帰るってことも言っとかないとだし」
「まあ、それもそうね」
ザ………ザザ……ザザーッ………プツッ。
『もしもし、レナさんか!?』
通信機の起動から程なくして、
王都セカルタの執政代理を務めるレイの、
やや切羽詰ったような声が聞こえてくる。
「あ、レイ執政代理かしら?
てか、レナって呼んでくれていいわよ、
なんか堅苦しいし」
『よかった、無事だったんだな!?
昨日の夜から何度も連絡したのに、
まったく繋がらなくなって心配したぞ!?』
どうやら、レナ達がギルティートレインに引きずり込まれた後、
レイは幾度となく連絡を試みていたらしい。
「あー、やっぱり?
ゴメンゴメン、ちょっと昨日の夜から立て込んでてさ」
『立て込んでていたってのは……、
例の事件で何かわかったのか?』
「うーん、わかったというか何というか、
解決……は一応したけど、結局はしてないような……」
そう答えるレナの口調は明らかに歯切れが悪い。
行方不明事件を引き起こしていた魔術、
ギルティートレインは、確かに破壊した。
だが、その魔術を操っていた真犯人を突き止めるまでには、
結局至っていない。
つまり、事件は解決しているようで、
完全にはまだ解決していない。
『ん? 妙に歯切れが悪いようだが?
何かあったのか?』
が、そのような背景を知る由もないレイは、
当然のことながら通信機の向こう側で?マークを並べる。
「まあ……、その辺はそっち着いてから話すわ。
長くなると思うし」
『そうか……。
わかった、詳しい話はこちらに来てからお願いする。
ちょうどこちらも話すことがあるしな。
で、今どこにいるんだ?』
「今トーテンを出たとこよ、
これから駅に向かうわ」
『今からというと……こっちに着くのは夕方前か。
わかった、じゃあすぐに戻ってきてくれ。
次の列車の座席はこちらで確保しておく』
「何から何までどーもですっと、
それじゃ、また後で」
やっぱり連絡しといて正解だったわね、
レナはそう呟きながら、通信機の電源を切る。
「それじゃあとりあえず、
レイ執政代理の用意してくれた列車に乗って、
セカルタに戻る感じでいいのかな?」
「そうね……ってあれ?
今の会話、聞こえていたの?」
レイとの会話の内容をやたらと詳しく話すアルトに、
通信機をまるで携帯電話のように、
耳に近づけながら話していたレナが不思議そうに聞く。
「うん、全部聞こえていたよ」
「あら、そう。
なら説明する必要ないわね、
それじゃ、早くトーテン駅に向かいましょ」
そう言うなり、レナは歩くスピードを速め、
スタスタと先頭を歩いていく。
あと何分で次の列車が来るかは不明なうえ、
ナナズキが後から追ってくる可能性がある以上、
急いで駅に向かうのがいいに越したことはない。
風を切りながら先頭を歩くレナ、
ナナズキの感想をいまだ話すアルトとフェイティ、
何やら難しい顔をしたままガムを噛むスカルド、
そして一番後方よりどこか元気なく、
また何か思いつめた表情のプログ。
それぞれの胸の中に様々な感情を抱き、
長い長い一日を過ごした、トーテンの町を後にする。
「え? 今日旅立つのかい?」
時を同じくして、
トーテンの憩いの場所、酒場。
今日も昼から店内は満員御礼状態だ。
その中で、あのチョビ髭マスターが、
少しばかり残念そうに言う。
その相手とは……。
「ええ。ここでの用事は済んだから……」
「そうかい。
でも残念だな、
せっかく常連になってくれたのに……」
「ごめんなさいね。
でも、またいつかきっとお邪魔させていただくわ」
「本当かい!?
それを聞いて安心したよ。
またぜひ来てくれよな」
「ええ、必ず。
それじゃ、ごちそうさまでした」
「はいよ、毎度あり。
次の時には、ぜひそのお顔を拝見したいモンだね!」
「ウフフ、考えとくわ」
顔をフードで隠し、女はカウンターの椅子から立ち上がると、
ここしばらくお世話になっていたこの酒場、
そしてマスターへ軽く手を振ると、静かに店を後にする。
「さて、と。
あのクソガキ共に魔術は壊されちゃったけど、
ひとまず実験は成功だったから、良しとしましょうかしらん?
……1人だけ、関係ないおバカちゃんがいたけど。
それにしても、愛しのプログに会いたかったのに、残念ねぇ~ん」
前日とは違い真っ昼間ということもあり、
フードで顔を隠したまま、
いつもの甘ったるい声色でファルターはそう呟く。
そしてフフッ、と少しばかり口元に笑みを浮かべると、
「さて、それじゃあ、もう1つの実験場所に行こうかしらん?
確か場所はっと……」
胸の辺りから世界地図を取り出したファルターは、
まるでヘビのように不気味に舌をチロチロさせながら、
舐めまわすように地図を見回し始めた。
レナ達はトーテン駅に到着しておよそ1時間後に、
セカルタ行きの列車に乗ることができた。
駅員いわく、ちょうど前の列車が発車して数分後に、
レナ達が駅についた、とのことだ。
列車を待つ間、
もしかしたらナナズキが追いかけてくるのではと、
内心ヒヤヒヤものだったが、
幸いあの青髪ツインテール少女の姿を、
再び目にすることはなかった。
そしてまたもレイの粋な計らいによって、
行き同様の、豪華な最終車両に乗り込んだ5人は、
セカルタへ着く時を待っている。
「レイ執政代理に会ったら、
まずはお礼を言わないとダメね」
ふかふかのベッドに寝そべりながら言うレナの言葉も、
もっともである。
「そうね、わが教え子ながら、
立派になったものよねぇ~」
どこか誇らしげな表情を見せながら、
フェイティも破顔一笑といった顔を見せている。
なお、昨晩(というより今晩)の疲れからか、
アルト、そして珍しくスカルドはベッドの中で、
昨晩よりもおそらく清々しいであろう、夢の中にいる。
「立派になった、ねえ。
はてさて、同じ教え子出身のプログさんとしてはその辺、
何かご意見はありますかぁ~?」
列車に乗ってやっと緊張から解放されたのか、
レナはいつも通りといったように、
さっそくプログをいじり始める。
今まで何度も見た、もはや日常茶飯事だ。
……が。
「……」
プログからは、何の反応も示さない。
というのも今だけの話ではない、
列車に乗ってからというもの、
ずっと車窓にうつる外の景色を、
ぼんやりと眺めているだけだ。
何の返答も示さない、というよりは、
どっちかといえば話を聞いてない、
という表現が正しいかもしれない。
「……プログ?」
「! あぁ、わりい、聞いてなかったわ」
「ったく、どうしたのよ?
さっきからずっと静かじゃないの。
何か考え事でもしてんの?」
「ん、ああ、まあな……」
明らかに言葉じりを濁しているプログは、
それだけ話すと、再び窓の外へと視線を移す。
どうやら、あまり詮索してほしくないらしい。
「ふーん……ま、何でもいいけどさ」
特に興味もないしいいや、とばかりにそう呟くと、
レナもふかふかのベッドに横になる。
時間軸のズレはあるにしろ、
結局昨日も一晩、起きっぱなしだった。
「ふあぁぁ……」
寝っころがった瞬間から、
無意識のあくびが止まらない。
ただ、だからといって本能の赴くまま、
寝ることもできない。
列車に乗っているということは、
列車専門の犯罪集団、
シャックのホームグラウンドにいることに等しい。
つまり、いつシャックに襲われるか分からない。
「いいわよ、レナちゃんも寝てて。
見張りなら、BBAとプログちゃんでやっておくから」
「へ?」
だが、そんな葛藤を見透かすように、
フェイティの声がレナの耳へと届く。
一応、見えないようにあくびをしていたレナだったが、
よっぽど表情に疲れが出ていたのだろうか。
「いや、別にいいわよ、
たかだか1~2時間くらい――」
「いいからいいから。
こういう時は年長者を頼っていいのよ、
ねえ、プログちゃん?」
「……まあ、休める時に休んどけよ」
慌てて起き上がろうとするレナを、
フェイティ、そして窓の外を見たまま話すプログの言葉が、
強引にベッドへと引き戻す。
「そ、そう?
どーもですっと……」
特に強く拒む理由もないレナは、
2人の言葉に甘え、再びベッドに横になる。
一応、心の中でシャックに襲われないことを祈りながら、
レナは束の間の夢の世界へと入り込んでいく。
「……」
「……」
残されたフェイティとプログ。
2人が会話をすることはない。
視線を合わせることもない。
決して仲が悪く見えるとか、そういうことではない。
何かこう、お互い独自の空間を作りだしているかのように、
双方とも干渉し合うことがない。
そして、プログだけではなく、
先ほどまで明るい表情していたフェイティも心なしか、
思いつめた表情を浮かべながら、
目の前で眠る3人の姿を眺めている。
結局、セカルタ駅に到着するまでに、
2人が言葉を交わすことは、一度もなかった。
約1時間半の車窓の旅を経て、
レナ達はセカルタ駅へと到着した。
幸い、シャックに襲われたりするような、
大きなトラブルもなかった。
もっとも、セカルタ駅に近づいても、
寝起きの悪さMAXのレナが4人がかりでもまったく起きず、
危うく降りはぐりそうになるという小トラブルがあったが。
ちなみに自らの父の件でセカルタ、
そしてファースター政府を憎んでいるスカルドは、
前回同様、レイに謁見する前に、
どこかへと姿を消してしまった。
ということでスカルドを除く4人は、
セカルタ城の城門へと足を運ぶ。
「お疲れ様です、セカルタ城へようこそ!」
「ふあぁぁ……おちゅかれさんです……」
寝ぼけ眼をこすり、
ポリポリと頭を搔きながら、
レナは城の門番へと軽く挨拶する。
おちゅかれさんって何それ……と、
やや顔を引きつらせながら、
アルトは門番に話しかける。
「ええと、レイ執政代理にトーテンの町の件で報告が……」
「あ! あなたたちでしたか!
これは大変失礼しました!
ささっ、どうぞ、執政代理がお待ちです!」
どうやら事前にレイが話をつけていたようで、
アルトが最後まで話す前に門番は深々とお辞儀を始め、
4人を城内へと案内してくれた。
「お、戻ったか。
まずは無事に戻って来てくれて何よりだ」
レナ達が謁見室に入るなり、
レイは安堵の表情を浮かべながら労をねぎらう。
「まったくその通りよ、
ホント、無事に戻って来れて何よりだわ」
「その言葉から察するに、
どうやら色々とあったみたいだな」
皮肉交じりに肩をすくめるレナを見て、
レイは少しだけ、苦笑いを浮かべる。
しかしすぐにその表情を引き締めると、
「さて……さっそくだが、
本題に入らせてもらってもいいかい?」
「そうね、あんまり時間も取っちゃ悪いし」
「悪いな、疲れもあるだろうが……」
「全然。こっちも無理言って、
時間作ってもらってんだし」
気にしないで、
とばかりに軽く手を振り、レナは言う。
一昨日、レナ達がレイとの面会アポイントを取ろうとした時は、
10日後に来てくれ、と言われた。
つまり、本来ならば今の時間は、
他の面会者がいるハズである。
だがおそらくレイのことだ、
自分たちが会うのを優先してくれたに違いない。
多少疲れはあるにしろ、
本来の面会者である人のためにも、
あまり時間を使わせるのはよくない。
「えーと、どこから話せばいいかしらね……」
そう考えたレナは、息をつく間もなく、
昨日、そして今日起きた出来事について、
言葉を紡ぎ始めた。
「ギルティートレインか……初めて聞く名だな」
レナがすべて話し終わったのを受け、
レイは体の向きを変え、背を向けながらポツリと呟く。
「一応、禁忌の魔術だったらしいけどね、
どうやらどこぞのバカが、
それを破ったみたいなのよ」
禁忌の魔術とどこぞのバカが、
の部分を強調しつつ、レナは言葉を付け加えておいた。
ただ、別にどこぞのバカ、
という部分を知ってもらいたかったわけではない。
この魔術を編み出したのはスカルドの父親である。
そのことについて弁明しておかないと、
スカルドの父親、そしてスカルド自身に、
思わぬ飛び火が行く可能性がある。
その飛び火を防ぐため、
そしてスカルド父子の尊厳を守るため、
レナはその2つの言葉を強調しておいたのだ。
「そうか……状況は大体わかった。
ひとまずトーテンの町には、
数名兵士を派遣して様子を見ることにしよう。
それと、ギルティートレインについては、
城の研究者達にも少し調べさせてみるようにする。
昔の文献を調べれば、何かわかるかもしれないからな」
「そうね、そうしてもらえると助かるわ。
こっちとしても、これ以上は手の打ちようがないし。
それで、ディフィード大陸の件はどうなったの?
申請は下りた?」
「ん? ……ああ、その件か。
正式な通知はまだ来ていないが、
まあおそらく明日の朝くらいまでには、
許可通知が来るだろう。
そっちの方は問題ないハズだ」
時間を気にしつつ、
サクサクと事を進めるレナの問いに、
レイは背中を向けたまま答える。
……が、話す言葉に一部、
わずかながら引っかかる表現を含んでいる。
それに、喋りの歯切れが妙に悪い。
「ん? そっちの方は問題ないって、
何か他に問題でもあんの?」
表情を見ることができなくても、
そのわずかな雰囲気の違いを、
レナが見逃すはずがない。
眉をひそめ、腕組みをしながらレナは訊ねる。
背を向けたレイはしばらく無言でいたが、
やがてゆっくりとレナ達のほうへと向き直る。
その表情は、予想通りやはり暗いものである。
「……そうだな、
君達には話しておくべきことか……」
「その様子だと、
あんまりよろしくない話っぽいわね」
「ああ。いや、むしろ今の状況では、
最悪な話かもしれないな」
レイは謁見室をグルリと見渡す。
この広い一室の中には、
レナ達とレイの5人、
そして謁見室入口を護る2人の門番しかいない。
その環境を確かめたレイは、
360°部屋を見渡し終わった後に、
最悪な問題の要旨を、実に簡潔に述べた。
「実は1週間後、
クライド騎士総長がここに来ることになった」
<スカルドの……>
……あ?
登場人物の紹介だと?
そんなモン他のヤツにやらせろよ、
何で俺がやんなきゃいけねぇんだよ。
なに、もう他の人はやっただと?
チッ、めんどくせえ……。
5分だけだぞ、短くても文句言うなよ。
<レナ・フアンネ>
ルインに住む、口数の多いヤツだ。
頭悪そうに見えて、なかなかの切れ者のようだな。
ただコイツ、寝起きがクソ悪いぞ。
……。
あ? 他にだと? そんなの知らねえよ。
<アルト・ムライズ>
ファイタルに住む男だ。
やたらネガティブ色が強いヤツだな。
ギルティートレインの時はイライラさせられたわ。
確か母親を探しているとか言ってたな。
<プログ・ブランズ>
凄腕の元ハンターらしい。
俺にはただのアホにしか見えないが。
コイツもレナ同様、口うるさい野郎だ。
ただ最近は口数が妙に減っているな。
ま、別に興味もないからどうでもいいが。
<ローザ・フェイミ>
……そういえば、結局コイツは誰だったんだ?
王立魔術専門学校の時にはいたハズだが、
いつの間にかいなくなっていたぞ。
<マレク>
<クライド・ファイス>
コイツらは知らん。
次だ、次。
<イグノ>
ファースター騎士隊3番隊隊長らしいが、
言動を見る限り、ただのアホだな。
やンスやンス語尾もうるせえし。
ただ、レナから聞いた話だと、
実力はそこそこあるみたいだな。
ま、俺は実際戦ってねえから知らねえが。
<ファルター>
コイツも知らん、次。
<フェイティ・チェストライ>
アックスの村に住む自称BBAだ。
コイツも口数が多い……てか、
考えてみたら全員うるせえんだよな。
コイツに至っては喋りのテンポが微妙にズレてるし。
ったく、ロクなヤツがいねえな。
<アロス・チェストライ>
BBAの夫らしいぞ。それ以外は知らん。
<レイ>
王都セカルタ執政代理だそうだ。
俺は会ったことはねえし、会いたいとも思わねえ。
理由? ンなモンは察しろ。
レナ達の話だと、
なかなか話の通じるヤツらしいぞ。
<スカルド・ラウン>
俺?
俺は別にいいだろ、次だ次。
(作者:いや、一応紹介を……)
あ?(怒)
(作者:……いや、別にいいです……)
<ナナズキ>
ファースター騎士隊4番隊隊長のガキだ。
イグノ程ではないが、
やはりコイツも口うるさいアホだな。
自分の方が年上とかどうとか言っていたな。
ま、どうでもいいんだが。
こんなモンでいいだろ、じゃあな。
次回投稿予定→8/30 15:00頃




