表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第2章 エリフ大陸編
53/219

第49話:協定の破棄、その時ナナズキは……

宿屋の時計の針は、

すでに朝の9時を超えている。

つまり、アルト達がここへ戻ってきてから、

すでに4時間が経過している。


だが、レナとスカルドが戻ってくる気配は、

いっこうにない。


この4時間でアルト、フェイティ、

プログに生まれる会話はせいぜい、

まだかな?とか、遅いね程度の、

概ね会話を成さない単発的なもので、

大部分の時間は、ただただ無言の時が流れていた。

当然ながら個々の表情は暗く、それでいて険しい。



(大丈夫……みんな、絶対に帰ってくる……)



祈りというより、自らに言い聞かせるように、

心の中でアルトは、この言葉をずっと呟き続けている。


魔術空間に飲み込まれ、

最初に5人でこの部屋を飛び出した時間が午前1時で、

祈祷駅で降りたアルト達が、

再びこの空間に戻ってきた時の時間が、午前5時だった。


つまり、アルトとフェイティとプログは、

通常の時間軸ではおよそ4時間、

あのギルティートレインにいたことになる。


加えて、アルト達が降車したのは、

終点の1つ前の駅の祈祷駅である。

祈祷駅から終点である執行駅に着くまでの時間が、

異常に長いという場合だと話は変わってくるが、

普通に考えれば、

7つある駅のうちの6駅目で降りたということは、

スカルドの言う30分のタイムリミットのかなり後半で、

3人は脱出したと考えるのが妥当だろう。


タイムリミットのかなり後半で脱出して、

戻ってきたら4時間が経過していたアルト達。


そして現在、午前9時を超えている。

そう、アルト達が通常世界へ戻ってきてから、

同じ4時間が経過しているのだ。


なのにレナとスカルドは、

未だに帰ってきていない。


向こうの時間軸はどうなっているのだろうか?

もし執行駅で降車できたとしたら、

これほど時間がかかるはずがない。


それでも帰ってこないということは、まさか……。



(いや、そんなことはないッ!

レナ達は絶対に帰ってくるはず、絶対に……ッ!!)



じわじわとまとわりついてくる負の思考を、

アルトは懸命に振り払う。

首がちぎれるのではと思うくらい、

左右にブンブンと振り回し、

その黒い思考を遠くへと吹き飛ばす。


その仮説は、絶対に考えてはいけない。

もしかしたら今も必死に戦っているかもしれない、

3人のためにも、その考えだけは、

絶対に認めてはいけない。


だからこそ、アルトはありとあらゆる可能性を考え続ける。


きっと、あの空間の時間軸は特殊なのだろう。

自分たちが戻ってきてから時間軸が狂ったため、

レナ達が戻ってくるのは、

時間がかかっているのだろう。

だから、もう少しすれば、きっと帰ってくるハズ。


そうだ、もしかしたらレナ達は、

別の場所に戻されたという可能性だってあ



ピキィィィィンッ!!



「――ッ!!」



まるで耳鳴りのような高音が部屋中に響き渡り、

アルトは思わず耳を塞ぐ。


そして次の瞬間、部屋の中央から、

小さな光が姿を現し、

瞬く間に部屋全体へと広がっていく。



「な、なにこ――」



あまりの眩しさに、

目を覆うフェイティの言葉の最後を待たずして、

部屋全体を照らす。


しかし、眩し過ぎる光はフッ、とすぐに姿を消した。

そして、消えた光の中から姿を現したのは。



「お、戻って来れた?」



それは、アルト達が待ち望んでいた声。



「どうやら、そのようだな。

 アイツがいないが……まあ、隣に戻ってきているだろ」



それは、3時間近く、

一心不乱に無事を祈り続けていた、

彼女らの声だった。

そう、レナとスカルドが、

戻ってきたのだ。


「レナちゃんッ! スカルド君ッ!!」


「やっほい、ちょっと遅れたけど、

 無事に戻……ってフェイティ、わかった、わかったから!!」


「よかった、本当によかったわ~!!」


「お、オイ……ッ!

 ちょ、離せ……ッ!!」



今にも泣き出しそうな表情で抱きついてくるフェイティを、

レナとスカルドは必死に引き剥がそうとしている。


一方、祈りが通じた形となったアルトは安堵のあまり、

ヘナヘナとその場に力なく座り込む。



「良かった……どうなっちゃったかと……」


「あら~? もしかしてアルト、

 あたし達がもうダメなんじゃないかって、

 思ってたのかしら~?」


「あ、いや、そういうわけじゃ……」


「うふふ、冗談よ、冗談」



ヘナヘナから一転、慌てふためく様子を、

クスクスと笑いながらレナはそう言うと、

フェイティやスカルド、

そしていまだにベッドに座り込み、

険しい表情を崩さないプログの方へと向き直る。



「とりあえず、

 運転システムは破壊することに成功したわ」


「あら! それならギルティートレインは……」


「ああ、これでしばらくの間、

 使うことはできないだろう」



喜びの表情がさらに弾けるフェイティに、

スカルドは冷静に言う。


「しばらくって……。

 また使えるようになっちゃうの?」



スカルドの『しばらく』という言葉が気になったのか、

入口のドア付近に座っていたアルトは、

ゆっくりと立ち上がると、

近くにあったベッドへと移動しながら訊ねる。



「まあな。

 ぶっ壊したと言っても、

 再び最初から魔術の術式を組みなおせば、

 使えるようにはなるだろう。

 ただ、あれほどの術式だ、

 一朝一夕で完成できるようなシロモノじゃねえ」


「スカルドの見立てだと、どれほど優秀な魔術士でも、

 数ヶ月はかかる、とのことよ」



横からレナが割って入る。

どうやらレナはここに戻ってくるまでに、

ギルティートレインの仕組みを、

スカルドから教授頂いていたらしい。


「なら、その数ヶ月の間に、

 何としても犯人を突き止めないとだね」


「ああ、何としても捕まえてやる。

 父上の名誉にかけても、な」


「そういえば、ナナズキちゃんは?

 レナちゃんとスカルド君は、

 最後は一緒じゃなかったの?」



決意を込め、

口に放り込んだガムを強く噛みしめて言うスカルドの横で、

部屋の隅々まで視線を送りながらフェイティが言う。


先に戻ってきたフェイティ達は、

3人は同じ空間、つまりこの宿屋の一室へと帰ってきている。

だが、今戻ってきたのは、レナとスカルドの2人のみ。

そこに、ナナズキの姿は見当たらない。



「ナナズキ?

 ああ、あの子なら――」



と、レナが言葉を続けようとした時だった。



コンコンコンコン。



小気味よくドアをノックする音が4回。


噂をすれば何とやら、とよく言うが、

あまりにもタイミングが良すぎる。

全員の視線が、一旦は入り口のドアへと向かうが、

ものの1、2秒もしないうちにその視線は、

見事なまでのフラグを建てたフェイティの元へと集中する。



「私、下手なこと言わない方がよかったかしら……」



その視線を受け、思わず手で口を隠しながら、

フェイティはどこか気まずそうにしている。


まあ、こればっかりはしょうがないわね、

レナは小さくため息をつきながら、

入口のドアを開ける。


そこに立っていたのは、

全員が予想していた通りの100点満点の解答である、

4番隊隊長、ナナズキの姿が。


そりゃそうよね、

レナはまた1つ、小さくため息をつく。


敵が隣の部屋にいることがわかっているのに、

それを黙って見逃してくれるはずがない。

レナとてそんなことは理解している。

だが、実際目の前に、

しかも間髪入れず現実を突きつけられると、

今までの疲労がどっと押し寄せてくる。


一方、今までの疲労の色を全く見せることなく、

しかし、どこかつまらなそうな表情を浮かべながら、

ナナズキは静かに一言、レナ達に告げる。



「ちょっと、いいかしら?」





「一応、礼は言っておくわ」



チェックアウトを済ませ、

宿屋の外へ出たレナ達に背を向けながら、

ナナズキは引き続きつまらなそうに言う。



「本意ではないにしろ、

 私一人では、あそこから脱出できなかったし」


「お互い様よ。

 こっちとしてもナナズキがいたおかげで、

 色々と助かったわ」



表情を窺い知れない相手に向け、

レナは肩をすくめる。



「この件は、クライド騎士総長様を通じて、

 セカルタ政府に調査をするよう、手配をしておくわ。

 誰だか知らないけど、

 こんなことが許されていいハズがないもの」


「あっそ。まあ、よろしく頼むわね」



(まあ、クライドに依頼しても何の意味もないと思うけど)



心の中で、そう呟きながら、

レナはどこかよそよそしく答える。


ナナズキはクライドの直属の部下、

7隊長の1人であるにもかかわらず、

なぜかクライドが、

シャックのボスであるということを知らない。

だからこそ発せられた言葉だろう。


まだ100%確証があるわけではないが、

今回も犯人は、シャック関連である可能性が高い。

そう考えると、

そのトップであるクライドに相談を持ちかけたところで、

おそらく馬の耳に念仏状態だ。


それにこの件に関しては、すでにセカルタ政府、

およびレイは把握しているどころか、

解決のために動いている。

そのために今、レナ達はここにいるのだ。

つまり、ナナズキの行動は、クライドにとっても、

セカルタ政府にとっても、

無意味以外の何物でもないのだ。


ただ、それをナナズキに知らせてしまうと、

自分たちがセカルタと繋がっていることだけでなく、

もしかしたらローザの居場所まで、

バレてしまう危険性がある。

そのため、ナナズキに申し訳ないと思いながらも、

レナはそのことを黙っていた。


そして他の4人も、そのことを察してか、

一言も発することをしなかった。



「さて、と。

 それじゃ、休戦協定はここまで、

 ってことでいいわね?」



ここで体の向きを入れ替え、

レナ達の方へと向き直ったナナズキ。

その目つきは、

若干ながら鋭くなっているように見える。



「……ええ。

 そういうことになるわね」



やっぱり来たか、

容易に予想できた展開に、

レナは額に手を当てながらやれやれ、

といった表情を見せる。



「当然でしょ?

 あの場所では仕方がなかったけど、

 本来は敵同士。

 私はレナ達を捕まえるために、

 ここまで来ているんだから」



ナナズキは右手をかかげ、

出現した杖を手に持つ。

皆まで言わずとも、

その行動が何を意味しているか、

4人にはすぐに理解できた。

自然と手が、武器の元へと動いていく。



(こうなるくらいなら、ナナズキが部屋に来る前に、

サッサと逃げておけばよかったわッ……!)



今になって少しばかり後悔するレナだったが、

目の前の状況を見る限り、

そんなことを反省している余裕はない。

今、目の前に立ちはだかっているのは敵のナナズキだ。



「そうね、あんたの当初の目的、すっかり忘れていたわ」


「そうよ、私の任務はレナとその仲間を捕まえること。

 だから……」



腹をくくり、長剣と短剣を構えたレナに、

ナナズキは再び背を向ける。

そしてわずかな沈黙の後、静かに告げる。



「早く、どっかに行きなさいよ」


「……え?」


ナナズキの右手にあった杖が、

何の役目も果たさぬままシュン、と消える。

あまりに想定外の言葉に、

レナを始め、後ろで構えるアルト達からも、

思わず声が漏れる。



「聞こえなかったの?

 早くどっかに消えちゃえ、って言ってんのよ」



ナナズキはもう一度、

やや声の大きさをあげて言う。



「どういう風の吹き回しかしら?」


「さっきも言ったでしょ、

 私はこれからレナとその仲間を探さないといけないの。

 これ以上、無関係のアンタ達と付き合っている暇はないのよ、

 だからサッサとどっかに行きなさいよ、

 それとも何? もしかして――」



そこまで言うと、

ナナズキはチラッと顔だけ振り向き、

そして言う。



「アンタ達がレナなのかしら?」



その目は鋭く、

まるで獲物を狩るライオンのようなものだった。

言葉とは裏腹のその表情に、

レナは一瞬ビクッとするが、

静かに目を閉じ、気持ちを落ち着かせる。

そして後方にいる3人に向け、



「……町を出るわよ」


「えっ?」


「早くッ! この子の気が変わらないうちにッ!!」



ナナズキ同様、後方を振り返ることなくレナは叫ぶ。

その異様な雰囲気に、

後方の3人はしばらく動けないでいたが、



「行くぞ」



ようやくスカルドの体が動き、

トーテンの町の出口へと足早に歩いていく。



「あ、ちょっと待って!」



そのスカルドの後ろ姿を、

フェイティが慌てて追っていく。



「プログ、僕達も行こうッ」



続いてアルトがプログと共に、

その場から離脱しようとする。



「……」



……が、プログから返答はない。

心ここにあらずといった様子で、

その場にただ突っ立っている。



「……プログ?」


「え? あ、ああ、わりい。

 よし、行くぞッ」



2度目のアルトの言葉で、

ようやく我に戻ったプログは、

アルトを連れて出口へ小走りで向かっていく。





残されたレナとナナズキ。



「まったく、回りくどい見逃し方ね」


「いろいろと都合ってモンがあんのよ、こっちにも」


「お城へのお勤め者は大変ねぇ、

 ま、でも正直助かったわ。

 あんたのそーゆーところ、嫌いじゃないわよ?」


「別に。助けたつもりはないわ。

 それに、アンタに好かれたいとも思ってない。

 とにかく、これで借りは返したから。

 次に会った時は、容赦しないわよ」


「そうね。ちょっと残念だけど」


「残念でもなんでもないわよ。

 アンタと私は敵同士なんだから。

 それと、アンタが言ってたシャックの件、

 私は信じないから。

 騎士総長様とシャックが何か関係があるだなんて、

 安いデマにも程があるわ」


「……ま、その辺はあんたの判断に任せるわ。

 できれば敵としてはもう、

 あんたとは二度と会いたくないけど」


「さあ、どうかしら?

 悪いけど、必ずアンタ達、

 そしてローザ王女を見つけ出してやるわよ。

 私、こう見えて意外と執念深いんだから」


「別に意外でも何でもないけど。

 話している雰囲気で何となく分かるわよ

 あと、頭が固そうだってことも、ね」


「あっそ。ま、どうでもいいけど。

 それより、アンタも行かなくていいの?

 私もそろそろ、本格的に尋ね人探しを始めたいんだけど」


「……そうね。

 それじゃ、あたしもこれで失礼させてもらうわ」



結局一度も2人は向き合うことなく会話を終え、

レナは後ろへと振り向き、

ゆっくりと一歩を踏み出す。

依然、ナナズキは背を向けたままだ。



「最後に1つ」



そう言いながら、

レナは数歩動いていた足を止める。

そして背中合わせのまま、



「あんたとの連携、悪い気はしなかったわよ」



突然の降りかかったその言葉に、

ナナズキはしばらく、

何かを考えるかのように黙っていたが、

ふう、と1つ息をつくと、



「冗談。こっちは金輪際、まっぴら御免よ」



わずかに、ほんのわずかではあるが、

口元を綻ばせながら、ナナズキはそう答えた。



「……じゃあね。

 色々、どーもでしたっと」



バイバイとばかりに右手を軽く振りながら、

レナは再び歩き始めた。

その去りゆく姿を、

ナナズキが確認することは一切なかった。

レナの姿が完全に消えるまで、

終始背を向けたままだった。





「まったく……これじゃあ、減給確定かしらね」



レナ達が完全に立ち去った後、

ギルティートレインから戻った後に結いなおした、

ツインテールの根元部分をさすりながら、

しかしどこか晴れやかな表情を見せながら、

ナナズキは軽く舌打ちする。

そしてポケットから、

何やら通信機のようなものを取り出し、

誰かと連絡を取り始めた。



「……あ、ナウベル? あたしよ、ナナズキ。

 ……え? 昨日の連絡?

 ゴメンゴメン、昨日はちょっと取り込んでてさ。

 ……えー! いーじゃないのよ、

 1日くらい連絡しなくても!

 アンタねえ、ちょっとは融通ってモンを……。

 なに、レナ達?

 ああ、……トーテンの町にはいないわね。

 昨日から夜通し探したけどいなかったわ」



どうやら、相手は仲間のようだ。

話し方から察するに、

クライドのような上司というよりは、

同僚の7隊長、といったところだろうか。



「今、イグノはどこ行ってんの?

 アイツもエリフ大陸担当でしょ?

 ……あっそ、じゃあ私はアックスに行ってみるわ。

 ……え? あんたもこっちに来てんの?

 珍しいわね、何かあったの? ……ふーん、まあいいわ。

 とりあえず、また何かわかったら連絡するわ、んじゃね」



そう言い終えると、ナナズキは通信機を、

元あった場所、ポケットの中に戻そうとする。


……が。


ふと急に何かを思い出したのか、

はたまた何か話すことを忘れていたのか、

ナナズキは慌てて通信機を口元へ戻し、

再び声を投げかける。



「もしもしッ!?

 あーゴメン、ナウベル、ちょっと時間ある?

 ……大丈夫? ちょっと1個だけ、

 聞きたいことがあるんだけどさぁ……」



姿の見えない相手へ話す時間があることを確認すると、

ナナズキはほんの一瞬、

頭の中で思考を巡らせた後、

おもむろに、それでいて気の進まない様子で、

口を開いた。



「クライド騎士総長様と、例のシャックの件なんだけど……」


次回投稿予定→8/23 15:00頃


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ