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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第2章 エリフ大陸編
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第47話:何を思う、祈祷駅

「……え?」



そう発したのは、レナだけはない。

プログやフェイティ、

そして先ほどまで、

あんなに泣きじゃくっていたアルトですら、

そのスカルドの言葉に、耳を疑う。


ようやくこじ開けることのできた、

現実へ戻る扉を前にして、この列車に残る?

はっきり言って、意味が分からない。



「お前らは先に戻っていろ」


「ちょっ、どういうつもりよ?」



スカルドはもう一度、

この車両の先にある運転車両へ視線を逸らすと、



「俺は……動力源を潰す」


「動力源を潰す?」



ああ、

レナの言葉にスカルドは小さくうなずく。



「この先の運転車両にある自動運転装置は、

 ギルティートレインの動力源、

 いわば心臓とも言うべき場所だ。

 もし父上が組みあげた魔術をそのまま使っているとしたら、

 ここをぶっ壊せば犯人に、

 この魔術を使えなくさせることができるハズだ」


「あら、そうなの?

 そういうことは早く言いなさいよ、

 だったらあたし達も


「何度も言わせるな、

 お前らはここで降りていろ。

 ここからは俺1人で行く」



ある意味殺気にも似た目つきでスカルドは、

再び車両に乗り込もうとしたレナを遮る。

恐ろしいほど低い声調で発せられたその言葉に、

レナの足もピタリと止まる。



「自動運転装置がそう易々と壊せるとは思えない。

 おそらく強固な防護システムを張っているだろう。

 何が起こるか分からない以上、

 必ず生きて帰れる保証はどこにもない。

 それに、不本意な使われ方とはいえ、

 この魔術を作ったのは父上だ。

 ならばその尻拭いをするのは、

 息子である俺の役目だ。

 無関係のお前らを巻き込む必要はない」


「なに水臭いこと言ってんのよ、

 いっしょにここまで来ている時点で、

 無関係なワケがないじゃないのッ」


「そうよ!

 それにBBA達もいっしょなら、

 動力源ってのも、すぐに壊せるかもしれないわ!!」



レナだけではなく、フェイティも身を乗り出し、

今にも車両へ戻らんとしている。

アルト、プログ、

そして敵であるハズのナナズキも同様だ、

誰一人としてこのまま祈祷駅に残り、

自分だけ助かろう、などと思う者はいない。

そこにいる全員が目の前にいる、

自ら助かる確率を下げ、

帰ってこれるかも不透明な死地へ赴こうとする、

12歳の少年を助けようとしている。



「……これは俺なりのけじめだ」



しかし、ただ1人車両に残る12歳の少年は、

そんな人生の先輩たちの助言に、

静かに首を振る。



「望んでない使われ方にしろ、

 父上が残した魔術のせいで、

 多くの関係ない人が犠牲になっている。

 父上亡き今、その責任は息子である俺にある。

 父上のため、そしてこの村に住む人々のため、

 これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。

 もし出すのであれば……それは1人で十分だ。

 一番責任を取るべきヤツだけで、な」


「スカルド……あんた……」


「俺は何としても、1人でこの列車をぶっ潰す。

 悪いが、邪魔をするな」



スカルドの言葉には、意味以上の重みが感じられた。

俺なりのけじめ。

それはあまりに天才すぎた父上を持った、

12歳の少年の、不退転の覚悟の表れだった。


すでに列車を降りている5人に、

スカルドのその強固な意志を曲げられる者はいなかった。


このままでは、スカルドは1人で行ってしまう。

けれど、かといってスカルドの覚悟は、

地に深く根をはる大樹のように、

決して揺らぎはしない。

わずかな、それでいて重い、無言の時間。



「シケたツラすんなよ。

 俺だって魔術を究める前に、

 こんなところで死ぬつもりはねえ。

 だから、お前らは先に帰ってろ、じゃあな」



迫る出発時間を察してか、

スカルドは軽く口元をほころばせると、

軽く手を振り上げ、運転車両へと向かおうとする。


そして、その言葉に呼応するかのように、

発車時間を迎え、開いていたドアノブ式の扉が、

勝手に閉まっ



ガンッ!!



「……?」



扉が閉まった、にしては妙に大きい音に、

スカルドは足を止める。



「1人でカッコつけんじゃないわよ」


「なっ……ッ!」



スカルドが後ろを振り返ると、

そこには扉が閉まる寸前で、

足をドアの隙間に滑り込ませているレナ、

そしてもう1人、レナと同時に、

片開き式のドアを握っているのは――。



「ったく、ホントにどこまでもめんどくさいわねッ!」



イラつく素振りを見せながら、

強引に列車内に戻っていくのはなんと、

あのナナズキだった。



「なに、あんたも助けてくれんの?」


「なっ……!

 か、勘違いしないでよねッ!

 クライド騎士総長様から、

 全員連れ戻せって言われているからよッ!

 別にコイツを助けたいわけじゃ……ッ!!」


「ハイハイ、絵に描いたツンデレ、

 ごちそうさまでしたっと」



やや顔を赤らめながら、

列車へ乗り込むツンデレ青髪少女の後を追うように、

レナも再び列車内へと戻る。


そして、支えを失ったドアは、

バタンッ!と乱暴に閉まる。


驚いたのはスカルド、

そしてプラットホームに取り残された、

アルト、プログ、フェイティだ。



「ちょ、オイッ!!」



扉の向こうから、焦るプログの声と、

ドンドンと必死にドアを叩く音だけが、

虚しく響き渡る。


……が、当然のことながら、

扉はビクともしない。



「お前ら……。

 何で戻ってきたんだよ」


「1人でやるより、2人でやったほうが、

 成功率もあがるでしょ?

 ま、ナナズキが助けに来たのは予想外だったけど」


「だーかーら!

 別に助けに来たわけじゃ……」


「言ったはずだ、これは俺なりのけじめだと。

 コイツのせいで命を落としたヤツへの、

 せめてもの償いなんだよ。

 余計なことをすんじゃねぇよ」


「そうね、確かに余計なことかもしれないわ。

 あんたの言う亡くなった人への償いってのもわかる。

 でもね……」


「オイ、とりあえずコレを開けろよッ!!

 俺らも――」



今にも壊しそうな勢いで、

乱暴に両手に拳を握り、扉を叩くプログを背に、

レナはほんの少しだけ、

笑みを浮かべながらスカルドに言った。


「あんたに生きてほしいって願う人もいるってこと、

 忘れてないかしら?」


「――――――――――ッ!!!!」



その言葉の瞬間、今まで響いてきた、

扉を叩く乱暴な音が止まる。



「生きてほしいと願う人、だと?」


「そうよ。あんたの言う通り、

 亡くなった人に対して償うことも必要だけど、

 命を捨ててまでその償いをするのを、

 天国のお父様は望んでいるのかしら?

 少なくとも、あたしが父親だったら、

 そんなこと絶対に望まないと思うけど」


「父上が……」


「それに、亡くなった人からすれば、

 憎む対象第1位はあんたでもお父様でもなく、

 今、この魔術を使っている犯人でしょ?

 そいつをブッ飛ばすことが、

 みんなへの一番の償いになるんじゃないかしら?

 言い方悪いけど、この魔術を誰が編み出したかなんて、

 犠牲になってしまった人たちからすれば、

 一切関係ないんだし」



扉が閉まったことを確認した列車は、

静かに動き出す。

アルト、フェイティ、

そしてプログを残したプラットホームに別れを告げながら、

ギルティートレインはいよいよ最後の駅、

“執行駅”への暗黒の道を進んでいく。



「そーゆー、

 聞いててこっちが恥ずかしくなる話は後にしてくれる?

 悪いけど、私はこんな所で死ぬなんて、

 まっぴら御免なんだから」



2人のやり取りに我関せず、といった雰囲気で、

ナナズキは横を通り抜け、

この“有罪列車”の最終目的地、

運転車両へと歩いていく。


そう、ナナズキの言うように、

このままモタモタ話していれば、

目的は達成できない。

すでに、列車は動き始めている。



「ナナズキの言う通りね。

 説教ならここから出たあとにたっぷり聞くから、

 今はサッサとぶっ壊しに行くわよッ」



続いてレナも走り出す。

スカルドに対してここまで啖呵を切ったのだ、

これで生きて帰れませんとなってしまったら、

文字通り、死んでも死にきれない。



「……。

 ったく、とことんお節介なヤツらだ」



小さくため息をつきながら、

しかしどこか、安堵の表情を目元に感じながら、

スカルドも2人の後を追う。





「ど、どうしよう!!」



一方、こちらは祈祷駅。

取り残される形となったアルトは、

どうしていいかわからず、オロオロしている。

フェイティも同様に、

深くため息をつきながら、

悩ましげに去りゆく列車を見つめている。



「困ったわねえ……。

 列車も行ってしまったし……」


「ね、ねえプログ、

 何とかしてもう1回乗ることはできないのかな!?」



つい先ほどまで、

死に対する恐怖に恐れおののいていたアルトだったが、

レナ達が取り残されてしまった事実を受け、

何とか助けなければという思いが勝るようになっていた。


もちろん、自分だって死にたくはない。

でも、自分だけ助かってレナやスカルド、

そしてナナズキがもし、

命を落とすようなことになれば……。

その願いだけで動こうとしていた。



……が。



「……プログ?」



背を向けたまま、

返事がいっこうにないことを疑問に感じたアルトは、

まるで街灯のように突っ立ったまま動かない、

プログの顔を覗き込む。



「なッ……………」


「!!」



その表情に、アルトは息を呑む。

目の瞳孔は開き、口が半開きのままで、

その口元と指先は小刻みに揺れている。

まるで誰かに何か、

衝撃的な事実を聞かされたかのように、

青ざめた表情が固まったまま、

その場に立ち尽くしていたのだ。


そう、まるでダート王洞で、

ローザが王女ではないことを知らされた、

あの時のように。



「プログ!?

 ど、どうしたの!?」


「……な…………」



アルトが必死に声をかけるが、

プログのまるで人形のように固まった表情が、

変わることはない。


どうしてこうなっているのか?

アルトにはまったく分からない。

そうこうしているうちに、

発車したギルティートレインの姿は、

飴のように徐々に小さくなり、

やがて遠く彼方へと消えてしまった。


そして、姿が消えた瞬間、

アルト達が今現在立っている、

真っ白な直方体の形をするプラットホームが、

急に眩い光を放ち始める。



「え!?」


「な、なに?

 どういうことなの!?」



いきなり足元が光り始め、

動揺を隠せないアルトやフェイティに構うことなく、

真っ白な光は徐々に強さ、

そして大きさを増していく。

光に飲み込まれる感覚。

まさにその表現を体現しているかのように、

強い、それでいてどこか優しい光が、

3人を包み込んでいく。


あまりの眩さに、思わず3人は目を瞑る。

その瞬間、巨大に膨れ上がった光の塊は、

まるで電源を落とした電球のように、

フッと一瞬にしてその姿を消し、

再び無機質な、ただの白いプラットホームへと姿を戻す。


だが、そこにアルト、プログ、

フェイティの姿はなかった。





「……とくん……ルト君、アルト君ッ!!」



遠くから徐々に聞こえる自分を呼ぶ声に、

アルトは閉じた目をゆっくりと開く。


そこは、祈祷駅ではなかった。


白いプラットホームではなく、

約25分前までいた、

トーテン村の宿屋の一室に、アルトは立っていた。


近くには、自分の名前を呼んでくれていたフェイティ、

そしてベッドに座り、

なにやら難しそうな表情を見せるプログ。


間違いなく、3人は元の世界へと帰ってきたのだ。


先ほどまでいた空間と時間軸が違うのだろうか、

本来ならば夜中の12時半くらいのハズだが、

部屋にある時計は明け方の5時を刻んでいる。



「もしかして……戻って……」


「ええ、どうやら戻って来られたみたい

 さっき部屋から出てみたんだけど、

 ちゃんと宿屋さんだったわ」



そう話すフェイティは、

どこか冴えない表情を浮かべている。


その理由とはもちろん……



「そっか、でもレナとスカルドは……」


「ええ、まだ戻ってないみたいなの」


「そう、だよね……」



レナとスカルドの姿は、そこにはない。

そしておそらく、

向かいの部屋にいるべきナナズキも、

戻ってきてはいないだろう。


分かってはいながらも、

アルトは部屋の入り口へと向かい、

ドアから顔を出す。


そこに、ギルティートレインはない。

つい5時間ほど前までいた、

トーテンの宿屋の風景が広がっていた。


もう、あの死の列車に、自分は乗っていない。

もう、迫り来る死に、自分は怯える必要はない。

もう、あの列車に、自分は乗ることはない。

もう、あの列車に、自分は乗ることは……できない。

もう、あの3人を、自分は助けにいくことが……できない。



(みんな……どうか……どうか無事に帰ってきて……)



もう、あの3人が無事に戻るのを、

自分は祈ることしかできない。



(スカルド……ナナズキ……レナ……お願いッ……!!)



力なく扉を閉めたアルトは、

扉を背にその場に座りこむ。

そして両手をしっかりと組み、

届くかどうかもわからない異世界で、

いまだ戦う2人の仲間、

そして1人の敵の生還を、ただただ祈った。


次回投稿予定→8/9 15:00頃


今回は少し短めでした。

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