表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第2章 エリフ大陸編
50/219

第46話:執念の果てに……

殺すという表現が多い、

そして数字がいっぱいある。

スカルドにとって、

アルトがもたらしたその情報は今さらだった。

両方とも、この暗号を目にして数分で、

とっくに気付いている。

特に数字に関して言えば、

上の行からそれぞれ、

1年前、3人、1人、10秒、一瞬、一つだけ、8人、1人、一度と、

すべての行に数字が入っていることも理解している。

そこから先が、まったくわからないのだ。



(クソッたれが……ッ!

この数字をどうすんだよッ!!)



1、3、1、10、1、1、8、1、1。

この数字が何を表しているのか。

さっきから思考をフル回転させ続けている。

しかしいまだ、天才少年は閃かない。

情報が線で繋がることなく、点と点のままだ。



「オイ、お前も何か思いつかねえのかよッ」


「わ、私?

 うーん、数字が全部の行に入っていることは解るん


「ンなことはもう知ってんだよッ!

 他にねぇのかよ、他にッ!!」


「他は……そうねえ……。

 うーん、何かしら……」



スカルドは明らかに苛立っていた。

本来でさえ、

口があまり良くないスカルドだが、

あまりに切羽詰った状況からか、

仮にも年上であるフェイティを、

あろうことか“お前”呼ばわりしている。



「それぞれこの数字分、

 何かをしなくちゃいけないのかしら?

 赤のお花を1輪摘んで、

 次は青のお花を3輪とか……」



(違うッ、そんな曖昧すぎる仕掛けなハズがねぇ!

もっとこう、はっきりした答えがあるハズだ、

理論に基づいた、明確な解答がッ……!!)



フェイティの呟きに耳を貸すことなく、

ここへ来てもう何個目だろうか、

丸いガムを口の中へと放り込む。



(なんだ!?

俺はあと、何に気付いていない!?

この文章の中か? 

それともこの不自然な自然の中かッ!?)



おそらく、

答えに辿り着くために気付くべき残りの要素は、

それほど多くはないハズだ。


ドアに貼りつけてある、

乱暴に書かれた遺書という名の文章、

そして背後に存在する、

明らかに怪しい自然な風景。

交互に振り向きながらスカルドは必死に考える。



(くそッ! こんな時、父上なら……ッ!!)



生きるために考えるスカルドの脳によぎる、

死んだ父の姿。


このギルティートレインという魔術を完成させたのは、

スカルドの父である。

ということは、もしかしたらこの仕掛けも、

父上が作ったものかもしれない。

だとしたら今現在、

その仕掛けを解くことができない息子の姿を見て、

天国にいる父は果たして、

どんな表情をしているだろうか。

きっと、そのくらいの問題も解けないのかと、

笑われているだろう。


それに万が一、この仕掛けを作ったのが父上ではなく、

今回の行方不明事件の犯人が作り上げたものだとしても、

父上ならばいとも簡単に、

そして冷静に解くことができるだろう。

それほど、凄い人物だったのだ。


だからこそ、スカルドが世界で唯一、

尊敬する存在となっているのだ。

その尊敬する父上の名を汚さないためにも、

そして自分自身、

これから魔術の道を極めていくためにも、

ここで立ち止まるわけにはいかない。


少年の額にはすでに、

目に見えるまでに汗が滲んでいる。

気持を奮い立たせるために何度も握った両拳の中は、

汗でぐちゃぐちゃになっている。


それでもスカルドは、問題の前に立ち続ける。

必ず、必ずやこの問題を解いてみせる。

いや、解かなければならない。

何としても、絶対に――。



「ぶ、ぶんしょうちゅうに、ひくっ、えぐっ、

 こ、ころす、しぬのもじがぁ、

 ひ、ひらがなのままでい、い、いっばび……」



だが、思考回路の極限状態の中、

再び聞こえてくる、

死の恐怖におびえるアルトの儚く、

弱々しい声。


まるでスカルドの気力を奪い去るかのように、

アルトの負の感情が襲い掛かってくる。



(ッせぇなホントにッ!

考えねえなら黙ってろ、このクソ野郎がッ!!

殺すだの死ぬだの何度も何度もしつ……)



もう幾度となく聞いたその弱音に、

あまりの苛立ちからか、

スカルドの頭はついに沸点まで達しようとしていた。


……が。



(こいんだよ……?)



しかしその温度が、

今度は急激に下がっていく。



(文章中……文字……平仮名のまま……)



そしてその下がる温度に反比例するかのように、

少年の思考回路が、徐々にヒートアップしていく。


文章中、文字、平仮名のまま。


今のアルトの言葉の中で、

スカルドが引っかかった3つの単語。


スカルドはもう一度、文章に目を通す。


きおくはさかのぼることいちねんまえ、

ひとをさんにんほどころしたわたしは、

なにをおもったかひとりでじさつした。

じゅうびょうほどでならくにてんらく、

かけらものこらずいっしゅんでしんだ。

いいかしにゆくものよひとつだけいう、

おまえがころしたかずがはちにんでも、

たとえころしたのがたったひとりでも、

くるしみからいちどもかいほうされぬ。


何かのアクションを起こすことが、

扉を開ける鍵となっているであろう、

この仕掛け。

すべてが平仮名で構成された文章。

すべての行に必ず1つ数字が入り、

また、すべての行が同じ文字数で改行されている文章。

その各行に隠された数字はそれぞれ、

1、3、1、10、1、1、8、1、1。

そして今しがた気になった、文章中、文字、

そして平仮名のまま。


文章中、文字、平仮名のまま。


文章中の文字を平仮名のまま。


各行に必ず1つある数字を、

文章中の文字を平仮名のまま



(……ッ!? ちょっと待て、1、3、1……)



何かに気付いたスカルドは、

額に滲む汗を必死に拭いながら、

文章を指でなぞり、

1行目、2行目、3行目と、何やら数えていく。



「スカルド君?」



不思議に思ったフェイティの声がかかるが、

まるで何かに憑りつかれたかのように、

スカルドは構うことなく指を進める。



(10、1、1……)



4行目、5行目、6行目……。


文章の後半に向うにつれ、

指先が徐々に震えだす。

仕掛けが解けないことへの苛立ちや、

死への恐怖があるわけではない。

指が勝手に震えだしているのだ。


バクンッ、バクンッ……


すぐ隣にいるフェイティに聞こえるくらいに、

スカルドの心臓の鼓動が激しく動く。


それでも、天才少年は続ける。

まさか……いや、これはもしや……。



(8……1……1……ッ!!)



そしてスカルドの指が最後の行の最初の文字、

“く”の部分を指した時、

今まで震えていた指先がピタリと止まった。



「これかッ!!」



言うや否や、

スカルドは体の向きを変え、急いで走り出す。

急に走ろうとしたからか、

足がもつれ、危うく転倒しそうになる。



「だ、大丈夫!?

 ど、どうしたの急に!?」


「くそッ、散々手こずらせやがってッ!!」



あまりの急変ぶりに驚くフェイティをよそに、

スカルドは素早く手をつき転倒を免れると、

大急ぎで、部屋の中央にある大木の元へ向かう。

そして何を思ったか、拳を握った右手で1発、

木を殴打する。


ドゴッ、という鈍い音に続き、

直径2メートル弱はある、

大木の枝がわずかに揺れ動く。

……が、それ以外に特に動きはない。


スカルドは続けて、拳を叩き込む。

2発、3発、4発、5発……。

回数が重なるにつれ、

特にグローブをはめていないスカルドの右手は、

徐々に赤く腫れ上がっていく。

鈍い痛みが徐々に襲い掛かってくる。

だが、それでもスカルドは木を叩き続ける。



「ちょ……スカルド君!?」



慌てたのは、フェイティである。

12歳の少年が何も告げることなく、

いきなり木を殴り始めたのである、

常人ならば正気の沙汰とは思えないのが、

当然の反応だ。



「ちょっ、スカルド君ッ!

 それ以上はケガしちゃうからダメよッ!!」


「冗談じゃねえ……誰が止めるかよ……。

 せっかく見つけた答え……誰が止めるかよッ……!!」



ちょうど6発目を打ちこんだスカルドは、

静かにフェイティへ告げる。

その瞳は強く、そしてしっかりとした意思を持ち、

目の前にそびえ立つ大樹へと向けられていた。

そこには、

魔術専門学校が誇る史上最高の天才頭脳、

スカルド・ラウンの姿があった。



「その身にしっかりと刻めよ、このクソ野郎がッ!

 これが、仕掛けの答えだぁッ!!」



大きく振りかぶり、

今までで一番の力を込めて、

今まで悩まされ続けてきた仕掛けへの苦しみ、

そして怒りを込めてスカルドは、

目の前の大木目がけて右手の拳を、

思いっきり叩き付けた。


ガァァンッ!!


その衝撃の強さを示すかのように、

大きな衝撃音が鳴り響く。

その音の大きさにフェイティ、

そしてそれまで泣きじゃくっていたアルトも、

思わず息を飲む。

衝撃に耐えきれなかった数枚の葉が枝から離れ、

頭上からひらひらと舞い降りてくる。



「…………」



スカルドは拳を撃ちつけたまま、動かない。

その右手からわずかに流れる鮮血が、

殴打の威力の強さを伝えている。



ガチャ。


その音は、じつに呆気なく、

しかし、しっかりと聞こえてきた。



「……ッ!!」



3人が音の鳴った方向へ振り向くと、

今まで決して開かなかった、

どんなことをしても開けることのできなかったドアが、

勝手に開いていたのだ。

その先には、次の車両へと進む通路。


“木を7回叩く”ことによって、

2つ目の仕掛けは、解かれたのである。



「あ、あ、あ、あ


「時間がないッ! 早くしろッ!!」



緊張、死からの解放と、

あまりの歓喜に言葉が出ず、

その場に座り込むアルトを、

スカルドは急いで立ち上がらせる。



「す、すごいわスカルド君!! 

 何で解けたの!?

 ……って聞きたいところだけれど、

 そんな余裕はなさそうねッ!!」


「そういうことだ、サッサと行くぞッ!!」



迫り来る“その時”から逃げるように、

3人は次の車両へと走り出す。



(あとは祈祷駅と執行駅だけか、

脱出だけなら余裕だが……ッ!

くそッ、間に合うかギリギリか……ッ!!)



ただ1人、“その時”とは違う焦りを、心の中にしまいながら。



(父上……ッ! 俺は……俺は必ず……ッ!!)





『まもなく、祈祷駅、祈祷駅。

 祈祷駅の次は終点、執行駅となります』


「くそッ、いよいよヤベェぞッ!!」



プログが乱暴に髪を掻きむしれば、



「ホントにどうしたのよッ!

 イヤよ、こんなところで死ぬなんて……絶対イヤよッ!!」



奥歯で苛立ちと焦りを必死に噛み殺しながら、

ナナズキがそう吐き捨てる。


列車が進む先にはすでに6番目の駅、

祈祷駅のプラットホームが、

ほんのわずかではあるが見え始めている。

列車の走行速度からして、

おそらく駅に到着するまで、

もう1分もないだろう。



「くッ……!!」



確実に迫る死の(タイムリミット)を前に、

頭を抱えるレナは後悔していた。


もう少し、ちゃんと考えて振り分けていれば。


もし最初の振り分けの時、

もうちょっとしっかり考えていたら。

急ぐことを優先したあのメンバー分けを、

少し時間をかけてでも、

しっかりと熟考していたら。

こんなことにはならなかったかもしれない。


メンバーの振り分けを考えたのは、

他でもないレナである。

今になってから思う、あの時の判断の良し悪し。


機転は利くが、すぐに動揺してしまうアルトと、

自分を逆にするべきだったのではないか?


もしくは、戦闘のスペシャリストであるフェイティと、

機転が利き、かつ冷静にいられるナナズキを、

入れ替えておけばよかったのではないか?


考えれば考えるほど出てくる、

“あの時こうしていれば”。


あの時のナナズキの要望を無視し、

今になって考え付くことを、

ちゃんと実行していたら。


自分も含め、

こんな目に遭わせることもなかったかもしれない。

自分の判断ミスで、

自分そして他の5人を、

死へと追いやろうとしてしまっている。


レナはこの上なく、後悔していた。


あの時に、しっかりと


パッ。


突然、薄暗い車内に、

わずかながら光が灯る。



「……ッ!!」



レナにナナズキ、そしてプログは、

まるで示し合わせたように、

素早く列車の出口の方へと同時に顔を向ける。


青いランプが、灯っている。

光が灯る赤いランプの隣で、

ついさっきまでなんの反応も示していなかった、

群青色に近いランプが灯っている。



「つ、点いた……」


「ってことは……ッ!?」



プログとナナズキの、

さっきまで見せていた厳しい表情が、

徐々に緩やかになっていく。



ガチャッ!!



同時に、乱暴に扉を開く音が部屋に響くと、

扉の向こうから現れたのは。



「アルトッ! フェイティッ!

 それにスカルドッ!!」



レナは思わず叫んでいた。


扉の向こうから現れたのは、

珍しく荒い息づかいをするスカルド、

涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっているアルト、

そしてそのアルトの手をしっかりと握る、

フェイティだった。

3人とも、額に大粒の汗が滲んでいる。



「よかった、間に合ったわね!!

 ほらアルト君、もう大丈夫だから」



レナ達の姿を見て、

汗を拭うフェイティに、

ようやく笑顔が戻る。

そして隣でへたり込むアルトに、

再びハンカチを渡す。



「あ、あ、ありがどぶ……」



これで助かるという安堵感からか、

ようやく正気に戻ったアルトは、

ハンカチを受け取るとチーンッ!と、

大きな音を立てながら、思いきり鼻をかんでいる。



「ちょっ、どうしたアルト!?」



ったくおせーんだよッ、と威勢よく、

ツッコもうとしていたプログだったが、

アルトのあまりの惨状(?)っぷりに、

その気はどこへやら、慌てて近寄っていく。



「わりいな、思った以上に手間取った」


「まったく、さすがに焦ったわよ。

 心臓に悪いわね」



スカルドの言葉に口ではそう言い返しながらも、

レナは内心、ホッと胸をなで下ろしていた。

多少時間はかかったが、

こうして無事にまた6人、

顔を合わせることができたのだから。

無論、まだ助かったわけではないが。



「ハイハイ、感動の再会はあとでやって!

 もうすぐ駅に着くわよッ!!」



ナナズキは窓から外の様子を確認すると、

2つのランプが灯る、

車両の出口へと足早に向かっていく。


窓にはもうすでに6つ目の駅、

祈祷駅のプラットホームが映し出されている。



「そうね、まずは脱出が先決ねッ!」



外の様子を確認したレナも、

慌てて車両の前方へと走る。

続いてプログ、フェイティ。

フェイティに連れられてアルト、

そして最後にスカルドが、車両の出口へと向かい、

6人が車両の外に出る扉の前に集結する。



「んで、これは普通に開けてい



キイィィィィ……。


プログの発した言葉の終わりを待たずして、

これが答えだ、とばかりに、

出口の扉が勝手に開いた。

そして開いた先には、

先ほどまで窓越しに見ていた、

360°真っ暗の中に映える、

純白のプラットホーム。

あまりのコントラストに、

思わず目がチカチカしてしまいそうである。


ようやく開けた、

この現実世界への光の道。

常に死と隣り合わせだった6人には、

どれだけ眩しく見えたことか。



「よっしゃぁ、これでオサラバだぜッ!!」


「ホント、よかったわぁ。

 一時はどうなるかとBBA、心配したわぁ」


「やった……これで……ほんとに……」



プログ、フェイティ、そしてアルトは、

それぞれ歓喜の声をあげながら、

ギルティートレインからプラットホームへと降りていく。



「やれやれ、ようやくね」


「ホント、疲れたわ……。

 もう、こんなのこりごりよッ。

 ほんッと、ロクなことがないわッ」



こちらは疲労と愚痴を口々に、

レナとナナズキが降車、

ギルティートレインを後にする。


そして残りの……



「……??」



本来なら感じる人の気配を背後に感じることができず、

疑問に思ったレナは、後ろを振り返る。


そこに、スカルドの姿はない。



「…………」



スカルドは、まだ車両の中にいた。

出口の近くにこそ立っているものの、

その視線は降車した5人には向いていない。

列車の進行方向、

運転車両の方をずっと見つめている。



「……スカルド?」



1人佇むその姿に、

どこか嫌な予感を覚えたレナが声をかける。


だがスカルドはその言葉に答えることはなく、

おもむろに目を閉じる。

しばらく何かを考えるように下を向いたのち、

再び瞳を開くと、静かに、冷静に口を開いた。



「お前らは先に行け」


「……え?」


「俺は……ここに残る」


次回投稿予定→8/2 15:00頃

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ