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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第1章 ワームピル大陸編
5/219

第3話:気弱な少年、現る

「ふあぁ……最終列車まだかなぁ、

暇だなぁ」



ルイン駅に設置されている、

少し埃がかかった古くさい時計の針は、

夜の11時半を指していた。

すっかり暗くなった夜空を見上げ、

緊張感の全くないあくびを豪快にしながら、

レナが呟く。



「こらレナ、仕事に集中しないか」



もはや口癖なのだろう、

レナの後ろから、

すぐに注意が飛んでくる。

当然、声の主はマレクだ。



「そうは言われても、

 さすがに今日は疲れましたよ。

 警察の聴取もめちゃくちゃ長いし、

 つまんないし。

 ねぇ親方、今日はあたし頑張ったし、

 事件も解決させたことだし、

 ご褒美としてもう今日はこのくらいで帰っ


「ダメ。

 あと少し我慢しろ」


「えー、ケチー!

 今日くらいいいじゃないですかぁ!」


「ケチとはなんだ、ケチとは。

 それに頑張ったって、

 そもそもお前が行きたいって言ったんじゃないか。

 たまたまうまくいったからいいものの、

 もし万が一のことがあったら


「あーはいはい、わかりました、

 わかりましたよーだ! ぶーッ!」


「まったく……」



まるで小学生のダダっ子のように、

レナはふてくされるが、

心なしかその表情は、疲れの色が濃く見える。


あれからレナとマレクは、

警察に事情を話すことになり、

コウザが駅を訪ねてきたことから、

不可解な死に方をしたことまで、すべてを話した。


経緯を話すこと自体に、

それほど時間はかからなかったのだが、

問題はその後だった。


というのも、実はレナが犯人なのではないか、

と疑われてしまったのである。


レナやマレクが、

目の前で起きたことが信じられなかったと同様に、

警察も当初はコウザとの戦いについて、

すぐには信じることができなかった様子で、

これを説得するのに、長い時間を要したのである。


現場での立会や、当時の状況説明、

またその場にいた乗客達の必死の証言で、

ようやくレナへの疑いは晴れたのだが、

全てを話し終えた時には、

すでに夜の8時を過ぎていた。


警察としては当たり前の行動なのだろうし、

やむを得ないのだろうが、

レナにとっては、

濡れ衣を着せられた上に長時間拘束され、

挙句にはあの秘密の入り口すら、

警察に教えなければいけなくなったりと、

踏んだり蹴ったりな話であった。


そしてトドメと言わんばかりに、

事件のおかげで列車のダイヤは大きく乱れ、

午後10時に到着するはずの最終列車がいまだ来ず、

自分の部屋に帰ることができていない。


事件のこと、

犯人と疑われること、

家に帰れないことと、

まさに泣きっ面に蜂、

しかも3匹刺さされている状態である。


さらにそこに4匹目が来るかのように、

警察から逆恨みなどで、

何があるからわからないからという理由で、

ここ数日は自衛のために、

剣を常に持っておくようにと言われる始末。

1日動き回ったレナにとって、

腰と背中に携える2つの剣は、

さすがに堪える。



「ふあぁ……」



おねだり攻撃をマレクにあっさりとかわされ、

剣を携えながら旗を持つという、

ヘンテコな格好のレナ。


渋々プラットホームの最後尾で、

今日一番の欠伸をしながら待っていると、

遠くからカンカンカン……と鐘の音が聞こえてくる。

列車からの合図だ。



「お、ようやく来たか」


「あーよかった、これでようやく帰れるわぁ」



2人がプラットホームから身を乗り出すと、

遠くに2つの光が、

真っ暗な線路を照らしながら近づいてくる。

レナは手に持っていた白旗を、

運転手に見えやすいように上下に振る。

これは、

“停車駅なので速度を緩めてください”

という合図である。

ちなみに赤旗を上下に振ると、

“通過駅なので速度を緩めなくて大丈夫です”

になる。


レナの白い旗を確認した列車が近づいてくる。


その距離が300mから200、100……


タタッタタ、タタッタタ、タタッタタ……


軽快なリズムを刻む、列車の車輪音。



「ん?」



マレクがいち早く気付く。


おかしい。

この距離まで来て、このスピードはおかしい。

この距離でこの速度だと、

どう考えても停車地点を通過してしまう。


いや、というよりもルイン駅のプラットホーム内を、

オーバーしてしまう。


いや、そもそもこの列車、

まったく減速してない。

まるでこの駅を通過してしまいそうな……



「……! レナ、危ない!」



眠気と帰ることしか頭になかったのだろう、

ぼーっと旗を振り続けているレナを、

マレクが慌てて抱え、

プラットホームの内側へ避難させる。

あまりに慌てていたせいか足がもつれ、

プラットホームに2人とも倒れこんでしまった。



「え、ちょっ、どうしたんですか!?」



ぼーっとしていたため、

状況が一切わからないレナをよそ目に、

待ち望んでいた最終列車がルイン駅に到着……しない。


速度が緩むことはなく、

1号車、2号車、と無慈悲に過ぎていく。



「え、何これ!?」


「いや、俺もわからんッ……。

 旗を見落としたとでもいうのか!?

 でも最終列車は各駅に停まることになってるから、

 旗が見えなくても、必ず減速するはずなのに……」



5号車、6号車、7号車……。

唖然とする2人の目の前で、

ただ淡々と列車は過ぎていく。

それほど速いわけではないが、

それがかえって、

2人をまるで嘲笑っているかのようにも見えた。



「じょう……じゃ……よ」


「え?」


マレクは最初、

何を言っているか聞き取れなかった。

しかし、


「上等じゃないのよ!

 確かに今日の星座占いは12位だったけど、

 何なの今日は!?

 コイツが停まってくんないと帰れないってのに、

 あたしの旗をシカトですか!?」


怒りに身を任せ、レナは勢いよく立ち上がる。


「上等じゃないのよ受けて立つわ、

 何としても停まってもらうわよ!!」



疲れと眠気のおかげで微妙にズレてはいるが、

完全にブチッと切れてしまったのだろう。

レナは通過している列車に猛然とダッシュして近づき、

まさに通過し終えようとしていた、

列車の最後尾の乗車用の取っ手に手を伸ばす。



「ちょ、お、おい!

 バカな真似は



マレクが起き上がった時には、

もう遅かった。


レナを乗せた(というよりレナのしがみついている)列車はルイン駅を通過し、

レナを呼ぶマレクの微かな声を見送り代わりとして、

再び漆黒の闇へ向かっていってしまった。





このグロース・ファイスには4つの大陸、

ワームピル大陸、エリフ大陸、

ウォンズ大陸、ディフィード大陸で構成されており、

その内ディフィード大陸以外の3つの大陸には、

列車が通っている。

通行証さえあれば、

列車を使って他の大陸に渡ることが可能だ。


その3つのうちの、

ウォンズ大陸にある城塞都市、サーチャードから、

ワームピル大陸の王都、

ファースターへ向かう列車ルートは、

ルイン駅がファースター駅の1つ前の駅になる。

つまり次の停車駅は終点、ファースター駅である。

ルイン駅からファースター駅までの時間は、

およそ2時間弱。

ちなみにサーチャードから、

ファースターまで乗り続けるとなると、

半日以上ずっと乗り続けないといけない。


そのため、列車の中には、

通常の車両の他に仮眠用の列車や、

個室の列車といったものが用意されている。

それほど乗客は多くないが、

兵士志望の者や大都市に夢を見るもの、

様々な目的をもった人が、

ファースターを目指して列車に乗り込む。

様々な夢や想いも乗せながら、

列車は終点のファースター駅を目指し、

闇の中を走り続けていた。


そんな列車の最後尾に、

妙な黒い物体が1つ。



「んんんにいぃぃぃぃ! よっと!!」



風の抵抗と格闘しながら、

レナはようやく、車掌室を除いた最後尾車両である、

15号車に乗り込んだ。


この列車は車内通路でしか、

車両の行き来はできないが、

1号車と15号車のみ、

車両の外側に手すりの付いた、

外の景色を楽しむことができるスペースがある。

レナはそこに辿り着いた、というわけだ。



「さーて、まずは車掌に文句言ってやろうかしら。

 まったく、ちゃんと仕事しなさいよね。

 あたしと同じ歳くらいだったら、

 一発くらいぶん殴って……!?」



夜中にぶつぶつ文句を呟くレナ。

だが、15号車に連結されている、

車掌室に入った次の瞬間、

レナは言葉を失う。


車掌は確かにいる。

だが、厳密に言うといた、

という表現が正しい。


車掌は死んでいた。

床にうつ伏せになって倒れている。


一見、見分けがつかなかったが、

腹部付近を中心に、

床に血が小さい水たまりのように広がっている。


心の準備など、もちろんしていなかったレナは、

若干震える手で、

おそるおそる脈を測ってみるが、

脈はピクリとも動いていない。



(ちょっ……ウソでしょ?

いったい誰が……どういうことなの……)



思考が事態に追いつかず、

レナは固まってしまう。


しかし、



(ちょっと待った……この状況って……!)



レナはここで、あることに気付く。

車掌が死んでいるのに走り続けている列車。

状況から考えるに、

おそらく、まだ誰も車掌が死んでいることに、

気付いてはいない。


もしここで誰かが来てしまったら?

何も知らない人が車掌室という、

この狭い空間に入ってきたら?


どう考えても、

一番最初に疑われるのはレナだ。



「……ッ!!」



慌ててレナは車掌室を出る。

幸い、15号車の外に人影はなかった。


だが、ここからどうするのか。

例え現場から立ち去ったとしても、

最初に疑われる立場であることは変わらない。

何せ、レナは正規の手段で、

列車に乗っているわけではないため、

まず切符を持っていない。


終点に到着してしまえば当然、

疑いは切符を持っていない、

自分にかかってくる。



(落ち着け、あたし……。

まず、やるべきことは……)


昼に比べてかなり気温が低くなり、

冷え込んでいるはずなのだが、

とてもそうは思えないほど、

大量の汗を額や手にかきながら、

レナは思考回路をフル回転させる。


まず、今この状況の中で、

一番信用できるのは運転手だ。

運転手なら自分の身分を明かせば、

疑いを持たれる可能性は少ない。

というより、現状、

運転手しか信用できる人がいない。


だが、どうやって1号車の前に連結する、

運転手のところまで行くか?


漆黒を切り裂く風の音だけが耳を突き抜ける中、

レナはひとまず15号車内の様子を見ることにした。


車内に人が多くいるか、

いないかでも色々と手段や選択肢は考えられるはず、

そう考えたのだ。


レナは15号車の最後尾にあるドアに手をかけ、

まるで浮気現場を目撃するかのように、

息を殺し、恐る恐るドアを少しだけ開け、

チラッと覗いた。


だが、そこにはレナのもくろみを、

木端微塵に打ち砕く光景が広がっていた。


開けたドアのわずかな隙間から見えたのは、

木製の座席が破壊され、

見るも無残なただの木材として、

床にごろごろと転がっている光景だったのだ。


隙間からのチラ見程度だったため、

全体は見渡せなかったが、

どうやら何者かが、

座席を破壊したようだ。



(え、ちょっ、え!?)



再び脳内が混乱したレナが、

慌ててドアを開ける。

そこに広がっていたのは、

わずかに原型を留めているもの以外は、

ほぼ全ての座席が破壊されている凄惨な姿だった。


そして、レナの視線の中央には、

夜の漆黒に溶け込んでしまうような黒い体毛と、

噛みつかれたらどこまで刺さるのか、

想像するだけでもぞっとしそうな鋭い牙を持つ狼、

ブラッドウルフが、

レナを鋭い視線で睨みつけている。



(ど、どうしてこんなところに魔物が!?)



レナに頭の中を整理させる時間を与えず、

ブラッドウルフがレナめがけて飛びかかってくる。

レナは慌ててその攻撃を避け、

両手に剣を構える。


よくよく周りを見渡すと、

乗客と思われる数人が倒れている。

いずれもどこかしらに深い外傷を負っていて、

どうやらすでに息はしていない。



(くッ、冗談じゃないわよ!)



レナはブラッドウルフに突進していき、

ブラッドウルフの鋭い爪の攻撃を短剣で受け止め、

そのまま長剣をブラッドウルフの腹部をめがけて突き刺す。

危険を察知して避けようとしたブラッドウルフだったが、

爪に引っかかる短剣に動きを封じられ、

そのまま長剣の餌食となった。



「まったく、どういうことなのよ……」



幸いにも、15号車には魔物は一匹だった。

レナは一旦、剣をしまう。

あたりを見渡し、乗客それぞれの脈を確認するが、

やはり全員ダメだった。


座席の破壊っぷりといい、乗客の傷といい、

どうやら今の魔物が車内で暴れたことによって、

引き起こされたものらしい。


もしかしたら、

先ほどの車掌も魔物にやられたのだろうか?

だとしたら、なぜ列車内に魔物がいるのだろうか?


レナの思考は依然、

?マークを連ねたままだ。


確かに列車自体それほど速度は出てはいないが、

客室列車に魔物が侵入したなどという話は、

今まで一度も聞いたことがない。


それに、何より車掌が亡くなり、

15号車でとんでもない事が起きているというのに、

なぜこの列車は停止しないのか?


そこまで考えたレナの中で、

まるで大きな氷の塊に全身が触れたかような、

言い知れぬ悪寒が走る。


まさか運転手も死んでしまっているのでは――?

もしそうならこの列車は誰が停める?

もし停められなかったら、このままだと列車はどうなる?

もし停められなかったら、乗客はどうなる?

もし停められなかったら、あたしはどうなる?


まさか――。



(ダメ! とにかく前に進まないと! 

とにかく誰か、生存者を探さないと!)



頭を左右に何度もふり、

今考えたことを、

必死に打ち消そうとしながらレナは前へ、

揺れる心と共に14号車へ、

走って向かっていった。





14、13、12……。

車両の数字が少なくなる毎にレナは焦っていった。

あれから魔物に出くわすことはあっても、

すでに息を引き取っている乗客に出くわすことはあっても、

生存者を見つけられていない。

昼にあれほどの出来事があってからの、

この夜の悪夢である。

体力、そして精神力だけが、

無情にも擦り減らされていく。


もし仮に魔物との戦いを避けて体力温存しようにも、

ここは列車内である。

逃げたところで、

追いかけられてきてしまっては、

自分の首を絞めるだけである。

そんな四面楚歌と隣り合わせのような環境も、

レナの力を削るのを助けていく。



(確か10号車から8号車は個室用列車よね。

そこで少しでも休まないと、

さすがにちょっとまずいかも……)



当然誰からの助けもなく、

珍しく弱気という2文字を浮かべながら、

レナは11号車のドアを開ける。

運よく魔物はいないみたいだが、

これまで見た光景と同じだ、見るも無残な光景で



「うぅ……」


「ッ!?」



人の声だ。

今にも消え入りそうな微かな、

微かな声だが確かに人の声だ。


レナが素早く視線を車内全体に走らせる。

すると10号車へのドア付近に20歳前半くらいの男が、

腹を左腕でかばいながら壁にもたれ掛っている。

うつむいているため表情はうかがい知れないが、

どうやらかなり苦しそうだ。

慌ててレナは駆け寄る。



「だ、大丈夫ですか!?」


「うぅ、魔物が……。

 急に……入り込んできて……」


「喋っちゃダメです、喋っちゃ!!」


「大きい……魔物が……。

 前……列車……」



どうやら、もう耳が聞こえていないらしい。



「お願……列車……停め……」



男の上半身が、

床をめがけて崩れ落ちる。

おそらく自分で死が近いと悟っていたのだろう。


レナが駆け寄ってきたことを知り、

魔物が急に襲ってきたこと、

大きい魔物が前の列車に向かっていったこと、

そして、列車を停めてほしいことをレナに託したのだ。

まだ決めつけるには早すぎるかもしれないが、

男の列車を停めてほしいという言葉から察するに、

もしかしたら運転手もすでに……。



「……ッ!」



男を寝かせ、レナは歯を食いしばって立ち上がった。

そして悔しさを噛み殺しながら近くにあったドアを開け、

10号車へ向かっていく。

命をかけて貴重な情報を教えてくれた、

男の遺志を受け継ぐために。





10号車から8号車までは個室用列車である。

15~11号車とは違い、

1車両あたり、6部屋の個室がある。

個室それぞれにドアが付いており、

プライベートな空間が約束されている、

長時間移動にはもってこいの部屋だ。



(考えてみたら、

ここで魔物と遭遇したら最悪ね)



先ほどまでここの部屋で、

少し休もうとしていたレナだったが、

通路がやや狭くなっていることと、

魔物によって壊されている個室のドアを見た瞬間、

その気が失せた。

どう見ても、体を休められるような環境ではない。


だとしたら、

さっさとここは抜けたほうが賢明、

そう判断したレナが車両を突っ切るために、

歩みを早めようとした、その時だった。



「ッ!!」



まるで車がエンストしたかのように、

レナの歩みが止まる。


10号車の6部屋のうちたった1部屋、

レナから見て右側中央の部屋だけ、

明かりがついている。

ドアも破壊された形跡がない。


それに何より、

その部屋から確かな物音がする。



(魔物……ってことはなさそうね。

ってことは乗客?)



だがレナは、

すぐにドアに手をかけようとしない。


たとえ魔物でなかったとしても、

コウザのようなケースも考えられるし、

仮に人がいたとしても、

ここだけ魔物に襲われていないこの状況は、

明らかにおかしい。


ともすれば、今回の事件と、

何か関係のある人物の可能性も否定できないし、

そうそう容易く入れるものではない。


だが、もし乗客だったら――。


思わず息を止めてしまいたくなるような、

張りつめた静寂がこの10号車を包む。

だが、レナに与えられた時間は少ない。

このあと、先頭車両まで行かなければいけないことを考えると、

ここで時間をく

 


ガチャ。



「!!」



レナがドアに触れたわけではない。

向こう側から、何者かがドアに手をかけたのだ。


レナは両剣を構え、

ゆっくりと腰を落としながら息を殺しながら、

ドアが開くのをじっと待つ。


この状況で乗客が、

のほほんと外に出てくるはずがない。

つまりそれは――。


しかし、万が一、万が一のことに備えて――。



ギィィィィィ……。



ドアが開く。

ドアを開けた手が見えてくる。


人だ。


上半身だけドアから身を乗り出してきた。

最後まで確認しなかったが、どうやら男だ。


というのも、その瞬間、

レナは低い姿勢から、

素早くドアに近づいていた。

そして相手が動けないように、

短剣をその男の首筋にぴたりと止める。


男はその場から動かない。

レナも動かない。


今にもきれそうな、

脆い糸を張りつめたような緊張状態がしばらく続いたが、

あまりの無抵抗さに、

レナは男の顔にちらっと目をやる。


その男は突然の出来事に、

真っ青な表情で口をパクパクさせていた。




「ちょ、な、な、な、なッ!

 な、何するんですかーッ!!」




そこには薄紫色の短髪に、

あどけなさが抜けていない顔立ちをした、

レナと同じくらいの背丈の少年が、

体を震わせながら立っていた。


レナの背丈が若干高いというのもあるが、

一般的な男性の背丈よりもやや低いであろう少年の声は、

短剣の恐怖におびえる中ようやく搾り出したのだろう、

今にも泣き出しそうなものだった。



「……あんた、

 もしかしてこの列車の乗客?」


「そんなの当たり前じゃないですか!

 ってか、ナイフ……降ろしてッ……!

 お金なんて僕、持ってませんから……!」


「あぁ、ごめんごめん」



この泣き顔の少年が、

さっき戦った獰猛な魔物を率いているとは、

到底思えない。

むしろレナのほうが、

強盗か何かと勘違いされているようである。


レナはやれやれ、

といった表情でひとまず剣を降ろす。

と、同時に少しの安堵感も覚えていた。


そう、ようやくこの列車の生存者を確認できたのだ。



「はぁ~~~~~。

 まったく何なんですか。

 僕が何を……」


「だからごめんって、悪かったって。

 それよりもよく無事だったわね。

 しかも、この部屋だけって」



レナが辺りを見渡す。


今一度確認してみたが、

10号車の6部屋のうち、

なぜかこの少年の部屋だけ無傷なのだ。

まるで魔物がこの部屋だけ避けたかのように。


もしかしてこの少年が魔物を追い払ったのだろうか。

この、今にも泣き出すことができます、

といった顔の少年が、あの魔物たちを?


レナにはどうしてもそうは見えなかった。

魔物がたまたま襲ってこなかったのだろうか。

色々なケースを考えていたレナだったが、

次に少年から発せられた言葉は、

レナの予想にはるかに反するものだった。



「え? 無事?

 何がですか?」


「は? いや、あんたの部屋だけ魔物から


「え、ま、魔物? 魔物が何なんですか?

 ってうわ! 他の部屋が!

 ど、どうなってるんですか!?」


「いや、だから魔物が


「え? え? え?」


「……」



どうも話が噛み合わない。

何かがおかしい。


どうやらこの少年、

話を進めていく上で、

ある重要なピースが欠け落ちている。

そう、この会話の成立させるための、

重要なパズルのピースを。


まさか、といった表情で、

レナが自分の中で、

一番有り得ないだろうと考えていた言葉を投げかける。




「あんた、今この列車で何が起きるか知ってる?」


「何が起きてるって?

 何がですか? え?」




やっぱりか。

再びやれやれといった表情で、

思わず右手で顔を覆うレナ。


そう、この少年、

今この列車で、

魔物が暴れまわっているという事実を知らないのだ。


まさか寝ていたのだろうか。

そうだとしたら、呑気にもほどがある。



「え、ど、どうしたんですか?

 何かあったんですか?」


「……あんたすごいわね。

 奇跡ってのは本当に起こるモンなのね、

 これからあたしも信じるようにしてみるわ、

 いやマジで」


「え?」


「今ね、この列車、

 魔物が乗り込んで暴れまくってんのよ」


「……え?」


「それで、あたしは最後尾からここまで来たんだけど、

 今のとこ、あんた以外の乗客は……」


「え、えぇー!!」




悲鳴にも似た少年の声が、

10号車内に響き渡る。



「しっ、声でかすぎ!」


「ご、ごめんなさい。

 で、でも……」


「この10号車も、

 あんたの部屋以外は全滅よ」


「そ、そんな……」



突然突きつけられた現実に、

力なくその場に座り込んでしまう少年。

確かにいきなり見ず知らずの女の子に、

短剣を首に突きつけられた上に、

列車内に魔物が入り込んでいると聞かされたのだ、

力が抜けてしまうのも無理はない。



「さて、時間もあんまりないし、

 そろそろあたしは行くわ。

 あんたはここの部屋で待ってなさい。

 何でか知らないけど、

 この部屋は安全みたいだし」



剣をしまうと、

レナは9号車へのドアのほうへ体を向ける。


この様子だととてもじゃないが、

ここから連れて行けるような雰囲気ではない。

今までの唯一の生存者だが、

下手に連れて行って、

足を引っ張られることがあれば、

レナの身も危なくなる。


幸い、今まで遭遇した魔物は全てレナが倒している。

11号車から15号車までに、

もう魔物は一匹もいない。

それなら今の部屋に残って、

静かにしてもらったほうが安全だろう、

レナはそう考えた。



「え、ど、どこにいくんですか?」


「どこって、この列車の先頭車両に行くのよ。

 この様子だと運転手の身も危ういし、

 確認しに行くのよ。

 それに、もし万が一のことがあったら、

 あたしが列車を止めないといけないし」


「……」



少年は座ったまま、

黙ってうつむいてしまう。



「大丈夫、安心して。

 他に生きている人はきっといるわよ。

 そしたらこの部屋に連れてくるつもりだし、

 それに、やることが済んだら、

 ちゃんとここに戻ってくるから。

 そんじゃね」



そう言い残すとレナは9号車に向かうため、

再び歩み始める。



「待って」


「?」


少年の声が、

レナの足を止める。



「僕も連れていってくれませんか?」


「……え?」



思いもよらない言葉が背中に突き刺さり、

思わず振り返るレナ。

振り返った先に見えた少年の目は、

先ほどの泣きそうな顔の時とは、

比べ物にならないくらい力強く、

真っすぐだった。



「いや、気持ちは嬉しいけど、

 あたしもさすがに、

 魔物を戦っている時にあんたを守る余裕は


「大丈夫、僕だって……やれるから。

 僕だって今までに魔物を倒したことはあるし。

 それにほら、自分の身くらいは、

 自分で守れるから」



そう言いながら差し出した少年の左手には、

部屋の明かりに照らされ怪しく、

そして美しく光る銀色で彩られた、

拳銃が握られていた。



「いや、でも……」


「お願いします!

 こんなところで一人であなたの無事を祈るくらいなら、

 一緒に戦って役に立ちたいんです! お願いします!」



急な告白をされた女の子のように、

困惑するレナをよそに、

少年が深々と頭を下げる。

そしてその恰好のまま動こうとしない。


レナがわかった、

というまでこの態勢でいるつもりだろうか。

ここまでくると、もしダメと言っても、

後から追っかけてきそうで、

それはそれで面倒なことになりそうなのは、

目に見えている。



「わかったわ。

 それじゃ、一緒に行こっか」


「! 本当ですか!?」



深々と下がっていた少年の頭が、

素早く元の位置に戻る。



「ただし! 悪いけどあんたを守り切る保証はないからね。

 そん時は……」


「わかってます、自分の身は自分で守りますから!」



これから今よりももっと危険な場所に行くというのに、

少年の喜びようったら、

不思議でしょうがない。

魔物が徘徊する場所に、

全く似合わない笑顔を残して、

いそいそと準備に取り掛かる少年。



「ところでまだ名前聞いてなかったわね。

 あたしはレナ、レナ・フアンネ。

 あんたは?」


「僕はアルト。

 アルト・ムライズです。

 レナさん、よろしくお願いします!」



準備が終わったのだろう、

アルトが部屋から出てくる。

その右手には新たに、

格闘用のグローブが付けられていた。



「おっけー、アルトね。

 あ、あとあたしに敬語使わなくていいから。

 なんかむず痒いし、

 あたしも敬語使わないから、

 それでよろしくね」


「はい! ……じゃなかった、

 うん、わかったよ!」


「どーもですっと。

 それじゃ、時間もないし、行くわよ!」



そう言うと、レナは9号車目指して、

早足で向かいだす。



「あ、ちょっと待ってよレナ!」



慌てて部屋の電気を消し、

1、2歩くらい遅れて、

アルトがレナの後を追うように、

9号車へと進んでいった。

第三話投稿です。

少しずつですが、小説を見てくださる人が増えてきていて感謝感謝です。

頑張って面白く(?)しますので、よろしくお願いしますー

あと2~3話くらいしたら一旦あらすじでも入れようかな、と思います、雑ですいません(笑)

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