第45話:迫り来る、その時
発車30分後に乗客を死に陥れる列車、
ギルティートレインが発車して約15分が経過。
レナ、プログ、そしてナナズキは一足早く、
降車用の車両へとたどり着いた。
特殊な造りだった今までの車両とは違い、
この車両だけは通常の造りとなっている。
無論、座席もある。
運転車両を除き一番前に位置する、
この車両の左前方には、
この車両から脱出する、
そして死への恐怖から脱出するための扉がある。
その扉の上にあるのが、赤く光るランプと、
未だ光が灯されていない、青いランプ。
先ほどの部屋で赤いランプが点いたことを踏まえると、
プログが押したボタンは、
どうやら“力”側のロック解除ボタンで、
間違いなかったようだ。
「ここで待っていればいいのかしら?」
車両のちょうど真ん中付近まで歩き、
向かい合う4人用座席に腰かけながら、レナは言う。
赤いランプが“力”ルートならば、
青いランプの方はスカルド達の行く、
“知”ルートのロック解除だろう。
それが光っていないということは、
スカルド達はまだ、
ここまで辿り着いていないということになる。
レナは座席から身を乗り出し、後ろを振り返る。
自分たちが入ってきた扉のすぐ隣にある、
“知”ルートの出口と思しき、もう1つの扉。
その扉が開き、3人が現れるのを、
今は待つしかない。
『まもなく、絶望駅、絶望駅に到着。
絶望駅の次は、崩壊駅となります』
「絶望駅ねぇ……。
まったく、ネーミングのセンスがまるで無いわね」
車内アナウンスを聞きながら、
レナの対面に座るナナズキ。
「まったくね、悪趣味ったらありゃしないわ。
ま、さしずめ乗客の気分が滅入るようにしてんだろうけど」
「っつかー、今どのくらい時間が経過しているんだ?
そもそも、この絶望駅ってのが何駅目かも
「3駅目よ。
死刑駅、牢獄駅、それでこの絶望駅」
通路を挟んで反対側の、
4人用座席に腰かけたプログの言葉を、
ナナズキが静かに遮る。
「ナナズキの言う通りね。
ま、7駅中の3駅目だから、
まだ半分は経ってないんじゃないの?」
続けてレナも腕組みをしながら口を挟む。
このギルティートレインに、
掛時計は存在しない。
以前レナがローザから借りていた時計も、
セカルタ城に保護してもらった際に返してしまっている。
つまり、スカルド達も含めた6人に、
時間を把握する術はない。
だが、その中で2人は、
魔物の大群と戦いながらも、
時間の参考になるかもということで、
頭の中では停まった駅数、
そして駅名を正確に把握していたのだ。
スカルドが言うには、
このギルティートレインは計7つの駅が存在する。
絶望駅はその中の、3番目の駅だ。
つまり、駅数からすれば、
序盤から中盤に差し掛かったようなところになる。
仮に一駅区間の時間がすべて均等だったとすれば、
大体10分程度経過したという計算が成り立つ、
というところまで、2人は計算していたのである。
「お前ら……あの大群相手に、
よくそんなの覚えてんのな」
……という発想はおろか、
絶望駅が何駅目かすら把握してなかったプログ。
「そんくらい覚えてるのが基本でしょ、
ただでさえ、時間制限があるんだから。
ねえ、ナナズキ?」
「当然。リミットがある時こそ、
タイムマネジメントは、
しっかりしておくべきものでしょ」
そのプログに対し、
容赦なく正論を浴びせる、少女2人。
魔物の群集を相手に、
余裕がなかったというプログの言い分も、
決して間違いではないだろう。
だが、多数決の原理とは悲しいもので、
この3人の中では、プログは少数意見だ。
そのおかげで今、
間違いではないハズのプログが、
残念な結果になってしまっている。
「へいへい、そうでしたね、
私が間違っておりましたわ……」
まあなんでもいいや、
諦めの境地に達したプログは、
やけくそ気味に力なく呟く。
「ま、とりあえずスカルド達を待ちましょ」
「そうね。
あとはアイツら待ちね。
アンタは随分、簡単に任せてたけど、
あの3人で大丈夫なの?」
「きっと大丈夫よ、
何たってスカルドっていう、
天才がいるんですもの」
「ふーん……大丈夫かしら」
そんな諦めの男に構うことなく、
レナとナナズキはお喋りを始める。
改めて2人で喋っているのを聞くと、
少々口が悪いのといい、
アッサリした喋り口といい、
まるでそっくりである。
(なんだかなぁ……。
まるでレナが2人いるみたいで疲れるぜ……)
面倒な2人を相手に、
劣勢に立たされているプログは、
大きく、そして深くため息をつくのであった。
無論、口に出すようなことはしない。
というより、できない。
そうこうしているうちに、
ギルティートレインは発射して3駅目、
“死刑”を宣告され、“牢獄”に入れられた後の、
“絶望”駅へと到着した。
とはいえ、駅とはいっても、
特別何かあるわけではない。
暗闇の中にぽつんと、
真っ白なプラットホームらしきものが、
無造作に存在しているだけだ。
線路はもちろん、街灯もない。
そのため、まるで巨大な横長の白い直方体が、
空間内にポツンと置かれているだけのような、
不思議な感覚である。
レナは開けることのできない窓から、
外の様子を窺ってみる。
当然のことながら誰かが降りるわけでもなく、
そして誰かが乗ってくるわけでもなく、
というより、そもそもドアが開くことはなく、
ただただ列車は白い直方体に横付けされている。
目の前に生へと出口があるのに、
その手で掴むことができない。
わかってはいても、
苛立ち、そして焦りはわずかながら増していく。
そして、ものの十秒もしないうちに、
ギルティートレインは静かに動き始めた。
“死刑”、“牢獄”、そして“絶望”を超え、
次なる駅、精神の“崩壊”駅へと、
列車は進んでいく。
「そういえば」
遠ざかる絶望駅から目を放すと、
レナが不意にナナズキへ質問を投げかける。
「あんたもイグノ同様、
あたし達とローザを追いかけているんでしょ?」
「? そうだけど?」
「ローザがどこにいるのとかって、
聞いてこないのね」
レナがそれとなく話すと、
ナナズキは1つ息をつき、そしてゆっくり口を開く。
「……逆に聞くけど、
アンタらにその質問して、素直に答えてくれんの?」
「……そういうことね」
その後の返答を聞かずとも、
おおよその考えは読めたため、
あえてレナはそれ以上、聞かないことにした。
が、ナナズキは続ける。
「答えが返ってこない質問をわざわざ聞くほど、
私はバカじゃないのよ。
それに、ここから出りゃ敵同士だけど、
少なくとも今は、
お互いうまくやっていかないといけないんだから、
わざわざそれを乱すようなこともしたくないし」
「ふーん。
幼い顔して結構考えているのね。
同じ隊長でも、イグノとは大違い」
窓へと視線を送り、
よそよそしく答えるナナズキのムスッとした表情を、
レナは横から覗き込む。
童顔特有の丸顔とツインテールという髪型、
そして140センチメートル程度の身長から、
推定12歳と判断していたレナだったが、
物事への考え方、
そして髪の色と同じ青い瞳の持つ、
時折見せる鋭い眼光は、もう立派な大人のものである。
特に、この難しい状況で、
お互いの関係を乱すのを控えるといった言動は、
敵ながら状況判断に長ける、見事な少女である。
と、先ほどのレナの言葉で気になったのか、
ナナズキが再び話し始める。
「……アンタら、
ずいぶんとイグノを過小評価してるのね」
「え?」
思わぬ単語に食いつかれ、
レナは思わずナナズキを見る。
「まあ、イグノがアンタ達に、
どういう接し方をしてんのか知らないけど、
アイツには本気だけは出させない方が、身のためよ」
両足を組み、視線を車窓から外すことなく、
ナナズキは静かに言う。
「へ? あのイグノが?」
「アイツを怒らせたら私達でも止められないわ。
だから、あんまりナメてかかると、
いつか痛い目見るわよ」
「ふーん。
……ま、ありがたい忠告として受け取っとくわ。
どーもですっと」
内心ではあのバカのどこが止めるのに苦労すんだか、
と思いながらも、
レナはひとまず、礼を述べる。
本当に忠告なのかもしれないし、
もしかしたら自分たちを、
錯乱させるためなのかもしれない。
変に想像を膨らまさないためにも、
必要以上に突っ込むことはしなかった。
「……少しお喋りが過ぎたようね。
とりあえず、待ってましょ」
ナナズキは静かに呟き、目を閉じる。
そして両腕を組みながら、
背中を座席の背もたれへと預ける。
そうね、とだけ言い、
レナもそれ以降は、口を閉ざした。
今は一緒に戦った戦友だとしても、
この青髪少女とは敵同士、
その事実が変わることはない。
必要以上に言葉を交わすこと、
それは知らず知らずのうちに、
自らを相手にさらけ出していることを意味する。
アンタ達と私は敵同士、それを忘れないことね、
そんなナナズキの無言の意思表示に、レナには映った。
結局、それからしばらく、
プログも含めた3人が、
言葉を発することはなかった。
気まずさとも緊張とも違う、
微妙な空気を漂わせながら、
ギルティートレインは進んでいく。
『まもなく、崩壊駅、崩壊駅に到着。
崩壊駅の次は、祭壇駅となります』
しばらくすると、
気味が悪いくらいの真っ白なプラットホームが再び現れ、
列車はその横に停車する。
『崩壊駅、崩壊駅に到着です』
程なくして、列車は再び動き出す。
『次は祭壇駅、祭壇駅』
何の変化もないまま、時間だけが過ぎていく。
『まもなく、祭壇駅、祭壇駅に到着。
祭壇駅の次は、祈祷駅となります』
…………。
『祭壇駅、祭壇駅に到着です』
………………………。
『次は祈祷駅、祈祷
「オイオイ、アイツら大丈夫なのかよ!?
次で6駅目だろッ!?
あと2駅じゃねぇか!!」
我慢の臨界に達したプログの荒声が、
車内放送をかき消す。
“死刑”、“牢獄”、“絶望”、“崩壊”、
そして刑を執行するために造られる場所、
“祭壇”駅を経て、
列車は6番目の駅、死刑執行直前の儀式、
“祈祷”駅へ向かおうとしていた。
この駅を過ぎると、残るは最後の駅、
死刑“執行”駅しかない。
そして、執行駅を超えてしまうと、
その先に、駅はない。
あるのは乗客の死、のみである。
「ちょっと……、
本当に大丈夫なんでしょうねッ!?」
先ほどまで静かにしていたナナズキも、
その表情からさすがに焦りが見えている。
そして行き場のないイライラを、
目の前に座るレナへとぶつけている。
「大丈夫、大丈夫だからッ!
2人とも落ち着きなさいってッ!!」
そのナナズキを必死に抑えようと、
冷静を装うレナだが、
その顔には、
じんわりと汗が滲んできている。
レナ達がこの列車で待機を始めてから、
少なくとも10分は経過している。
にも関わらず、スカルド達が出てくるであろう、
後ろの扉は、何の反応も示さない。
いても立ってもいられなくなったプログは、
座席から立ち上がり、
扉のドアノブを回そうとガチャガチャ音を立てるが、
向こう側からロックがかかっているらしく、
扉を開けることができない。
「くそッ、ダメだ、開かねえ!!」
プログは忌々しそうに吐き捨てる。
「……こっちも開かない。
完全に閉じ込められているわ」
一方ナナズキは、自分たちが入ってきた、
“力”側の扉を開けようとするが、
こちらもウンともスンとも言わない。
どうやら、前の部屋へ戻ることもできないようで、
レナ達が“知”のルートへ行くことも不可能、
つまり、この車両から、
どこにも行けなくなってしまっているのだ。
(ったく、何を手こずってのよッ!!
残り2区間ってことは残りは大体10分くらい……。
もうそろそろ出てきてくんないとッ!!)
着実に迫る、“その時”。
いまだ開かれない“知”の光明を、
レナは苛立ちを押し殺しながら見つめる。
『次は祈祷駅、祈祷駅』
車内放送は当然のことながら、
ギルティートレインのすべての車両に流れる。
「も、も、もう残りに、2駅なんだよねッ!?
ま、まずいよおッ!!」
もちろん、“知”ルート2つ目の仕掛けにいる、
スカルド、アルト、フェイティも例外ではない。
今にも泣き出しそうな顔アルトの弱音が、
虚しく部屋に響き渡る。
「ッせーな、テメーは少し黙ってろッ!」
間髪入れず、明らかに焦りの表情を見せる、
スカルドの怒声が響き、その弱音をかき消す。
“知”ルートをいく3人がこの部屋に入り、
すでに10分以上が経過している。
……が、いまだにこの部屋を抜けることができていない。
(くそッ、なんだコレはッ!
何か、何か手がかりは……ッ!!)
焦りを生む思考回路を必死に押し返しながら、
スカルドは今一度、
手がかりと思しき文章へと目を向ける。
<以下の遺書の謎を解き、身を以て示せ>
きおくはさかのぼることいちねんまえ、
ひとをさんにんほどころしたわたしは、
なにをおもったかひとりでじさつした。
じゅうびょうほどでならくにてんらく、
かけらものこらずいっしゅんでしんだ。
いいかしにゆくものよひとつだけいう、
おまえがころしたかずがはちにんでも、
たとえころしたのがたったひとりでも、
くるしみからいちどもかいほうされぬ。
身を以て示せ、という言葉から、
1問目の仕掛けとは違い、
この部屋で何かを実行することによって、
扉が開くのではないか、
という所まではすぐにわかった。
そして文章を解読するため、
思いつく事は、大体すべて実行した。
漢字への変換、
1つ目の仕掛け同様に漢字の別表記、
漢字にならない部分だけで読む、
各行の頭の文字だけ繋げる、
逆に最後の文字のみ繋げる、
濁音・半濁音なしで読む、
文章に出てくる数字の数だけ、4色の花を摘む。
ありとあらゆる可能性を試してきたが、
扉が開くどころか、
解読への有力なヒントにもならなかった。
また、可能性は低くてももしかしたら、ということで、
部屋に咲いていた4色の花を大量に摘んでみたり、
木の葉をむしり取ったり、川の水を花にあげたり、
手当たり次第、
鍵となりそうなアクションを起こしてみたのだが、
やはり扉は開かない。
無情にも時間だけが過ぎていく。
「ちょっと、まずいわねえ……。
本当、なんなのかしら……」
4色の花を両手に持ちながら、
フェイティがスカルドの元へと戻ってくる。
その4色の花は、実に綺麗な花だった。
綺麗すぎて、むしろ憎たらしいくらいに。
まるで、別の世界に3人を誘っているかのように。
(チッ……!
なんだッ、俺は一体、
何を見落としているッ!!)
自然と高まっていく、胸の鼓動。
いくら気持ちを落ち着かせようと深呼吸をしても、
収まる気配がない。
むしろさらに鼓動は加速していく。
意識しないようにすればするほど、
異常に気になってしまう。
そして、それに反比例するかのように、
天才少年の集中力、そして冷静さは失われていていく。
今まで12年間生きてきて、
こんな経験は一度もない。
(ざけんじゃねぇッ、
こんな所で死ねるかよッ!!)
ブンブンと大きく頭を左右に振り、
様々な邪念を吹き飛ばすと、
もう何回、いや何十回目を通しただろうか、
問題文を読み返す。
(し、死んじゃう! このままだと死んじゃうよッ!!)
一方、アルトは緊張と恐怖のあまり、
すでに頭が真っ白になりつつあった。
必死に思考を働かせようとするのだが、
恐怖を知ってしまった脳が、
言うことを聞いてくれない。
つい先ほどまで、
文章になにか法則性がないか、
必死に探していたのだが、
まるで乗客を焦らせ、
次第に脳の動きを鈍らせるかのように流れる、
定期的な車内放送によって、
正気の状態で探すことができなくなっていた。
(な、なにを、なにを見つければ……ッ!?)
頭の中でまったく整理がつかないまま、
アルトはもう何度目か、問題文を読み始める。
……くはさかのぼる……いちねん……、
………さんにんほどころした…………、
なにをおもったか…………じさつ……。
じゅうびょうほど………………………、
焦りと錯乱状態からか、すべての文章が、
しっかりと入ってこない。
その目には涙が溜まり、
視覚も徐々に奪われていく。
……らものこ……いっしゅん…………。
………しにゆく………ひとつ…………、
おまえがころした………………………、
………ころした……………ひとり……、
くるしみ……いち………………………。
最後の方は、目が涙でくしゃくしゃになってしまい、
ほとんど読むことができなかった。
(気になること、気になること、気になること……!)
それでもアルトは必死に考えた。
頭の中がごちゃごちゃでも、
今にも大量流出しそうな涙を目に浮かべながらも、
いつの間にか鼻水が垂れ出していても、
アルトは必死に考えた。
文章を読んで何か、何か気になることは。
何か気になること、何か気になる、
何か気になる何か気になるなにかきになるなにかきになるナニカキニナルナニカキニナルナニカ
「アルト君、だ、大丈夫!?」
あまりの様子にフェイティが、
慌てて声をかける。
いくら年長者とはいえ、
近づく死はフェイティにとっても恐怖でしかない。
だがすぐ隣で目も虚ろに、
子どものベソかきを軽く超える姿を見せる17歳を、
放っておけるわけがない。
ポケットから白いハンカチをだし、
アルトに差し出す。
だが、もはやそれを受け取るという、
些細な思考すら残っていないのだろう、
アルトはそれを受け取ることはなかった。
そのかわり、文章を読み終えた、
ぐちゃぐちゃなアルトが、
ほとんど文字が読めなかったアルトが、
鼻水を目一杯すすりながら、口を開いた。
「ぶ、文章全体にこ、殺すってひ、表現が多ひし、ひぐっ、
す、数字がい、いっぱひ、あっ、あっ、あるよ、ねぇ」
次回投稿予定→7/26 15:00頃




