第42話:現れた2人目の7隊長
その言葉は、あまりにも予想外だった。
そして、この場で一番、
欲しくない情報でもあった。
ファースター王国騎士隊4番隊隊長。
それはつまり、
無条件にレナ達の敵であることを意味する。
「……ッ、最悪ね」
舌打ちしながら吐き捨てたレナの言葉も、
もっともだった。
よりにもよって、この場所で。
レナの両手は自然と、2つの剣に置かれていた。
「ローザ王女の姿が見えなかったから、
まったくノーマークだったけど、
まさかアンタがレナだったとはね」
「そりゃこっちのセリフよ。
それにしてもこんなにも早く、
あのバカ以外にも追いかけられていたとはね」
「あのバカ?」
「あんたンとこの、3番目の隊長のことよ」
「あぁ、イグノのことね。
……ま、そういうことにしておくわ。
それよりも、これはアンタ達の仕業なの?」
イグノの件で、
軽く考えるような素振りを見せたナナズキだったが、
またすぐにレナ達の方へ視線を戻す。
「仕業って何がよ?」
「この状況よッ!
さっきまで宿屋にいたのに、
なんで列車の中にいるのよッ!
早く戻しなさいよッ!!」
先ほどまでの女の子らしい様子とは180°変わり、
怒り喚きながらナナズキはレナに詰め寄る。
どうやらこの現象の犯人がレナ達だと思っているらしい。
「ちょッ、は!?
何言ってんのよッ!
ってか、
あんたの仲間が引き起こしてんでしょうが!!
むしろそっちこそ、脱出方法を教えなさいよッ!!」
当然ながら、そんなことを言われる筋合いもないレナは、
今降りかかったナナズキからの言葉を、
そのままそっくり返す。
もしレナの仮説通りならば、
ナナズキが騎士隊の4番隊隊長ということは、
この事件を引き起こしているシャックとは、
多少なりとも関連のある人物であるハズである。
もしかしたら、ここの脱出方法だって、
知っているかもしれない。
……とはいえ、見た様子と言動を察するに、
この少女が方法を知っているとは思えないし、
万が一知っていたとしても、
敵である自分たちに教えるようなことはしないだろう。
それくらいは、レナも織り込み済みだった。
だから、せめてここで仮説を確証に変えておきたい、
それを目的として、ナナズキの言葉を、
そっくり返したつもりだった。
もし仮説が本当ならば、
何らかのリアクションが返ってくるはず。
……が。
「仲間? アンタ、何言ってんの?」
ナナズキはその言葉に対し、
怪訝な顔をしている。
そう、まるで珍しい生き物を、
目の前にしているかのように。
なんかおかしいわね、
その反応にやや疑問を抱くレナだったが、
「どうせこの事件を引き起こしているのは、
あんたのお仲間のシャックなんでしょ?
だったら、ここからの脱出方法だって知って
「は? シャックが仲間?
なに言ってんの?
何でアタシとシャックが仲間なのよ!?」
「つか、あんたって言うより、
ファースター自体がシャックとお仲間じゃないの」
「は? 何よそれ?
もうちょいマシなウソつけないの?」
どうもおかしい。
ファースターとシャックは繋がっていると、
クライドは確かに言っていた。
なにか、話が噛み合わない。
お互いに、のれんに腕押し状態である。
「ウソも何も、
お前の騎士総長様が言っていたぞ?
ファースター城内は今、シャックだらけだってな」
「はぁ!? クライド総長が?
そんなこと言うワケないでしょ、バカじゃないの!?」
見るに見かねたプログが横槍を入れるが、
ナナズキの興奮を収めることはできない。
(ん?)
だが、そのプログの一言のおかげで、
のれんに腕押し状態解決の糸口が生まれる。
レナの思考回路が静かに動き出す。
クライド総長がそんなことを言うワケがない。
この一言で、ある1つの仮説が浮かび上がる。
「……あんた、本当にクライドから、
何も聞いていないの?」
糸口から導き出した仮定を確かなものにするため、
レナはナナズキに聞く。
「さっきっから、何の話なのよ!」
「ファースター城内が、
シャックだらけになっているってこと」
「だーかーらッ!
そんなワケないでしょッ!」
「そんなワケも何も、
クライドはシャックのボスなのよ?」
「騎士総長がシャックのボス!?
アンタねぇ、いいかげんにしなさいよねッ!
どんな濡れ衣を着させようとしてんのよッ!!
そもそも今回だって、アンタら捜索と同時に、
シャック掃討の任務をクライド騎士総長から受けて、
ここまで来てんのに、
何を根拠にそんなデタラメを……ッ!!」
「ええッ!?」
「クライドから……」
「シャック掃討の任務……だと?」
予想だにしなかった言葉に、
アルトを始め、フェイティ、
そしてあの冷静なスカルドでさえ、
眉をひそめている。
シャックの親玉とも言えるクライドが、
自分の家来である騎士隊隊長に、
シャック掃討の任を出している?
やっぱりそういうことか、
レナの仮説はここで確信に変わる。
この目の前にいる青髪のツインテール少女、
確かに嘘はついていない。
ただ、知らないだけなのだ。
自身が仕えているファースターが、
シャックの根城となっていることを。
そして、クライドが、
その盗賊集団のトップであるということを。
だとすれば、シャックが今回の事件を引き起こしていて、
それを知らなかったナナズキ、という部分に合点がつく。
けど、どうして?
なぜクライドは、
この少女に事実を伝えていないのだろうか?
この少女だけには伝えていないのか?
もしかしたら他も、
イグノを含めた他の騎士隊隊長にも、
この真実を伝えていないのだろうか?
真実はわからないが、
どちらにしろ、理由がわからない。
まさか、子どもが嫌いなヤツをハブにする程度の、
レベルの低いことでもやっているのか?
まさかクライドに限って、
そんなバカなことをするわけがないだろう。
だったら、むしろその真実を話し、
全面協力させた方が自分にとってプラスに働くはず。
なのに、なぜ?
仮説が確信に変わったものの、
その確信が更なる疑問を生んでいく。
「オイ、揉めるのは勝手だが、
時間が無くなるだけだぞ」
「わかっているわよ。
わかっているけど……」
スカルドの言葉を理解しながらも、
レナは視線をナナズキへ向ける。
「アンタ、脱出方法知ってんの?」
「確証はない。
だが少なくとも貴様が考える、
どの方法よりも確率は高い自信はある」
ガムを口へと放り込むスカルドは答えるが、
その質問者であるナナズキは、
ずっとレナを睨みつけたまま、
視線を動かさない。
どうしたものかね、
レナは小さく、しかし深く息をつく。
今、目の前にいるナナズキは間違いなく敵だ。
敵であるならば、撃退しなければならない。
だが、レナ達にはもう1つ、
ギルティートレインという敵がいるのだ。
無論、これも撃退しなければならない。
加えて、こちらの敵には時間制限がある。
つまり、ナナズキよりも優先順位は高くなる。
そして、このギルティートレインは、
目の前の少女にとっても敵であることは確かだ。
ならば、向こうとしても優先順位は最上位になっているハズ。
だとしたら、今ここで考えるべきことは――。
「ねえ、1つ提案があるんだけど」
先に沈黙を破ったのは、ナナズキの方だった。
厳しい表情は崩さぬまま、腕組みをしている。
「あら奇遇ね、
こっちも相談事があるんだけど」
続いてレナ。
先ほどスカルドが言っていたように、
今、あれこれ考えている余裕はない。
限られた時間の中で、
互いに生み出された結論は。
「ここはお互い、一時休戦しない?」
まるで打ち合わせしたかのように、
一字一句、同じタイミングで2つの声が重なる。
どうやらナナズキも、まったく同じことを考えていたようだ。
「まあ、この状況じゃやむを得ないわな。
俺らは別に構わないぜ、なぁ先生?」
「そうね。ナナズキちゃんが理解ある子で助かったわ」
「か、勘違いしないでよねッ!
あくまでもここを脱出するまでの話よッ!
脱出できたら、すぐに捕まえるんだからッ!!」
「ハイハイ、わかったわよ。
それはまた後で考えるとして、
懸命な判断をしてくれて助かるわ」
「こっちとて状況把握もせずに、
むやみやたらに戦うほど、
私は戦闘狂じゃないのよ」
「ま、話がわかるみたいで良かったわ。
とりあえず、サッサとここを出ましょ」
まるで引率者のようにレナは話をまとめると、
これから行くべき、2つの扉へと目を向ける。
一時休戦協定を結んだ以上、次にやるべきなのは
この“有罪列車”からの、速やかな脱出である。
その雰囲気を察したのか、
アルトがこの場の人数を数え始めながら、
「えっと、ナナズキ……さんも含めて、
6人いるから3人ずつで
「ナナズキ、で別にいいわよ。
なに、二手に分かれるの?」
「スカルドの話だと、
出口のロックが2つあるらしいのよ。
だから、3人ずつで2つの道を同時に行った方が、
効率がいいでしょ?」
レナは要点をさらに端折った説明をナナズキにすると、
「時間が惜しいわ、サッサと決めましょ。
プログ、あんたは“力”の方でいいでしょ?」
ジワジワと迫る時間という敵の幻影を振り払うように、
レナは口早に訊ねる。
「選択権ゼロかよ。
まあ、そっちの方が貢献できるだろうし、いいぜ」
「ハイ決まりね。
んでもってスカルドは……」
「俺は“知”でいい」
「……どーもですっと。
それからアルトも、
“知”に行ってもらってもいいかしら?」
「え? 僕も?」
「そう。
地下水道の時はアルトの知恵に助けられたし、
またあの時みたいな閃き、お願いするわね」
「え、あ、うん、わかったよ」
「どーもですっと。
そしたらフェイティは……」
皆が空気を察したおかげか、
順調にメンバーを確定させていたが、
「待った。
レナ、アンタは私と一緒に、
“力”の方に来てよ」
ここで急にナナズキが妙な提案を突っ込んでくる。
「へ? なんで?」
あとはフェイティを“力”へと配置し、
ナナズキと自分がどちらかへ、
と配分するつもりだったレナは、
意表を突く提案に思わず間抜けな声をあげる。
「いいから。別にいいでしょ?」
「いや、いいからって言われても……」
「そこは私も譲れないわ。
アンタと一緒じゃないとイヤよ」
だが、ナナズキは頑なにレナと行くことにこだわっていて、
折れるつもりはない雰囲気だ。
適材適所に人員を配置することは重要だが、
そこに時間をかけ過ぎて、
いざ配置したら時すでに遅し、では
今回ばっかりは決して済まされない。
そう、時すでに遅し、すなわち死である。
「……しょうがないわね。
そしたらフェイティは“知”へ、
行ってもらっていいかしら?」
こんなところで揉めてもしょうがない、
そう感じたレナはやれやれといった様子で、
ニッコリとうなずくフェイティの了解を得る。
『まもなく牢獄駅、牢獄駅に到着します。
牢獄駅の次は、絶望駅に停車します』
列車内に、停車駅を告げる無機質なアナウンスが流れ響く。
いつの間にかギルティートレインは、
一区間を走破してしまっていた。
ゆっくりと、
しかし確実に死の時間は迫ってきている。
「時間が惜しい。行くぞ」
「よしッ、それじゃあ行くわよッ!!」
スカルドとレナはほぼ同時に声をあげると、
車両の奥にあった、2つのドアを勢いよく開け、
生へと戻るための迷い路へと足を踏み入れていく。
(最悪脱出後にナナズキと戦うことを考えないといけないわね。
ま、それよりもまず、ここの脱出に全力を尽くさないとッ)
(父上の禁じたハズの魔術を使うクソ魔術師が……。
絶対に許さねぇ……必ず見つけ出すッ!!)
これからの、そしてその先に待ち構える戦いへ、
気持ちを引き締めながら、
そして、自らの父の想いを踏みにじる者への強い憤りを、
胸の奥へ秘めながら、扉の先へと進んでいく。
「おうおうおうおう、
こりゃまぁ、
アイドルの出待ちばりの熱烈歓迎、ってか?」
1階の“力”ルートの扉を開け、
その先に広がる光景にプログが思わず、肩をすくめる。
そこには、車両内を埋め尽くす、
無数の人型の骸骨が立ちはだかっていたのだ。
自らの身長と同じくらいの槍を持つ魔物、
スカルソルジャー。
元々このギルティートレインの住人なのか、
はたまたこの列車によって殺された人々の、
行き場のない亡霊なのか。
どちらにせよ、今までいた世界とは全く異なる、
異様な風景がそこには広がっていた。
プログは何体いるのか数えようとしたが、
20体までいったところで諦めた。
それほど大量のスカルソルジャーが、
3人を待ち受けていたのだ。
当然のことながら、
魔物の先にあると思われる出口の解除ボタン、
そして次の車両への扉を確認することはできない。
「骸骨に好かれるアイドルなんてキャッチコピー、
あまりにダサすぎて逆に応援したくなりそうね。
プログ、よかったじゃない」
「オイオイ、ンなモン俺はいらねえっつーの。
それとも何だ?
俺はアイドル並みのルックスってか?」
「そうね、頭のお花の咲き加減なら、
アイドルでもトップクラスじゃないの?」
「……お褒めの言葉、ありがとよ」
「アンタら、どんだけ緊張感ないのよ……」
いつもの調子のレナとプログに、
初見のナナズキは顔を引きつらせている。
無理もない、目の前には大勢の敵、
そして背後には時間という、
見えない敵が忍び寄っているのだ。
この場合尻に火がつくべきシチュエーションのハズであって、
決して呑気に夫婦漫才をする状況ではない。
だが、そんなことはレナもプログも承知しているようで、
ナナズキの言葉を聞いた直後には、
すでに自らの武器へと手をかける。
「さと、と。
そんで、あんたはどうやって戦うのよ?
武器? それとも魔術?」
先ほどまでの表情とはうって変わり、
鋭い眼差しを敵へと向けたまま、
レナはナナズキに聞く。
トーテン駅で出会った時から今まで、
彼女が武器らしきものを手にしているところを見ていない。
「どっちも正解、ってとこね」
ナナズキは右手を広げ、後方へと腕を伸ばすと、
右手付近が一瞬、強い光に包まれる。
そしてその光が消えた時、
今まで何も持っていなかったナナズキの右手には、
先端に大きな深紅の宝珠を埋め込んだ、
1メートルほどの杖が握られていた。
「なるほどね。
ま、頼りにしているわ」
すべてを聞かずとも、
レナはなんとなく戦い方を理解できた。
そして、それ以上は特に何も聞かなかった。
敵に挑む前に色々と聞いておきたい部分はあったが、
今はそれどころではない。
ナナズキとて、戦いのプロだ。
たとえお互いぶっつけ本番の戦いであっても、
連携や攻撃のタイミングがわからなかったとしても、
戦いをしていく中で、
息を合わせることくらいできるだろう。
ならば可及的速やかに、目の前の敵に挑むのが、
生きて帰るための最善の行動。
「それじゃ、行くわよッ!!」
そして3人は、骸骨がうごめく群衆へと、
飛び込んでいった。
ドアの先に現れた階段を進み、
2階へとたどり着いたスカルド達が到着したのは、
先ほどまでの列車空間とは一線を画す、
広さ8畳程度の小さな部屋の一室のような空間だった。
木を基調として作られたその部屋は、
まるで小屋の中にいるような、
そんな感覚すら覚える光景だった。
そして目の前には、
おそらく次の車両へと続くであろう、鉄製のドア。
だが、その鉄製のドアには、
A2サイズはある、
巨大なディスプレイのようなものが埋め込まれている。
「あ、何か書いてあるよ」
部屋に入ってドアを閉めるなり、
アルトがドアの裏側にある貼り紙に気付く。
誰かが手書きで書いたのだろうが、
殴り書きのような字で書かれている。
『この“知”ルートの解除用ボタンを押すには、
2つの仕掛けを解かないとたどり着けない。
しかも2つ目は1つ目よりもはるかに難しい。
この次の部屋にも仕掛けがある、気をつ――』
最後は読み取ることができないくらい、
文字がぐちゃぐちゃになっていた。
おそらく、前にこのギルティートレインに、
引きずり込まれた人のメッセージだったのだろう。
その最後の文字の様子が、
この人の最期の凄惨さを想起させる。
「……」
アルトは思わず下を向く。
心臓の鼓動が急速に高まっていく。
暑くもないのに、
額には汗がうっすらと浮かんでいる。
自分達も、もし時間に間に合わなかったら、
この人のようになってしまう。
もし仕掛けが解けなかったら、
その先に待っているのは――。
「この人のためにも、私達は絶対、
ここを抜けましょう」
まるでアルトの考えを見透かしているかのように、
フェイティはアルトの顔を覗き込む。
一方のスカルドは、
すでにディスプレイの埋め込まれた、
鉄の扉の前に立っている。
今やるべきことは、後のことを考えることではない。
アルトは自らの心臓を、
拳で2回ほど叩く。
その衝撃がわずかながら、
心臓の鼓動を落ち着かせてくれた気がした。
実際、そんな効果があるのかはわからないが、
アルトにはそう感じることができた。
「よしッ、やろうッ!!」
気にかけてくれたフェイティに力強くうなずくと、
アルトはスカルドの元へと向かっていく。
「仕掛けは2つだ。
次の仕掛けがわからない以上、
サッサとここは抜けるぞ」
スカルドは何も映っていない、
真っ黒な巨大ディスプレイの左下にあったボタンを押す。
スカルドやフェイティはもはや聞き慣れた、
ブウゥンッ!!という機械音と共に、
巨大にディスプレイ画面が、一気に明るさを帯びる。
そこに浮かび上がったのは、
10×10マスに区切られ、
そのちょうど真ん中の交点に大きな黒丸が描かれた、
碁盤のような正方形の図形、
そして、その下に書かれた、謎の文章。
<以下の裁判を手掛かりに、ボタンを押せ>
ほんじつ、王族を殺した、
2人の男の裁判がおこなわれた。
1人目、2人目と、もくげきしゃが話をしたが、
第3のしょうげんに立った目撃者から、
ふたりが犯人という、決定的な証拠が出た。
その話をもとに裁判長が言う。
「前の者が2人、うしろの者が3人、
王族をころしたことに偽り無し。
よってしけい」と。
以上、
犯人の殺した人数こそが、
貴殿らを生へと導くだろう。
※ただし、この裁判は1度で終わり、
2度目の裁判はなかった。
よって、貴殿らにも2度目はないことを心得よ。
次回投稿予定→7/5 15:00頃