第39話:いざ、トーテンへ
ピキッ、ピキピキッ……
何かが割れるような、
その音は瞬く間に四方八方に広がり、
まもなくあらゆる方向から聞こえてくるようになる。
「な、なんだ?」
プログを始め、レナ、アルトも今まで体験したことのない現象に、
慌てて辺りに目を走らせる。
すると、まるでガラスのように無数のヒビが、
空間のありとあらゆる箇所に出没しているではないか!!
「しまった、時間切れでやンスッ!!」
ただ一人、この空間を作りだした張本人のイグノだけは、
おそらく状況を理解しているのだろう、
焦りの様子を隠すことなく、
取り出した霊符を急いで懐に戻している。
「ちょっ、これってどういうことよッ!」
「この空間、一場春夢は一定の時間しか、
作りだすことができないでやンスッ!
仕方ないでやンス、
お前ら、この勝負は次回にお預けでやンスッ!!」
そう言うと、イグノはクルッと体の向きを変え、
一目散に戦場から逃亡していく。
「お、オイッ!
俺達はどうすりゃいいんだよッ!!」
プログの声が、去りゆくイグノを何とか引きとめようとする。
なにせイグノの慌てる姿を目の当たりにしているのだ、
こちらは慌てるな、というのが無理な話だ。
それに、こちらとしては何もかもが初めての現象であり、
この摩訶不思議な現象にどう対処すればいいかなど、
知る由もない。
ピキピキピキ……
そうしている間にも空間に現れ続ける、無数のヒビ。
「安心しろでやンスッ、
別に害はないでやンスッ!
そのままにしていれば元の空間に戻れるでゃ……」
逃げ足途中の言葉だったため、
最後まで聞き取ることはできなかった。
「ぼ、僕たちも逃げた方がいいんじゃないのッ!?」
アルトは青ざめた表情を、レナとプログに向ける。
亀裂と亀裂が繋がり、大きな亀裂となり、
さらにそれが別のものと繋がり、さらに大きな亀裂を生む。
今、どこを見渡しても見えるのはもはや、
割れすぎて崩れ落ちる寸前のガラスのような光景だけだ。
「いや、逃げるっつったってどこに……」
パキィィィィンッ!!
プログの声の終わりを待たずして、
限界を超えた空間は一気に砕け、
崩れ落ちる。
上空から、支えを失った無数のガラスの破片のようなものが、
地上にいるレナ達へ一斉に襲い掛かるッ!
「ちょッ……!!」
あまりにも急だった。
レナは咄嗟に下を向き、両手で頭頂部を覆う。
どう考えても、これではあのガラスの破片は防げない。
だが、それしかできなかった。
せめて頭だけでも守らないと――。
ただ、それだけだった。
「……ッ??」
ところが、レナの体に痛みが走ることはなかった。
レナだけではない。
アルトとプログも、
傷はおろか、痛み一つない。
確かにガラスの破片は地上に降り落ちたハズだった。
けれど、一切痛みなどな
「あ、レナちゃんッ!!」
突然、聞き覚えのある声がレナの耳に届く。
そう、ちょっと前まで聞いていた、
あのBBAの声。
「あれ……?」
レナがゆっくりと顔をあげる。
そこにはフェイティ、そしてスカルド。
ここまではさっきまでと、同じ光景。
だが、確かに今、フェイティの声を確認できた。
それだけではない、
セカルタの賑わい、活気あふれる“音”が確かに聞こえる。
レナ達は、元の空間に戻ってきたのだ。
「ふうぅ……ったく、驚かせやがって……」
プログは一つ、大きく息をつく。
その額には、びっしょりと汗をかいている。
確かに、頭上からガラスの破片らしきものは落ちてきていた。
だが、3人とも無傷。
そして、辺りの地面を見渡しても、
破片の残骸のようなものは、まったく見当たらない。
どういう理屈かは不明だったが、
とにかく助かったようだ。
「もう~!
みんなどこ行ってたのよ~!!」
「あ、いや、
ちょっとあのバカに連れられて……、
ってか、わかったからちょっと離れて……」
本気半分、演技半分で心配しながら、
フェイティはレナに抱きついている。
もっとも、目の前から突然仲間が姿を消して、
そして再び突然、姿を現したのだ。
むしろ心配しない方がおかしい。
まるで久々に会った旧友のように、
はしゃいでいるフェイティ。
「お前ら、どこに行っていた?」
「僕達もよくわかんないんだけど、
イグノが言うには、別の空間軸らしいよ」
「別の空間軸……やはりか」
一方、冷静を保つスカルドは、
アルトからの返答を受け、腕組みを始めている。
「空間軸について、
あのバカは他に何か言っていたか?」
「え? うーん、特には言ってなかった気が
「その話は追々話せばいいでしょ。
とりあえずさっさと駅に向かいましょう。
イグノが逃げたと見せかけて、
援軍を連れてくる可能性もゼロじゃないんだし」
あのバカに限ってないとは思うけど、
心の中で呟きながら、
ようやくフェイティを引き剥がしたレナは、
足早に、その場を立ち去っていく。
ないとは思いつつも、
万が一、面倒ごとがあれば厄介だ。
「……まあいい。
まずは先を急ぐぞ」
「そうだな。
早く乗らねえと、
レイに無駄な心配かけさせちまうだろうしな」
「それもそうね。
でも、本当に無事でよかったわぁ~。
BBA、心配で心配で……。
アルト君も無事でよかったわー!」
「ちょ、わかった、
心配してくれたのはわかったからッ!!」
再び揃った5人は、思わぬ道草を食いながらも、
当初の予定通り、セカルタ市街地の端にある、
セカルタ駅を目指して歩いていく。
セカルタの西端に位置する、セカルタ駅。
地下に駅を造ったファースターとは対照的に、
地上に位置するこの駅を、利用する乗客は多い。
レナ達がセカルタ駅の待合所に到着した時も、
約1時間に1本、発車する列車を待つ乗客の姿が、
あちらこちらに見えていた。
「うわ、結構人がいるんだね」
まるで都会に初めて来た田舎者のように、
アルトは目をキョロキョロさせている。
彼の故郷であるファイタルでの利用客数と比べたら、
雲泥の差である。
「さて、次の列車は、っと……すいませーん、
トーテン方面の次の列車っていつかしら?」
駅に設置されている掛け時計を確認しながら、
レナは改札付近にいた、
駅員らしき男に話しかける。
「トーテン方面ですね、
あと5分で到着しますが、
その列車はついさきほど、
席がすべて埋まってしまいまして」
「そーなの? ちょっと遅かったのね……。
まったく、あのバカのせいでちょうどいい列車、
乗れなかったじゃないのよッ」
駅員の言葉を前に、
レナはイライラと舌打ちを隠さない。
当然のことながら、あのバカというのは、
あの大バカ(仮)のことである。
ただしこの場合、あくまでも結果論であって、
イグノからしてみたら、
とばっちり以外の何物でもないのだが。
と、ここで。
「あの……。
もしかして皆さんの中に、
フェイティ様はいらっしゃいますか?」
何かを思いついたように、
大きく目を開きながら駅員が5人を見渡す。
「フェイティは私よ。
そんなに私って有名だったかしら?」
「やはりそうでしたか!
これは大変失礼しましたッ!
レイ様よりお話は伺っております、
どうぞ次の列車へご乗車ください!!」
「へ? いいの?」
わずか数秒前からの急展開に、
レナ達は目をぱちくりさせている。
駅員は姿勢を正しつつ、
周囲に聞こえないよう声量を下げながら、
「レイ様より、
フェイティ様が来られたら、
いつの時間でもすぐに乗れるよう、
席を開けておくように言われていましたので」
「あらあら、
レイったらそこまでしてくれたのね」
「とんでもないVIP待遇ね。
逆に申し訳なく感じてくるわ」
と、あまりの待遇、そしてレイの気配りに、
感謝を通り越して後ろめたさを感じるレナ。
切符だけでなく、乗車する列車までの優遇。
レイの心遣いの範囲には、つくづく感服させられる。
「さあ、まもなく列車が到着します。
どうぞ、発着場のほうへ」
腕時計を確認しながら駅員はレナに、
5枚の乗車券を懐から取り出し手渡す。
『まもなくトーテン、フォルテン経由、
サーチャード行きが到着します。
ご乗車の方は……』
同時に、構内に列車到着を告げるアナウンスが響き渡る。
待合所でその時を待っていた利用客が、
一斉に発着場の方へとなだれ込んでいく。
「どーもですっと。
それじゃ、あたし達も行きましょ」
駅員に軽く礼を述べると、
レナ達はなだれ込む利用客の波へと、
足を進めていった。
レイがレナ達に用意してくれたのは個室だった。
それも最後尾車両丸々貸し切りという、
とびきりのスイートなヤツである。
床には赤い絨毯が敷かれ、
6台あるベッドはどれもふかふかで、
快適な睡眠を保証する。
それに加え、上を見上げれば、
すべて金で彩られた、
列車内とは思えないほどのシャンデリアが、
利用客を鮮やかに照らし出してくれている。
わずか1時間半ほどの時間だけでは、
あまりにもったいない空間である。
「はぁぁぁぁ~、
これはいいわぁ……」
早速、とばかりに、
ベッドへ身を投じたレナは、
今にも溶けてしまいそうな声を漏らしている。
「すごいね、コレ……」
「ホント、すごいわねぇ。
まさかこんな形でスイートに乗れるなんて、
BBA、嬉しすぎて涙が出ちゃう」
アルトが口をあんぐりしながら、
頭上のシャンデリアを眺めれば、
フェイティは車両全体を感慨深げに、
しかし、心持ちはしゃぎながら見渡している。
「ちょっと、まだ発車すらしてないんですから、
少しは落ち着いてくださいよ」
「ったく、どこでも騒がしいヤツらだな」
一方、意外にもプログ、
そして予想通りのスカルドは冷静に、
近くにある椅子に腰かけて発車の時を待つ。
ジリリリリリリリ……
間もなく発車を知らせるベルが鳴り響き、
乗車をしていない利用客への最終合図を送る。
そして、数秒鳴り響いたベルがその音を止めると、
ガコンッ、というクラシカルな機械音に続き、
ゆっくりと列車が動き出す。
「さてと、とりあえずトーテンに着くまで、
休むとするか」
発車したことを確認すると、
プログは椅子から立ち上がり、
空いていたベッドへと倒れ込む。
わずか1時間半とはいっても、
これから赴くトーテンには、
何が待ち受けているかわからない。
休める時に休んでおく、
プログの考えももっともである。
そして同様の考えだったのだろう、
スカルドも無言のままベッドへ移動し、
横になる。
「それもそうね。
ふわぁぁ……昨日は牢屋であんまり寝れなかったし、
ゆっくり昼寝でも……」
しよ、と言おうとした、
その時だった。
「待って待って、ちょっと待って~!!」
悲鳴にも似た、女の子の甲高い声が、
車窓を通して5人の耳へ届く。
「ん、なに?」
その声に聞き覚えはなかったが、
あまりに必死な、それでいて切実な叫び声に、
レナは窓から顔を出す。
するとそこには、
去りゆく列車を必死に追いかける、
全力疾走の少女が。
「ちょっ、待って、乗らせて~ッ!!」
どうやら、この列車に乗る予定だったらしい。
ヘソくらいまでに伸びた青髪を白色リボンで左右に留めた、
きれいなツインテールをなびかせ、
必死に全力疾走を続けている。
だが残念ながら運転手、車掌、
そして他の乗客も少女に気付いていないのだろう、
列車のスピードが緩まることはない。
「なんだ? 乗り遅れか?」
「そうみたいね。
車掌、気付いていないのかしら?
まったく、しょうがないわね」
プログの言葉にため息交じりにレナは答えると、
窓から顔を引っ込め、ベッドを降りると、
反対側の窓へと歩いていく。
なぜか、短剣を手に持ちながら。
「オイ、何をするつ
「乗り遅れた客を待たないなんて、駅員失格ね。
……よっとッ」
嫌な予感を覚えたプログの言葉も途中に、
レナは反対側の窓から身を乗り出すと、
短剣を軽く振り上げた。
人のこぶし程度に威力を抑えた火球が、
列車に進行方向へ向かってビュンッ、と飛んでいく。
「ちょッ、おま
プログの声もつかの間、
『緊急停止します、ご注意ください。
繰り返します、緊急停止します』
キイィィィィィィッ!!
緊急停止を告げる車内アナウンスに続き、
金属音の擦れる嫌な音と、
前に進もうとする強烈な重力が、乗客を襲う。
「え、え、ちょっ!?」
「あらららららら」
アルトの慌てふためく声と、
フェイティのよくわからない声を車内に響かせながら、
列車は急停止した。
「イテテテ……。
おいレナッ!
いくらなんでも滅茶苦茶過ぎんだろッ!!」
「大丈夫よ、車両の横を炎が横切っただけだから、
列車には何の危害も加えていないわよ。
それに発着場の反対側で撃ったから、
バレてもいないわ」
「そーいうことじゃねぇッ!
ちょっと考えりゃ他にもいくらでもやりようあるだろッ!
つか、駅員のお前がワザと遅延させてどーすんだよッ!!」
「しょうがないじゃないの、
他に方法思いつかなかったんだし」
「しょうがない、で済むワケねーだろッ、
それで済むならケーサツいらんわ!!」
ベッドから転げ落ち、
車両の端まで転がってしまった、
プログの言い分ももっともだ。
一歩間違えば、大惨事である。
良い子はマネしちゃ、
などというレベルの話ではない。
というよりそれ以前の問題として、
レナはルインで駅員をしているのだ。
立場としては誰よりも、
やってはいけない人物である。
「ハイハイ、そんなことはわかっているわよ、
今回だけでもうしないわ」
だが、レナはまるで反抗期の子どものような、
気のない返事をしただけで、
再びベッドへダイブする。
「ま、まあレナだってあの子のためにやっただけだし、
もう今後はやらないだろうし、ね?」
「ハァ……しょっぱなからこれじゃ、
先が思いやられるぜ……」
なぜか必死にフォローをするアルトの言葉に、
大きくため息をつきながら、
プログはベッドに戻ると、
ふと窓から顔を出す。
外では“謎の炎騒動”によって、
多くの駅員がゴチャゴチャしている。
……が、あの全力疾走していた少女の姿は、
近くには見えない。
どうやら、この騒ぎのおかげで、
列車に乗ることができたようだ。
(まあ、もう慣れたけどな、
コイツのムチャクチャっぷりにも)
呆れ半分、諦め半分に心の中で呟くプログであった。
「さっきの続きだが、
別の空間軸にいた時、どんな感じだった?」
「え? ああ、イグノの話ね。
どんな感じだったかなぁ……」
一方、よほど関心があるのだろう、
この一連の出来事でまったく言葉を発しなかったスカルドは、
アルトにイグノの使った霊符技、
一場春夢について聞いている。
列車は数分ほど停車していたが、
やがてそれ以上の危険がないことが確認され、
再び動き出した。
徐々に加速していく列車。
(トーテンにはクライドはいるのかしら?
それに、この列車にもシャックはいるかもしれないし、
油断はできないわね。
ってか、もし今回の事件がシャックの引き起こしていたなら、
いよいよ目的がわからなくなるわね……)
こうして小さな波乱を起こしつつも、
レナ達は問題の待ち受ける目的地、
トーテンの町へと向かっていく。
次回投稿予定→6/14 15:00頃
 




