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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第2章 エリフ大陸編
42/219

第38話:この男、道化か猛者か

腐っても鯛、ということわざがある。

優れた素材は、多少痛んでいたり状態が悪くなったとしても、

やはりそれなりの価値がある、という意味を持つ言葉だ。





迅雷風烈(じんらいふうれつ)ッ!」



閉ざされた空間の中で、

イグノの声が高らかに響くと、

上空に掲げた霊符から、

緑の光を纏った疾風の矢が、

プログの体を目がけて飛んでいく。



「チッ!!」



イグノの懐に飛び込もうと、

前傾姿勢になっていたプログは、

たまらずバックステップを踏む。



「このッ……!」



アルトは十分に狙いを定め、

左手で銃の引き金を引く。



「甘いでやンスッ、鴉雀無声(あじゃくむせい)ッ!!」



だが、アルトの気配を察知したイグノは素早く、

懐から別の霊符を取り出すと、

アルトのいる方向に向けてピッ、と構える。



パアァンッ!



同時に乾いた音を残し、銃弾が風を切る。



キィィィン!!



しかし、放たれた銃弾は、

イグノに到達する数メートル前で、

見えない壁にぶつかったかのように急激に直線運動を止め、

金属が擦れる、あの嫌な音を残し、

その場にポトリと落ちる。



「くっ、また……ッ!!」



その銃弾の動きに、

アルトは軽く舌打ちをする。


じつはこの現象、さっきから同じなのだ。

プログやレナの攻撃に合わせ、

アルトは後方から銃による支援攻撃を、

幾度となく試みているのだが、

そのたびに、この見えない壁に、

銃弾がはじかれているのだ。


イグノの霊符によって防がれている位はわかるのだが、

仕組みがいまだに理解できない。



「まったく、本当に腐っても鯛ならぬ、

 腐っても騎士隊長ってトコかしら?」


「だから腐っても、は余計でやンスッ!!

 それよりも、もう終わりでやンスか?」



レナの皮肉に顔を真っ赤にしながらも、

イグノの表情には、余裕が感じられる。


数的優位があり、やや押され気味ではあるものの、

イグノは3人の猛攻を、

すべてかいくぐっている。

そして先ほどのプログへの攻撃のように、

自身への危険を察知し、

相手の動く前に釘を刺しておくことも忘れない。


発する言葉や行動はともかくとして、

このイグノと言う男、

やはりファースターが誇る、

騎士隊の隊長を務めるだけの力量を持ち合わせている。



「冗談でしょ?

 準備運動しないと、本調子になるわけないじゃない」


「え、そうなんでやンスか?」



その天然ボケっぷりがなおさらムカつくのよッ、

レナは心の中で呟くと、

イグノに向けて突進する。



「こっちも準備運動すればよかったでやンスかね……。

 っと、電光石火ッ!!」



どこまで本気なのか不明だが、

レナが突進してくるのを見るや否や、

素早く霊符を振りかざす。


手の拳ほどの火球が、

レナを目標に捕えながら飛んでいく。



「させるかッ!!」



レナの後方から叫び声が聞こえたのに続き、

レナの横を、短剣が通り過ぎる。


プログの投げた短剣は、

レナを狙う火球に見事に命中し、

ボンッ、という小爆発音を鳴らして火球を消し去ると、

その場にカランカラン、と落ちた。



「どーもですっとッ!!」



左手に持つ短剣で振り払おうとしていたレナは、

予定を変更し、短剣でイグノへと襲いかかる。

だがイグノはその攻撃を、こともなげにヒラリとかわす。



「まだまだッ!!」



続けてレナは長剣で連撃を仕掛ける。



「無駄でやンスッ!」



イグノは流れるような動きでバックステップを踏み、

これも問題なく避けていく。

その動きに、無駄は一切ない。



「うらッ!」



さらに今度は、短剣を回収したプログが、

イグノの右方より斬りかかる。


決して良い気分はしないが、

数ではこちらの方が有利だ、

なら手数で勝負、とばかりに、

3人は攻撃の手を緩めることなく、

騎士隊長へと襲い掛かる。


ところが。



「この程度で俺に勝とうなんて、

 百年どころか、一光年以上早いでやンスよッ!

 ……鴉雀無声ッ!

 さらにもう一つ、電光石火ッ!!」



イグノの流れるような身のこなしと、

随所に使う“見えない壁”によって、

すべての攻撃がイグノを目の前で阻まれる。

加えて、ややカウンター気味に繰り出す、

霊符による火、そして風の攻撃。


レナ達もなんとか回避することはできているが、

足を効果的に止められており、

思うような攻撃ができていない。



「光年は距離の単位なのよ、このバカ隊長ッ!!」



イグノのバカさ加減になのか、

はたまた攻撃がなかなかうまくいかないからか、

明らかにイラついた様子でレナが吐き捨てる。


確かに、イグノの動きには目を見張るものがある。

だが、レナ達が思うように攻撃できない、

最大の要因はそれではない。


それは――。



「うおわッ! あぶねッ!!」



プログが改めてイグノへ斬りかかろうとした瞬間、

目の前を人影が通り過ぎていく。



プログだけではない。

レナやアルトも同様で、

同じ場所にいるセカルタ市民の人影がちらつくのだ。


イグノを含めたレナ達4人とフェイティ、スカルド、

そしてセカルタ市民は、

同じ場所にいながら、同じ空間にはいない。

レナ達だけ、別の空間軸で戦っている。

そのため、セカルタ市民とレナ達が仮にぶつかったとしても、

お互い何の干渉もし合うことなく、

そのまますり抜けるようになっている。


つまり、本来ならばレナ達はセカルタ市民達を気にすることなく、

イグノと戦うことができるハズなのである。


だが、人間の脳はそれほど単純にできてはいない。


人をすり抜けることができるという摩訶不思議な経験が、

生まれてこのかた、レナ達にあるはずがない。


そのため、わかっていても反射的に、

そして本能的に人を避けてしまうのだ。


対するイグノは、

自らが生み出した、この空間に慣れているのだろう、

気にするしぐさなど微塵も見せずに、

人という人をすり抜けて動いている。


慣れというものは、

実に恐ろしいものである。


そして、この慣れという差が、

埋めがたい差となってレナ達の自由を奪っているのだ。



「チッ、わかってはいても避けちまうぜ……ッ」



プログのこの言葉が、

すべてを体現している。



「人は気になるし、アイツはちょこまかと動くし、

 おまけに攻撃はあのアジャクなんとかってので跳ね返されちゃうし、

 マイナス要素が満載すぎて楽しくなっちゃうわねッ」


「そうなんだよな。

 せめてあの変な防御技さえなんとか出来れば、

 色々と手の打ちようもあるかもしれねぇが……」



そして、打開策が見つからず、

3人は元の場所に集う。



「あの変な、防御技……」



2人のやり取りを横に、アルトはおもむろに、

自らの左手を見つめる。


そこには小さい頃から愛用している、

昔、母親からアルトへのプレゼントと、

ばあちゃんに教えられた、銀色の光を放つ小型銃。



(……)



今度は右手を覗き込む。

ややくたびれた様子を醸し出す、

格闘用のグローブ。

そしてこの右手は、

アルトの気術を生み出すための、いわば生命線だ。



(…………)



アルトは1人、脳を動かす。

今までのパターンを解析するに、

イグノは攻撃をされると出来るだけ回避を優先し、

回避が困難になったところで、

見えない壁、鴉雀無声を繰り出してくる。


その技を繰り出すスピードは速く、

おそらく技の発動を妨害することは難しい。

だが、かといって、

単なる銃による攻撃では、

見えない壁によって跳ね返されてしまう。


そう、単なる攻撃だけでは。



「まあ、とにかくあのバカに、

 あの防御技を使うスキを与えさせないよう、

 攻撃するしかねえな」


「簡単に言ってくれるわね。

 でも、現状それしかなさそうね。

 もしくは……」


「打ち消すか、だね」



アルトは大きくうなずきながら言う。



「打ち消すって……どうやってだよ?

 まだどういう仕組みかすらもわかんないのに」


「わかんないけど、どのみちあの技をなんとかしないと、

 イグノに攻撃できないよ」


「そりゃまあ、そうだけどよ……」



どちらの言い分も間違ってはいない。

歯切れの悪いプログとアルトの話は平行線である。



「何をごちゃごちゃ話しているでやンスか、

 そろそろこっちから、

 仕掛けさせてもらうでやンスよ」



遠くから、イグノの声が聞こえる。

と同時に、今度は数枚の霊符を両手に持つ。


そう、ここは戦いの場なのだ。

決してホテルの一室ではなく、

のんびりと話し合いを続けている余裕などない。



「時間切れね。

 動きの中で、両方とも試していくしかないわね」


「行くでやンスッ!

 迅雷風烈ッ! さらにもう一つ、電光石火ッ!!」



レナの言葉と同時に、イグノから炎、

そして疾風の矢が、3人の輪を目がけて放たれる。


3人は散り散りになり、その攻撃をかわす。



(プログはああ言っていたけれど……、

まずはやってみないとッ!)



再び火蓋が切って落とされ、

イグノに攻撃を仕掛けるプログを、

アルトは後方から見つめながら心で呟く。

そして、静かに銃を構え、

何やらブツクサ唱え始める。



「さっきと同じ攻撃じゃ当たらないでやンスよッ、

 電光石火ッ!!」


「チッ、ちょこまかとウザッてぇッ!!」



一方、やはり攻撃があたらず、

苛立つプログはここでイグノと少し距離を置くと、

懐からもう一つの短剣を取り出す。



「なら、これでどうだッ!

 アラウンドブーメランッ!!」



プログは声高に叫ぶと、

右手に持つ短剣を、

まるでブーメランのようにイグノの立つ位置より斜め左方向へ、

思いっきり放り投げる。


そして自分は、猛然とイグノへ向かって突進していく。



「なんの、それくらい……ッ!」



綺麗な弧を描きながら襲い掛かる短剣のブーメランを、

イグノはやはりバックステップでかわすと、

いつものように、霊符を構え



「レナッ! 最後は任せるよッ!!」


「え?」



突然のアルトの言葉に、

レナは思わずアルトの方を向く。

そこには、先ほどと変わらず銃を構えるアルトの姿。

ただ唯一違うのは、

その銃が仄かに光を帯びているということだ。



(……ッ!!)



レナは素早く、2つの剣に意識を集中させる。


アルトがこれから何をしようとしているかはわからない。

だがおそらく、アルトがレナに期待している答えは、

こういうことのハズ。

なら、ひとまずやるしかないッ!

2つの剣から、小さな炎が姿を現す。



「喰らえッ!」


「無駄でやンスッ! 鴉雀無声ッ!!」



キイィィィィィン!!



金属と金属がぶつかり合う不快音が響き渡る。

最初のブーメラン攻撃後に、

相手の態勢を整えるタイミングを与えず、

瞬時に斬りかかるプログの特技、

アラウンドブーメラン。

幼少時代にフェイティから教わったこの技も、

イグノの鉄壁の防御技によって、防がれてしまった。


だが、アルトはこの瞬間を待っていた。


イグノが、その鉄壁の防御技、

鴉雀無声を使うのを。



「貫けッ! ブレイクショットッ!!」



光を帯びるアルトの小型銃から、

銃弾が発射される。


放たれた銃弾は、

まるでレーザーのように一筋の光を纏いながら、

空間を一直線に進み、

斬りかかっていたプログの短剣の剣先地点に見事命中する。



パキィィンッ!!



まるでガラスが割れたかのような音が、

全員の耳へと届く。



「なッ……!!」



それまで余裕を見せていたイグノの表情が一変し、

見えない壁を貫き、

そのまま襲い掛かってきた光の銃弾を慌てて避ける。


プログの短剣による攻撃、

そしてアルトの銃弾が重なった時、

不落の防御技、鴉雀無声は打ち破られた。



そして。



「どーもですっと、アルトッ!

 さあ、最後はあたしよッ!!」


「お、おい、ちょっと待つでや


「長かった茶番劇もこれで大団円よッ、

 華々しく散りなさいッ、喰らえ、双炎ッ!!」



全幅の信頼を置いていた守りを失い、

慌てて霊符を取り出そうとしている、

動揺を隠せない悪役に向け、

レナは2つの剣を振り上げた。



ゴオォォォォッ!!



2つの轟炎が、レナの元を離れ、

イグノへと襲い掛かる。



……が。



「え?」



レナは一瞬、わが目を疑った。



「お、オイ……」


「ちょっと、強すぎない?」



プログやアルトも、その光景に唖然とする。


というのも、いつもの双炎に比べ、

威力が桁違いなのだ。

通常魔物に向けて撃つ炎の、

軽く数倍を越える威力の炎なのだ。


その威力は炎を越え、もはや轟炎だ。

昨日夜に戦った魔術学校長、

レアングスが操った大魔法、

巨人の紅炎(スルトプロミネンス)に匹敵するほどだ。



(ちょっ、どういうこと!?)



レナ自身、こんなに威力の炎を撃ったことがない。

むしろ、今回に関しては相手がイグノということもあり、

威力をだいぶ弱めて撃った。

気を失う程度の威力でいいと思っていた。


にも関わらず、この威力である。



「え、ちょっ、ちょっ!!」



そんなことは露知らないイグノは、

その凄まじい威力の前に、言葉が出ない。


が、当然のことながら、炎が待ってくれるハズがない。



バウゥゥゥゥンッ!!!!



「のあぁーーーーーーッ!!!!」



強烈な爆発音と情けない声だけを残し、

イグノはあっという間に炎に包まれ、

姿が見えなくなってしまった。



「ちょ、ちょっとレナ……」


「さすがにやり過ぎじゃねぇか……?」


「い、いや、

 あたしも手加減したつもりだったんだけど……」



敵とはいえ、イグノも人間だ。

アルトとプログの言葉に、

さすがのレナもバツが悪そうにしている。


しかし、同時にレナの中には、

ある一抹の不安がよぎっていた。


ファースターの騎士隊隊長ということは、

もしかしたら、あの“傷一つつかない体”の持ち主かもしれない。

ルイン西部トンネルで戦ったコウザとは違い、

イグノはレナ達の攻撃を避けていたが、

それだけでは判断材料としてはあまりに乏しい。


並の人間ならば、あの炎を受けて、

無事でいられるはずがないハズ。

だが、もし、もし無傷だったら……



「ゲホッゲホッ、オエッ……。

 お、お前は俺を殺す気でやンスかッ!?」



シュウゥゥゥ、という音と白い煙の向こう側から、

そしてほんの少し焦げ臭いにおいを発する、

男のシルエットと、泣きそうな声が届いてくる。



「……お前、不死身かよ」



安堵の気持ち半分、呆れ気分半分で、

プログはため息をつく。


イグノは無事だった。

両手を前にかざしたまま、

半ば呆然と立ち尽くしていた。


焦げ臭いにおいの正体は、

自分の命を守るためにイグノが盾として使った、

数枚の霊符のケシズミだった。


イグノは力を込めた霊符の力によって、

何とかレナの放った強大な炎から、

身を守っていたのだった。



「ふう。

 よかったわ、とりあえず無事で」


「よくないでやンスッ!

 あんなの聞いてないでやンス!!」



見た感じ、どうやら考え過ぎだったようね、

レナはほっと一息つくが、イグノにとっては大問題だ。

まるでマンガのように、顔を黒煙で真っ黒にしながら、

ギャーギャー騒いでいる。


イグノがもし“傷一つつかない体”であったとしたら、

あそこまで必死に叫んでくることはないだろう。

演技をしているとも思えない。

仮に演技をするにしても、

“どうせ喰らっても傷一つつかないし”という慢心が、

誰しもの心にこびり付いている、この慢心という負の感情が、

演技のどこかしらに隙を生む。

声がわざとらしく聞こえたり、

あるいは逃げようとする動きが硬くなったり、

何かしら違和感を覚えるだろう。

だが、それがイグノにはまったく感じられなかった。

ただ目の前に突き付けられた、

死という恐怖から懸命に逃れようと、

必死になっていただけ。

レナにはそう映っていたのだ。


まあ、だとしたらあの炎を生身で防いだというのだから、

彼の操る霊符の力が凄いことに変わりはないのだが。



「聞かれてないんだから、当たり前でしょ。

 ま、見た感じ、

 どうやらあんたはヘンテコな体ではないみたいね」


「ヘンテコな体? 何のことでやンス?」


「こっちの話よ、気にしないで。

 とりあえず、あんたの負けってことで、

 もういいでしょ?」


「よくないでやンスッ!!

 しかも、俺の鴉雀無声を打ち破るとは……。

 もう怒ったでやンス、

 こっちも手加減なしでやンスッ!!」


「えー、まだやるつもり?」


「当たり前でやンス!

 ここからは本気で行くでやンスッ!!

 お前らを連れて帰るまでは――」



まだまだ勝負はこれから、と言わんばかりに、

イグノが新たな霊符を取り出そうとした、その時だった。



ピキッ。



どこからか、ガラスにヒビが入ったような、

小さくも嫌な音が、空間に刻まれた。

次回投稿予定→6/7 15:00頃

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