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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第2章 エリフ大陸編
41/219

第37話:あの男、再び

「んで、ここからトーテンまではどのくらいだっけ?」


「だいたい1時間くらいよ、レナちゃん。

 さっき言ってたじゃない」


「結構かかるんだね……」


「まあしょうがねえさ、

 歩くよりはマシだろ、アルト君よ?」


「ったく、くだらねぇな」



レナ達と男の距離は、約4、5メートル。

そんな至近距離から大声で男は叫んだのだ、

レナ達に聞こえていないハズがない。

だが、レナ達は見向きをすることもなく、

ただただ会話と足を進めていく。



「……」



男にとって、この経験は2度目だ。

1度目のことは、もはや思い出したくもない。

そう、サーティアでの、あの悪夢。



「ンっだぁぁぁぁ!!

 お前ら、天丼はやめろでやンスッ!!

 なに、俺は芸人扱いでやンスかッ!?

 お前らのためにわざわざこんなところまで来てやったのに、

 少しは


「うっさいわねー。

 街中なんだから静かにしてよ、

 無駄に目立つじゃないのよ」



だが、イグノの魂の叫びは、

金髪少女の冷静なツッコミによって、

見事に玉砕されてしまう。


レナの言うように、

ここは王都セカルタの市街地だ。

四方八方どこを見渡しても住民が溢れ返り、

ひとたび歩き始めれば、

息つく間もなく人とすれ違うような場所である。


そのため、イグノの声のおかげで、

周りにいた住民の注目の的に、

ありがたくないことになってしまっている。



「う、うるさいでやンスッ!!

 こうでもしなきゃ、

 お前ら無視するじゃないでやンスか!!」


「なんだ、自分が空気だっていう自覚あるんじゃねーか」


「そうじゃないでやンスッ!!

 お前ら、俺のことをバカにし


「だぁーもうッ!

 だからイチイチ声がでかいのよッ!

 少しはちっさい声で喋りなさいよ!!」



ヒートアップするおかげで、

ますます声が大きくなるイグノに、

レナは大層ご立腹だ。



「なんだ?

 あの絵に描いたようなバカは」


「あらあら、ずいぶんと賑やかな人ね。

 みんなのお知り合いかしら?」



スカルドはもちろんのこと、

フェイティもイグノとは初対面になる。

そのため、いきなり登場した、

妙に馴れ馴れしい男を、

珍獣でも見るかのような目で観察している。



その声を聞き、チャンス到来!

とばかりにイグノは2人の方へ向き直る。



「フンッ!!

 聞いて驚くなでやンス、俺は


「あ、ちょっと待った」



だが、今度はアルトの言葉によって、

イグノの渾身の自己紹介は、

存在同様、空気へと化した。



「アルトム!

 お前まで俺を妨害するでやンスか!?」


「だから僕はアルトムじゃなくてアルトだってば!

 ……って、そうじゃなくて」



いまだに名前を間違えられているアルト。

そのおかげで話が脱線しそうになったが、

アルトはグッとここで踏みとどまり、



「ここって、イグノにとっては敵国でしょ?

 堂々と肩書とか名前を名乗っちゃっていいの?」


「あ……」



言われてみれば、とイグノの動きがピタリと止まる。


近くに兵士こそいないものの、

周りにはセカルタ、そしてエリフ大陸の人間がほとんどだ。

そんな四面楚歌状態でのその行為は、

他人を一切巻き込まない、

本当にただの自爆でしかない。



「ったく、頭が悪いのは相変わらずね。

 んで、何しに来たのよ?

 まだ、あたし達を連れて帰る気?」



じつに無駄な時間を過ごしている現状に、

レナはため息をつきながら話す。



「も、もちろんでやンス、

 そのためにここまで来たでやンスッ!

 さあ、大人しく


「だーかーら、戻れと言われてハイわかりました、

 ってなるわけないでしょ。

 そんじゃね、サッサと行きましょ」



イグノの予想通りの返答に、

レナは面倒くさげに手を振ると、

クルリと背を向け、セカルタ駅へと再び歩き出す。



「あ、こらッ!

 待つでやンスッ!!」


「待てって言われて待つヤツいるかよ。

 んじゃな」


「そ、そういうことだから、それじゃね」



プログはおろか、アルトでさえろくに相手をしてもらえない。

そして、今までのやり取りで何となく察したのだろう、

フェイティとスカルドも、無言でその場を立ち去っていく。


もはや彼らの中で、イグノは完全にお笑い担当でしかない。



「……いい度胸でやンス、お前ら」



まるですべての血液が頭に上ったかのように、

お笑い担当は顔を紅潮させ、体を小刻みに震わせる。


このような扱いは騎士隊の中でも慣れていて、

そのおかげでイグノの沸点はかなり高く設定されている。

滅多なことでは本気でキレるようなことはない。

だが、どうやら今回は、

その高い沸点を越えてしまったようだ。



「そういやアイツ、一人で来たのかしら?」


「部下に愛想つかされたんじゃねーか?」


「あ、そうかもね。

 この前も結構怒られてい


電光(でんこう)石火(せっか)ッ!」



ビュンッ!!


イグノの叫び声に続き、

駅を目指して歩くレナの顏の真横を、

紅蓮の炎が凄まじいスピードで駆け抜けていく。

疾風を纏ったその炎塊は、レナを通過したすぐ先で、

ボンッ!とその姿を消す。



「……。

 ったく、どーしてこう、

 面倒ごとばっかり起きんのかしらね」



やれやれと言う気持ち半分、

怒気半分を言葉に込めながら、

レナは後ろへと振り返る。


そこには霊符を両手に構え、

いつになく真剣な眼差しでこちらを睨みつける、

ファースター王国騎士隊三番隊隊長、

イグノ・ブルーの姿があった。



「さすがにこれ以上、

 ナメられてはマズイでやンスからね」



イグノはニヤリと笑うと、

右手に持つ霊符を顔の前に構える。



「ってか、部下はどうした?

 もしかして、愛想つかされたのか?」


「ち、違うでやンス!

 アイツらは別の任務に就かせたでやンスッ!

 前回は失敗したでやンスけど、

 今回はもう逃がさないでやンスよッ!!」


「だから、こんな街中でドンパチや


「心配は無用でやンスよ。

 ……一場(いちじょう)春夢(しゅんむ)ッ!!」



プログの忠告を、イグノは自らの声で打ち消す。

その瞬間、霊符から強烈な光が発せられ、

レナ達の視界を光が埋め尽くす。



「なッ……!」



予想外の展開に、

レナ達はとっさに、手で光を遮ろうとする。


だが、意外にもその光は一瞬にして消え去った。

手で光を遮断する準備ができた頃には、

レナ達の視界はすでに取り戻されていた。

セカルタの街並み、行きかう人々、

そして目の前にはイグノ。



「?」


「これは……」



最初に気付いたのはフェイティだった。

続いてスカルド。


何かがおかしい。



(何?

何なの、この変な感じ……)



レナもすぐに、その違和感を感じ取る。

それが何かはわからない。


だが、何かがおかしい。

そう、あの光を浴びてから。



「テメエ、何しやがった?」



感じることはできても、

知ることのできない違和感に、

プログの声も緊張を帯びる。


だが、対するイグノは、

ニヤリと笑みを浮かべたままだ。



「安心するでやンス、

 ちょっと色々とずらしただけでやンス」



まだ淡く光り続けている霊符を構えたまま、

イグノは言う。


「色々ずらしたって、どういう


「あ、あれ?

 フェイティ? それにスカルド?」



レナが口を開いた瞬間、

背後からアルトの弱々しい声が聞こえてくる。


その声に、レナとプログが振り返ると、

そこには確かに、フェイティとスカルド、

そしてその2人に話しかけているアルトの姿がある。

そう、アルトが話しかけているのだが――。



「先生?」


「スカルド? どうしたの?」



プログとレナも、2人に話しかけてみる。

だが、2人はまったくこちらの方を向いてくれず、

口をパクパクさせているだけだ。


それだけではない。

2人だけでなく、周りにいる人々の声や風の音、

先ほどまで聞こえていたすべての音が、

いつの間にか消えている。



「え、ど、どういうこと?

 2人ともどうしちゃったの!?」


「おいテメエ、先生とスカルドに何をしやがったッ!!」


「慌てんなでやンスよ。

 ちょっとは落ち着くでやンス」



アルトとプログの言葉に、

イグノは小さくため息をつく。



「どういうことよ?」



なんとか冷静を保とうとするレナは、

イグノに詰め寄る。

イグノは構えた霊符を解きながら、

再びニヤリ、と笑顔を浮かべる。



「そのまんまの意味でやンス、俺が――」





「空間軸をずらした?」


「ああ。

 おそらくだが、さっきの光によって、

 あのバカがレナ、アルト、そしてプログだけ、

 別の空間軸へと飛ばしたんだろう。

 なかなか意気なことしてくれる」



スカルドはそう言いながら、

口に含んでいたガムを吐き捨てる。


そこに、レナ達の姿はない。





イグノの発した光によって、

視界を奪われたまでは、

フェイティもスカルドも同じだった。

だが、光が消え、眩しさが解けた時には、

レナ、アルト、プログ、そしてイグノが、

忽然と姿を消していたのだ。



「ってことはどこかの別の場所に飛ばされたのかしら?」


「いや、それはないな。

 自分自身を別の場所に飛ばすことなら、

 気術で可能らしいが、

 他人にも干渉して別の空間に飛ばすことは、

 今まで聞いたことがない」


「じゃあ、レナちゃん達はどこに……」


「俺の予測だが、おそらくアイツら自体は、

 この辺にいるハズだ。

 ただ、やつらだけ俺たちのいる空間軸と別の空間軸にいるため、

 俺達には見えないんだろう」


「空間軸?」



あまり聞き慣れない話のオンパレードに、

フェイティは疑問符を並べている。



(チッ、俺達はハブられたってワケかよッ)



一方、心の中でスカルドはそう吐き捨てながら、

イライラを噛み殺すように、新しいガムを口に含む。





「つまり、あんたの光によって、

 セカルタの街中にはいるけど、

 空間軸ってゆー、よくわかんないものをずらされたせいで、

 フェイティやスカルド、

 それに他の人に干渉されないってこと?」


「そういうことでやンス。

 こうでもしないと、お前らを全力で止めることが、

 できないでやンスからね」



すれ違っていく人々を横目で見ながら、

イグノは言う。


乱暴に例えるならば、“オバケ”のようなものだ。

全員同じ場所に確かにいるのだが、

オバケ側であるイグノ、そしてレナ達を、

現実世界であるフェイティ、

スカルドは目視することができない。

ただ、現実世界を、オバケ側であるレナ達が、

目視することはできる。

そのため、レナ達からフェイティやスカルドの姿は見えても、

2人からはレナ達の姿が見えないのである。


同じ場所にいながらも、同じ空間にいない。

だから、お互いに話しあうことも

触り合うこともできない。

現在レナ達がいる空間とフェイティ達がいる空間は、

そういう関係なのだ。


イグノは現実世界から別の空間軸へと、

レナ達を連れ込んだのである。



「つまり、いよいよ実力行使できたワケだ。

 ったく、腐っても騎士隊隊長、ってか?」



「腐っても、は余計でやンス。

 それはそうと王女の姿が見えないでやンスけど、

 どうしたでやンス?」


「さあね、どこかしら。

 てか、知ってても教えるはずないでしょ」



やっぱりその質問が来たわね、

と、レナはそっけなく答える。


この男がどれほどバカであっても、

さすがにローザと一緒にいないことくらい、

すぐに気付くはずだ。

そして、おそらくセカルタ城で保護してもらったということも、

このあとすぐにでもバレてしまうだろう。


さて、どうしたものか。

レナは思考回路を動かそうとしたが、

次にイグノから発せられた言葉は――。



「お前らまさか……、

 あの汚い水路に王女を置いてきた、

 とかじゃないでやンスよねッ!?」


「ンなワケあるかッ!

 どっからその発想が出てくんのよッ!!」



この男、演技なのか、

はたまた大バカなのか。


的のはるか上空を通過する発言に、

レナは間髪入れずにツッコむ。



「だって、サーティアからここまで来るのに、

 通るところと言えば、あの水路くらいしか……。

 はっ、もしかして途中にあったアックスの村に!?」


「……」



レナだけなく、アルトですら呆れかえった表情で、

大バカ(仮)の様子を観察している。



「もう、勝手に想像してて。

 こっちが疲れるわ……」



げんなりした表情で、レナは肩を落とす。

プログ同様、どれだけアホでも

やっぱり騎士隊隊長なのね、

と思った先ほどまでの自分を、この上なく後悔する。



「ちょっと待て。

 ってことはお前もバンダン水路を通ってきたのかよ?」


「バンダン水路?

 ああ、あの汚い水路でやンスか?

 そうでやンスよ。

 まったく、騎士隊隊長ともあろう俺が、

 何であんな場所を……」



おそらく、まだ服にバンダン水路の、

あの悪臭がこびりついているのであろう、

イグノは顔をしかめながら、

服をクンクンと犬のように嗅いでいる。



……が。



「っつーかさ、

 別にお前は列車でここまで来られたんじゃねーの?

 なんでわざわざバンダン水路を通ったんだ?」


「あ……」



プログの冷静な、だが当然のようなツッコミに、

まるで時が止まったかのようにイグノの動きと表情が固まる。


プログの言うように、

ファースターからセカルタまでは、

通行証さえあれば、列車で行き来することができる。

レナ達は追われる身だったため、

列車を使うことを諦めたのだが、

イグノは腐っても鯛ならぬ、腐っても騎士隊隊長だ。

通行証をもらうことなど、

造作もないことだろう。

なのにこの男、わざわざ苦労と時間をかけてまで、

バンダン水路を使ってここまで来たのである。

そして、どうやら本人、

そのことが頭からごっそり抜けていたらしい。



「お前、筋金入りのア


「ち、違うでやンスッ!!

 ほ、ほら、その、行き違いがないように、

 あえて俺もあの水路を使ったんでやンスよッ!!

 そう! それに俺はお前らの足がノロマのことも想定して、

 それで」



(ウソね) (ウソだね) (コイツアホだな)



小学生でも思いつきそうな言い訳を、

必死に並べる残念な男に、

3人の冷たい目線が次々と突き刺さっていく。

じつにいたたまれない光景である。



「ま、まあ、

 そんなことはどうでもいいでやンス。

 とにかく!!

 王女は後回しにして、

 まずはお前たちを連れて帰るでやンス」



そのいたたまれない雰囲気を察知したか、

イグノはそのアヒル口を最大限に尖らせながら、

話を元に戻す。



「ようやく本題ね。

 何でそんなにあたし達を連れ戻したいのか知らないけど、

 こっちだって、そう簡単に負けられないのよ。

 1対3になっちゃうけど、

 それでもいいのかしら?」


「構わないでやンスよ。

 対多数戦には慣れているでやンス」



霊符を手に持ち、構えに入るイグノの言葉には、

ついさっきまでのアホ面は消え、

妙な自信、そして気合が感じられる。



「こんな所で騎士隊隊長とやり合うことになるとはな。

 まあ、アホのお手並み拝見、といきますか。

 アルト、気合入れてけよッ」


「う、うん!

 わかってる!」



プログ、そしてアルトもゆっくりと短剣、

そして銃を構えると、間もなく来るであろう、

その時に備える。



「あんたの茶番劇に付き合ってあげるほど、

 こっちはヒマじゃないのよ。

 悪いけど、サッサとご退場してもらうわッ」


「面白いでやンス。

 茶番劇が惨劇にならないよう、

 お前らもせいぜい気を付けるでやンスね。

 ファースター王国騎士隊3番隊隊長、イグノ。

 ファースターの名に懸けて、任務開始でやンスッ!!」



声高に、そして誇らしげにイグノはそう叫ぶと、

霊符を高々と振りかざした。

次回投稿予定→5/31 15:00頃

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