第36話:みんなが選ぶ道
「えっと、
それでトーテンの町はここからだと、
北西の方向で合っているんだよね?」
「そうよ。
トーテンの町の近くまでは列車で行けるわね。
連日の徒歩での旅路だと、
BBAの足腰には堪えるから本当に助かったわぁ~」
「……ちょっとプログ、アレはツッコんでいいの?」
「知らん。俺に聞くな」
セカルタ城の正門前で、
アルト、フェイティ、レナ、
そしてプログはいつものように、
他愛もないやりとりを繰り広げている。
気が付けば、空に浮かぶ太陽は、
南中高度に近いところまで達していた。
レイに呼ばれたのがちょうど朝の9時だったので、
都合3時間くらい、話をしていたことになる。
「すまない、厄介事を押し付けることになってしまって……」
「皆さん、どうかご無事で……」
一方、4人を見送りに来たレイとローザは、
深々と、こうべを垂れる。
「いいって、気にしないでよ。
あたし達から首を突っ込んだ話なんだし。
じゃあローザ、少しの間だけ待ってて。
ご両親のことでなにかわかったら、
すぐに戻ってくるからね」
2人とも固いわねぇ、
と心で呟きつつ、
レナはぽん、とローザの肩に手をおく。
時は少しさかのぼり、セカルタ城内にて。
「え?」
「聞こえなかった?
あたし達が行ってくるわ、って言ったのよ。
そうすれば、その手続きってのも早めにできるでしょ」
大きく目を見開くレイに対し、
レナはもう一度、その言葉を彼の耳へと届ける。
「列車とは関係ないけどおそらく、
その件もシャックが絡んでいると思うの。
なら、あたし達も無関係ではないでしょう?」
「それはそうだが……。
しかし……」
「俺もレナの意見に賛成だな。
手続きの件もそうだが、
学長からシャックの情報を聞き出すのは、
執政代理にしかできないことだろ?
トーテンの調査の件なら、俺達にもできる。
全ての項目が大事ということなら、
分担できるものは効率よくやったほうがいいと思うぜ?」
「しかし……。
関係者以外の君たちを、
これ以上巻き込むわけには……」
レナとプログの言葉にも、
レイの歯切れは悪い。
トーテンの件も今回の魔術学校の件も、
言うなれば王都セカルタの、
しかもトップレベルの問題である。
現代でいうなら、
警察機動隊や刑事が出動するレベルの問題だ。
殴り合いのケンカのところに一般人が仲裁に入る、
というような次元の問題ではない。
そして、魔術学校の事件を解決したレナ達は、
あくまでもイレギュラーなわけであって、
決して関係者というわけではない。
そんな彼女らに今回の案件を任せるには、
あまりにも事が、そして荷が重すぎるだろう。
だがその一方で、
早急にやるべきことが多すぎて、
猫の手も借りたい、というのもレイの本音である。
かといって誰にでもたやすく、
頼めるような、そんな簡単な事案ではない。
しかし、あの事件を解決できた、
彼女たちなら、あるいは――。
しばらく心の中で葛藤を繰り広げていたが、
程なくしてレイはふう、と一つ息をつく。
「今まで俺が話したことは、すべて国家機密だ。
君たちを、先生を、
そしてローザ王女を信頼しているからこそ、
話したことだ。
ゆえに他言無用、これだけは必ず守ってくれ」
「当たり前じゃないの。
こんな話、そんじょそこらの人に、
話せるわけないじゃない」
「すまない、恩に着る。
それと……これを持っていってくれ」
レイは懐から何やら取り出すと、
レナに手渡しする。
「これは?」
「通信機だ。
俺の物と対になっているから、
何かわかったら、これですぐに連絡をくれ」
「そんな便利なものがあったのね。
どーもですっと」
嬉しさ半分、物珍しさ半分ってところだろうか、
レナが通信機を手に嬉々としている。
レイがこれを手渡してくれたということは、
つまり、そういうことである。
「トーテンの件、よろしく頼む。
もし危険なことがあるようだったら、
無理せず俺に報告してくれ」
「まっかせないってッ!
事件解決の報告を必ず届けてあげるわよ」
レナは満面のドヤ顔を、
申し訳なさを全身から放つ執政代理へと届ける。
「僕も行くよ。
シャックに関わることなら、
母さんに関することだって、
何かわかるかもしれないし」
「ま、俺もクライドの野郎には借りがあるからな。
当然参加させてもらうぜ」
アルト、プログもここぞとばかりに声をあげる。
2人にも2人なりの想い、
そして覚悟が背後に見え隠れする。
と、ここでしばらく口を開かないでいたフェイティが、
「そうね~、せっかくだし、
BBAも参加させていただいてもいいかしら?」
にっこりとほほ笑みながら、BBAは言う。
「え? 先生、来られるんですか?」
「あら、ダメなのかしら?
BBAがいたほうが、
レイも安心すると思うのだけれど?」
わずかながら表情を曇らせたプログの変化を、
フェイティが見逃すはずがない。
すかさずそう話すと、
チラリとレイの方へ視線を送る。
「そうだな。
人手はあればあるほどいい。
先生にもぜひお願いしたいです」
「はい、じゃあ決まりね。
ありがとうね、レイ」
「……」
元生徒からの100点満点の回答に、
フェイティは心躍らせている。
そこには、もはやプログが口答えをする余地はなかった。
さて、残るは……と、
レイが口を開こうとした時だった。
「私は……残ります」
小さな、小さなローザの声が、
全員の耳に聞こえてくる。
レナ、アルト、プログ、そしてフェイティは、
その言葉に慌てて振り返る。
「私、決めました。
ここに残ります。
これ以上、みんなに迷惑をかけたくない。
クライドの狙いは私ですし、
私のわがままで、
みんなを危険な目に遭わせたくないんです。
それにフェイティの言う通り、
お父さんやお母さんのことは、
落ちついてから探せますし……。
だから、私はここに残ります」
こみ上げる想いを必死に押し殺しながらも、
ローザは今作れる精一杯の笑顔を、
仲間に向ける。
だが、無理に作りだした笑顔は、
逆に痛々しさを浮かび上がらせていた。
レナはそんな健気なローザに歩み寄ると、
頭の上にそっと手を置く。
「……ごめんね。
もしご両親について何かわかったら、
すぐに戻ってくるから」
レナとて悔しい。
出来ることなら、一緒にいてあげたい。
だが、トーテンでの危険を考えた時、
彼女を100%守れる自信があるかと言われれば、
答えはノーだ。
それに、もしかしたらトーテンに行った後に、
さらに危険な場所に行くことになることも、
十分に考えられる。
それならば、たとえ仮ではあっても、
安全な場所を確保できている、
この場所にいたほうがいいに決まっている。
だから、今は――。
そして、いずれは――。
こうして、
レナ、アルト、プログ、フェイティはトーテンの町へ、
ローザはセカルタ城へ残ることとなったのだ。
そして、時は現在に戻る。
「先ほど先生が話されていたが、
ここからトーテンの町の近くまで、列車で行ける。
大体1時間くらいで行けるハズだ」
「りょーかいっと。
確か駅は街の外れにあるのよね?」
「ああ。
駅員にはお前たちのことは話してあるから、
切符は買わなくても大丈夫だ」
「あら、何から何までありがとうね」
「いえいえ。これくらいしかできませんが。
それより、どうかお気を付けて。
何かあったら、すぐに連絡してください」
「ハイハイ、わかっているわよ。
よし、それじゃあ、そろそろ行きますかッ!」
レイの言葉に手で合図を送りながら、
レナは一歩、セカルタ城から足を踏み出す。
「あ、ちょっとレナ!
レイさん、ありがとうございましたッ!」
「ったく、相変わらず忙しないねえ……」
「あらあら、みんな元気いっぱいね。
それじゃレイ、行ってくるわね」
続いてアルト、プログ、フェイティが、
城の外へと歩み始める。
またここから、新たな一歩を、
太陽の光降り注ぐセカルタ城門前で、
レナ達は踏み出した。
「皆さん……。
どうか、よろしくお願いします」
残されたローザは今一度、
去りゆく4人に深々とお辞儀をすると、
レイと一緒にセカルタ城内へと姿を消していった。
セカルタ市街は、昨日となんら変わることなく、
人と活気に満ち溢れている。
唯一違う点と言えば、
所々から聞こえてくる、
人々の世間話の内容だ。
事件が解決され、情報統制も解除されたのだろう、
学生が行方不明になっていただの、
学長が捕まっただの、
学校がしばらく休校になるだの、
世間話の話題を独り占めしている。
まあ、事件の次の日なんてこんなモンよね、
レナ達はそんな思いを抱きつつ、
学校とは真反対にあるセカルタ駅を目指して、
市街地を進んでいく。
「執政代理との話は終わったのか?」
「ぬおわッ!!」
予期しないタイミングで少年からの声が降りかかり、
レナは思わず変な声をあげてしまう。
声のした方へと振り返ると、
そこには――。
「あら、スカルド君じゃない」
「びっくりしたわ……。
もう、いきなり話しかけてくるんじゃないわよッ」
「今から話しかけますよ、
なんてわざわざ説明するバカがいると思うか?」
そこには、やはり壁に寄りかかりながら腕組みをする、
もう一人の事件解決の功労者、スカルドの姿が。
当然のことながら、口をモゴモゴさせている。
「最上階でカプセルに閉じ込められていた学生だが、
全員無事だったらしいぞ」
「? あのあと学校にいったの?」
お前らが執政代理と会っている間にな、
レナの問いにスカルドはそう答えると、
「それと、最後に解いた問題、
あれはレアングスがわざと、
簡単な問題にすり替えていたようだな」
「どういうことだよ?」
「最上階の問題を司るシステム部分を調べたら、
俺達が2問目を解いた後のタイミングで、
故意に問題がいじくられている履歴が残っていた。
理由は本人に聞いてみないとわからないが、
おそらく、2問目で侵入者に気付いた学長が、
はやく学長室まで来れるようにしたんだろう」
「ふーん。なるほどね。
ま、おかしいとは思っていたのよね。
学長室への問題が、あんな簡単でいいのかって」
「ま、まあ事件は解決したんだ、
結果オーライってことでよかったじゃねえか」
この手の話になると、
レナにいじられる未来しか見えないプログは、
慌てて話を締めにかかる。
(ま、あんたはほとんど役に立ってなかったけどね)
その未来通り、横目でチラッと様子を見て、
心の中で呟くレナだったが、
それを言葉にすることはしなかった。
「あんたにも色々とお世話になったわね、
どーもですっと」
「礼などいい。
俺が好きでやったことだ。
それより、お前らはこれからどうする気だ?」
「あたし達はちょっと用事があって、
これからトーテンの町に行くわ」
「そうか」
スカルドはそう言うと、静かに目を閉じる。
そしてしばらく、無言になる。
話が終わったのだろうか?
それとも、何か考え事をしているのだろうか?
レナやアルトが???となっていると、
「俺も行こう」
閉じていた目を再び開き、
スカルドは静かに言う。
「は?」
「俺もトーテンの町に行く。
しばらく学校は休校だ。
それに、トーテンの町に行くということは……だろう?」
もたれ掛っていた体を起こし、
ツカツカとレナ達に歩み寄るスカルド。
口元が隠れているので、
表情をうかがい知ることはできない。
だが、レナやプログ、フェイティ、
そしてほぼ初対面であるアルトですら感覚的に理解した。
この少年、おそらくトーテンの町で起こっている、
事件のことを知っていると。
「BBA達がトーテンに行く用事、
スカルド君は知っているのかしら?」
「判断はお前らに任せるさ」
念のため、と思ったフェイティはスカルドに訊ねるが、
その問いにスカルドは答えることはない。
ここでレナは考える。
スカルドの性格上、
国家機密レベルの話を知っていたところで、
ベラベラと他人に言いふらすようなことはしないだろう。
しかし、だからといって放置しておくわけにもいかない。
それに、スカルドの魔術の威力は凄まじいものがある。
トーテンでは何が待ち受けているのか、
まったくわからない。
レイの言うように、人手は多い方がいいだろう。
だとしたら、ここであたし達が取るべき選択肢は――。
「あたしは別に構わないけど、
みんなはどう?」
「まあ、いいんじゃねえの?」
「BBAも賛成ね。
スカルド君の頭脳が役に立つかもしれないしね」
「みんながそう言うなら」
レナが選んだ選択肢を、
3人はすんなりと受け入れた。
もっとも、アルトの場合は、
スカルドの人物像がいまだつかめておらず、
他の2人の意見に流された格好になったのだが。
「それじゃ、決まりね。
とりあえずよろしく頼むわ」
「ああ。
そういえば、もう一人の女はどうした?
仲間じゃなかったのか?」
レナの言葉を受けつつ、
スカルドはふと視線を左右へと走らせる。
牢屋を出て早々と城をあとにしたスカルドが、
ローザが城に残ったということを知るはずがない。
「えっとね、ロー
「おーっとぉ!!
あの子のことかい?
あの子は旅の途中で出会った、
孤児だったんだ。
だから、執政代理に頼んで保護してもらったのさ」
「そうそう、アックスからここに来るときに出会って、ね」
アルトが口を開いたその瞬間、
プログがじつにわざとらしい大きな声で、
アルトに被せてくる。
さらにフェイティの続けざまの白々しい声のおかげで、
アルトの言葉は、どこぞに吹っ飛んでいってしまった。
その様子は、どれだけ子どもであっても、
言葉さえ理解できれば怪しいと感じるくらい、
不審かつ滑稽である。
「まあいい。
駅に向かうんだろう?
サッサと行くぞ」
王立魔術専門学校史上、
最高の頭脳を持つスカルドが、
今の怪しい雰囲気を感じとれないハズがない。
だが、何か考えていたのだろうか、
はたまた興味がなかったのだろうか、
特にそれ以上突っ込むこともせず、
スタスタと歩き始める。
「ふう……」
かいてもいない汗をぬぐうしぐさを見せながら、
プログは一つ、大きく息をつく。
プログとフェイティが、
わざわざ大根役者を演じた理由はただ一つ、
ローザの素性をスカルドに知られたくなかったためだ。
スカルドは父親の死の原因、そして復讐の矛先を、
レアングス、そしてセカルタと、
ファースターの王族に向けている。
もしローザがファースターの元王女であることを、
スカルドが知ったら――。
何をしでかすか想像つかないし、
また、想像したくもない。
「え? え?」
だが、そんな事情は露知らずのアルトは、
意味不明な妨害に、戸惑いと?マークを隠せない。
「あとで説明してやるよ。
さ、とりあえずアイツを追いかけようぜ」
大根役者(男)はアルトと肩をがっちりと組み、
耳元で小さく話すとそのままアルトと共に、
先を行くスカルドのあとを追っていく。
「……下手くそか」
一部始終を見ていたレナは、
ポツリとツッコむ。
最初はレナもプログとフェイティを見て、
何をそんな慌てる必要が?と思っていたのだが、
スカルドの過去を思い返し、
すぐにその意図に気付いたのだった。
「あらレナちゃん、
BBAの演技もダメだったかしら?」
「……どっちもどっちじゃない?」
「そんな、
一生懸命頑張ったのに……。
BBA、涙が出ちゃう、シクシク……」
「わかった、わかったから」
まったく、あたしは何役なのよ、
自慢の長髪をポリポリと搔き、
年甲斐もなくウソ泣きを始めた大根役者(BBA)を回収しつつ、
レナは前の3人を追う。
(スカルドの父親がファースターに連れ去られたのって、
10年前よね?
兵魔戦争が起きたのも確か、10年前……。
もしかしたら、何か関係があるのかしら?
そういえばあたしが記憶喪失なのも、
ちょうどその頃くらいだし、もしかしたら……)
王立魔術専門学校で、スカルドの過去で、
そしてセカルタの執政代理の話でわかったことを、
頭の中で整理しながら、
レナを含めた5人は、トーテンの町へと向かっていく。
しかし、それは突然、
何の前触れもなく、やってきた。
セカルタ駅へ向かうレナ達の背後に、一つの人影。
レナ達は無警戒なのか、
その気配にまったく気づいていない。
その人影はレナ達を追いかけることはなく、
その場でスウ、と一つ大きく息を吸い込むと、
その息とともに、その体に溜まったものすべてを、
今まで溜りに溜まったものすべてを、
ここぞとばかりに、一気に爆発させた。
「ようやく見つけたでやンスよッ!!」
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