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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第1章 ワームピル大陸編
4/219

第2話:謎だらけな正体不明

「よかった!

 探したんですよ!?」



先ほどのレナの言葉が、

聞こえていなかったのだろうか。

警察官はレナを見つけるや否や、

苦虫の顔が一気に明るくなり、

こちらへ駆け寄ってくる。



「近づかないで」



レナは剣先を、

近づいてこようとした警察官の、

顔へサッと向ける。

それほど近づいてはいなかったが、

警官は驚きの表情で、

レナの3~4メートル手前で急停止する。



「ちょっ、何をするんですか!

 危ないじゃないで


「いつまでそんな茶番をしているつもり?」


「な、何を言ってるんですか!?

 私はあなたが心配で、こ


「もう一度だけ言うわ、

 いつまでその茶番を続けるつもりなのよ?」



警察官の言葉に、

レナは一切、耳を傾けようとしない。



「ちょっと、いいかげんにしてください!

 これ以上私を侮辱するようなら、

 逮捕しますよ!!」



何も言わせようとしないレナに、

さすがに腹が立ったのだろう、

苛立ちを隠さず警察官の声が、

トンネル内に響き渡る。



「くだらないわね、

 むしろ逮捕されるのはあんたのほうでしょ、

 この事件の張本人がッ!!」



これ以上話しても無意味――。

そう判断したレナが、

怒号にも似た声でそう言い放つと、

警察官を睨み付ける。



「え?」


「警察の人が……犯人?」


「どういうこと?」



事情、というよりもこの事件を、

まったく知らない乗客達からは、

驚きと困惑の声が聞こえてくる。



「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!

 私が張本人!?

 私はあなたが心配でここまで来たんですよ!?

 ようやく落石が撤去できたので、

 すぐに追いかけてきたのに、

 なんてことを!」


「そう、ならみんなとサッサとここを出て、

 あんたを本物の警察に突き出すとしますか」



まるでバレてる嘘を必死に弁明する子どものように、

警察官が慌てるが、レナの言葉に迷いはない。



「あなたさっきから何を言ってるんですか!

 大体、何を根拠にそんなこと!!」



推理モノの小説でよく聞きそうな台詞を、

額に大粒の汗をかきながら、警察官が叫ぶ。



「ったく、本当に往生際が悪いわね。

 ……ッ!!」



そう残すと、

レナは剣先を下に向けて意識を剣に集中し、

何も言うことなく、

それを一気に上に振り上げる。

ビッグマウスを倒した時ほど、

集中する時間がなかったせいか、

炎は若干小さめではあった。

しかし、それでも標的である警察官に、

直撃させるには、十分すぎる炎だった。


あわてて避けようとした警察官に、

一瞬にして炎が広がり、姿が見えなくなる。

そして弾け飛ぶ炎。


直撃を喰らった警察官は、

悲鳴をあげることもなく絶命……



「……」



していない。



それどころか倒れてもいない。

約700℃の炎の直撃を喰らっても、

警察官は何ら変わらず、

その場に立っていた。


弾け飛んだはずの炎だったが、

その余韻からか、

警察官の周りをぼんやりと明るく照らす。

その雰囲気が、口元がわずかに吊り上った、

警察官の不気味さを、さらに助ける。




「ククッ。実力行使で来るたァ、

 意外と短気じゃねェか、

 嬢ちゃんよォ?」



警察官……の恰好した男が呟く。

その声は、先ほどまでとは比較にならないくらい低く、

まるで愉快犯です、と言わんばかりのトーンだ。



「やっぱり警察官じゃなかったわね。

 あ、あと勘違いしないでよね、

 あんたみたいなヘッポコ、

 理詰めする価値もないと思っただけよ」



避けられていたか、

そう思いつつも、

まるでその愉快犯に合わせるかのように、

レナが挑発する。



「おいおい冗談だろォ?

 俺の名はコウザ、

 警察官なんつー下民よりも、

 よっぽど高貴で聡明な生命体だぜェ?

 それよりもせっかくなんだ、

 死んじまう前に、教えていただいてもいいですかねェ?

 いつから犯人が俺って気づいたか、をよ」



コウザと名乗る男が、

腰のあたりからおもむろに血の色をした短剣を取り出し、

まるで今までに付着した血を味わうかのように、

舌で舐めまわしながら問いかける。



「断る……と言いたいとこだけど、

 理由もわからずあたしに倒されるのも、

 何か可哀想だし、いいわよ」



そう言うとレナは一旦、

剣をしまう。



「あんたは2つのミスを犯した。

 まず1つ目、私が入り口の話をして、

 あんたには教えられないと話した時、

 すんなり引き下がったわよね?」


「そういや、そうだったかもなァ」


「もし本物の警察官なら、秘密だからと言って、

 すんなり引き下がるはずがないでしょ。

 人の命がかかっているんだもの、

 どんな権限を使ってでもその入り口を使おうとするはず。

 それに一般人であるあたしが、

 トンネルに入ることも当然許してくれないでしょ。

 なのにあんたはそれをしなかった。

 面倒だからさっさとトンネル内に入れて始末しよう、

 そう考えたのかもしれないけど完全な自滅ね、

 アレであんたが警察官じゃないってことが、

 すぐにわかったわ」



レナは涼しげな表情で、

スラスラと話す。



「ホォホォなるほどな、

 あまりにもうるさいから、

 さっさと片付けようとして焦っちまったか、

 今後は気ィつけないとな。

 ただそれだけじゃァ、

 俺が犯人ってことにゃならねェよなァ?」


「あら、今後があると思っているのね。

 高貴で聡明な生命体の割には、

 なかなかのバカなのね」



にやけた顔ながらも、

自分が犯したミスについて考え込むコウザを、

レナが一蹴。



「まぁ確かにこれだけじゃ、

 あんたが犯人ってことにはならない。

 でもね、あんたはその前に、

 致命的なミスを犯しているのよ。

 あんたが駅で状況説明している時に、

 『大型トンネルが出入り口とも落石で塞がる事件が発生した』

 と言ったわね?」


「それがどうしたってんだァ?」


「バカね、まだ気づかないの?

 あんたは『事故』じゃなくて、

 『事件』と言ってしまっているのよ。

 中の状況も確認できない、

 落石の原因も不明の状態ならば、

 何も知らない人ならば必ず、

 “事故”という表現を使うはず。

 なのにあんたは“事件”と言ってしまった。

 つまりあんたは自分が今回の一件に、

 何かしら関わっています、ということを、

 バカみたいに自らバラしてしまってるのよ。

 そのたった1つの単語によってね」


「ほォほォ、なるほどな」


「それにプラスしてさっきの件で、

 警察官ってのもウソ。

 この2つであんたが怪しいって決めるには、

 十分すぎるでしょ」


「そうかいそうかい、

 そりゃあ、楽しい探偵ゴッコだったな」


「あと、途中で逆になってた方角の立札。

 どうせアレもあんたがやったんでしょ?

 あたしみたいなヤツを逆方向に向かわせて始末、

 とでも思ったのかもしれないけど、

 あいにくだったわね、

 あたし、あの辺まで作業に行ったことあるから」


(ま、あとはさっきの炎を受けての一言目っていう、

その場の思いつきもあるけど)


犯人を追いつめる探偵のように話すレナは、

心の中でそう思ったが、

あえてそれを口に出すことはなかった。

立場的に不利になりそうかもしれないと、

瞬間的に察知したからだ。



「ククッ、なるほどな。

 ありがとうよお嬢ちゃん、

 次回からは気を付けるようにするぜ」



前にも似たような事件を起こしたことがあるのだろうか、

次はしくじらねェから、と言いたいかのように、

コウザはレナに礼を述べている。



「さあ、あんたのリクエストに応えたんだから、

 今度はあたしからのリクエストに応えなさいよね。

 あんたの目的は何?

 乗客達を閉じ込めて、何をするつもりだったの?」


一通り説明をし終えたところで、

今度はレナがコウザに迫る。


もちろん、純粋にコウザの目的を知りたい、

という気持ちもあったが、

レナには別の狙いがあった。


この事件、入口出口の落石といい、

落石撤去のタイミングのよさといい、

あまりに事件の規模が大きすぎる。

コウザという目の前のバケモノだけで、

完成させられる事件とは、到底思えない。


なにかこう、大きな組織がいて、

そのバックアップを得て、

コウザが引き起こしているのではないか。

もしそうだとしたら――


その組織とは何?

目的は?

人質を取る意味は?


レナはそこが引っかかっていた。

その部分を解明しないといけない、

そう感じ取っていた。


だが……。



「いけねえなァ嬢ちゃん、

 そういうのはゲームに勝ってから教えてもらえる、

 ってのを授業で習わなかったのかなァ? 

 ヒッヒッヒ」


(やっぱりか)



レナの予想通り、

コウザは教えてくれるはずもない。

それどころか、コウザは腰を低く落とし、

こちらは戦闘準備OKだぜ、

とでも言いたげな構えに入っている。



「そう、ならあんたの行ってた学校は、

 アホ学校確定ね」



そう言いながらレナも、

背中から剣を再び取り出す。



「お褒めの言葉ありがとうよ、

 そんじゃ、そろそろ地獄への列車がお待ちだ、

 どうぞ急いでご乗車くだせえェェェ!!」



そう言いながら、

コウザはレナに猛然と斬りかかってきた。

その様子はもはやヒトの姿ではなく、

さながら、魔物が人間に襲いかかるようであった。



キィィィィン!


刃と刃が激しくぶつかり合い、

トンネル内に乾いた音が鳴り響く。

レナは頭上から降りかかる刃を、剣でしっかり受け止める。


だが、いくらレナが稽古で腕に磨きをかけていると言っても、

相手は男(の格好をした魔物)である。

レナの剣は徐々に相手の剣に押され始め、

レナと、交差している剣の距離が、

だんだんと縮まってくる。



(くっ、真っ向勝負じゃ分が悪いか!

ならッ!)



パワー勝負ではさすがに勝ち目はないと、

判断したのだろう。

レナは右腕にグッと力を入れて、

相手の剣を弾き飛ばすと同時に素早く左に避け、

今度はレナから、

コウザの頭をめがけて斬りかかりに行く。



「オゥ、いいねいいねェ!」



まるでアクションゲームで、

雑魚敵を倒して楽しんでるかのように、

コウザが薄ら笑いを浮かべながら、

レナの剣を頭上で受け止める。



(よし、今だッ!)



レナは、再び刃が交わった瞬間、

左手を腰付近に置き、素早く短剣を取り出す。

そしてそのまま、

コウザの左脇腹辺りに狙いを定め、

力の限り、思いきり叩き込んだ。


右手に長剣、左手に短剣。

そう、実はレナは二刀流だったのだ。


先ほどまでの、魔物との戦闘では、

コウザが後ろから尾けていることを察知し、

あえて長剣だけで戦っていたのだ。

そして、どうせコウザとは戦うことになるだろうと予測し、

不意打ちとして使うため、

今まで短剣の存在を隠していたのだ。



「何ッ!? グゥ……」


コウザの口からわずかにうめき声が漏れる。


気味が悪いとはいえ、一応コウザも人間だ。

さすがに殺してしまってはまずい――。

レナはそう考え、短剣の逆刃を使った。

それでも短剣はコウザの脇腹のやや上部を直撃し、

肋骨くらいを折るくらいには十分の威



「……って言うとでも思ったかァ?」


「!?」



威力ではなかった。


え?

レナは慌ててコウザから距離を取る。

そんなバカな。

いくら逆刃を使ったといっても、

気絶させるには十分の威力だった。


実際、以前に街で、

不良数人に囲まれた時にも、

これで全員を気絶させてきた。

打ち所も間違っていない。

なのに今目の前にいる、

コウザという男は気絶しない、倒れない。

というより、笑っている。

今まで通り、ニヤニヤ笑っている。


「なかなかいい一撃じゃねェか、

 女にしちゃァ、いい腕だ」



なぜ?

レナの中で今まで組み立てていた思考が、

一気に崩れていく。


待て、とにかく落ち着こう、

ここで闇雲に斬りかかったら、

それこそ相手の思うツボだ。


レナは必死に思考回路を再稼働させようとするが、

崩れた思考が邪魔をして、

なかなか動いてくれない。



「ククッ、いい攻撃だったぜェ?

 奥の手のつもりだったんだろうが、

 残念だったなァ」


「……防弾チョッキでも着ているのかしら?

 もしそうだとしたら、

 高貴で聡明な生命体という割には、

 随分とショボいマジックの種明かしね」


「あァ? この期に及んで何言ってんだァ?

 思考回路が壊れちまったか?

 まぁ、殴っても斬っても傷一つつかない俺様を見りゃあ、

 お前らみたいな凡人クラスの思考回路なんざ、

 すぐにぶっ飛んじまうわなァ!」



悔しいけど確かにその通りね、

レナが舌打ちする。

警察官の服装をしているとはいえ、

短剣を叩き込んだ際に、

防弾チョッキを着ているような感触はなかった。


わかってる、そんなことはわかっているのだが、

今の思考回路ではそれぐらいしか思いつかない。

とりあえず今わかったことは、

コウザは、殴っても斬っても、

傷がつかないということだけだ。



「オラオラ、

 さっきまでの勢いはどうしたァ!?」



動きが鈍くなっている生物を、

獲物に飢えている高位生命体が逃すはずがない。


コウザはここぞとばかりにレナを攻めたて、

次々と斬りかかってくる。


一方、攻撃対象を失っているレナは、

相手の攻撃を避けるのに必死だ。


ただ、コウザが攻撃に重きを置いている分、

守りにはかなりの隙ができているため、

そこを突いてレナも攻撃はしている。

コウザの首、胸、腕、足、腹――。

ありとあらゆる場所への攻撃を試みる。


だが、コウザの言うとおり、

斬っても殴っても、傷一つつかない。


どうすればいいの?

何の打開策見つけられないまま、

時は過ぎていく。


元々体力には自信があったレナだが、

徐々に疲れが見え始める。



(このままだとまずいッ! 

なんとかしないと!)



そう思いながら隙をみて、

背後から斬りかかろうとするも、

動きを察知したコウザが素早く体の向きを変え、

短剣で攻撃を受け止める。



「おっと、そろそろ体力の限界が近いんじゃねェの、

 お嬢ちゃんよォ。そんなに苦しまなくても、

 さっさと殺されちまえば、

 楽になれるってのにねェ。

 もしかしてお前、Mか?」


「じゃあ、あたしの攻撃を避けずに、

 受け続けてるあんたは、

 相当Mッ気が強いのね、気持ち悪ッ」


「傷一つ付けられてないドジッ娘ちゃんには、

 言われたくないセリフだなァ」


「んじゃ、さっさと傷の一つくらい、

 つきなさいよ!」



そう言いながら短剣の逆刃で、

コウザの脳天めがけて強打するも、

やはりダメージを与えられていない。


ダメだ、手の打ちようがない。

なんせ、どこに攻撃しても傷一つつけることができな……




(!?)




もう何度目のことか、

コウザに斬りかかろうとしたレナの足が、

急に止まる。



(何だ? 今何かが引っかかった?

何かが……)



それまでまるで瀕死状態のように、

低速運転だったレナの思考回路が、

一気に加速していく。



「攻撃しても……傷一つつかない……なら……」


「お、どうしたァ?

 ついにおとなしく殺される準備ができたかァ?」



コウザの挑発もレナの耳には入らない。


もしかしたら――。

加速したレナの思考回路が1つの仮説に達する。

確証はまだ持てないが、試してみる価値はある。

だが、レナの体力を考えると、

チャンスは1回しかない。


ならすぐに実行するのみ……!

まるでエサを見つけた犬のように、

レナはコウザへ一直線に向かい、

コウザの両手首付近を2つの剣で斬りつける。

長時間休むことなく攻撃して、

コウザも多少は疲れているのだろう、

もはや避けることもなく、

悠然とその攻撃を両手首で受け止める。

やはりここも傷一つつかない。



「うらァ、そろそろもらっとけやァ!!」



いよいよ仕留めにかかったコウザの短剣が、

レナの顔を襲う。

慌てて避けようとするレナだが、

両刀を攻撃に使っていて、

首を横に振って避けるのが精一杯だ。



チッ。



レナは再びコウザから離れ、距離を取る。

その右頬から、

わずかではあるが鮮血が伝う。


レナはその血を親指で、

ピッと軽く払う。

幸い傷は浅く、ほとんど痛みは感じない。



「あーあ、年頃の女の子のお肌に傷をつけるなんて、

 あんた、罪が増えたわね」


「あァ? お前が素直に脳天直撃してくれてりゃ、

 傷つくこともなかっただろォが。

 あ、そしたら脳天が傷つくか、

 ダメだなこりゃ、ヒッヒッヒ。

 ってかよォ、こっちも忙しいモンで、

 そろそろやられてくれませんかねェ?」


「あら奇遇ね、

 こっちもそろそろ終わらせたいと思ってたところよ」


コウザの言葉をレナは悠然と返す。


決して強がりでも、

その場しのぎのはったりでもない。

レナにとって先ほどの攻撃は、

最後の力を振り絞った攻撃ではなく、

仮説を確証に導くための実験だったのだ。


そして、レナの思考回路はその実験を踏まえ、

体にGOサインを出した。


100%ではない。

だが、どのみち選択肢はその1つしかない。

だからこそ今の実験でパーセンテージを上げた。

今しかない。



レナが右腕をおろし、

長剣の剣先に意識を集中する。

700℃の炎が剣の周りを取り囲む。



「おォ? ついにヤケになったかァ?

 それは最初に喰らってやって、

 効かないってことがわかってるだろォが。

 それともなんだ、トンネル内の酸素が薄くて、

 頭おかしくなったかァ?」


「うっさいわね、

 なら、その頭おかしいやつの渾身の一発をナメたことを、

 地獄で後悔しなさいッ!」



そう叫ぶと、レナは剣を一気に振り上げ、

炎を解き放つ。


……が、いつもより炎の動きが明らかに遅い。

そこらにいる普通の人が歩いても、

簡単に避けられるくらい、

ゆっくりな炎がコウザめがけて進んでいく。


何だァ? このクソつまんねェ攻撃は、

コウザはつまんないショーを観ているかのように鼻で笑い、

しかし、それと同時に残念そうにため息をつく。

やはり所詮はこんなもんか、と。


自分の不注意からかもしれないが正体を見破り、

また傷一つつかないと知ってても、

ここまで食い下がってきた奴は、

レナが初めてだった。

久々に面白い戦いができる、

そんな期待もあったのに。


もういいや、全ッ然面白くねェ。

コウザはそう感じていた。


だが、炎の進む速度がゆっくりだったのが幸いしたのか、

炎に隠れて一瞬、ほんの一瞬だけ、

コウザの視界からレナが消えた。


その瞬間に、レナは動いた。


手を抜いたわけでも、諦めたわけでもない。

レナはこれを狙っていた。

むしろ炎を当てる気なんて、さらさらなかった。

ただ一瞬、コウザの視界を遮ればよかったのだ。

今のコウザなら視界を遮ったとしても、

傷一つつかないという油断から、

一瞬反応が遅れるだろう、

その一瞬さえあれば――。


そんな思惑を知らないコウザの横を、

レナは素早くすり抜け、

コウザの背後に回り込んだ。



「……ッ!? ヤロォ!!」



コウザが慌てて炎を振り払った時には、

もう目の前にレナはいなかった。



「いっけぇぇぇぇぇ!」



レナは再び剣先に意識を集中し、

今度は至近距離から、

コウザの背中めがけて炎を解き放つ。

レナの、今ある最大の力を振り絞って放った炎が、

反応が遅れ、避けることができなかったコウザの、

背中に直撃した。



「ぐはァ! ゴフツ……」



想定外の場所を攻撃されたからなのだろうか、

コウザは、急に人に背中を押されたかのように、

何の抵抗もなく、あっさりと地面に崩れ落ちた。


あのコウザが、

今までどこを攻撃しても倒れない、

傷一つつかない、

レナの剣が脳天を直撃した時でさえ、

ビクともしなかったコウザが、

ついに倒れたのだ。



「はぁはぁ……やっぱり背中ね……」


おそらく次の攻撃の事は、

考えていなかったのだろう、

レナも力を集中して使ったからか、

短距離走を終えた選手のように、

肩で息をするのが精いっぱいだ。



「怪しいと思った……のよ。

 攻撃を受けても避けなかった……あんたが、

 背中を…攻撃しようとした時だけ……、

 明らかに……攻撃を避けた。

 ってことは背中だけは……、

 攻撃してほしくない……ってことでしょ。

 なら…そこに何かが……あると思って当然でしょ……」



どこを攻撃しても意味がないという絶望的な状況の中でも、

レナは光を見出そうとしていたのだ。

闇雲に見えた攻撃も、

実は勝利の扉をこじ開けるための、

地道な鍵探しであった。


そして、自分の体力を削って、

命がけでやってきた地道な鍵探しは、

ある1つの手がかりをレナにもたらす。

そう、コウザが「背中を見せない」という手がかりである。


レナはその手がかりをもとに、

おそらく一度しかないであろうチャンスで、

念のために一度も攻撃していなかった両手の反応を見るほど、

慎重にターゲットを絞っていき、

見事に正解の鍵、

すなわち背中への攻撃をすることを見つけ、

勝利への扉をこじ開けたのだった。



「さぁ、これから警察で事情を話してもらうわよ。

 事件の動機とか、あんたの……」



バックには誰かいるのとか、

と、レナが言おうとした時だった。


崩れ落ちた後からうつ伏せに倒れたまま、

ピクリとも動かないコウザの背中から、

何やら白い煙が上がっているではないか!


その煙は瞬く間に全身から上がり、

まるで氷が、火で熱したフライパンの上で溶けるように、

コウザの体が地面に溶け、すぐに蒸発していく。



「ちょっ、え!?」



レナが異変に気づき、

急いでコウザのもとに駆け寄った時には、

もうすでに遅かった。

コウザの体は煙と共に消えて跡形もなくなり、

コウザが持っていた血塗られた短剣だけが残った。


他には、何もない。

コウザが着ていた服はおろか、白骨すらも。


「え、いや……は?」



目の前の現実がまったく受け入れられず、

再び思考回路が止まるレナ。

だが、さっきとは違う。

今回は思考回路を動かせない。


今まで何匹、何十匹も魔物を倒してきたし、

人ともケンカをして、倒してきたことは腐るほどある。

だが今までのどのケースでも、

煙を出して目の前で消えていったという現象は、

人でも魔物でも見たことがない。

斬っても殴っても傷がつかないこともおかしな話だが、

それ以上に意味が解らない。


どういうこと? 思考回路同様、

レナが固まっていると。



「おーい! レナーーーーーッ!」



どこかで聞き覚えのある声がトンネル内に響き渡る。

その声でレナ同様、

目の前で起こった手品のような出来事に、

言葉が出なかった乗客達から、

まるで喋るなという魔法が解けたかのように、

一気に歓声が上がる。



「レナ!

 それに皆さん! 無事でしたか!!」



声の主はマレクだった。

コウザが去った後に来た本物の警察と一緒に、

トンネルまで来たマレクは、

コウザがトンネル内に侵入するため、

落石をどかしたことにより、

トンネルに入れるようになっていたのだ。

そして警察の制止を振り切り、

レナと乗客が心配で、

いち早く駆けつけてきたのだった。



「あ、親方……」


「よかった!

 全然、戻ってこなかったから心配したんだぞ!!」


「あ、すいません……。

 そうだ! そんなことより親方!

 コウザが、さっきの警察官が!!」


「ん? そういえばさっきのニセ警察官はどうした?

 お前を追うように、

 あの後、すぐに出て行ってしまったんだが」



ふと我に戻ったレナが、

マレクに経緯を話す。

コウザの正体のこと、

斬っても殴っても傷一つつかなかったこと、

そして消えてしまったこと。


その話を踏まえ、

マレクは少しだけ考え込む表情を見せたが、

やがてゆっくりと口を開く。


「なるほど、傷一つつかない、か……」


「正直、炎もそんなに威力はなかったと思うんですけど……。

 警察に連れて行かないといけないんで、

 殺すつもりはもちろん、なかったんです。

 でも、まるで背中に攻撃を受けた時点で、

 もう死んでしまってたような……」


「うーん、にわかには信じがたいな。

 俺も聞いたことはないなあ。

 でもお前がそんなウソをつくはずもないし、

 何よりお客さん達も目の当たりにしてるしな」


「結局、何もわからずじまいでした。

 色々と吐かせようと思ったんですけど」



そんなやり取りをしているうちに、

何やら複数の足音が聞こえてくる。

どうやらマレクと一緒にトンネルに来ていた、

本物の警察官のようだ。



「まぁ、ここで考えてもしょうがないし、

 過ぎたことを考えても無意味だ。

 あとは警察の人に任せよう。

 警察の人に色々と聞かれるかもしれないが、

 お前のやったことは正当防衛だ、

 気に病む必要はない。

 それはみんなが証明してくれるから大丈夫だ。

 それに煙を出しながら、

 亡くなる人なんて聞いたことないし、

 きっと新手の魔物だろう、そう思っておけ」


「でも……」



レナはそう言いかけて言葉を飲み込んだ。

理屈だけでは説明つかない現象がいっぱいだし、

今のマレクの説明で、

納得できない部分はいっぱいある。


でも、だからといって、

色々考えたところで答えが出るわけでもない。

そんな頭の混乱しているあたしを察して、

親方は声をかけてくれている。

その場にいなかった分、

レナ以上に頭が混乱しているはずの親方が、

そう言ってくれている。


だったらその親方の気持ちを、

ありがたく頂いておいていいんじゃないか?

親方の言うとおり、警察にしっかり話して、

後は任せてもいいんじゃないだろうか。



「ありがとうございます」



三たび動き出した思考回路を使い、

レナは一言、そう呟いた。

毎週日曜更新と書きましたが、第一週目なので一気に二話載せました!

…なので、次回からは毎週一話ずつの更新になりますのでよろしくお願いします。

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