第35話:動く歴史、隠された歴史、そして……
王都セカルタから、はるか北東の方角に位置し、
年中解けることのない雪の大地が一面に広がる、
すべてが謎に包まれた大陸。
レナはディフィード大陸について、
その程度の知識しか持ち合わせていない。
レナは10歳以前の記憶を失っているが、
少なくともそれ以降は故郷であるルイン以外、
他の街に足を踏み入れたことがない。
とはいえ、彼女の親方であるマレクから、
この世界、グロース・ファイスに関することは、
色々と教わってきた。
だから、外の世界に出ることがなくても、
それなりの知識は持ち合わせている。
だが、マレクもディフィード大陸については、
ほとんど知らない様子だったため、
その王都であるキルフォーの事はおろか、
ディフィード大陸そのもの自体に対する知識量が、
まったく足りていない。
そして、レナやマレクのディフィード大陸に対する知識量は、
他の仲間のそれにも当てはまる。
実際、アルトやローザ、プログ、そしてフェイティは、
レイの言葉を受けても、まるで示し合わせたかのように、
狐につままれた表情をしている。
「すまん、少し話が唐突だったか」
その雰囲気を感じ取ったのだろう、
レイは思わず、苦笑いを浮かべる。
「唐突、というより、
話が壮大すぎてついていけないんだけど。
とりあえず、もうちょっと詳しく話してくれない?
できれば、ディフィード大陸について補足もつけつつで」
「そうだな。
……とは言っても、俺自身もディフィード大陸、
そして王都キルフォーに関しては、
ほとんど情報は持っていないんだがな」
「へ? あんたも知らないの?」
レナの言葉は拍子抜けのあまり、
少々裏返ってしまう。
「オイオイ、正体もよくわかってない相手に、
関係を作りたいって……正気かよ?」
プログが言うことも、もっともである。
例えば、素性や性格もわからない初対面の相手に、
いきなり『仲良くなろうよ』と、普通言いにいけるだろうか。
また、それを聞いて、
『ハイわかりました、アナタと私はもう友達です』、
などと言う人がいるだろうか。
いくらなんでも、無謀すぎるだろう。
「プログ、君の言う通りだ。
確かにもう少し、
向こうのことを知る必要はあるかもしれない。
敵対心があるのか、友好関係を築きたいのか、とかな」
「そこまで知っていて、
なお関係を作りたいってことなのね。
BBA、ますます理由が気になるわ」
手を頬に当て悩むしぐさをする、
お決まりのポーズを取るフェイティ。
レイはその言葉に小さくうなずき、
「ここだけの話だが、
ディフィード大陸の王都キルフォーとの関係構築は、
陛下がまだ政務を執り行っていらっしゃった時期から、
重要な懸案事項の一つだった。
向こうの出方がわからない以上、
なかなか足を踏み出せずにいた部分があったのだが、
ファースターの実情やローザ王女の件を鑑みれば、
もはや悠長に構えている時間はない」
「あの……。
そもそも陛下やレイ執政代理は、
何でキルフォーと仲よくしたいって思われたんですか?
その、ここのセカルタとキルフォーは、
両王都とも今まで誰にも頼らず、
だったんですよね?」
雰囲気を壊さないようにしているのか、
恐る恐る手をあげながらアルトはレイに尋ねる。
「そうだね。
元々第2大陸と呼ばれるエリフ大陸の人々と、
第4大陸と言われているディフィード大陸の人々は、
一年の季節や資源に恵まれている第1大陸、
ワームピル大陸から、
援助を受けることを良しとせず、
それぞれ独自に発展を遂げていった」
質問をしっかりと拾い上げ、
レイはアルトの方へ振り向く。
「けれどその一方で、陛下は常日頃から、
ワームピル大陸とウォンズ大陸の関係を、
憂慮されていた。
第3大陸であるウォンズ大陸、
そしてその王都サーチャードは、
ワームピル大陸の王都ファースターの支援を受け、
発展した所だからね。
だからサーチャードはおそらく、
ファースターに相談事や頼みを持ちかけられたら、
断るようなことはできないハズだ。
それがこちらにとって良いことであっても、
悪いことであってもね」
「ふーん。
要はファースターとサーチャードが手を組んでいて
何かされると怖いから、
こっちもキルフォーと繋がっておきたい、ってこと?」
「話を乱暴に整理するなら、
そういうことになる。
もっとも、そんな簡単な話でもないけどな」
そりゃそうだけどね、
レナはそう前置きをしつつ、
「まあ、国のトップである以上、
あらゆることを事前に考えておく必要が、
あるのかもしれないけど、
さすがにそれは考え過ぎじゃない?」
「僕もそう思います。
確かに今でこそ、
ファースターはシャックだらけになっているけど、
レイ執政代理や陛下は、
そのことは知らなかったんですよね?」
レナの言葉に、アルトも同調する。
いつからファースターが、
シャックに乗っ取られているのかは不明だが、
少なくともレイがその事実を知ったのは、
つい先ほどである。
セカルタ王やレイが、
キルフォーとの繋がりを意識し始めた頃には、
当然だがそのような情報は入っていない。
事態を先読みして動くことは悪い事でない。
他国と協力することも良いことだ。
だが、当時の情報量だけでは、早計ではないか?
「兵魔戦争」
その言葉は、フェイティから急に飛び出した。
「え?」
レナの脳内に、その単語は存在しない。
「兵魔戦争って、
ファースターとキルフォーが前面衝突したっていう、
確か10年くらい前の……」
「さすがにプログと先生はご存知ですよね。
そうです、10年前に起きた、その兵魔戦争をきっかけに、
陛下はこのままではまずい、とお考えになったそうです」
「ちょ、ちょっとタイム。
兵魔戦争? 何それ?」
「私もわからないんですが……。
ファースターとキルフォーが前面衝突?」
レナの言葉に続き、ローザも困惑の表情を浮かべる。
アルトも同様で、頭の上に?マークが乱立している。
「ふむ、どうやらそっちでは、
情報統制がされていたのかもね。
兵魔戦争と言うのは今から10年前、
キルフォーとファースターが引き起こした戦争だよ」
「キルフォーとファースターが!?」
レイの言葉に、アルトから思わず声があがる。
「きっかけはよくわからないが、
噂ではファースターが一方的にキルフォーに攻め込んだ、
と聞いている。
大量の殺戮兵器と、魔術師が送り込まれたことから、
兵魔戦争と名付けられたそうだ」
「そ、そんな。
私、まったく知りませんでした……」
10年前といえば、ローザはすでに城の中で暮らしている。
自分の知らない所で起きていた出来事を、
思わぬ形で知ることになり、
体を小刻みに震わせている。
この世界の東に位置するワームピル大陸と、
そこから海を挟んで北に位置する、ディフィード大陸。
この2つの大陸間、それほど距離は遠くない。
「ファースターがキルフォーを襲った、
明確な理由がわからない以上、
我々も決して他人事ではない。
それに、兵魔戦争ではサーチャードが、
ファースターへ軍事支援を行っていたという話もある。
さすがに二国が相手では、我々も分が悪い」
「だから今のうちに、
ディフィードを味方につけておこう、ってことね。
なんとなく合点がいったわ」
完全に納得はしてないけど、
レナは心の中で呟き、ふう、と一つ息をつく。
数による物事の解決という概念を、レナは嫌う。
相手が仲間を連れてきたから、
こっちも仲間を連れてくる。
これではガキのケンカだ。
結局際限なく、お互い仲間を連れて来て、
最終的には大きな問題に発展してしまう。
これを国レベルでやったとしたら、
それこそ、とんでもないことになるだろう。
大きな問題、すなわち戦争の勃発である。
他の国と手を取り合う。
これは大事なことだし、必要なものだ。
だが、戦争の抑止だけのために手を取り合う、
これでは根本的な解決にはならない。
むしろ今のファースターにとっては、
逆効果になってしまうのでは、
レナにはそこが引っかかっていた。
「おっと、勘違いしないでくれ。
味方につける、のではない。
あくまでも秘密裏に連絡を取るだけだ。
協力体制や同盟を結ぼうとは考えていない。
表立って仲よくしましょうなんてしたら、
それこそファースターが黙っていないだろう。
向こうが過剰反応することだけは避けたいからな」
だが、レナのその考えは、
レイの言葉によって杞憂に変わった。
あくまでもキルフォーと秘密裏に、連絡だけを取る。
それがレイの、そしてセカルタの狙いのようだ。
「秘密裏、ねえ。
うまくいけばいいけど。
ローザの件にも関わってくる問題だし」
「それをうまくするのが、俺の仕事だ」
レナの言葉に、力強く答えるレイ。
その姿は、一国の行方を預かる、
執政代理としての確固たる決意を映しだしている。
「ねえ、ローザの件にも関わるって……どういうこと?
キルフォーと連絡を取ることが、
何の関係があるの?」
アルトが、今度は別の問いをレナに投げかける。
「おそらくだけど根回し、じゃないかしら?」
レナがその問いに答えることはなく、
その代わりに横にいたフェイティが、口を開く。
「根回し?」
「これは私の予想だけど、
ファースター城内は今、
王女が行方不明になったと騒ぎ始めていると思うの。
実際に騎士隊の人が、連れ戻しに来るくらいだしね。
そして、クライド騎士総長さんはおそらく、
私達がセカルタに来ることくらいは想定しているはず。
あと、ローザちゃんの保護をお願いするだろう、
ってこともね」
「そう……だね。
僕達は元々、それでここに来る予定だったし」
「ってことはこのままだと、
すぐにローザちゃんは見つかってしまうわね。
さて、ここで問題。
ローザちゃんがここにいることをうまくごまかすためには、
どうしたらいいでしょうか?」
「え? ご、ごまかす方法?」
かつて先生だったころの癖なのだろうか、
まるで教壇に立っているかのように話すフェイティ。
アルトはうーん、と思考回路を働かせるが、
皆目見当もつかない。
「居場所の可能性を、増やしておけばいいのよ」
腕組みをするレナが業を煮やしたのか、
考えるアルトの代わりとばかりに、静かに答える。
「話がややこしくなるから、
仮にクライドが何の手がかりもないまま、
ローザを探すことになった、とするわ。
まず、ワームピル大陸はもちろん、
ウォンズ大陸にもローザがいないのを、
クライドはすぐに知ることができてしまう、
っていうのはわかるわね?」
「うーん……あ、そっか。
ファースターとサーチャードは仲が良いから、
クライドはウォンズ大陸の王都であるサーチャードに捜索依頼をすれば、
ウォンズ大陸にローザがいるかどうか、
すぐに調べられちゃうんだ」
「そっ。
つまり、今現在の時点でクライドの選択肢は、
エリフとディフィードの2大陸に絞られているのよ。
そして、ここでもし何らかの策を先に打たれて、
ローザはディフィード大陸にいない、
ってことが、クライドに知られてしまったら?」
「え、そしたら、もう……」
「そういうこと。
いくらごまかそうとしても、
もう100%、エリフ大陸にしか、
ローザはいないという結論にしかならないのよ」
「そ、そんな……。
それじゃ、せっかくここまで来たのに、
ローザは危険なま
「急かない急かない。
だから、先にあたし達が、
キルフォーに対して先手を打っておくのよ」
アルトの表情の移り変わり様を目にして、
レナは小さく笑う。
「ま、キルフォーがこのことについて、
全面協力してくれるかはわかんないけど、
ファースターよりもこっちが先に手を打っておけば、
少なくとも時間稼ぎくらいはできるハズよ。
……って解答ですがフェイティ先生、
いかがでしょうか?」
すっかり生徒気分になりきり、
レナは先生の方に振り向く。
「正解、よくできました!
ワームピルとウォンズ、
2つの大陸事情を騎士総長さんに把握されてしまっている今、
ローザちゃんの安全確率を上げるためには、
相手の動きの、さらに先を行かないとダメね」
フェイティは満面の笑みを浮かべると、
「……って理解していたんだけど、
合っていたかしら?」
まるで先ほどのレナの動きのコピーのように、
フェイティはレイに視線を向ける。
「相変わらずですね、先生。
ま、そういうことです」
やや呆れながらも、しかし、
どこかホッとした表情でレイは話す。
「ごめんなさい。
私のせいで……」
ローザはややうつむき加減にそう呟き、視線を落とす。
「ローザは何も悪くないわ。
悪いのはクライドなんだから」
「そうです。
それに勘違いしないでください。
あくまでもキルフォーとの話は、
王女たちが来る、はるか前より進んでいた話です。
決してローザ王女が引き起こした案件、
というわけではありませんよ」
レナ、そしてレイが優しく、
ローザに向けて声をかけていく。
過度の責任感を、
ローザが抱えているのは明らかだった。
「んで、キルフォーとは、
どうやって連絡を取るつもりなんだ?
いきなりレイ執政代理が行くワケにもいかないし、
かといって文通ってわけにもいかねーだろ?」
その様子から、
ローザにはまだ考える時間が必要、
そう判断したプログが話を進めようと、レイに聞く。
「その部分に関してはまだ検討中ではあるが、
ひとまず船の着港申請をキルフォーに出すつもりだ。
この申請が受理されないと、
ディフィード大陸に降り立つことすらできないからな」
「ディフィード大陸に列車は通ってねえしな、
面倒だが仕方がねえってことか。
んで、申請がおりたらどうするんだ?」
「その部分もまだ検討段階だ」
「オイオイ、肝心な所が決まってねえじゃねえか」
「すまない。色々と他の案件も重なっていて、
なかなかそこまで話し合えていないのが現状だ」
レイは表情を曇らせ、
自らの力量を悔いるように唇を噛む。
「まあ、あんたの仕事がこれだけ、ってワケじゃないしね。
その、他の案件ってのも厄介なモノなのかしら?」
「厄介……だな。
一応、これも機密事項ではあるんだが」
他言は厳禁だぞ、と忠告した上で、
「ここから西にあるトーテンの町で、
旅人が行方不明になる、という噂が立っているんだ」
「行方不明ですって?」
ここ最近、すっかり聞き慣れてしまった単語ながらも、
レナの眉はピクッと反応する。
「昨日私が外出していたのもその件だったのだが、
トーテンに立ち寄る旅人が次の日の朝になると、
必ず行方がわからなくなるらしい」
「あらあら、不思議ね。
夜のうちにどっかに移動しているのかしら?」
「最初は俺も先生と同じ考えだったのですが、
トーテンの町はエリフ大陸の中でも随一の、
夜寒い地域です。
夜の時間をあえて選んでの移動は、
少々考えづらいでしょう」
「旅人ってことは、ホテルか宿屋に泊っているんだろ?
だとしたら、そこの主人がどう考えても怪しいじゃねえか」
随一の寒さを誇る地域で野宿をするほど、
バカな旅人はいないだろう。
だとしたら、夜は確実に、
宿泊施設に身を寄せるハズだ。
そしてその朝、必ず行方不明になるのだ、
プログの言うように、
どう考えてもそこの主人が怪しい。
――が。
「もちろん、それも疑った。
だが一晩、宿屋の主人を見張り続けていたのだが、
それでも次の日に部屋を開けると、
宿泊者は行方不明になっていた。
部屋の鍵は宿泊している旅人と、
主人しか持っていない。
だから、おそらく主人は犯人ではないだろう。
だが、かといって他に犯人らしき人物の情報もない。
何もかもが不明な事件なんだよ」
「なるほどな。
そりゃ確かに、ワケがわかんねえわな……」
「ディフィードと連絡を取らなければいけないのもわかるが、
この件を放っておくわけにはいかない。
それにレアングス学長殿の尋問もしなくてはいけない。
悔しいが、まずは一つ一つ片付けていくしかない」
レイはそこまで言い終えると、グッと握り拳を作る。
この国を、そして大陸の発展を預かる身として、
やり場のない怒りを、
拳で必死に留めているのだろう。
「行方不明ねえ……」
一方、レナは思考回路を働かせる。
行方不明という単語は、
ありがたくないことだが、もはや聞き慣れている。
確かに、事件のカラクリはまったくわからないが、
たぶん、おそらくだが、犯人はわかっている。
ヤツらだ。
そして、ヤツらが関わる出来事であるなら、
レナ達とて他人ごとではない。
むしろ、当事者だ。
だとしたら、あたし達がやることは?
ローザのことも考え、
あたし達が取るべき行動とは?
その答えを考えようとしたその時には、
もうすでにレナの口は、
自然と動き出していた。
「あたし達が行ってくるわ」
次回投稿予定→5/17 15:00頃
※ 5/10 23:25頃、一部分を加筆・修正しました。




