第33話:逆転の先にある逆転
「どけ、お前ら。
……喰らえ、スプレッドピラー!」
シークレットサービスの隙をつき、
急いでその場を離れたレナ達に続き、
スカルドは表情を強張らせながら叫ぶ。
しかし、目の前から敵がいなくなった、
シークレットサービスにとって、
スカルドの術を防ぐことなど、さほど難しい事ではない。
彼らはまるでボクシングの防御姿勢のように、
顔の前に装甲を構える。
滝のような轟音を発する、
水の柱がシークレットサービス達の足元から現れ、
彼らを吹き飛ばそうとするが、
何らダメージを与えられていない。
「おやおや、もったいぶらせておきながら、
その程度ですか、残念です。
もはや、あなたに用はない。
……去ねッ!! スルトプロミネンスッ!!」
レアングスの声と同時に、
上空に漂う業火の塊から無数の炎が、
まるでミサイルのように、
ヒュンッ!ヒュンッ!と次々に降り注いでは、
スカルドの放った水柱に撃ちこまれていく。
先ほどレナは言っていた。
圧倒的な炎は、苦手な水をも蒸発させられる、と。
そしてレナは先ほど、
レアングスの水の魔術を、
炎で打ち消した。
レアングスの放った無数の炎は、
まさにその言葉を再び、体現させていた。
無数の炎によって、
水の柱は徐々に蒸発していき、
その勢いを失っていく。
「くッ!!」
レナは意識を集中させながら、
スカルドの元へ走り出そうとした。
スカルドのことだ、
これだけで終わるはずがない。
きっとまだ、何か考えがあるはず。
ならばそれまで、何としてでも時間を稼がなければ――。
「最後の最後まで、
フラグの建築ご苦労だったな、クソ学長」
だが、だが、そんなレナの焦りとは対照的に、
徐々に威力を失っていく水柱の向こうで、
スカルドはニヤリと笑うと、
ペッ、と今まで噛んでいたガムを上空へ吐き出す。
「ふん、今さら何を――ッ!?」
言いかけたレアングスの表情が、
スカルドの様子を見て一変する。
頭上へ投げ出されたガムは、
強く、そして眩い光を放ち始める。
その光は瞬く間に大きくなっていき、
巨大な魔方陣を象り始める。
「火は水、水は風、風は土、土は火。
森羅万象を司る力の祖、
汝の力にて愚者を浄化せん」
目を閉じ、言霊を紡ぐスカルド。
するとスカルドを中心とした空間が、
ほのかに白い光を帯び始め、
法衣と黒髪がゆらゆらと揺れていく。
「な、何?」
「バカなッ!
まさか、それは……媒体魔術!?」
何が起こっているのかさっぱりわからず、
唖然とするレナと、
言葉を絞り出すのがやっとなレアングス。
「何もない空間に自然の力を生み出す魔術。
その魔術を使う際、何かしらの媒体を通すことによって、
爆発的な威力を生み出すことができる、
それが媒体魔術よ」
「媒体を通す、ですか!?」
「そうよ。本来ならば、
自分の意識下で集中するものを、
媒体という、外部のものへ意識を集中させないといけなくなるから、
意識のコントロールが難しく、
高位な魔術師でもなかなか使い手はいないのだけど……ッ!!」
スカルドを取り巻く風が徐々に強くなり、
フェイティ、そしてプログも、
風に飛ばされないように踏ん張るのがやっとだ。
「くッ……!
させませんッ、させませんよッ!」
レアングスは必死に叫ぶ。
その焦燥に呼応するかのように、
炎の弾丸は激しさを増していくが、
スプレッドピラーを、
まだ消滅させることができない。
いつの間にか、スカルドの頭上には、
先ほどのレアングスの魔術、
スルトプロミネンスの大きさをはるかに超える、
巨大な光の魔方陣ができていた。
床は揺れ、風が舞い、
すべての力が光の魔方陣へと吸い込まれると、
さらに強い光が放たれ、
今にも暴発しそうなくらいに、
その照度を高めていく。
「さあ、お待ちかねのフラグ回収の時間だぜ、クソ学長!
俺の、そして父上の力を最後まで見誤った、
その驕りこそが、貴様の敗因だッ!!
これでチェックメイトだ、
超魔術、究極の第一質料!!」
今までで一番の、
レナ達がスカルドと出会ってから一番の大声で、
スカルドは叫ぶ。
そこには、魔術へ込める力、
そして無念の死を遂げた父への想い、
両方が込められていたに違いない。
スカルドの呼びかけに、
魔方陣は今まで溜めてきた光の力を、
余すことなく、一気に解き放つ。
ゴォォォォォッ!!
まるで極太のレーザーが照射されているかのように、
魔方陣から太い、眩い光線がレアングス、
そしてシークレットサービス達に襲い掛かる!!
「くッ!!」
レアングスは最初、対抗しようとしていた。
炎系の最高大魔術である、
スルトプロミネンスで、何とか打ち消そうとしていた。
だが、そんな思考とは真逆に、
体はすでに、“意味わかんない本”を使った、
必死の防御態勢に入っていた。
体は本能的に、わかっていたのだ。
巨人の紅炎では、
究極の第一質料に勝てないと。
究極の元素を帯びる光は、
瞬く間にシークレットサービスを飲み込み、
そしてレアングスを直撃する。
「ちょ……」
目の前で起こる超魔術を、
レナは唖然として見つめる。
初めて魔術を見たわけでもない。
むしろ自分も炎の使い手だ。
そんじょそこらの魔術を見たところで、
別に驚いたりはしない。
だが、それとこれでは話が、
いや、次元が違う。
これほど強力な、
これほど破壊的な魔術を、今まで見たことがない。
ゴオォォォォォ……
約2~3秒程、
その破壊力を見せつけた始祖の光は、
魔方陣が静かに消え去ったと同時に、姿を消した。
光が消えた跡に残っていたのは、
ビリビリに破れた本で必死に盾を作り、
額にびっしょり汗をかく、
レアングスの姿だけだった。
ついさっきまでそこにいた、
シークレットサービス達の姿は、影も形もない。
「チッ……、しぶといヤツだな……」
肩で息をしながらスカルドが舌打ちをする。
さすがに今ので力を使い過ぎたのだろう、
その表情からはほんの少しばかり、
疲れの色が見える。
だが、レアングスは動かない。
先ほどまでの戦いが、
まるで違う空間で繰り広げられていたかのように、
一瞬にしてセカルタの、夜の静寂に戻る。
「フッ、フフ……」
「なんだ、ついに頭がおかしくなったか?」
防御姿勢のまま動こうとしないレアングスに、
プログが詰め寄る。
「ハハハハハハハハハハッ!
素晴らしい、素晴らしいですよ、スカルド君ッ!
その力、殺すには惜しいッ!
私の目にやはり間違いはなかったのだよッ!!
ヒャハ、ヒャーッハハハハハハハ!!」
手で顔を覆い、
喜び、そして狂ったように、
レアングスは笑い声を部屋中に響かせる。
「妄想でお楽しみしてるトコ悪いんだけど、
こっちには時間がないのよ。
話はここから出たあとたっぷり聞くから、
まずはサッサと、ケリをつけさせてもらうわよ」
「ケリをつける?
……いけませんね、
レナ君、戦局を見誤ってはいませんか?」
再び身構えるレナに、
レアングスは視線を向ける。
そこに、先ほどの狂気染みた生物はいない。
そしてやれやれ、といった表情で、
「ここは私の学校ですよ?
わたしのシークレットサービスが、
先ほどの2人だけだとでも思っているのですか?」
と、肩をすくめる。
だが、レナ達とて、
そんなことは折込済みだった。
「バカね。そんなの知っているわよ。
だから、あんたが他のヤツらを呼ぶ前にケリをつ
ガチャッ。
レナ達の背後から、鍵が開く音。
「なッ……!?」
レナは思わず、
うしろを振り返る。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
なんと、先ほどレナ達が入り、
閉めたハズの扉が、
動いているではないか!
「オイオイ、マジかよッ!?」
目の前で起こる信じがたい光景に、
プログが思わず、言葉を漏らす。
「他のヤツらを呼ぶ前に……何でしょうか?」
ただただ静かに、
レアングスは冷酷な笑みを浮かべる。
そんなバカな、
レナはわが目を疑った。
確かに、可能性はゼロではなかった。
あれだけ派手に戦っていたのだ、
学校内にさえいれば、
最上階で何かが起こっていることは気付くだろう。
だから、途中で何人か加勢があるかも、
そのくらいの警戒はしていた。
しかし、戦いの最中、
誰一人としてこの空間へ来たものはいなかった。
そのため、レナはレアングスが、
何らかの方法で援護を呼ばない限り、
加勢は来ないだろう、と踏んでいた。
そして、先のシークレットサービスが倒れたことにより、
おそらく他の護衛の者を呼ぶだろう、
当然ながらそのくらいの想定はしていた。
だが、あまりにも早すぎる。
いつの間に、どのタイミングで、
この学長は援護を要請していたのか?
ゴゴゴゴゴゴゴ……
まるで登場するのを愉しむように、
そしてレナ達を焦らすように、
ゆっくり、ゆっくりと扉が開いていく。
「さあ、第2ラウンドといきましょうか」
「ちッ……このクソ学長がッ」
レナを始め、プログ、フェイティは素早く武器を手に取り、
スカルドは懐からガムを取り出し、口に放り込む。
もはや、作戦を練り直す余裕もない。
短時間で一気にカタをつけるしかない。
レナは手に握る長剣、
そして短剣をギュッ、と強く握りしめた。
「第2ラウンドなんて言わず、
これで最終ラウンドにしましょう、
ねえ? レアングス学長殿?」
若々しく、
それでいて確かな存在感を示す、
強く心に響く、その男の声色。
レナ達はどこか聞き覚えがあった。
「――ッ!!」
愕然と凍りつく、レアングス。
その声は、彼が用意していたものではなかった。
シークレットサービスが倒された時の予備用として、
待機させていたものではなかった。
「説明していただきましょうか、レアングス学長殿。
これは一体、どういうことですか?」
完全に開いたドアから、
ゆっくりと姿を現したのは。
「レイ執政代理!?」
レナは無意識に叫んでいた。
その登場は、レナ達にとっても、
想定外の出来事だった。
「なぜだ!! なぜあなたがここにいるのです!!
だ、誰の許可を以て、
入ってきたのですか!!
私は一切、き、許可なんてしていませんよ!!」
明らかに様子が変わっている。
レアングスは取り乱し、動揺を隠せない。
「許可?
許可なんて、誰にも取っていないさ」
「じゃあなぜ!?
う……訴えますッ!!
私はあなたを、不法侵入罪で訴えますッ!!
そうすればあなたもお終
「ただ、彼らが教えてくれたんですよ。
怪しい4人組が、学校内に入っていった、とね。
だから、私はその4人組を捕まえるために、
この学校に入ったのですよ」
毅然とした態度で言葉を並べるレイが、
たった今入ってきた扉に向かって、
軽く手招きをする。
そして、薄暗い扉の向こうから現れたのは。
「ア、アル――」
その姿に、思わずレナは声をあげたが、
慌てて口を手で押さえる。
そこには、人差し指を手に当て、
まるで静かに!というジェスチャーをする、
アルトとローザがいたのだ。
ホテルで待機と指示したハズの2人が、
よりにもよってなぜレイ執政代理と?
その思いから、言葉が漏れそうになったレナだったが、
2人のしぐさをみて、慌てて口を閉じたのだった。
「な、ならば、
早く、そ、そこの4人を捕まえて、
ここから出て行ってく
「もちろん、学校に侵入した罪として、
彼らの身柄は拘束させてもらいます。
だが――」
レイの目は静かに、
強い意志の炎を燃やし続ける。
「学生の行方不明事件に関して、
詳しく話を聞かせていただきたい。
よってレアングス・フィアーム学長殿、
あなたにも城までご同行いただきます」
レイの言葉に迷いはなかった。
人の表裏を鏡に映しだしているかのように、
レアングスとレイの表情は、正反対である。
「な、なにを仰っているんですか?
何度も話しているように、
行方不明事件については、
わ、私は何も――」
「ではこの、人が閉じ込められている、
カプセルは何なのですか?」
「わ、私は知らないッ! 何も知らないッ!!」
「何も、ねえ。
なら、これはどう弁明されるおつもりですか?」
これ以上やっても埒があかない、
そう判断したレイは懐から、
何やら手のひらサイズの細長い、
機械のようなものを取り出し、
声の震えるレアングスへ向ける。
そして、横についている赤いボタンを、
ゆっくりと押した。
『そうです、かつて君の父、
ジニー・ラウンのように、
優秀な学生はファースターへ送り込むのですよ!
ファースターの繁栄のためにね、ハーッハッハ!!』
『ああそうさ、
すべて私が引き起こしていることだ』
『何をおっしゃっているんですか?
私は落ちこぼれの学生達に、
命の意味を授けただけじゃないですか。
自らの体を使い、我々の実験を成功に導くという、
素晴らしい使命をね!!』
機械から発せられる、言葉の数々。
レイが持っていた機械の正体は、
テープレコーダーだった。
そして……
「オイ、今のって確か……」
プログはポツリと呟くと、
その言葉を発した本人へ、視線を向ける。
「あ、ああ、ああああ…………」
その言葉は、その証拠は、
もはや逃げ場のなくなった彼に、
トドメを刺すようなものだった。
レイは、戦いに入る前の会話を、
テープレコーダーですべて録音していたのだ。
レアングスは膝から崩れ落ち、
その場に座り込む。
レナの炎を受けても、
スカルドの凄まじい媒体魔術を受けても、
倒れなかったレアングスが、
静かに、力なく崩れた。
その目には、活力の“か”の字もない。
ただ虚ろな目で、放心状態だ。
その姿がすべてを物語っていた。
もう、これで終わりだと。
「ファースターの件、そしてシャックの件、
話はあとで聞かせていただきますよ。
よし、学長殿を城へ連れて行ってくれ」
レイの合図を皮切りに、
階段から次々とセカルタ兵が登場し、
あっという間にレアングスを取り囲んでいく。
「はは、はははははは、
はははははははははははははははははははh」
セカルタの魔術を統べる絶対知者は、
何の抵抗もしなかった。
何の抵抗もできなかった。
生気を失った目のまま、
まるで壊れた人形のように、
ただ乾いた空笑を響かせながら、
あっという間に兵士に連れて行かれ、
エレベーターの中へと姿を消した。
「よかった……!
みんな、大丈夫!?」
「怪我とか、されていませんか!?」
心配そうな様子ながら、
アルトとローザは歓喜の声をあげる。
「そりゃこっちのセリフだぜ」
「ホント、こっちがびっくりしちゃったわよ。
2人とも、大丈夫だった?」
プログとフェイティは、
そんな2人の姿を見てか、
ようやく表情が緩む。
スカルドは窓から、
セカルタの街を見下ろしている。
何か思うところがあるのだろうか。
「あーあ、シャックのこと、
あたしも聞きたかったんだけどなあ……」
残されたレナは1人、
壊れかけの人形が消えていった出口へ、
視線を向けながら呟く。
シャックのこと、クライドのこと、
ファースターのこと、
そして、アルトの母のこと。
聞きたいことは山ほどあった。
確かに、レイがこの後、
城で事情聴取をするだろう。
もしかしたら、その内容を聞くことくらいは、
できるかもしれない。
でも、そうではない。
直接、聞きたかった。
シャックに関わる者から直接、
話を聞きたかったのだ。
レイが聞きたいことと、
自分達が聞きたいことが、
必ずしも一致することはしないだろう。
だからこそ、直接、自分の手で――。
「さて、残るは君たちだが……」
レアングスという、
嵐が去ったのを確認すると、
レイは残ったレナ達に視線を向ける。
「わかっているわよ。
身柄を拘束されるんでしょ?
まったく、オイシイところを全部、
持っていかれたわ……」
「話が早くて助かる。
たとえどんな状況であっても、
私の忠告を無視し、
学校に不法侵入するのは許されないことだ。
それくらいはわかるだろう?」
「ま、そりゃそうだわな」
「ごめんなさいね、レイ。
BBAがついておきながら……」
「好きにしろ」
4人はすぐに白旗をあげた。
弁明も何もない。
今、この場にいることが、
何よりも証拠になってしまっている。
この学校に潜入した時点で、
こうなることは予想していた。
アルトとローザが登場したのは、
さすがに予想外だったが。
「ごめんね、レナ。
僕たちが話を
「……状況がよくわかんないんだけど、
今はあんまり、喋らない方がいいんじゃないの?」
先ほどの歓喜から一転、
申し訳なさそうに話すアルトの言葉を、レナは遮った。
なぜレイとアルト、
そしてローザが一緒にこの場に来たのか、
レナ達にはわからない。
だが、今までの様子から察するに、
裏で何か打ち合わせをしているのではないか、
という予測くらいはできる。
ならば必要以上に喋らせるのは妥当ではない、
レナを含め、4人はそれを感じ取ったのだ。
「……よし、4人を連れて行け」
「はっ。さあ、こっちへ来い」
プログ、フェイティ、スカルド、そしてレナ。
事件解決の立役者である4人は、
犯罪者として兵士に連れられ、
エレベーターへと向かっていく。
長かったセカルタの、
そして王立魔術専門学校の夜は、
こうして幕を閉じた。
「感謝する、この恩は決して忘れない」
部屋を出るすれ違いざまに小声で、
レナの耳に届いた執政代理の、
その一言だけ、部屋に残して。
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