第32話:知者の魔弾戦
少年には、夢があった。
父上のように、お城に勤めること。
まわりの人たちから、尊敬の眼差しを受ける父上が、
すごくカッコよかった。
偉大すぎて、とても追いつけるような存在ではなかった。
それでも、必死に父上の背中を追いかけるべく、
少年は小さい頃から学術書を読みあさった。
そしていつかは父上と一緒に魔術の研究をして、
セカルタの発展に貢献していきたい、
そう思っていた。
そう、目の前で父上が死んだあの日、あの時までは――。
「去ねッ! アクアバブルッ!!」
レアングスの厳然たる声が学長室内に響きわたると、
彼の右手より人の頭より一回り程大きい、
水球が姿を現したかと思うと、
シークレットサービスを相手するプログを目がけ、
一直線に飛んでいく。
「させるかッ、ウイングニードル」
スカルドはあらかじめ膨らませていた風船ガムを、
勢いよく割り、左手をその水球に向けながら、
静かに言い放つ。
すると今度は、
スカルドの左手から薄緑色の光を放つ、
巨大な針のようなものが出現し、
水球目がけて、まるでレーザーのように飛んでいく。
レアングスの放ったアクアバブルは、
プログの頭部に直撃する、
一歩手前でウイングニードルに貫かれ、
パァン!と、まるで風船を針で割ったように、
その場に弾け飛んだ。
「助かる!」
助けられたプログはそう言うと、
短剣を構えてシークレットサービスに再び斬りかかる。
そして今、スカルドは父上と、
少年スカルドの夢を殺した張本人である、
王立魔術専門学校の学長、
レアングス・フィアームと対峙している。
どうしても倒さないといけない相手。
13歳になったスカルドが、
これから前を向いて生きていくためには、
必ず――。
「あらあら、アナタもずいぶんと腕が立つわね。
BBA、久々に本気が出せるかしら……ッ!」
フェイティはどこか楽しそうに、
また、どこか必死のような、
そんな表情をしながらハルバードを振り降ろす。
シークレットサービスはその攻撃を、
両腕で悠然と受け止める。
どうやら彼らの両腕には、
スーツを挟んでガード用の装甲が付けられているようだ。
攻撃を受け止められたのを確認するや否や、
フェイティは素早く身を引くと同時に、
左手だけで武器を持ち、
今度は正面から突き刺そうとするが、
これも右腕の装甲で防がれてしまう。
さらにフェイティは、
ここで再び両手で武器を持ち直し、
相手を押し倒すように一気に力を込めるが、
まるで地面に根が張っているかのように、
シークレットサービスは動かない。
「フェイティ伏せてッ! ……双炎!!」
素早く身を伏せたフェイティのうしろには、
手に持つ長剣、短剣から炎を放つ、レナの姿。
フェイティを避けるように弧を描き、
長剣から繰り出された炎が、
シークレットサービスを目がけて飛んでいく。
……が、フェイティが身をかがめたことにより、
自由に動けるようになったシークレットサービスが、
その炎を避けるのは造作もないことだった。
先ほどの根を張ったような重さとは対照的な、
軽快なバックステップを踏みながら炎を回避する。
と、ここで短剣から放った2つ目の炎が、
シークレットサービス……
……を通り抜け、
そのうしろで魔術の詠唱を始めていた、
レアングス目がけて飛んでいく。
「チッ……!」
自らを狙った攻撃であることに気付いたレアングスは、
懐から何やら学術書のようなものを取り出すと、
それを襲いかかる炎に向け、
盾のように構える。
約700℃の炎はレアングスの掲げた本に直撃し、
バウゥン!という爆発音を残して消え去った。
ところが、レアングスはおろか、
盾として使った本ですら、
火傷一つ、そしてページが焼けた痕跡がない。
「2発目は私を狙った攻撃でしたか。
状況判断がじつに優れていますね、
私は嫌いではありませんよ」
「あらそう。
でも安心していいわよ、
あたしはあんたのこと死ぬほど嫌いだし、
興味もないから」
「そうか、それは残念ですね。
私が色々と教えれば、
あなたの魔術も、より強力なものになるでしょうに」
「あんたに教えてもらうくらいなら、
スカルドに教えてもらう方が数兆倍マシよ。
あんたに聞きたいことといえば、
その意味わかんない、本のことくらいよッ!」
レナは再び、長剣を振り上げる。
意識の集中が足りなかったからか、
やや小さめの炎が、
標的であるレアングスに向かって風を切る。
……が、先ほど同様、“意味わかんない本”によって、
阻まれてしまう。
(これじゃ埒があかないわね。
とりあえずアイツの魔術はスカルドに任せて、
あたしはッ!)
レアングスの巧みな位置取りによって迂闊に近づけず、
炎も本によって防がれてしまう。
現段階で学長と対峙するのは無意味と判断したレナは、
素早く体の向きを入れ替えると、
フェイティが激闘を繰り広げている、
シークレットサービスへ突進する。
「フェイティ、合わせてッ!!」
その言葉だけを伝え、レナは長剣で斬りかかる。
シークレットサービスは右手の装甲で、
その攻撃を難なく受け止める。
「ハイッ、と!!」
いつもよりは少しばかり、
気持ちの入った掛け声と共に、
フェイティが右方より、
シークレットサービスに突き攻撃を繰り出す。
しかし、手の空いていた左手装甲に、
先端が鋭く尖るフェイティの武器は防御されてしまう。
(喰らえッ!!)
レナは、その瞬間を待っていた。
両手の装甲が塞がる、その時を。
フェイティの攻撃が受け止められた瞬間、
レナは左手に持つ短剣を、
両手を防御に使って無防備になっている、
シークレットサービスの脇腹付近に突き刺
「……かはぁッ!!」
11階を一フロアで独占する、
この広い空間で、
今まで出したこともない低いうめき声があがる。
レナは一瞬、
何が起こったのかわからなかった。
だが、気付いた時には、レナは空中に浮いていた。
いや、正確に言えば、吹っ飛ばされていた。
「レナちゃんッ!!」
先ほどまですぐ隣にいたハズなのに、
今は遠くから微かに聞こえてくる、
フェイティの声。
なぜか視界に入ってきた、絢爛な装飾の天井。
そして、今にも魔術を放とうとしていた、
スカルドの真横付近で、
レナは地面に強く叩き付けられた。
「……ッ!! 痛……ッ」
叩き付けられた衝撃、
そして右脇腹付近に鈍く、
しかし強烈な痛みがレナを襲う、
その表情は、あまりの苦痛に歪んでいる。
レナが短剣で攻撃しようとした瞬間、
シークレットサービスの強烈な膝蹴りが、
レナの腹部に直撃したのだ。
レナの攻撃が遅かったわけではない、
相手の攻撃が早すぎたのだ。
想定している攻撃というものは、
攻撃する側も有効な一打にはならないし、
受ける側も最小限に被害を食い止めることはできる。
だが、不意な攻撃ほど効果的で、
そして、脆いものはない。
レナとて、その例外ではなかった。
「オイ、大丈夫か!?」
今まで常に冷静沈着だったスカルドが、
さすがに顔色が曇る。
「ッ、いちおう、何とか……」
苦痛に耐えながら、
レナは息も絶え絶えに答えるが、そこへ、
「去ねッ! バーンシュートッ!」
と、無慈悲なレアングスの叫び声が響き渡る。
すると床に倒れているレナの上空から、
数十個はある野球ボールほどの炎の塊が、
ヒュウゥゥゥゥ……と音を立て、
まるで地球に落下する隕石のように、
レナ目がけて降りかかってくる!
「チッ! スプラッシュピラーッ!」
今度はスカルドの声が聞こえたかと思うと、
レナの目の前の床から、
ザアァァァッ!!という轟音を発しながら、
まるで間欠泉のような、巨大な冷水の柱が姿を現す。
そして、レナを襲った火焔を、
悉く打ち消していく。
スカルドの放ったスプラッシュピラーがその役目を果たし、
姿を消した時には、
炎はひとつ残らずなくなっていた。
「ど、どーもですっと……。
今のはマジで助かったわ」
レナは膝に手をつきながら、
ゆっくりと立ち上がる。
「どうやら、想像以上の強者さんのようね。
そう簡単に、飛び込めなくなっちゃったじゃないの」
一部始終を見ていたフェイティの表情が、
わずかに曇る。
その顔からは、いつものような優雅な、
余裕のある様子は消えている。
「おやおや、私が褒めた途端にこのザマですか。
どうやらあなたは、
褒めて伸びるタイプではなさそうですねぇ」
最後方からレナの様子を愉しむかのように、
レアングスは笑う。
「こっちは断ってんのに、
まだ生徒になって欲しいのかしら?
あんた、ストーカーの罪まで増えるわよ?」
まだ若干の痛みは残るものの、
徐々に引いてはきている。
だが、100%全力で動けるかと言われると、
そこまでは回復していない。
さてどうしようかしら、
レアングスに向かって言い放つレナは、
同時に心の中で呟く。
レナの心の中に、一抹の不安がよぎる。
レアングスはシャックの一員であることは判明している。
だとすると、もしかしたらこいつ等も、
コウザやサンプル一号同様――。
「クソッ!
こいつ等ガード固すぎだろッ!!」
一方、吐き捨てるようにプログはそう言うと、
もう何度目のことか、
短剣を片手に斬りかかるが、
やはり装甲に跳ね返される。
プログは素早く背後に回り込むが、
まるでその動きを見透かしているかのように、
シークレットサービスは体の向きを変える。
戦闘開始して以来、ずっとこの状態が続いている。
幸い、相手から攻撃してくることがないため、
プログが何かしらのダメージを負うことはないが、
プログもダメージを与えることができていない。
圧倒的な力の差がある戦いならば、
防御に徹する者が相手でも、
打ち破ることはできるだろう。
しかし、実力が拮抗していて、
かつ防御に徹する者が相手では、
打ち破るのは容易ではない。
「マズイな……」
一番後方で戦況を窺うスカルドは、
焦りを覚えていた。
思った以上に、相手が攻めてこない。
2人のシークレットサービスは基本、
防御することに徹している。
決して自分から攻め込もうとしない。
先ほどレナに攻められたときのように、
どうしてもという状況の時にしか、攻撃してこない。
レアングスにしても同様だ。
彼程の力があれば、
もっと魔術を使うことは出来るハズだ。
というより、何よりもまず、
魔術を使うスカルドを狙って然るべきだろう。
なのに、スカルドに対しては一度も魔術を使っていない。
現に、スカルドが考えている今も、
レアングスはレナの炎を、
フレイムボールで相殺しているだけだ。
(チッ、早くしないと時間切れかッ)
「ったく、埒があかないわね。
このままだとタイムオーバーになっちゃうじゃないッ」
まるでスカルドの心の声を復唱するかのように、
レナは吐き捨てている。
(……まだ研究中だが、仕方ねえ)
何かを決心した様子でスカルドはそう呟くと、
「おい、レナ。
時間がない、一気に決めるぞ」
と、隣にいたレナに告げる。
「え? 何?」
「お前は学長の魔術を防ぐのに集中して、俺を守れ」
「え、ちょっと、何するつもりよ?」
「いいから言われた通りにやれ」
「……勝算はあるのね?」
「逆に聞く、無いと思うか?」
「……りょーかい」
短い言葉でのやり取りを終え、
レナはスカルドの前に立ち、
まるで王を守る騎士のように、
仁王立ちして剣を構える。
そして、その騎士のうしろで、
王は静かに目を閉じると、
意識を集中し始める。
「おやおや、何をするつもりですか?」
2人の動きに気付いたレアングスは、
不敵に笑いながらも、右手をかざす。
「去ねっ! バーンシュートッ!」
高らかに声をあげると、再び炎の隕石が、
レナとスカルドを襲うッ!
「させないわッ!!」
カッと目を見開きながらそう叫ぶと、
レナは降り注いてくる炎の隕石を、
2つの剣を駆使して、斬っていく!
ボンッ!ボンッ!……
小さな爆発音と共に、
次々と炎は2つの剣によって打ち消されていく。
「いいですねぇいいですねぇ!!
やはりあなたは素晴らしい素材ですよ!
……去ねッ、 アクアバブルッ!!」
「喰らえッ、炎破!!」
レアングスの放った水球と、レナの放った炎が、
2人の間で衝突する。
ガアァン!!!!
まるで壁に何かがぶつかったような、
凄まじい衝撃音を発して、
水と炎はお互い、姿を消した。
「知ってる?
圧倒的な炎ってのは、
苦手な水をも蒸発させられるのよ」
まだ衝突した際に巻き上がった煙が立つ中、
レナは再び身構える。
「やはり、真正面からの攻撃だけでは、
あなた程の人物は倒せませんね。
それなら……」
レアングスはパチン、と指を鳴らす。
「何ッ!?」
「あッ!!」
すると今まで防戦一方だった2人のシークレットサービスが、
それぞれプログ、そしてフェイティを振り切り、
まるで獲物を狩るチーターのような、
物凄い速さでレナに襲い掛かかる!
「なっ……!!」
レナは素早く意識を集中するが、
敵の動きが早
「喰らえ、ウイングニードル」
パァンッ、という破裂音に続き、
スカルドの低く、冷静な声。
2つの薄緑色の光の針が、
それぞれシークレットサービスを襲うが、
シークレットは冷静に自らの動きを止めると、
両手の装甲を使って、その魔術を防いでしまう。
「おまけだ、スプレッドピラー」
その瞬間、再びスカルドの声。
装甲を使って魔術を防ぐ2人のちょうど間から、
巨大な水柱が凄まじい勢いで吹き出す。
立て続けの魔術の攻撃に耐え切れなかったか、
根が張っているかのように動かなかった、
シークレットサービスの体がややぐらつく。
「よしっ、今だッ!」
これを好機と見たプログは、
素早く斬りかかろうとする。
だが、態勢を完全に崩すまでには、
至っていなかった。
追い打ちをかけようとしたプログ、
そしてフェイティの攻撃は、
以前どおり装甲で防がれてしまった。
「小魔術から中魔術につなげる、連携魔術ですか。
発想は悪くありませんが、
それではまだまだ力不足ですねえ」
レアングスはわざとらしく肩をすくめる。
魔術は大きく分けると、
小魔術、中魔術、大魔術に分類される。
小から大になるにつれて、
意識を集中しなければいけない時間が長くなる。
だが、今回スカルドが実践したように、
小魔術から中魔術を連携することによって、
中魔術の際の意識を集中する時間を、
短縮することが可能になる。
ただし、この技術は、
ごく一部の人間にしかできないと言われるくらい、
高等な技術であって、そうそう出来るものではない。
とはいえ、当然のことながら、
その程度の技術は、
レアングスも持ち合わせている。
というより、先ほどレナに向けて放った、
バーンシュートとアクアバブルという連携は、
中魔術から中魔術という、
それ以上に難しい技術を使っている。
レアングスの技術は、スカルドのそれを超えているのだ。
「まあ、スカルド君もやはりその程度でしたか。
残念ですねえ、もっとできる子だと思っていたのですが、
どうやら私の思い違いだったようですね」
まるで大根役者のように、ガッカリする真似事をしながら、
レアングスは今まで手に持っていた、
“意味わかんない本”を懐にしまう。
「フラグの建築は、もういいか?」
しかし、スカルドは笑っている。
まるでレアングスを蔑むように、
冷笑を浮かべる。
「何?」
「聞こえなかったか?
敗北のフラグ建築はもういいか、って聞いたんだよ。
まさかお前、今のが俺の全力だと思っているのか?
だとしたら、やはりお前はやはり、
超える価値もない存在だな」
そう言い残すと、
スカルドは口の中の風船ガムを、
静かに膨らませ始める。
「やれやれ、仕方ありませんね、
惜しい人材でしたが……」
レアングスは再び、右手を高々とかかげ、
目を静かに閉じると、
「地獄より出でし紅蓮の焔、
我が意志を貫き、彼の魂魄を滅却せん」
低い声で言葉を紡いでいく。
するとレアングスの頭上に、
無数の火の粉が姿を現しては、
次々と姿を重ね合わせ、
一つの塊を形成していく。
最初は小さな、人の頭程度の大きさだった。
が、その塊はみるみる大きなっていき――。
「ちょ、何よアレ……!?」
レナは愕然とした。
ものの数秒もしないうちに、
炎はレナ達4人を、
軽く包み込んでしまうくらいの大きさまで、
膨れ上がっていたのだ。
巨大な球状を象るその大きさ、
ざっと見ても直径5~6メートルはある。
深紅色を帯びながら、まるで太陽のように、
レアングスの頭上に姿を現したのだ。
「ちょ、冗談じゃないわよッ!!」
レナは魔術発動を阻止すべく、
痛む脇腹に顔を歪ませながらも、
レアングスに斬りかかろうとする。
「……ッ!」
だが、そのレナの進路を阻む、
シークレットサービスの黒い影。
驚くレナの隣では、
プログとフェイティがもう一方の、
シークレットサービスの猛攻を防ぐのに必死だ。
今まで守りに徹していたハズのシークレットサービスが、
先ほどのレアングスの指の音以来、
まるで人が変わったかのように、
猛然と攻撃してきていたのだ。
「くッ……!
ちょっと、どきなさいよッ!!」
あんな巨大な炎を撃たれてしまったら、
致命傷、というより命が危ない。
焦りの言葉を並べるレナだが、
それとは正反対に、
その動きはシークレットサービスの猛攻の前に、
防戦一方になってしまっている。
「ハハハハハハハハッ!!
さあ、そろそろ終わりにしましょうかッ!
私の業火の餌食になるがいいッ!!」
不気味を通り越し、笑い狂う、レアングス。
その顔に、もはや慈悲の念などなかった。
「ああ、望み通り終わりにしてやるよ、
このクソ野郎がッ!!」
パァンッ。
同時に、スカルドの風船ガムが、弾け飛んだ。




