第30話:黒影の過去
「あの問題はね、
まともに考えていたら一生答えられない、
てかノーヒントじゃ、
絶対に解けない問題だと思うわよ」
5階から10階に繋がる階段を、
レナは意気揚々と上がっていく。
「んで、結局理由は何なんだよ。
もったいぶらずに言えよ」
レナのすぐうしろを歩くスカルドは、
なかなか答えを言おうとしないレナに、
若干イラついている。
「まあまあ、慌てなさんなって」
そんなスカルドの様子を楽しむかのように、
レナはニヤニヤしながら続ける。
先に答えられたのが、よほど嬉しいらしい。
「1問目のアルファベットの問題があったでしょ?
スカルドは最初に、
アルファベットが12個あることに着目したけど、
あたしはアルファベットの順番に着目していたの。
Mだと13番目、Cだと3番目、ってね」
「あー、そういやお前、
俺の隣で何かそんなことを言っていたな」
1問目、そして2問目、
ともにギャーギャー騒いでいたプログが口を挟む。
「そっ。
結局、1問目の時はまったく関係なかったけど、
さっきのプログの『数字と英語は俺苦手だってのに!』って言葉で、
その考え方を思い出したのよ」
わざわざ強調するかのように、
プログの言葉の所だけ、
わざと声を大きくしながらレナは肩をすくめる。
「さっきの5つの単語のアルファベットを、
それぞれAから数えて登場する数字にしてみると、
APPLEだとAが1、Pが16、
同じくPで16、Lが12、Eは5番目になるわね。
同じ要領でFIGHTはそれぞれ、6、9、7、8、20。
ANIMALが、1、14、9、13、1、12で、
ORANGEは、15、18、1、14、7、5。
最後にLIONは12、9、15、14になるわね」
レナは先ほど問題を解く際に使ったメモに、
時折目を通しながら説明していく。
「な、何だかよくわからないけれど……、
その数字が、何なのかしら?」
ここまで矢継ぎ早に数字を並べられも、
一気に頭に覚えてられるハズがない。
やや頭が混乱しているフェイティは、
とりあえず話を先に進めさせる。
「ま、結論から言うと、
この数字を全部足していくと、
ORANGE以外は、すべて50になるのよ。
でも④だけ、60になる。
だから、④だけが仲間はずれってことよ」
そう言い終えると、
レナはカンペを再び、懐にしまう。
「……アルファベットの順番を足す、か。
学長の野郎、
あいかわらずアホみたいな問題を出してきやがる」
一通り説明を聞き納得したのか、
スカルドは冷静に話を聞いている。
……が。
「オイオイ、
そんなの普通……思いつくかよ?
むちゃくちゃすぎんぞ、この問題……」
「ええ……。
BBAの頭じゃなくても、
思いつかないわよねぇ……」
問題の解法のあまりのややこしさに、
プログとフェイティは、
顔を引きつらせる。
普通、仲間はずれの問題と言えば、
もっとこう、わかりやすい問題のハズだ。
文字数が違う、最初に何かを足せば別の意味になる、
共通して同じ文字がある等々……。
「……これはおそらく、EX問題だな」
不意にスカルドがポツリと呟く。
「EX問題?」
聞き慣れない言葉にレナは思わず、
うしろにいるスカルドの方に顔を向ける。
「EX問題ってのは、
そもそも答えさせる気のない問題のことだ。
問題の質、そして学生の質を高く保つようにと、
数百題に1題程度の確率で出る、難問中の難問だ。
俺も詳しい話は知らないが、
正答率は、1%を軽く切るレベルらしい」
「1%を切るって……」
「100人に1人も答えられないってことね。
確かに、そうそう解ける問題ではないわね」
スカルドの言葉に、
プログ、そしてフェイティは驚きを通り越して、
もはや呆れたような表情を浮かべる。
「まあいい。
結果として学長には、
まだ俺達が潜入していることがバレずにすんだ。
それよりも先を急ぐぞ、
思った以上に時間を喰ったからな」
スカルドはそう言うと、
先頭を歩いていたレナを追い越し、
どんどん階段を上がっていく。
「ハイハイ、わかりましたよ。
……そういえば、そろそろ聞かせてくれても、
いいんじゃないかしら?」
もはやスカルドの急かしに慣れたのだろう、
レナは軽くあしらいながらも、
ふと真面目な表情に切り替わる。
「聞かせる? 何をだ?」
「あんたが協力してくれる理由。
ま、話したくないって言うんなら、
別に話さなくてもいいけど」
こちらを振り返らずに答えるスカルドに、
レナは肩をすくめながら訊ねる。
そう、校内に入る前にスカルドは、
学長を捕まえようとするレナ達に協力する理由を、
学長の所へ行く道中で気が向いたら話す、
と言っていた。
ここまでそのような素振りは、
まったく見せていない。
最初はスカルドの口から語るのを、
待っていたレナだったが、
どうやらこちらからその話を振らないと、
話してくれそうにもない、
そう判断して自分から話を切りだした、というワケだ。
だが一方で、最初の時と違い、
レナの言葉からは、どうしても理由を聞き出す!
といった、必死の様子は見受けられない。
それこそ話しても話さなくても、
どっちでもいいです、といったスタンスである。
「いいのか、話さなくても?
お前らが一番、
気にかけている部分じゃないのか?」
スカルドも、やはりそのスタンスが少し気になったのだろう、
今度はレナの方へ向き直りながら聞き返す。
「そりゃあ、気にならないと言えばウソになるけど、
もう、ここまで来ちゃったし、
今さらあんたにワナでしたとか言われても、
こっちだって強行突破くらいしかできないし」
「そうね。
それに、本当に話したくない理由だったとしたら、
無理に聞くのも、かわいそうだもの」
レナに言葉に加えて、
フェイティも小さくうなずきながら、
夜の学校にあまり似つかわしくない、
いつもの微笑みをスカルドに向ける。
2人の様子を、
まるで変な生き物を見るような目つきで、
スカルドはしばらく見つめていたが、
クルッと体の向きを変え、
再び階段を上がっていく。
「……復讐のためだ」
小さくポツリと、その一言を残して。
「復讐? それが協力する理由なのかしら?」
その残された一言を、
レナがしっかり拾いながら、
スカルドに今一度、質問をぶつける。
「そうだ。
俺はアイツに……、
あのクソ学長に、
そしてセカルタの王族に、
復讐をするためにここまで来たんだ」
レナの問いに、今度は詳しく、
そしてはっきりと、スカルドが答える。
「どういうことだ?
お前はここの学生じゃねえか。
学長に、何かされたのか?
それに、セカルタの王族って……」
スカルドが理由について語り始めたと知り、
一番後方を歩いていたプログも、
会話に入り込む。
「俺の父上は、元々ここの学生だった。
成績は常にトップ。
この学校は13歳で入学して、
22歳で卒業が1つの目安となっているが、
父上は史上最年少の18歳にして首席で卒業した、
本当に優秀な学生だった。
いまだに父上を超える者は出てきていないとまで言われている」
「父上?」
今までの流れとはまったく無縁だった、
スカルドの父についての話題が飛び出し、
レナは首をかしげる。
が、スカルドは構わず続ける。
「学校を卒業後、父上はその実績を買われ、
セカルタ城で宮廷魔術研究者として働くことになった」
「宮廷魔術研究者?」
「宮廷魔術研究者というのは、
セカルタ城内で魔術の研究を専門に行う、
王族お抱えの研究者のことよ。
魔術を志すものにとって最高峰の研究施設、ってトコね。
そこに推薦されたってことは、
お父様は本当に凄い方なのね」
聞き慣れない単語に?マークが並ぶプログに、
フェイティが説明する。
階段通路という狭い空間に、
4人の言葉が反響しながら飛び交う。
「でも、推薦してくれたのは、
学長なのよね?
なら、むしろ感謝するもんじゃないの?
なんで復讐ってことになるのよ?」
まるで子どもを叱る母親のように、
腕組みをしながらレナがスカルドに問いかける。
「人の話は最後まで聞け。
……あれは今から10年前、俺が3歳の時だった。
それまで1日たりとも休むことなく、
城で研究を続けていた父上の行方が、
急にわからなくなった」
「え?」
「行方……不明?」
話を遮られたことに、
やや腹を立てながら話すスカルドから、
またもや予想外の言葉が飛び出し、
3人とも表情がこわばる。
「数日、1週間、1か月……。
いくら待っても、父上が家に帰ってくることはなかった。
母上が城内のヤツらに事情を聞いても、
調査中、調査中の1点張りで、
ろくに取り合おうとしない。
学長も同じだ、話を聞きに行こうとしても、
まったく取り合ってくれなかった。
結局、何もわからないまま2年が過ぎたある日、
突然、父上は帰ってきた。
原因不明の不治の病を患い、
歩くことすら困難になった状態でな」
心なしか、すこしうつむき加減になると、
スカルドは階段の途中で立ち止まる。
「不治の病って……」
「俺と母上が玄関に行ったときには、
すでに父上はその場で倒れていた。
顔は蒼白で手足は震え、
もう、ほとんど目も見えていなかった。
すぐに医者を呼ぼうとした母上と俺を手で制しながら、
父上は最後の力を振り絞り、
真実を話してくれた」
スカルドはひと呼吸置くようにスウ、と息をつく。
「2年前のあの日、ここの学長に睡眠薬で眠らされ、
気が付いたらファースター城に連れて行かれていたこと。
そこで魔術を使った兵器の開発、
研究を強いられたこと、
周りの目を盗んでは、
セカルタに幾度となくSOSを送ったが、
何の反応もなかったこと。
研究漬けの日々と劣悪な環境によって、
不治の病にかかったこと、
そして……自分の死期が近いことを……」
「ファースターに連れて行かれた……ですって!?」
「それに、兵器の開発って……」
スカルドの口から告げられる、
予想のはるか上をいく真実に、
フェイティとレナは思わず声をあげる。
「となると、セカルタのヤツらも、
お前の親父のSOSを無視していたってことか。
さすがに、そりゃねえな」
プログも、スカルドの語る話に、
気の毒な表情を浮かべながら、
首を横に小さく振っている。
「すべてを話し終わったあと、
父上はまるで自分の使命を果たしたかのように、
そのまま息を引き取った。
そのショックが原因かどうかはわからないが、
母上もその2年後に、病気で亡くなった。
クソ学長とファースター、
そして父上のSOSを無視し続けた、
セカルタの王族のバカ共に、
俺の両親は殺されたんだよッ……!」
ポケット内で握り拳を作り、
スカルドは怒りに体を震わせる。
「ごめん、辛いことを思い出させたわね」
気になっていたこととはいえ、
軽はずみに聞く話の内容ではなかった、
罪悪感を覚えたレナは、
申し訳なさげにスカルドに謝る。
「かまわねえよ。
……だから、その時から俺は誓ったんだ。
ここの学長とファースター、
セカルタの偉いヤツらに、
必ず復讐するとッ!!
俺らが味わった苦しみを、
必ず味わわせるとな……!!」
スカルドから発せられる言葉の一つ一つに、
怒りや悲しみといった、
様々な感情が見え隠れしている。
「スカルドくん……」
その姿を、まるでわが子を見るかのように、
フェイティは悲しげな表情で見つめている。
「事情はよくわかったわ。
お父様のことも、
学長への復讐が目的、ってこともね。
でも、あたし達は……」
「わかっている。
学長を殺すつもりはねぇよ、
あのクソ野郎には聞きたいことが、
山ほどあるからな」
レナの言葉の終わりを待たずして、
スカルドはそう言い残すと、
再び階段を上がり始める。
スカルドの境遇に関しては気の毒に思うが、
レナ達の目的は学長を捕まえることであって、
決して殺してしまうことではない。
スカルドの言う“復讐”が、
万が一ここの学長の命を奪うようなことであれば、
レナ達の目的とは異なってしまうし、
また、決して許されることではない。
その部分に関して、
レナは釘を刺しておきたかったのだ。
「そう、ならいいんだけど」
スカルドの口からその言葉を聞くことができ、
レナもひと安心、
といった表情で再び歩き始める。
……が、その表情はすぐに変わり、
今度はどこか思いつめた表情を浮かべる。
(ファースターへ連れて行かれた?
何のために?
研究要員として、かしら?
というより、ここの学長は昔から、
ファースターと繋がっていたってこと?
それとも、スパイ?)
レナの頭の中で、気になった言葉を、
一つ一つ思い返していく。
学長が何のために、
スカルドの父親をファースターへ連れ去ったか、
目的も不明だが、同時に気になるのは、
学長とファースターのパイプである。
今までセカルタとファースター間で、
親交があったことは一度もない。
となると、学長が独自でファースターと繋がっていたか、
もしくは元々ファースターの人間で、
諜報活動か何かで、
セカルタに来たと考えるのが妥当だろう。
……が。
(国同士ですら繋がりがないのに、
独自でつながることなんてできるのかしら……。
それに、スパイとかだったら、
王立の学長になんて普通、なれないと思うんだけど……。
あーもうッ! ワケわかんないわねッ!!)
まるで頭にまとわりつく雑念を振り払うかのように、
レナは大きく頭を左右に振る。
そう、妥当と思われる2つの仮説は、
どちらも確実性がない。
どこかしらに、小さな疑問があるのだ。
その小さな疑問が邪魔をして、
なかなか真実に辿り着くことができない。
(あと可能性としてあるとすれば……)
レナはさらに思考を巡らせようとするが……。
(……まさかね。
とりあえずご対面した時に、
聞き出せばいっか)
何か一つ、引っかかる部分を覚えたレナだったが、
その引っかかりを解こうとはしなかった。
そして、気持ちを切り替えたレナは、
再び前を向いて力強く、階段を踏みしめていく。
(ローザちゃんを連れてこなくて、
正解だったわね)
(そうですね。今の話、
ローザには内緒にしておいたほうがいいですね)
(そうね。ローザちゃんが王女だったことを、
もしスカルドくんが知ったら、
大変なことになってしまうかもしれないものね……)
一方、後方に控えるプログとフェイティは、
スカルドの耳に届かないよう、手で口元を隠し、
ヒソヒソ話を始める。
先ほどのスカルドの話を踏まえて、
ローザについて話していたのだ。
そう、“元”がつくものの、
ローザはファースターの王族である。
セカルタ同様に、
ファースターの王族にも恨みを持つスカルドが、
もしローザと出会い、身分を知るようなことがあれば、
何をしでかすか、わかったものではないだろう。
2人はそれを危惧していた。
「どうした? 何かあったか?」
「いや、何でも。
とりあえず、サッサと最上階まで行こうぜ」
そんな2人の様子が気になったのか、
うしろを振り返るスカルドに、
プログはいたずらっぽく、肩をすくめる。
「……まあいい。先を急ぐぞ」
その様子に若干の疑念を持ちつつも、
スカルドは再び前を向くと、
歩くスピードを速めていった。
漆黒の夜空に燦然と輝く満月。
階を積み重ねるごとに、
その満月から発せられる光は、
レナ達の歩く廊下を明るく照らし出していく。
そんな美しい月の光を見る余裕など、微塵もない4人。
「……なんか、コレはコレで拍子抜けするわね」
「なんだ? もう一度ホールフロアを通りたいのか?
行きたいなら別に行ってきてもいいぞ、
俺は知らんが」
「行くワケないでしょ、まったく。
冗談よ、冗談」
扉を目の前にして、
スカルドとレナが無駄に揉めている。
レナ達は10階から最上階、
つまり学長がいると思しき部屋に上がるための、
最後の階段前にいた。
スカルドを除く3人は、
てっきり5階の時同様に、
次の階段は真逆の位置、
つまり左スクールの端にあると思い込んでいたのだが、
なぜか今回は同じ右スクールの、
しかも今まさに、
上がってきた階段の目の前にあったのである。
ホールフロアにいる警備員をどうしようか、
そのことしか考えていなかったレナにとっては、
確かにいささか拍子抜けの結果だったかもしれない。
「いいか?
この奥の階段の先はもう、学長の部屋だ。
後戻りはできないぞ。
それに、あのクソ学長のことだ、
何かの仕掛けをしていてもおかしくない。
心の準備だけは、しっかりしておけ」
迫り来る対面を直前にして、
鋭い目つきに変わったスカルドが、
3人へ言葉をかける。
「ハイハイ、とりあえず、
問題をサッサと解いちゃいましょ。
さて、どんな難問がくるのかしらね?」
スカルドで出会ってからの短時間で、
もう何度見てきた光景だろうか、
レナは手で軽くあしらいながら、
ディスプレイの赤いボタンを押す。
「テメ、勝手に……!」
自分が押すつもりでいたスカルドは、
思わず声をあげるが、
その声は、ディスプレイ起動のデジタル音に、
かき消された。
「さーて、どんな問題かしら?
BBA、ワクワクしちゃうわッ」
「そろそろ俺にもわかる問題がいいんだけどな~」
「……貴様らも、少し黙ってろ」
それぞれが自分勝手なことを言い始め、
スカルドはすっかり呆れている。
間もなくレナ達の前に姿を現した問題が……。
<加減乗除>
1+1=?
まるで示し合わせたように、4人は固まった。




