第27話:見透かす少年
エリフ大陸の夜は寒い。
昼との寒暖差が激しいこともあり、
気温以上に寒さを感じてしまう。
そのため、エリフ大陸に住む人々は、
夜、外に出ることがほとんどない。
活気に溢れていた日中からは、
全く想像できない静けさが漂う、
王都セカルタの市街地。
その中を、レナとプログ、
そしてフェイティは歩いていく。
「うー、さぶッ!!
ちょっと、寒すぎるんだけど……」
レナは小刻みに体をブルブル震わせる。
「そうか?
今日はまだこれでも暖かい方だと思うぞ?」
「あらあらレナちゃん、子どもは風の子よ?」
一方、プログとフェイティは平然とした顔で、
市街地の中心部を歩いていく。
ちなみに、現在-5℃。
「……感覚マヒり過ぎでしょ、
どこをどう考えたら、これが暖かくなんのよ……。
あー、ホットミルクが欲しいわ……」
そんな2人の表情を見ながら、
レナはポツリと呟き、両手に白い息を吐く。
比較的温暖な気候である、
ワームピル大陸で育ったレナにとっては、
これほどの寒さを経験したことはない。
昨日の夜はホットミルクという、
心強い“友”がいたのだが、今日はその“友”はいない。
その事実も、寒さをさらに加速させる。
「まあ、そのうち慣れるだろ。
……それはそうと先生、
先生はセカルタに用事があって、
一緒に来られたんですよね?
今日済ませなくて、大丈夫だったんですか?」
他人事という言葉がぴったりな様子のプログは、
レナに声をかけた後に、
そのままフェイティに会話の対象をずらす。
フェイティがレナ達と一緒に、
セカルタに来たそもそもの理由は、
用事があったためである。
だが、セカルタに到着してから現在に至るまで、
フェイティが何か用事らしい用事を済ませている姿を、
まったく見かけていない。
もし重要な用事なら、
今日中に済ませておくべきだったのでは?
プログはそう感じていたのだ。
まあ、もしそうだったとしても、
すでに手遅れな時間ではあるが。
「私?
私はレイに会うのが目的だったから、
もう済んだわよ」
だが、プログの心配を、
どこかに勢いよくブン投げるかのように、
ケロッとした表情でフェイティが話す。
「へ? 会うだけ……ですか?」
「そうよ。レイも私の教え子だったし、
プログちゃんを見たら、
無性にレイに会いたくなっちゃって」
「先生……」
「それだけのために魔物と戦ってセカルタに来たのね。
さすがはフェイティ、プログとは一味違うわ」
心配と気遣いを遠くに放り投げられ、
呆気にとられるプログと、
呆れを通り越して、
尊敬の眼差しを向けるレナ。
どこの地域にも言えることだが、
一歩街の外に出れば、
そこは魔物がうろつく、危険な地域である。
何か用事があって他の街に行きたいにしても、
魔物が徘徊しているせいでためらう人が多く、
ましてや思いつきで誰かに会いに行こう、
なんて考えだけで行くような、
安易な場所ではない。
あれだけ魔物との戦いには慣れている、
レナやプログでさえ街の外に出る時は、
心の準備はしているものだ。
だがフェイティはそれを平然と、
やってのけているのである。
思いつきで人に会いに行こうという、
たったそれだけの用事のために。
レナ達と一緒だったとはいえ、
そう簡単にできることではない。
逆を言えば、それほど自分の腕に自信を持っている、
とも考えられるのだが。
「まあまあ、いいじゃないの♪
それよりも着いたわよ」
そのようなしたたかさが、
一体どこにあるのかと疑うような、
いつもの微笑みを見せるフェイティは足を止める。
王立魔術専門学校の正門前。
そう、スカルドと名乗る少年との、
約束の場所に着いたのだ。
「とりあえず、スカルドってヤツは……、
まだ来ていないみたいだな」
プログはあたりをぐるっと見渡しながら、
小声で呟く。
時刻は23時の5分前。
昼間は多くの学生がいた学校敷地内だが、
さすがにこの時間になると、
人っ子一人見当たらない。
スカルドの姿も、見た感じではどこにもない。
「さて、ここからどう出るか、ね」
そう言いながら、
レナは腰の長剣に右手を置く。
当然のことながら、
スカルドのことを100%信じているわけではない。
ワナにはめられる可能性もある。
どんな状況が起きてもいいように、
レナは臨戦態勢を敷いたのだ。
そして、それはプログとフェイティも同じである。
2人ともそれぞれ、
短剣とハルバードに手をかけている。
3人はそれぞれ背中合わせになり、
360°全方位を見渡せる位置をとり、
ただ静かにその時を待つ。
寒い夜に、張りつめた緊張が走る。
「警戒をしながら来るとは、さすがだな。
俺が見込んだだけのことはある」
「……ッ!」
学校の正門側を警戒していたレナが、
正門の裏から現れた、
黒い影と聞き慣れた声に反応し、
瞬時に長剣を引き抜く。
と同時に、プログとフェイティも声のする方向へ、
体の向きを即座に向ける。
もちろん、各々の武器を手にしながら、である。
レナ達の緊張感は、最高点に達していた。
「焦んなよ。
別に誰も連れてきてなんかいねえよ。
それよりも、約束通り来たな。
よっぽど学長を捕まえたいらしいな、お前ら」
だが、そんな緊張感をまるで楽しむかのような言葉が、
レナ達の耳に入る。
正門を照らす街灯の光が、
徐々に黒い影の闇を取っ払っていく。
そこには昼間に見た時と同じ、
黒い法衣を着ながら、
相変わらず口元をモゴモゴさせている、
スカルドの姿が。
「まあいい。
とりあえず、サッサと行くぞ」
スカルドはそう言うと、今来た道を引き返し、
学校敷地内に戻ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、
どこに行く気よ!?」
レナ達に話す時間を与えることなく、
事を進めようとするスカルドに、
慌ててレナが「待った」をかける。
「どこって、学校内部に決まってるだろ。
学長はこの校舎の最上階に暮らしている。
急げ、モタモタすんな」
そのレナの「待った」を振り払い、
スカルドは正門から敷地内に戻り始める。
「だから、ちょっと待ちなさいってばッ!」
聞く耳持たないスカルドの態度に、
レナは思わず大声で呼び止める。
「……うるさいヤツだな。
それとも何だ、ここに来て怖気づいたか?」
「そうじゃないわよ。
なんであんたは何で、
あたしたちに協力するのよ?
学長を捕まえようとしてんのよ?
ここの学生だったら、普通止めるでしょ」
ここでようやく足を止めたスカルド。
事前の打ち合わせ通りに、
すかさずレナがスカルドに訊ねる。
「……そんなの何だっていい
「よくねぇよ。
はっきり言わせてもらうが、
それを聞くまではお前のことは信用できねえ。
それくらい、お前もわかるだろ」
スカルドが話を逸らそうとするのを、
プログがせき止める。
ここで話を逸らされてしまっては、
スカルドを判断する材料を得ることができない。
しかも、もし仮にスカルドの言う通り、
学長が校舎の最上階にいるとなると、
レナ達はこれから、
いわば敵の本拠地のど真ん中に、
突入させられることになる。
今の判断材料だけでは、
とてもじゃないが、
スカルドを信用することはできない。
「……俺がそんなに疑わしいか?」
法衣についている、
左右のポケットに両手を突っ込みながら、
スカルドは細い目でレナ達に視線を送る。
口元をモゴモゴさせているのは相変わらずだ。
「わるいけど、その通りね。
あんたが学長の仕向けたワナだって可能性もある。
せめて、あんたがあたし達に協力する、
明確な理由がわからないと、
簡単には信用できないわね」
プログの言葉を繰り返すように、
スカルドに問いかけるレナ。
早かれ遅かれ、わかる事ではダメなのだ。
今、わからないとダメなのだ。
スカルドが、レナ達になぜ協力するかを。
……が。
「なら逆に聞く、ここで俺がその理由を完璧に話したら、
お前たちは俺のことをすぐに、
100%信頼するのか?」
「え?」
断られるか、渋々話すことを了承するか――。
そのことしか考えていなかったレナ達は、
予想の「よ」の字も出てこなかった言葉に、
思わず固まってしまう。
言葉がレナ達の空間から一瞬、消えた。
「……だろうな。
即答できない時点で、今の問いの答えは出ている」
フン、と鼻音を立てながら、
スカルドが空間に言葉を引き戻す。
「どんだけ俺がここで話したところで、
お前らは俺のことを、
100%信用することはないってことだ。
その状態で、俺が話す気になると思うか?」
スカルドの鋭く、そして冷たい視線が、
レナ達の心にグサリ、と突き刺さる。
「そ、そんなのは理
「理由を聞いてみないとわからない。
信用しようとしていないヤツほど、
そういうことを平気で言うんだよ」
プログの言葉を途中で一刀両断するスカルド。
表情や視線同様に、
言葉にもどこか冷徹さが見え隠れする。
「……私達が悪かったわ、スカルドくん。
確かに、スカルドくんのことを、
私達は疑う事しか考えていなかったわね」
今まで黙っていたフェイティが、
深々と頭を下げる。
純粋に申し訳なかったという気持ちもあったのだろうが、
レナやプログに明確な理由を聞くよう、
指示していたのが自分だった、
という責任を感じているのもあったのだろう。
その姿を見て、思わずレナとプログも頭を下げる。
「……モタモタしている時間はない。
早く決めろ。
理由は……学長の所に向かう途中で、
気が向いたら話してやる」
フェイティの謝罪に触れることもなく、
スカルドは決断を急かす。
どういうわけかは知らないが、
合流当初から、
スカルドはやたらとことを急がせるように見える。
「いいわ。案内して、スカルドくん」
レナやプログの意見を待たずして、
フェイティは大きく頷きながら、
力強く答える。
(え、いいの!?)
(大丈夫なんですか、先生!?)
驚いたのはレナとプログである。
スカルドに不快な気分にさせてしまった部分は、
確かに申し訳なく思っている。
だがその結果、
現在もスカルドの判断材料はゼロである。
にも関わらず、フェイティは即答したのである。
何がフェイティを決断させたのか、
まったくわからない。
「……わかった、ならついてこい」
フェイティの言葉を聞き、
スカルドは止めていた足を再び動かし始める。
(ごめんね、レナちゃん、プログちゃん)
スカルドを追うように歩き始めたフェイティが、
レナとプログに小さな声で耳打ちする。
(確かに理由は聞けなかったけれど……。
もし何か企んでいるとしたら、
あそこまでムキになることはないハズよ)
(そうですか? 俺は痛いところをつかれて、
焦っているとも考えられると……)
(いえ、もし焦っていたのなら、
逆にこっちに質問してくるような、
機転は効かないハズよ。
必死に否定するか、用意してきた理由を、
スラスラ話すかのどっちかよ)
(そんなモンなのかしらねえ……。
あたしは全然信用できないんだけど)
学長がいる校舎へ続く、
コンクリートで舗装された道を歩き、
スカルドから少し距離をとった、
ヒソヒソ話は続いている。
スカルドから明確な動機を聞き出せなかった中でも、
フェイティは冷静に言動を見極めていたのだ。
そして、数少ない言葉で、
ある程度は信用してもいいという、
結論に至ったのだ。
「どこに行くつもりだ?
こっちだぞ」
スカルドの声が、今までとは違う方向から、
3人の耳に届く。
気が付くと、3人は校舎の正面玄関、
自動ドアの前まで来ていた。
が、スカルドの姿はそこにはない。
そして、左に振り向くと、
校舎に沿って歩きながら、
こちらを見ているスカルドの姿。
ヒソヒソ話に夢中になっていた3人は、
どうやらスカルドが、
玄関への道を外れて歩き始めたのを、
気付かなかったようだ。
「ああ、わりいわりい」
「ったく、何やってんだよ」
「さすがに入り口から堂々とは入れないわよね」
軽く舌打ちしてイライラする様子が伺えるスカルド。
3人は早足で、スカルドに追いつく。
「んで、どうするのかしら?」
「いいから黙ってついてこい。
あまり声を出していると見つかるぞ」
レナの問いに答えることはなく、
ひたすら校舎に沿って歩くスカルド。
綺麗に手入れされた芝生の上を、
4人は歩いていく。
「しかし、でけえな。
近くで見ると、さらに迫力が増すな」
プログが上空を見上げながら、
感心した様子で顎をさする。
地上11階、高さにして約35メートル。
セカルタ城にこそ及ばないものの、
王都セカルタでは、
2番目に高い建築物である。
それを、まさに根元から見上げているのである。
感心のあまり、プログの口が思わず、
開いてしまうのも頷ける、圧倒さである。
「ついたぞ、ここだ」
そうこうしているうちに、
スカルドの足がふと止まる。
そして、今まで右手に見てきた校舎に体を向けた。
そこには、校舎内に入れると思しき、
手動の扉が。
「ここは……?」
「俺の研究室だ。
玄関の自動ドアにはセキュリティがかかっている。
万が一のことがあったら厄介だ。
ここからならセキュリティに、
引っかかることはない。
今回に備えて、昼に俺がカギを開けておいた」
レナの言葉にスカルドはそう返事をすると、
ゆっくりとドアを開け、
中へと入っていく。
「見つかると厄介だ、さっさと入れ」
「ハイハイ、わかってるわよ」
「さて、それじゃ行くとしますかね」
「なんだか肝試しみたいね、ワクワク」
スカルドの態度を軽くあしらうレナ、
ここからが本番ということか、気を引き締めるプログ、
そして、……なフェイティと、
続けてドアから内部へと入っていく。
こうしてレナ達は、学長の本拠地である、
王立魔術専門学校の内部へ姿を消していった。
学校の内部は、セカルタ市街地以上に、
静寂に包まれていた。
何の音も聞こえない。
聞こえるのは、レナ達の発する足音だけだ。
一旦立ち止まれば、
呼吸さえ、聞こえてしまいそうなほど静かである。
まるでどこかの密室に閉じ込められたかのような、
そんな錯覚すら覚える、
学校内部をレナ達は歩いていく。
「そういえば」
ふと何かを思い出したかのように話すレナの声量も、
当然ながら最小の最小レベルに小さい。
「あんたさっき、セキュリティがどうこう言ってたけど……。
学校内部って、防犯カメラあるの?」
「当たり前だろう。
……安心しろ、セキュリティシステムは、
一時的に俺が止めている」
まるでレナの次の言葉を読んでいるかのように、
スカルドは言葉を返す。
「セキュリティを止めているって……、
なら正面玄
「システム自体を落としているから、
正面の自動ドアは開かねえよ。
それに、いくらなんでも真正面から侵入するバカが、
いると思うか?」
続けて話し始めたプログの言葉も、
すべてお見通しかのごとく、
スカルドはあっさりと遮っていく。
そのせいで、会話をしているようで、
会話がまるで成立していない。
もっとも、侵入して静かにしないといけないため、
会話をする必要はないかもしれないのだが。
「学校のセキュリティを止められるなんて、
スカルドくんは凄いのね。
それで、今はどこに向かっているのかしら?
11階ってことは、エレベーターでもあるの?」
薄暗い廊下を歩きながら、
フェイティはあたりを見渡す。
王立魔術専門学校は、1階から10階までは、
大きく分けて3つのエリアがある。
校舎の中央部に位置する、
全階層吹き抜けになっている「ホール」というエリアと、
その左右に位置して研究室や教室がある、
「右スクール」と「左スクール」というエリアである。
ホールには螺旋階段があり、1階から10階まで、
自由に行き来することができるようになっている。
だが、4人が今歩いているのは、
スカルドの研究室が位置する左スクール1階から、
ホールへ向かう方向とは真逆の方向である。
つまり、校舎の端の方へ向かっているのである。
「エレベーターはあるが、
防犯カメラとエレベーターのシステムは連動しているからな。
だから今は使えねえ。
それに、ホールには何人か、
警備員がいる可能性がある。
別にブッ飛ばして進んでも構わねえが、
それだとリスクが高いからな」
先頭を歩くスカルドは、
特に振り返ることもなく坦々と答える。
これも先ほど同様、
フェイティが続けて聞きたかったことを、
先回りして答えている。
相手の話の先を読む速さと正確さ。
とても少年とは思えない思考力だ。
「……ってことは、
ここの非常用階段でも使うのかしら?」
と、ここで急に足を止めたスカルドの、
すぐ後ろを歩いていたレナが、
スカルドに話しかける。
レナ達の前に現れたのは、
鉄製の大きなドア。
そして、すぐ横の壁には、
A4ノートほどの大きさの、
ディスプレイのようなものが取り付けられている。
「なんだこりゃ?」
「勝手に触るな。
さて、ここからが本題だな」
上から下から、そのディスプレイを覗き込むプログを、
スカルドは手で払い、画面の右下にあった赤いボタンを、
ポチッと押す。
ヴゥンッ!!
耳を突くデジタル音が鳴り響き、
それまで何も映しだしていなかった、
ディスプレイが光を放つ。
そして、そこに映し出されたものは、
AからZまでの26文字のアルファベットのタッチパネル、
そして……
<法則>
M→C→T→R→D→?→H→S→M→B→D→W
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