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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第1章 ワームピル大陸編
3/219

第1話:平穏の街に届く、不穏な便り

「おい、正気か?」


「ああ、もう決めたんだよ」


「あんなに反対していたお前が、

 自ら禁忌を破るつもりか?」


「こんな腐った世界、

 俺はもうごめんだ!

 少しでも期待していた俺がバカだった!

 お前もわかるだろ、こんな世界ッ!

 それに、もうこの方法しか!」


「……悪かった」


「いや、俺のほうこそすまなかった……。

 でも、俺はもう後戻りなんてできないし、

 他に選択肢はないんだよ」


「そうだな。

 もう、これで後戻りは、

 できなくなるな」


「すまない、こんなことに巻き込んでしまって。

 お前は、お前だけなら今からでも……」


「おっと、そこまでだ。

 俺のことは気にするな。

 お前は、お前はただ、

 前だけを向いてくれればいい。

 うしろは、俺に任せてくれ」


「すまない。これからも頼りにする」


「ああ」


「よし、じゃあ行くぞ。

 未来を……創るために……」



そして2人の男は、

目の前にあるドアをゆっくりと開けた。











「ふあぁ……。

 全然列車来ないなー、暇だなぁ」



まるでつまらない話を聞いているかのような、

緊張感のまったくない、

豪快なあくびをしながら少女が呟く。

本日もなんの面白味もない平穏な1日を、

その少女は過ごしている。


異世界、グロース・ファイス。

ここは、全世界に4つある大陸の1つ、

ワームピル大陸に位置する、

渓谷に作られた鉄道と炭鉱の町、ルイン。


お世辞にも決して都会とはいえない街並みだが、

町中活気に満ち溢れ、

至る所でお隣さん同士が、

他愛もない話で盛り上がっている。


まさに「のどか」を絵に描いたような、

この場所に住んでいるルインの人々にとって、

他の街へと赴く貴重な移動手段になっているのが、

町の外れにある少々さびれた駅に停まる、

客室列車である。


渓谷にある駅であるため、

どちらかと言えば通過する列車のほうが多く、

ルイン駅に停まるのは、

せいぜい1日に4~5本程度しかない。


ただ、ルインはふだん、

自給自足で成り立っている町ではあるが、

場合によっては当然、

他の街に行かなければいけない人もいる。

よって、よくある”各駅停車専門の駅”とはいえ、

列車を利用する客はそれなりにはいる。


そんなさびれた駅の風景には、

あまりにも似合わない、

すらっとした体型に、

腰まで伸ばした金髪のストレートヘアをなびかせ、

やや大人びた美しい顔立ちをした少女。

暇を持て余しているその少女は、

駅のプラットホームで、

旗を持ちながら電車を待っていた。



「こらレナ、仕事に集中しないか」



まるで毎度毎度のことながらという感じで、

レナと呼ばれた少女の後ろから、

すぐに注意が飛んでくる。


そこには、歳にして40代半ばくらい、

少女の身長よりやや高い、

うっすらと髭の生やした男が、

駅の構内から顔を出していた。

その表情は怒り、というよりは、

どちらかと言えば呆れ顔に近い。


 

「そんなこと言われても親方、

 午後イチの列車、まだ到着しないんですよ?

 予定より、もう1時間半遅れても来ないって……。

 そりゃあ、あくびの1つや2つくらい出ますって」



暇と眠いの二重のオーラを、

全開に出しながら、少女は呟く。


長髪の少女、レナ・フアンネは、

このルイン駅で住み込みで働いている、

17歳の女の子である。

先ほど親方と呼ばれた男、

マレクと2人で、

このルイン駅を運営している駅員だ。


レナが先ほどから暇している原因は、

そのルイン駅に、

通常なら午後1時前後に停車するはずの列車が、

時計が2時半を指す現在でも、

いっこうに来る気配がないからである。


それどころか、

そのあとに通過するはずの列車も1本も来ない。

つまり、午後になってからというものの、

ルイン駅のホームを、

1本も列車が通っていない。

レナがルイン駅で働き始めて数年になるが、

こんなことは初めてだ。



「そうは言ってもなぁ。

 本部に問い合わせてみても、

 調査中の一点張りだからなあ」


「調査中って……。

 それなら列車の車掌に、

 直接聞いてみればいいじゃないですか」


「それが、どうやら繋がらないらしいんだ。

 トンネルかどっかを通っているのか……」


「あーもうッ!

 列車が遅れるとあたしの仕事が終わるのも、

 遅れるってのにッ!

 今日はやらなきゃいけないことが



「ちょっと失礼」


口をとがらせながら大げさに頭を抱えるレナ。

おかげで微妙に話が脱線しかけたが、

2人の背後から聞こえた男の声が、

その脱線を食い止める。


予期せぬ声に2人が振り向くと、

そこには、20代後半くらいの男性が、

いつの間にか駅の構内に立っていた。

身なりからして、どうやら警察官のようだ。



「えーと、マレクさんとレナさんですね?」


「ええ、そうですけど、あなたは?」



まるで怪しい生物を見るかのような目をするマレク。


マレクが冷たい反応を示すのも無理はない。

このルインでは、

駅内はおろか、

街全体を見渡しても、

警察官が働く姿を見ることがほとんどない。

それほど、このルインという街は何もない、

のどかな街なのだ。


その働いているかどうかすら怪しい、

警察官が今、駅へときているのである。

マレクの視線が厳しいものになるのも、

何らおかしくはない。



「おっと失礼。

 私はこういう者で。

 それはそうと、実は2人に、

 非常に残念なお知らせがありまして……」



その雰囲気を察したか、

自分の身分を証明するため、

警察手帳を見せた警察官は、

苦虫を噛み潰したような表情になる。

その言葉にマレクとレナは思わず、

顔を見合わせるが、警察官は続ける。



「つい先ほどなのですが、

 ルイン駅の手前にある、

 大型トンネルの出入り口が落石のため、

 塞がってしまう事件が発生したんです」


「何だって!?」


「……ッ!」



先ほどの2倍くらい、

目を大きく見開きながら、

思わずマレクが叫ぶ。



「それでその時間帯に、

 ちょうどそのトンネルを抜けるはずだった、

 列車の行方がわからなくなっているんです。

 いまだに落石を撤去できず、

 誰も中の様子を伺うことができていないのですが、

 おそらくは


「それだ! それで来ないんだ!

 そのトンネルは入ってから抜けるのに、

 ゆうに30分はかかる大型トンネルだ。

 ってことは、まさか列車はまだトンネル内に!?」


「ちょ、わかった、

 わかったから、

 親方とりあえず落ち着いて!」



警察官の話を聞き、

1人苛立っているマレクを、

まるで獰猛な動物を必死におさえるかのように、

レナがなだめている。


ルイン駅に到着する直前には、

非常に長いトンネルがある。

長年使われていた影響からか、

ここ最近は老朽化が進んでいて、

さらに落石の危険もあるという、

三重苦を抱えていたいわくつきトンネルである。

ここ最近になって、

ようやく補修作業がちょうど検討されていたのだが、

どうやら一足遅かったようだ。



「中にはまだ入れないんですか?」


「ええ、立地上なかなか落石を撤去できない上に、

 作業用と思われる通路も、

 塞がっていまして……。

 それで2人に、

 もし他にトンネル内に入る場所があるのならば、

 と思ったんですが」

 

頭を抱えるマレクの横でレナは警察官に訊ねるが、

相変わらず歯切れの悪い答えしか返ってこない。



「作業用の通路も塞がってしまっていると、

 他に入れるところはもうないぞ……!」


「……」



動きたくても動けない、

そんなもどかしさを嘆くマレク。


そんなマレクをよそに腕を組み、

何かを考えているレナ。


確かに、作業用の通路が塞がってしまっては、

普通ではトンネル内に入ることができない。


そう、普通では。



「あーもうッ! なんとかならないのか!?

 え? お兄さんよ!?」


「いや、私もそれを聞きにここへ来たので、

 私ではどうにもできな




「私が行くわ」



騒ぐ2人を鎮めるように、

腕を組みながら、静かにレナが言う。



「え?」



2人の動きが一瞬にして止まり、

まるで聞いたことのない言葉を聞くような、

キョトンとした表情でレナを見る。



「親方には申し訳ないんですけど、

 緊急用兼あたし専用として、

 こっそり別の場所に、

 あのトンネルへの入り口を作っているんです。

 まあ、ちょっとした仕掛けをしてあるから、

 あたしにしか開けられないですけれど」


「お前、いつの間にそんなものを、

 作っていたんだ?」


「そうでしたか! それなら、

 そこからトンネル内に入って、中の状況を


「ただし!」


光明が見いだせ、喜ぶ警察官を、

それ以上は言わせないわよ、

とばかりにレナが語気を強める。



「その入り口は誰にもわからないようにしてあるし、

 誰も入れないようにしているんです。

 他の人に入り方を知られてしまっては、

 意味がないので。

 なので、ここはあたしが様子を見てきます。

 あたしならトンネル内の構造も、

 よく理解していますし」


「それは無理です!

 ここからは警察の仕事です!

 それに近年、街の外で魔物が急増していて、

 トンネル内にもいるかもしれません! 

 ここは私たちに


「いくら警察の人でも、

 これだけは教えることはできないです。

 それにあたし、

 これでも今まで魔物を退治したことはあるし、

 毎日親方に稽古つけてもらっているんで、

 魔物ごときへっちゃらですよ、ねぇ親方?」


警察官のお決まりである断り文句をさえぎるレナは、

警察官を目の前にして、一歩も引こうとしない。



「ん? ああ、うん。

 ってお


「ほら、親方もこう言っているし、任せてください! 

 危険になったら、すぐに戻ってきますので!」



急に話を振られたのと、

レナの強い口調に、

咄嗟に返事をしてしまうマレク。

気づいた時には、

ここぞとばかりにレナがすでに前に出ていた。

こうなってしまっては、

マレクといえども、

レナを説得することは難しい。



「……わかりました。

 ただし、絶対に無理だけはしないでくださいね?

 私の独断ですし、あなたに何かあったらそれこそ


「わかってますよ、

 様子を見てきて、

 すぐに戻ってきますから」



警察官からの許しが出て、

もはやほとんど話を聞いていないのだろう、

レナは目を合わせることもせず、

駅の構内へと足を進めていく。



「まったく……。

 いいかレナ、絶対に無理だけはするんじゃないぞ。

 それに“力”の使い過ぎにも、

 十分注意してだな……」



構内でいそいそと準備をし始めているレナに、

まるでワガママを言いだした子どもに観念するかのように、

マレクは大きくため息をつきながら付け加える。


ただ、呆れながらも、

レナを行くことを止めなかったのは、

諦め半分と、レナなら大丈夫だろうという、

自信を持っていた半分があるのだろう。

その顔から、不安の様子はそれほど感じ取れない。



「どーもですっと、

 それじゃ行ってきまーす!」



ものの数分もしないうちに、

準備を整えたレナがそう言うと、

駅の構内から線路へと、

ジャンプして飛び降りる。

そして、線路の上を歩きながら、

ふと後ろを振り返る。

不安げな表情の警察官と、

観念して見送ってくれているマレク。

2人に向けて、

やや大げさに元気よく手を振りつつ、

トンネルのほうへ急いで向かっていった。


その背中には……。




ルイン駅を出発して、

西方角へ15分くらい歩いただろうか、

問題のルイン西部トンネルが見えてくる。


あたりは電車が通っていないせいもあるが、

さながら嵐の前の静けさ、

といった感じである。

当然、人影など見当たらない。


やや強く風が吹いてきたようで、

山のトンネルという環境とアンバランスな、

レナの長い金髪が、左右にゆらゆらとなびいている。


まぁダメもとで――。

レナはまず、列車の通る本トンネルのほうへ歩みを進めてみる。

そこにはレナの考えに、

まるで「ダメです!」と即答するかのように、

トンネルの前に積まれた、立派な落石の山が。


所々、握りこぶしくらいのわずかな隙間はあるが、

とても人が入れるような隙間ではないし、

下手に岩を動かそうものなら、

上の石が崩れ落ちてきそうである。


レナは隙間から中を覗いてみるが、

真っ暗で何も見えない。

どうやら奥にも石が詰まっているようだ。


結論は無理、である。 



「まぁ、そううまい話はないわよね。

 さてと」



落石の山からの返答にあっさり納得すると、

今度はその入り口の左手にある階段を降っていく。

3~4メートルほど降った先には――。


トンネルの岩壁。

行き止まりである。


ここでレナは岩壁の左足元に目を向ける。

岩壁の色と同化しており、

ほとんど見分けがつかないが、

よく見ると凹凸の中に、

人工的なでっぱりがある。

レナは迷うことなく、

そのでっぱりを左足で押し込む。


……が、何も起こらない。


さらにレナは左上に視線を送る。

そこには、先ほどと同様の仕掛けが。

と、レナは今度は押し込まず、

ちょんと左手で触れた。




ゴオォォォォォォ……



いかにも重たそうな音を立てながら、

壁の一部が自動ドアのように、

ゆっくりと右にずれていく。

そして徐々に見えてきたのは、

レナを待ち受けるかのように広がる、

薄暗い空間。

レナの言っていた、秘密の入り口だ。



「ま、こーゆーのはやっぱ、

 二重にしとかないとね」



自ら作った仕掛けに、

満足するかのようにレナはそう呟くと、

トンネル内に入っていく。

そして先ほどの仕掛けの壁を挟んで、

すぐ裏側にある同様の仕掛けを使ってドアを閉め、

トンネルの奥へと歩みを進めていった。




(火が消えていないわね。

よかった、酸素はちゃんと、

行き届いているみたい)


トンネル内の両壁に吊るされている、

作業用ランプに火が灯っていることを確認し、

ひとまず安心、といった様子でレナが心の中で呟く。


もしかしたら、という懸念もあり、

手持ちランプを用意していたレナだったが、

右腰に付けているフックへカチン、と戻す。


(ゆっくりいきましょ)


いつも仕事でこのトンネルには来ているものの、

1人で来ることは滅多にない。

そのせいか、トンネル内を進むレナの足取りは、

まるで泥棒をしているかのように、

静かで慎重である。



(もしこれで、

列車が停まっているのが、

逆側の入り口付近だったらどうしようかしら。

さすがにそこまで歩く自信がないなあ。

まぁでも、トンネル内に、

酸素は行き届いているみたいだし、

いつも行っている、

現場くらいまで行ってもし誰もいなかったら、

一旦戻って、逆側の駅に協力を




カサッ。




それほど大きくなかったが、

レナの足音以外の音が聞こえた。

もちろん、レナがその足音を聞き逃すはずがない。

 


「……ッ!」



レナはとっさに背中に右手をやり、

素早く何かを取り出す。

薄暗くてよく見えないが、

それでもうっすらと光沢を放つ、

銀色の長い刃。


そう、レナは背中に、

愛用する剣をしたがえていたのだ。

その長さは、約1メートル。

先ほどルインで話していた、

マレクにつけてもらっている稽古というのは、

剣術のことだった。


その剣を右手で構えると、

レナはじっと前方を伺ってみる。

よく見ると、

前方に黒い塊のようなものが確認できる。



カサカサッ、カサカサ……。



最初は黒い塊にしか見えなかったが、

向こうもこちらに気付いたのだろう、

徐々に近付いてきて、

双璧に吊るされたランプの炎によって、

その姿が見えてくる。


ネズミだ。


だがサイズがおかしい。

大型犬かと見間違えるくらいにデカい。



「ビッグマウスね、

 やっぱりトンネル内にも魔物が


「フシャァァァァー!!」



いるみたいね、とレナが言い終わる前に、

ビッグマウスが猛然と突進してきた。


レナはそれを左へひらりとかわす。

激突できなかったビッグマウスは急ブレーキをかけ、

クルッと頭の方向を変えると、

再びレナめがけて突進する。

どうやら目標物めがけて、

突進することしかできない魔物らしい。



悪いわね、

レナはそう思いながら、

今度は避けずにビッグマウスめがけて突っ込み、

レナの間合いに入った瞬間、

右手に持つ剣で、一気に薙ぎ払う。

自らの突進するスピードとレナ突進するスピード、

そしてレナが放った薙ぎ払いにより、

ビッグマウスは一瞬にして一刀両断され、

耳に突き刺さるような甲高い鳴き声と共に、

ピクリとも動かなくなる。



「ふう。

 何回やっても、慣れるモンじゃないわね」



ビッグマウスを斬った感触が手に残っているのだろう、

レナが苦い飴をなめてしまったような、

そんな渋い表情を浮かべる。


カサカサカサ……。



「!!」



……が、その表情もすぐに消えることになる。


再び先ほどと同じ音が、耳に届いたのだ。

しかも2匹、違う方向から。



(挟まれたようね)



前方のビッグマウスを確認した後、

レナが後ろを振り向くと、

まったく同じシルエットがそこにはある。


先ほど仲間が倒されたのを、

近くで観察していたのだろうか、

2匹ともすぐに突進してくることなく、

レナの様子を観察している。

その距離、前後ともに約10メートル。


2匹間で距離があるため、

レナとしてはどうやら、

一気に倒すことはできなさそうだ。



「ったく、しょうがないわね」



やれやれといった感じでそう言い残すと、

レナは素早く前方のビッグマウスを標的に、

斬りかかっていく。

ただ、その動きを待ってましたとばかりに、

同時に後方のビッグマウスも、

レナをめがけて突進してくる。


攻撃の隙を与える間もなく、

レナは前方のビッグマウスを斬り倒した。

だが倒す際に足を止めた分、

後方のビッグマウスとの距離が、

急激に詰まってくる!


と、ここでレナは切り倒した態勢から、

剣先をそのまま地面に向け、

意識を剣に集中させる。


すると、どこからともなく剣の刃の周りに、

赤色からほのかにオレンジがかかった、

鮮やかな炎が姿を現し、

同時に熱を帯び始める。

その炎はあっという間に剣の周りに広がり、

まるで剣に吸い寄せられているかのように、

剣の周りに漂っている。



「炎破ッ!!」



そう叫ぶと同時に、

レナは地面に向けていた剣を、

やや斜めへ一気に振り上げる。

すると、先ほどまで吸い寄せられていた炎が、

1つの塊となり、

ビッグマウスめがけて襲い掛かかる。

突進することしか能がないビッグマウスは、

直撃を喰らってしまう。

炎はそのまま、ビッグマウスを飲み込んでいき

ビッグマウスの体全体を包み込んだ次の瞬間、

炎は一瞬にして弾け飛んだ。

約700℃の炎を受けたビッグマウスは、

先ほどの甲高い悲鳴をあげることすらなく絶命し、

その場には、

ビッグマウスを象る白骨だけが残っていた。



(ふう、久々に使ったわねコレ。

でもあたし、何でこんなことできるのかしら。

魔術の勉強なんてしたことないのに)



どうやら扱っているレナ本人に、

炎の熱さを感じることはないようだが、

まるで難しいテストの問題を解いているかのように、

首をかしげている。



この世界には自然の力を借りて術式を組み、

力を開放する“魔術”と、

自らの体内の“気”をコントロールし、

力を開放する“気術”が存在する。


当たり前のことだが、

両方ともそれなりの知識や、

術式の解読ができなければ、

通常は決して扱うことのできないシロモノだ。


ところが、レナは魔術の“炎”だけなぜか扱うことができる。

しかも剣術と組み合わせて。


もちろん、レナは魔術の勉強をしたことはないし、

マレクに教わったわけでもない

(マレクはレナが炎を扱えることは知っているが)。


だがいつの時からか、

レナは“炎”を扱うことが、

できるようになっていたのである。



(小さい頃に習ったってことにしてるけど……本当かしら)



習ったってことにしてる、

という表現になるのは、

レナに10歳くらいまでの記憶がないためだ。


そう、レナは記憶喪失なのだ。

気が付いた時には、

ルインのベッドの上で、

マレクに看病されていたのである。


マレクはそれについて多くを語ろうとしないが、

どうやらトンネル内の線路の点検作業をしている時に、

倒れているレナを発見したらしい。


当初は記憶がないことへの不安で、

必死の記憶を取り戻そうとした。

しかし、いつまで経っても、

全く思い出すことができなかった。

ただその間、遠い昔に奥さんを亡くし、

子どもがいなかったマレクが、

レナを自分の子どものように大切に育ててくれた。

そういった経緯もあり、

レナは、記憶喪失で記憶が取り戻せないと、

悲観的になることをやめ、

お世話になったマレクのもとで、

一緒に働くことによって恩を返すことを、

新しい記憶として刻むことに決めたのだった。



(まぁいいや、とりあえず魔物がいるってことは、

のんびり探してもいられないわね、

サッサと見つけないと)



本来ならば記憶の事も含め、

かなり気になるはずなのだが、

まるで3歩歩いたニワトリのように、

レナはあっさり頭を切り替えながら、

背中に剣をしまうと、

その歩みを早めて、どんどん奥へと進んでいった。


 


しばらく歩いていくと、

道が2つに分岐している場所に辿り着く。

レナはふと近くにある立札に目をやる。


左の方向へ「ウォンズ大陸方面」、

右の方向へ「ファイタル地方方面」。


 

「?」



この辺まではレナも作業でよく来るため、

すぐに妙なことに気付く。


壊れかけの立札の、

指し示す方向が逆になってしまっている。


本来ならば左はファイタル地方方面、

右はウォンズ大陸方面である。


落石の影響かしら、とレナは首をかしげながら、

立札を元の方向へ戻す。

そして、ふと後ろを振り返ると、

今回列車が通るはずだった左方向へ足を向け、

心持ち早足で進んでいった。




立札から歩くこと約10分。

途中何匹かの魔物に遭遇はしたが、

全て倒してレナはどんどん進んでいく。


……が。


(そろそろ一旦戻ったほうがいいかしら。

ここより先は、

あたしもあまり行ったことのない場所だしなあ。

それに入り口の落石も撤去されて、

警察の人が来れるようになってる可能性もあるし。

まぁでも……)



やはり自分の知らないエリアまで、

足を踏み入れるのは少しためらいがあるのだろう、

レナが一旦戻ることを、

ぼんやりと考え始めた、

まさにその時だった。



「……!?」



レナは突如表情を変え、

時計の針の音を聞くかのように、

全神経を耳に集中させる。



コソコソ……。



人の声だ。

気にしないで歩いていたら、

聞き逃してしまいそうなほど微かではあるが、

しかし、確実に人の声がする。

トンネル内で声が響きやすいのもあるが、

どうやら、そう遠くはなさそうだ。



「……ビンゴッ!」



安堵の、そして少し表情が和らいだレナは、

奥へと一気に走っていく。


ほどなくしてレナの目の前に、

線路の上に乗った大きな物体が広がる。

そう、そこにはレナとマレクが待ち続けていた、

午後1時にルイン駅に到着予定の、

客室列車があったのだ。


その先頭車両のすぐそばには、

大小様々な人のシルエット。

列車に乗っていた乗組員、そして乗客達だ。

ざっと数えて20~30人といったところか。



「大丈夫ですか、皆さん!?」



はやる気持ちを抑えながら、

人々全員に声が届くようにレナは叫ぶ。



「あなたは?

 もしかして、救助の方ですか!?」



運転手と思われる男が、

みんなを代表してレナの元へと駆け寄る。



「私はルイン駅所属のレナと申します。

 あなた方の無事の確認、そして救助で来ました!

 皆さん、もう大丈夫ですよ!」



まずは安心感を持たせないとね、

そう思いつつレナが、

乗客達にそれぞれ話しかけていく。



「あぁよかった、これで外に出られるのね!!」


「いったい何があったんですか??」


「警察は何をやってるんだ!?

 まったく救助に来てくれないじゃないか!!」



外から人が来たことによって、

不安と緊張が少し軽くなったのだろう、

さっきまでの静けさがウソのように賑やかになる。



「あまり騒すぎると、魔物が来ますから……」



レナが騒ぐ乗客を落ち着かせる。

そう、ここには魔物がいるのだ。

必要以上に騒ぎ立てると、

近くにいる魔物に襲われてしまう可能性だって、

大いにあるだろう。


「皆さんすいません!

 歩きになっちゃいますけど、

 ひとまず外に出ましょう!

 ちょっとやることがあるんで、

 そのあと、出口まで案内します!

 それでいいですよね、運転手さん?」



まずは外に案内することで、

精神的な負担を軽くすることが賢明、

そう判断したレナが運転手に提案する。



「ええ、ぜひお願いします!

 皆さんもそちらのほうが、

 安心するでしょうし」



運転手も閉じ込められている間に、

いろいろと不安な部分があったのだろう、

外に出るという言葉が出た瞬間、

表情が一気に明るくなり、即座に答える。



「どーもですっと。

 さて、そしたらさっさと済ませちゃいますか」



レナはそう言うとクルっと半回転する。

そして乗客に背中を向け、

今まで進んできた道(というより線路)を、

なぜか少しイライラするように見つめ、

背中の剣を引き抜く。



「そういうわけでこっちも忙しいから、

 いつまでも隠れてないで、

 サッサと出てきてくれない?

 そこにいる、というより、

 あたしを尾けてるのは知ってんのよ」



先ほど乗客達に向けた声のトーンと比べると、

まるで別人と思うような低く、

そして抑揚のほとんどない坦々とした声で、

レナが冷たく言い放つ。



「???」



あまりに唐突な声のトーン、

そして様子の変化に、

乗組員や乗客達が目を合わせて、

頭の中で?マークを並べていると、



ザッ。



レナの視線の先に黒い影が姿を現す。

シルエットから察するに人間だ。


コツコツとわざとらしく、

靴の音を響かせながら近づいてくる。

近づいてくるたびに黒い影は炎に照らされる量が多くなり、

ついにその正体を現す。



「やっぱり、あんたか」



レナは予想通りの結論でつまんない、

と言わんばかりの表情で呟いた。


レナ達の前に、

どこか苦虫を噛み潰したような表情をして現れたのは、

先ほどルイン駅で会い、

今回の一件を知らせてきた、

あの警察官だった。

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