第25話:王立魔術専門学校の怪
「フェイティ先生、ご無沙汰しています」
エリフ大陸の首都、
セカルタの最高責任者であるレイ執政代理は、
フェイティに向けて深々と頭を下げる。
「レイも元気そうで何よりよ、
立派になったわね」
かつての教え子に目を細めながら、
フェイティは笑顔を浮かべる。
「いえ、まだまだこれからです。
セカルタ国王が国政にお戻りになるまで、
民が少しでもよい生活を送れるよう、
尽力していくつもりですよ」
「素晴らしい心がけね。
BBA、感激しちゃうわ」
「ありがとうございます。
……それより先生、後ろの方々は?」
再会の余韻に浸り終えたレイが、
ふと後ろのプログとレナに視線を送る。
「あたしはレナと申します、こっちはプログ。
私達、どうしてもレイ様にお話ししたいことがあって、
ここへ来たんです」
今を逃したら、レイに面会できるチャンスは10日後である。
ローザ、そして自分たちの身の安全を考えれば、
レナ達にそんな余裕はない。
ここぞとばかりに前に出て話し始めたレナ。
……が。
「そうでしたか。
そしたらそこの兵士に、
面会の手続きを取られるといいでしょう。
それでは先生、私はここで……」
レナ達のもくろみを見事に押し潰すかのように、
レイはセカルタ城の中へ再び歩き始めてしまう。
「あ、おい!」
「ちょっと! 少しだけでいいから、
話を聞いてくれてもいいじゃないッ!」
予想外の行動の速さに、
プログとレナは慌ててレイを呼び止める。
「気持ちはわかるが、君たちよりも先に、
手続きしている人たちもいる。
順番は順番だ、例外を作るわけにはいかないんでね」
レナ達の呼びかけに足を止めたレイが、
チラリとこちらを振り返る。
「もうー、ホントに融通が利かないわねー、
何なのよ、ホントに」
「レイ、どうしてもダメかしら?
本当に急ぎの要件なの」
悔しさを露わにするレナの横で、
フェイティもレイに向けて懇願する。
「いくら先生の頼みでも、
こればかりは優先させることはできません。
申し訳ありません」
だが、そのフェイティのお願いにも、
まるで心に鉄仮面をつけている様に、
レイの気持ちは揺るがない。
「そう……」
「チェッ、少しくらい話してもいいじゃねえかよ……」
落胆の表情を浮かべるフェイティの隣で、
プログは小さく舌打ちする。
「規則は規則だ。
それに、悪いが今は色々と忙しいんだ。
……先生、それでは俺はこれで失礼します」
プログの舌打ちが聞こえていたか、
レイは眉間にシワを寄せながらそう言うと、
再び城内へ歩き出した。
「忙しいのはもしかして、
『例の行方不明事件』の調査のせいですか?」
「……ッ!!」
腕組みをしながら言い放つレナの言葉に、
レイ、そしてともに歩き出した兵士たちの足が、
示し合わせたかのようにピタリと止まる。
「レナ?」
聞き慣れない言葉が飛び出し、
プログとフェイティは驚きの表情でレナを見つめる。
一方、レナの言葉に足を止めたレイだが、
特にこちらを振り向こうとはしない。
……が、レナは続ける。
「ここ最近、そこにある王立魔術専門学校の学生が数名、
行方不明になっているらしいじゃないですか。
レイ執政代理がお忙しいのは、
その影響があるのかしら?」
わざとらしいくらいに丁寧な口調で話し、
レナはふと、右方に視線を送る。
視線の先には、セカルタ城の歴史ある趣とはまったく違う、
ごく最近作られたと思しき、高層ビルのような建物が。
レナの指摘通り、この建物こそ、
王立魔術専門学校である。
王立の名が示すように、
国をあげて魔術に関する研究を行い、
そして同時に魔術師の育成を狙いとする場所だ。
エリフ大陸中の、優れた魔術士の素質を持つ者を集めている、
まさにエリート集団の場である。
「……お前、なぜそれを?」
レナの説明を聞き、
ようやくこちらを振り返ったレイの低く、
そして小さな声がレナ達の耳に届く。
「あら、どうやら図星みたいですね。
さっきそこで会ったおばさんたちが、
世間話のように話していましたよ。
その様子だと、情報統制でもされていたのかしら?」
レイの様子を気にすることもなく、
レナはさらにたたみかける。
「それで、詳しい状況を聞くために、
王立魔術専門学校の学長に会おうとしているけど、
相手にされていないみたいですね」
「……」
心なしか、少しニヤッとしながら、
レナは言葉を並べる。
レイは再び、黙って話を聞いている。
何の話かよくわかっていないプログとフェイティも同様だ、
ただただ黙って耳を傾ける。
「おい貴様! それ以上はレイ様への侮
「面会を拒否すればするほど、
ますます疑いが深まるのに、
それでも頑なに拒む学長……」
レナの態度を見かねた兵士が、
再び怒号をあげようとしたが、
レナはお構いなしに続ける。
「レイ様も本当は学長が怪しいって分かっているんでしょう?
でも王立である以上、
下手に強硬策に出ることもできない。
そんなことをしたら、もし仮に失敗した場合に、
セカルタが混乱に陥ってしまう」
「それ以上、まだ何か言うようだったら、
こちらにも考えがあるぞ」
それまで黙って話を聞いていたレイが、
レナから視線を城内に再び戻しながら静かに、
そして冷たく言い放つ。
どうやら一線のすぐそこまで来ているようだ。
「おい、レナ。
そこら辺でやめとけ」
「とりあえず一旦出直した方がいいわね」
さすがにレイの雰囲気がヤバいと思ったか、
プログとフェイティが慌ててレナに耳打ちをする。
「……そうね。
さすがに牢屋に入るのはゴメンだし、
今はおとなしくしとくわよ。
今は、ね」
2人の言葉を聞き入れ、
肩をすくめながらレナは最後に言い放つ。
レナとて、別にレイと言い争いをしたいわけではない。
ただ、鍵を見つけたかっただけだ。
レイといち早く面会するための、
近道の扉を開ける鍵を。
「言っておくが、変なことは考えない方がいい。
この件は我々の問題だ。
一般人が首を突っ込んでいい問題ではない」
レナの『今は、』という部分に違和感を覚えたレイは、
釘を刺すことを忘れない。
「そういうことがあったって、
知っちゃった時点であたしたち、
もうすでに一般人じゃないと思うんですけど?」
「もう一度だけ言う。
間違っても変なことは考えない方がいい。
これは一般人が介入すべき問題ではない」
レナの言葉を、更に強い口調のレイが押し潰す。
その強い口調は、冷静ながらもどこか、
必死に押し殺そうとしている、
怒りの感情が見え隠れしている。
「……りょーかいしましたっと。
プログ、フェイティ、行きましょ」
さすがにこれ以上はマズイか、
そう考えたレナは、
やれやれといった雰囲気でそう言い残すと、
スタスタとその場を後にする。
「あ、おいレナ!」
「あらあら……。
ごめんなさいね、レイ。
またゆっくり話しましょ」
話についていくことができなかったプログとフェイティは、
慌ててレナの後を追う。
「……」
去っていく3人を見送ることなく、
城内に視線を向けたまま黙り込むレイ。
それからレイが再び歩き出すのには、
しばらく時間がかかった。
「ふうー、ヒヤヒヤもんだったぜ、
まったく……」
体中にたまったすべてのモヤモヤを、
一気に吐き出すかのように大きなため息をつき、
かいてもいない額の汗を、
ぬぐうようなしぐさを見せるプログ。
セカルタ城を後にしたレナ達は、
市街地のメインストリートの、
ちょうど中心部を歩いていた。
「レナちゃんって、けっこう大胆なのね、
BBA、びっくりしちゃったわ」
一方、フェイティは大人の余裕なのか、
相変わらずの微笑みを浮かべている。
2人が言うのも、もっともである。
そもそもレイに会いに行った目的は、
シャックに占領されているファースターの現状を話し、
また、ローザの件も含めて、
今後のことを話すことである。
決して侮辱罪で牢屋に入ることではない。
首の皮一枚で、なんとか牢屋に入ることは免れたが、
一歩間違えていれば、
とんでもない事になっていても、
何らおかしくはなかった。
「さて、ここからどうするか、ね」
そんな気苦労する2人を知ってか知らずか、
腕組みを始めて今後について呟くレナ。
「とりあえず、ホテルに戻るか?
アルトとローザも心配だしな」
プログはアルトとローザのいるホテルへ目を向ける。
特に騒ぎが起きている様子もないが、
念には念を、である。
……が、その問いにレナが答えることはなかった。
腕組みをしながら視線を下に落とし、
何かをずっと考え込んでいる。
「レナちゃん。
もしかして……」
その気配を見て、何かに気付いたフェイティが、
レナの顔をゆっくりと覗き込む。
「学長を捕まえる気でいるの?」
「……え?」
フェイティの言葉に、
プログは眉をひそめる。
学長を、捕まえる気?
「もちろんじゃない。
そうすれば、レイ執政代理に早く会うことができるでしょ。
でも問題は、どうやってとっ捕まえるかなのよねー」
一方、さも当然、とばかりに、
レナは坦々としている。
そう、レナの言っていた、
『ここからどうするか』というのは、
渦中の人物と思われる、
魔術専門学校の学長を捕まえるために、
ここからどうするか、という意味だったのである。
「お、オイオイ!
さすがにマズイだろそれは。
ただでさえ目をつけられちまったと言うのに……。
それに、何もしなくても10日間待てば、
面会ができるんだぜ?
ここはおとなしくしておくべきだろ」
プログは慌ててレナに詰め寄る。
先ほども述べたが、一歩間違えれば、
牢屋に入れられても、
文句は言えない状況だったレナ達である。
ここで勝手に事件を解決させようとしようモンなら、
今度こそ無事で済むはずがない。
それに、確かに期間は長いかもしれないが、
10日待てば、正規の方法で面会することはできるのである。
ならば、ここはおとなしくして、
その時間を待つべき、プログの言葉は正論だった。
……が。
「そうは言っても、こっちはファースター騎士隊とシャック、
両方に追われている身なのよ?
10日も同じ場所に留まり続けていたら危険でしょ。
それに、この行方不明事件自体、なんか怪しいわ。
それこそ、シャックが絡んでいる気がするのよ。
だとしたら、放っておくわけにはいかないでしょ」
「そりゃまあ、そうかもしれないけどよ……。
ただ、少なくとも事件に関しては、
レイ執政代理に任せた方が
「任せているから相変わらず捕まっていないんでしょ?
というより、相手が王立学校の学長ともなると、
そう簡単に捕まえられるワケでもないんでしょ、たぶん」
「だからといって、無関係の俺たちが、
勝手に動いていいモンでもないだろ!」
「もし今回の事件にシャックが絡んでいるんだとしたら、
あたし達も無関係じゃないでしょ」
プログとレナの話は平行線をたどり続け、
終息の気配がない。
「もう……先生も何か言ってやってくださいよ、
さすがにマズイって」
話がまったくまとまらず、
困り果てた表情で、
プログはフェイティに助けを求める。
「うーん、難しい問題ね。
確かに私達が安易に、
首を突っ込んでいい問題ではないのは確かよ。
ただ、国が手をこまねいているのも確かだからねえ。
何かうまく、ことを大きくしないで、
学長が何かしら絡んでいるという、
証拠を掴むことができればいいんでしょうけど……」
頬に手を当てるお決まりのポーズをとりながらも、
やや困惑した表情を浮かべるフェイティ。
さすがのフェイティも、
こればっかりは難しい判断のようだ。
「……その王立魔術専門学校って所を見に行ってみない?
とりあえず様子見ってことで」
このままだと埒が明かない、
そう感じたレナは、そう提案する。
「見に行くって……見てどうするつもりだよ?」
「とりあえず様子を見るだけでも、
何かわかることがあるかもしれないじゃない。
今後をどうするにしろ、
悪い話じゃないと思うけれど?」
「……そうね。
ひとまず様子だけでも、
見に行ってみるのは悪くないわね」
レナの言葉に、フェイティが同調する。
とにかく今の状況では、
その王立魔術専門学校という施設情報が、
あまりにも少なすぎる。
どう動くにしろ、もう少し情報が必要なのは確かだ。
「……わかったよ。
ひとまず様子だけ見に行こう。
ただし! あくまでも様子見だけだからな!」
女性陣に意見を押し通された格好となったプログは、
提案をしぶしぶ了承する。
「分かっているわよ、
白昼堂々騒ぎを起こす程、
あたしもバカじゃないわよ。
それじゃ、ちょっと行ってみますか」
プログの発する言葉の終わりを、
待たずして歩き始めていたレナは、
プログの忠告にハイハイ、とばかりに手を振る。
「ったく、ホントにわかってんのかね……」
「あらあら、若いっていいわねえ」
そんなレナの姿にげんなりするプログと、
どこかズレているフェイティは、
ホテルとは真逆の方向に位置する、
専門学校の方へ歩き始めた。
セカルタ市街地の東端に構える、
王立魔術専門学校の近くは、
黒い法衣を着た学生でにぎわっていた。
魔術及び気術は、
いにしえより代々受け継がれてきた伝統の力であるが、
王立魔術専門学校は、
そんな伝統といった印象からは正反対の、
最新の技術で造られた施設だ。
校舎は1つで地上11階建ての建物から成り、
施設への入り口はこの世界では珍しい、自動ドア。
その自動ドアからは、引っ切り無しに学生が出入りをしている。
「ふーん、もっと大騒ぎになっているのかと思ったら、
意外と落ち着いているのね」
怪しまれないように学校の正門の外から、
レナが学校敷地の内部の様子を伺う。
「いやいや、いくらなんでも、
学生の全員が騒いでいることはねえだろ。
……とはいえ、確かに妙だな」
レナに続いてプログも学生たちの雰囲気を観察する。
話す内容が内容だからだろう、
2人とも、自然と小声での会話になっている。
2人の言うように、
もし仮に数名の学生が行方不明になっているのだとしたら、
休校といった措置がされていてもおかしくないし、
少なくとも学生たちに多少の動揺があって当然のハズだ。
しかし、見た感じでは休校はもちろん、
学生たちの動揺といったものも、
まったく見受けられない。
まるで、学生が行方不明になっているのを、
知らないかのように。
「うーん、もう少し内部の様子を知りたいところだけれど……。
あれだけ学生たちが出入りをしていたら、
ちょっと入りづらいわね……」
ふう、とため息をつきながら、
フェイティは頭を悩ませる。
「そうね……。
あれだとちょっと入りづらいわね。
何とかして中に入れないかしらね……」
「オイオイ、様子見だけって言ったハズだぞ?
怪しまれることは
「分かっているわよ。
……悔しいけど、今できるのは、
ここまでみたいね」
全ての学生たちの様子を観察できたわけではなく、
それに肝心の学長の様子を見ることもできていないため、
怪しいと決めるには、
あまりに時期尚早なのは分かっている。
……が、レナの言う通り、
誰にも怪しまれないように、
事を進めるという条件だと、ここまでが限界だ。
むしろ、今いる場所が正門の外とはいえ、
ここに長居していても、
怪しまれる可能性は十分にある。
「しょうがないわね、
ひとまずホテルに戻りましょ。
一旦、作戦を練り直す必要があるわ」
ひと呼吸置いた後、
気持ちを切り替えるかのように、
レナが切りだす。
限界だと分かった以上、ここに長居する意味はない。
「そうだな。そろそろアルトとローザも、
心配し始める頃だろう」
レナの言葉にプログが1つ、小さくうなずく。
それほど大きな収穫を得ることができなかった3人は、
体の向きを回転させて、来た道を引きか
「怪しいと思うか? この学校が」
「……ッ!!」
どこからか聞こえた声に、
まるで異音を耳にしたかのようにビクッと体を震わせ、
3人は素早く、声の方向へ視線を向ける。
そこには、学校の壁に体を預けるようにもたれかり、
腕組みをしながらこちらの様子を窺う、
黒い法衣を身にまとった少年の姿があった。




