第24話:王都セカルタ
この世界、グロース・ファイスの南から西にかけて、
大陸を構成しているエリフ大陸。
そのエリフ大陸のやや東寄りに位置する、
首都セカルタ。
人々の暮らしに緑や自然が融合されているファースターとは違い、
セカルタは住宅や商店街といった、
建造物が多い印象を受け街だ。
その理由としてエリフ大陸では、
一日の寒暖差が激しく、
自然がなかなか育ちにくいという環境があげられるが、
その一方で、かつての国王がファースターの技術に負けじと、
次々に建造物を建てていったのでは、といった噂もある。
フェイティの話にもあったように、
セカルタ国王は現在病気を患っており、
政務を執り行うことができない。
そのため、レイという人物が執政代理として、
セカルタの政治を担っている。
レイが執政代理に就いてから約2年になるが、
門戸を開き、国民の声を積極的に取り入れる手法は、
セカルタ市民の絶大な支持を受けている。
ほとんど市民の前に顔を出すことがなかったファースターとは、
まったくの正反対だ。
もっとも、ファースターの場合は、
国王が望んでそのような形になったわけでは、
ないのかもしれないが。
「長旅お疲れ様です。
エリフの首都、セカルタへようこそ」
街の入り口に立つ門番らしき人の優しい声が、
レナ達を迎える。
「どーもですっと。
んーっと! ようやく着いたわーッ!」
まるで田舎者のように大きな声を出しながら、
レナが体全体を使って大きく伸びをする。
「へえーッ! ファースターも大きいけど、
セカルタも大きいね!」
「そうですね……。
私、ファースターしか知らなかったので驚きです」
今までエリフ大陸にすら来るのが初めてだった、
アルトとローザ。
街のメインストリートと思しき、
大きな道の真ん中に立ちながら、
その規模の大きさに目を丸くしている。
特にローザは、ファースターは世界で一番大きい街と、
昔から学んでいたため、その衝撃は大きい。
「さて、と。
そしたらまずはホテルにいきましょうか」
一方、おそらく何度か来たことがあるのだろう、
フェイティはいつも通りといった感じで、
あたりを見渡す。
「あれ? お城に行くんじゃないの?」
フェイティの言葉を耳にしてふと冷静に戻ったのか、
アルトが不思議そうな表情でフェイティを見る。
「まずは落ち着ける場所に移動して、
作戦会議を練りましょ。
……ちょっとすいませーん、
宿屋ってどこか知りませんか?」
レナがフェイティの考えを代弁しながら、
すぐ近くで世間話をしていた、
2人の女性に話しかける。
「宿屋? ああ、ホテルならそこにあるわよ」
そのうちの1人が、レナ達が背中を向けている方向を指さす。
レナ達が振り返ってみると、
なるほど、メインストリートから左に伸びる脇道の奥に、
「INN」の看板が掲げられている大きな建物がある。
「わお、さすがにホテルよね。
助かったわ、どーもですっと」
これだけ大きな街なら宿屋じゃないか、
レナはそう思いながら、女性に礼を述べる。
「いえいえ。
……それで奥さん聞いた?
例の事件なんだけど……」
「聞いた聞いた! 怖いわねー……」
お礼の言葉を受け取った2人の女性は、
再び世間話に戻る。
日常よくある風景を背に、
レナ達はホテルへ向かう。
「さすがに首都のホテルとなると、
格式も、お値段もお高めね」
5人の共用と思われる
、がま口財布の中を覗きながら、
レナがぽつりとボヤく。
いつものように2部屋をとり、
そのうちのアルト、プログ部屋に5人は集まっていた。
広々とした部屋は、埃一つ落ちておらず、
キチンと清掃されている。
トイレやお風呂が別で、
そして個室ごとに完備されている。
同じ宿泊施設でも、
すべてが全宿泊者共用となっていた、
サーティアの宿屋の規模とは比べ物にならない。
だが、当然のことながらお値段も比べ物にならない。
男性と女性がいる以上、
2部屋とるのは仕方のないことではあるのだが、
懐事情を考えると、かなり痛い。
「まあどうせ1泊だけだし、
メシもついているんだからいいだろ。
さて、ここからどうするか、だな」
そんなレナの悩みを押しのけ、
自分の寝るであろうベッドに座りながら、
プログが腕組みをする。
「とりあえず、
お城に向かうってのはいいんだよね?」
「そうね、まずはお城に行ってみないと始まらないわ。
始まらないんだけど……」
アルトに同調しながらも、
フェイティが途中で、
表情と言葉を濁し始める。
「これは私個人の意見なのだけど……。
ローザちゃんは、
まずはここで待機していた方がいいんじゃないかしら?」
「……えっ?」
再び開いたフェイティの口から、
想像もしていなかった言葉が飛び出し、
ローザが思わず声をあげる。
「俺もそう思います。
ファースターとセカルタの歴史から考えても、
この2国が繋がっているとは考えにくいのは確かだ。
だが、クライドがああ言った以上、
すべての可能性を想定しておかないといけないのも、
また確かだ。
もしかしたらクライドの手下が、
城内に潜り込んでいることだってあり得る。
そう考えると、最初は一緒に行かない方がいいかもしれないぞ」
プログは腕組みをしたまま、
まるで解けない問題を目の当たりにしているような、
難しい表情を浮かべている。
ことの真偽はともかくとして、
確かにクライドはセカルタの友人、
という言葉を発していた。
であるならば、その可能性を完全に捨てきることはできない。
プログとフェイティはそう考えていた。
「そんな……
で、でも私は今はもう、王女でもなんでも……」
「ごめんねローザ。
あたしたちも、ローザを連れて行きたくないわけではないの。
むしろローザの安全を考えるなら、
一刻も早くそのレイって人に合わせたいわ」
やや涙目になっているローザの肩に、
そっと手を置きながらレナが優しく話しかける。
「でもね、今のまま会いに行くのは、
あまりにもリスクが高すぎるのよ。
プログの言う通り、もしかしたらセカルタにも、
シャックが紛れ込んでいるかもしれないし。
それに、クライドからは王女ではないと言われたけど、
他の国の人から見たら、ローザはまだまだ立派な王女なのよ。
その王女が、何の前触れもなく突然訪問してきたとなったら、
向こうも身構えて警戒されてしまうかもしれない。
それだと、あたしたちがここまで来た意味がなくなってしまう。
それだけは何としても避けたいの。
もし大丈夫そうだったら、
次にローザを連れて一緒に行くから。ね?」
「……」
レナの言葉に、ローザは下を向いて黙ってしまう。
部屋の中に、しばらく静寂が訪れる。
レナとしても、というよりローザ以外の4人としても、
ローザと一緒に行きたいのは山々だった。
だが、ここはセカルタであり、
歴史上、ファースターをライバル視していた国である。
極端な言い方をすれば、敵国である。
そんな危ないところに、
いきなりファースター王女の肩書を持つ、
ローザを向かわせるのは、あまりに危険すぎる。
まずは1回様子を見てから、
それからローザを連れて行ったほうが安全だろう、
4人の見解はそれで一致していた。
「……わかりました。
それが最善なら私、ここで待っています」
しばらくの沈黙の後、ローザは顔をあげる。
その表情からは、怒りや悲しみといった、
マイナスの印象は感じられない。
むしろ、何かを吹っ切ったような、
どこか強い決意を感じとれる、
そんな表情をしている。
「ありがとう、ローザ。
ごめんね、もし大丈夫そうだったら、
すぐに連れて行くから」
「そうね。
大丈夫、BBAもついているんだし、
すぐに迎えに来てあげるわよ」
ローザの決断に感謝しながら、
ニコッと笑顔を作るレナとフェイティ。
「そしたら、僕がローザと一緒にここに残るよ」
と、ここで、
今まで話を聞くことに徹していたアルトが口を開く。
「え、いいのか?」
ローザ1人で残しておくのは不安だから誰か1人、
今からそう切りだすつもりだったプログは、
思わず言葉が漏れる。
「うん、いいよ。
ローザ1人だけ残すのは危険だろうし、
プログは……お城に行きたいでしょ?
それなら僕が残るよ」
プログがまさに切りだそうとしていた言葉を、
アルトはそっくりそのまま表現する。
ちなみにプログの件は、
護衛を嫌うプログに対しての、
アルトなりの気遣いである。
「……わりいな、アルト」
その気遣いを察したか、
プログはゴメン、とばかりに
両手を合わせる。
「気にしないでよ。
どうせ僕が一緒について行っても、
特に役に立つことはないだろうから」
アルトは苦笑いを浮かべながらそう話し、
肩をすくめる。
「まーた、アルトはそういうこ
「あ、別にマイナスな意味じゃないからね。
僕よりもレナやプログ、フェイティの方が、
事情をうまく話せると思うし、
それだったら、
僕は自分がやれることをやろうと思っただけだからさ」
またアルトの悪い癖ねと、
止めようとしたレナの言葉を、アルトが制する。
その目は昨日までのものとは、まったく違う。
しっかりと前を見据える表情をしている。
レナはしばらく、
アルトのその意思の強さに少々面食らっていたが、
徐々に表情が緩み始める。
「……そっか。
じゃあ、お願いするわね。
万が一のこともあるから、
ホテルからは出ないように頼むわよ」
「うん、わかったよ。
とりあえず、大人しくしてるよ。
そっちも気を付けてね」
「3人とも、くれぐれも……よろしくお願いします」
レナの言葉に大きくうなずくアルトの横で、
ローザが深々とお辞儀をする。
「うっし、決まりだな。
そしたら早いところ、
レイってヤツに会いに行こうぜ」
「そうね、うまく会えればいいのだけれど……」
ようやく話がまとまったことを受け、
プログとフェイティは立ち上がり、
足早に部屋のドアに向かっていく。
「そんじゃ、ちょっと行ってくるからね」
レナもアルトとローザにそう言い残し、
2人の後を追うようにして、
部屋のドアを出て行った。
街の真ん中を行くメインストリートの先に、
レナ達の目指す、セカルタ城がある。
城の周辺をまるで守っているかのように流れる川、
そしてその傍らに育つ、美しい緑。
市街地の方は人工的な建築物が多かったが、
セカルタ城の近くに来ると、
どちらかと言えば緑の方が多く感じることができる。
また、敷地面積はそれほど広くないものの、
上空に向かって高々と築き上げられたこのセカルタ城は、
最高点で55メートルを誇り、
この高さはあのファースター城すら凌ぐ、
グロース・ファイス一の高さである。
高く、そして力強く、立派にそびえたつ、
そんなセカルタ城の城門の前で、
レナ、プログ、そしてフェイティの3人は足を止める。
「デカいわねーッ!
こんだけデカいなら、
どこか余っている部屋とか絶対あるわよね、
一部屋くらい貸してくれないかしらね?」
太陽の眩しい光を手で遮りながら、
レナがセカルタ城を嬉々として見上げている。
「何をワケわかんねえこと言ってんだよ。
……とりあえず、あそこの門番兵に聞いてみるか」
見上げるレナの隣でプログはポツリとツッコむと、
目の前で城門の門番をしているらしき、
兵士のところへ歩いていく。
「ようこそ、セカルタ城へ」
「わりい、レイ執政代理と面会をお願いしたいんだが」
プログの身長と同じくらいの槍を手に持ち、
丁寧にお辞儀をする門番の兵士に、
プログがレイへの面会を試みる。
「執政代理への面会ですね。
面会手続きはお済みですか?」
「いや、まだだ」
「そうですか。
そうしましたら、
今から手続きをしていただくことになりますね」
そう言うと、兵士は腰に下げていた袋から、
何やら帳簿のようなものを取り出す。
どうやらレイに面会するには、
事前手続きが必要らしい。
「ちなみに今から手続きすると、
何時くらいに会うことができるのかしら?」
2人の会話に、レナが横槍を入れる。
「そう……ですね。
今からの手続ですと、面会は10日後になりますね」
帳簿を1ページずつ確認しながら、
兵士が答える。
「と、10日後!?」
まったく想定していなかった期間を宣告され、
レナは思わず声が裏返ってしまう。
ローザの安全上、レナ達としては今日中、
もしくは遅くても明日くらいには、
何とか面会したかった思いがある。
「あら……さすがに10日はちょっと厳しいわね……」
さすがのフェイティも、
この宣告には苦い表情を隠せない。
「そうですね……何とかならねえのか?」
同じく渋い表情をしながら、プログが兵士に訊ねる。
「そうは言われましても……。
先に手続きされている方が優先ですので……」
「どうしても早く執政代理にお会いしなきゃマズイんだけど、
それでもダメなの?」
「一応、それが規則ですので……」
「もうー、融通効かないわねー……」
「融通、と言われましても、
他の方々も早く面会したいという思いは同じですので……」
レナが食い下がろうとするが、兵士はまったく動じない。
無理もない、兵士の言っていることは正論である。
いくらレナ達がいち早く会いたいと言ったところで、
すでに手続きを済ませている他の人々も、
いち早く会いたいと思っているのは同じである。
どれだけお願いしたところで、
例外を作ることはできないハズだ。
「あーもう、どうしたものかしらねえ……」
食い下がるのを諦め、
考えに行き詰まると、
頭をポリポリと搔き、ため息をつくレナ。
「皆さんお急ぎのようですが……。
そもそも、本日レイ執政代理は外出しておりますので、
本日の面会予定はありませんよ」
「あら、そうなの??
ならどのみちダメなのね」
と、ここでさらに追い討ちをかけられたかのように、
兵士からレイの不在宣告を受ける3人。
こうなってしまっては、もはやどうしようもない。
「うーん、困ったな」
「そもそも、いないんならどうしようもないわね」
「まったく、どんだけタイミング悪いのよ……」
完全に手詰まり状態になり、途方に暮れる3人。
だが、どのみち今日面会の予定がないのであれば、
少なくとも明日以降に出直してくるしかない。
「しゃーねえな、とりあえず手続するだけしておくわ」
「わかりました。
そうしましたらひとまず10日後に手続きしておきますね。
代表の方のお名前をどうぞ」
「私でいいかしら?
フェイティよ。フェイティ・チェストライ」
「フェイティ様ですね。では手続き完了しましたので、
10日後の13:00に再びここにおこしください」
「わかったわ、ありがとうね」
「あーあ、完全に詰んだわね……」
「さて、これからどうしたもんかな……」
兵士に軽くお辞儀をするフェイティの隣で、
ボヤキが止まらないレナとプログ。
「とりあえず、ここにいても仕方ないわ。
いったん、ホテルへ戻りましょ」
フェイティが2人を宥めながら、ホテルに戻ろうと、
再び歩き始めよう振り返った、
ちょうどその時だった。
「……ッ!!」
諦めてホテルに歩き始めたレナ達の足が、
ピタリと止まる。
ザッザッザッ……
まるでリズムを刻んでいるかのように、
綺麗に揃えられた足音と共に、数十人の兵士達が、
レナ達目がけて、というよりセカルタ城を目がけて向かってくる。
そして、その兵士たちの先頭を歩くのは、
青を基調とした鎧を身にまとった、
漆黒に近い黒髪を短く揃える青年。
口を真一文字に結び、表情を一切崩すことがない。
「ねえプログ、あれって――」
「ああ、もしかしたら――」
ただならぬ存在感にいち早く気付いた2人は、
青年の姿を確認しながらコソコソ話を始め、
そして視線をフェイティに向ける。
「え、ええ、間違いないわ。
あの子がレイよ。
まさか、こんなタイミングで……」
その視線にフェイティが答える。
フェイティは30歳前半と言っていたが、
とてもそうは思えないくらいの、
若々しく、端正な顔立ちをしている。
しかし、なんというタイミングだろうか、
外出していたレイが、
3人が諦めかけてホテルへ帰ろうとした瞬間、
セカルタ城に戻ってきたのである。
偶然とはいえ、このチャンスを見逃すワケにはいかない。
「お疲れ様です、レイ執
「ごめんなさい。
ちょっと、いいかしら?」
と、門番の兵士が近づいてきたレイに話しかけるのを、
フェイティの言葉が遮る。
気が付くと、レイの歩く道筋に、
なんとフェイティがまるで仁王立ちしているかのように、
軍隊の前に立ち塞がっているではないか。
「貴様!! 執政代理の道を塞ぐとは何ご――」
「待て、大丈夫だ」
怒号を浴びせようとする兵士を、レイが静かに制する。
よくよく考えれば、お役人の通る道を遮っているのである、
場合によっては怒られるどころでは済まされない。
「ごめんなさいね、お仕事の邪魔をしてしまって」
そのことは承知しているのであろう、
フェイティはそう言いながら、
レイが立ち止まったことを確認すると、
すぐに道を開けた。
「相変わらずですね、先生。
俺以外にそれをやったら、
大変なことになりますよ」
フェイティの様子に半ば呆れ気味に、
レイは肩をすくめた。
こうしてレナ達は、思わぬ形で、
セカルタの最高責任者、レイ執政代理との接触に、
成功したのである。




