第23話:いざ、セカルタへ
「ほらレナ、もう出発する時間だよ」
窓の外からは朝陽が差込み、
木枝にとまる雀の鳴き声が、
アックスの爽やかな朝を演出する。
そんな粋な演出とは遠くかけ離れた、
いまだに布団の中にくるまっているレナの体を、
アルトがゆっくりと揺すっている。
「ん……んあ? もう朝?」
「うん。
てか、もう朝ご飯もみんな食べちゃったよ?」
「あ、そうなのね……。
まあ、朝ご飯は別にいいや。
ふあぁぁ……」
まるでカメのように布団の中からゆっくりと姿を現し、
大きく伸びをしながらいつものように、
豪快なあくびをするレナ。
寝起きも寝起きだからか、
いつもはレナご自慢の長髪も、
寝グセでボサボサになってしまっている。
「お、ようやく起きたか」
「おはようございます」
と、そこへアルトと同じく、
フェイティが作ってくれた朝食を食べ終えた、
プログとローザが姿を現す。
ちなみにフェイティは台所で朝食の片づけをしていて、
夫のアロスはどうやら2階の寝室にいるようだ。
時計の針は10時をゆうに過ぎている。
「あれ? もうこんな時間だったのね、
急いで準備しなきゃ」
ようやく思考回路が回転し始めたのか、
レナは部屋着から着替えるため、
まるで毛糸がこんがらがったかのような、
ボサボサの頭を触りながら、
奥にある洗面所へと姿を消す。
「アイツ、あんなに寝起き悪かったんだな」
「そう……みたいですね。
サーティアの時は私達も寝ていたので、
気付きませんでしたけど……」
「でも、ダート王洞の時の小屋では、
すぐに起きていたぞ?」
「あ、確かに……」
「アイツ、あんなんでよく、
駅員とかやってたな……」
洗面所に行くレナを見送り、
プログとローザが不思議なものだな、とばかりに、
肩をすくめながら話している。
「たぶん、小屋の時は敵がこないか、
警戒していたからじゃないかな?」
その2人の隣で、レナの寝ていた布団を片付けながら、
アルトが言う。
その話し方は、もはや昨日までの暗く、
そして重い話し方ではない。
皆と出会った頃の、明るい話し方に戻っていた。
「あれ? もしかして私の布団を片付けてくれたのって……」
「ん? ってことは俺のも……アルトが?」
「あ、うん。まあ、一応」
ローザとプログの驚きの視線に、
照れ隠しからか、アルトは頭をポリポリ搔きながら、
咄嗟に視線を逸らす。
ちなみに4人の中で、
最初に起きたのはローザである。
次いでプログ、アルトの順番である。
ローザとプログは起きてすぐ隣のリビングに行き、
朝食を取り始めたため、
てっきりフェイティが布団を畳んでくれたと思っていた。
だが実際は、3番目に起きたアルトが、
自分の布団のついでに、2人の布団も畳んでおいたのだった。
「あら、アルト君が布団を畳んでくれたの?
ありがと~助かるわ!」
洗い物を終え、布団を畳もうと、
部屋に入ってきたフェイティが、
布団を持つアルトを見て、
目を輝かせながら声を弾ませる。
「あ、いえ全然。
これくらいしかできませんけど……」
「いーえ、とっても助かるわよ。
アルト君、きっと立派な旦那さんになれるわよ。
うちの旦那にも少しは見習ってほしいわね」
アルトの言葉に、
フフッと笑みをこぼしながら話すフェイティ。
「先生、何から何まで本当にありがとうございました」
「いーえ、かわいい生徒のためですもの。
これくらい、お安い御用よ」
深々と頭を下げるプログに、
フェイティはそんなことしなくていいわよ、
とばかりに頭を上げさせる。
「ごめんごめん。
それじゃ、セカルタに向かいましょっか」
ここでようやく、奥にある洗面所からレナが姿を現す。
あんなにボサボサだった長髪は、
綺麗なストレートヘアに戻っている。
「しかしレナって、寝起き悪かったんだな」
「うるさいわねー、朝は苦手なのよ」
まだ寝起きだからか、プログの冷やかしに、
やや不機嫌そうな表情を浮かべながら、
口を尖らせるレナ。
そんなやり取りをしつつ、
フェイティを含めた5人は、玄関へ向かう。
「あ、そういえば忘れていたわ!」
ここで、ふと何かを思い出したかのように、
玄関に向かう途中でフェイティが急に声をあげる。
「先生、どうかしたんですか?」
「みんな、ちょっとだけ、
外にいてもらっていいかしら?」
「? はい、別にいいですけど」
「ゴメンなさいね」
頭に?マークを並べるプログにゴメン、
とばかりに両手を合わせると、
フェイティは大急ぎで2階への階段を、
ドタドタと上がっていく。
「? どうしたのかしら?」
「さあ……旦那さんを起こしに行ったんじゃない?」
「そんな……別に無理に起きていただかなくても……」
「レナじゃあるまいし、
さすがに起きているだろ~」
フェイティの行動に疑問を抱きつつも、
4人は玄関のドアを開け、外に出た。
「てか、さりげなく何言ってんのよ、プログ」
「んあ? 何がだ?」
「あたしじゃあるまいし、
ってどういうことよ」
「いやいや、そのままの意味
「もう一度言うわよ、
何をおっしゃっているのかしら、プログさん?」
満面の笑みを作りながら、
指をポキポキと鳴らすレナ。
もう一度言おう、満面の笑みである。
それはもう、戦慄なくらいに。
「……解せぬ」
その戦慄の笑顔から、
必死に目線を逸らして顔を引きつらせるプログ。
今一度確認しておくが、
プログはレナよりも6歳も年上である。
「ごめんなさいね、お待たせしちゃって」
そんな妙な戦慄な空気を、
玄関の開く音と、フェイティの言葉が吹き払う。
「いえ、それほど待ったわけでも……!?」
「ない、んですけど……」
「あの、フェイティさん……」
「それ、何?」
フェイティに視線を送ったプログ、アルト、ローザ、レナが、
フェイティの姿を見て次々と言葉に詰まっていく。
アロスと共に玄関から出てきたフェイティの背中には、
フェイティの身長を悠に超える2メートルはある、
巨大なハルバード(形状は槍で、矛の部分が斧になっている武器)
があったのだ。
「えっと……先生、これはどういう……」
「フフッ、せっかくだから、
このBBAも一緒に連れて行ってもらえないかな、
と思って、ね?」
顏の引きつりが止まらないプログに、
フェイティは相変わらずの微笑みを見せる。
「ね?って言われましても……何かあったんですか?」
想定などもちろんしておらず、あまりにも急な申し出に、
さすがにレナも驚き、困惑の表情を浮かべる。
「じつは私もセカルタに行く用事があったのよ。
ちょっと、気になることがあってね。
それに、プログちゃんの成長した姿も見てみたいしね。
だからみんなと一緒に行こうと思って。
ダメかしら?」
背中に携えるハルバードとまったく似つかわしくない、
まるで買い物に一緒に行きたがる子どものように、
首を少し傾けるフェイティ。
「あたしは全然構いませんけど……」
そう言いながら、レナはプログに視線を送る。
フェイティはプログの師匠である。
つまりプログと同等、
もしくはそれ以上の実力を持っていると考えられる。
セカルタまでとはいえ、レナからしてみたら、
これほど心強い仲間はいない。
だが、プログの師匠である以上、
その決定権はプログにあって然るべき、
レナはそう考えていたため、
妙に歯切れが悪くなっていたのである。
「ということは、先生はセカルタまでですか?」
「それは……セカルタまで行ってから考えるわ♪
ねえ、ダメ?」
「いや、そんなお願いをされましても……。
よりによって、何でこんな時に……。
アロスさんも何か言ってやってくださいよ」
案の定というか何というか、
プログは渋い表情を浮かべて頭を搔きながら、
フェイティの後方に立っているアロスに助けを求める。
「もちろん、私も止めようとしたんだが……、
フェイティは一度決めたら、
言う事を聞かないタイプだから……」
「ですよねー……」
色々なモノが詰め込まれていそうな、
大きなため息をつきながら話すアロスと、
そのアロスの言葉を予想していたかのように、
げんなりとするプログ。
時期や形は違えど、2人とも、
よほど苦労してきたのだろう。
「……ってことは、一緒に行ってOKってことね?
みんな、よろしくね~」
2人の表情に見向きもせず、
フェイティはそう言いながらレナやローザに、
満開の笑顔を向けている。
「あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします」
「一緒に行くんだし、
これからはタメ語でもいいかしら?」
「ちょ、ちょっとレナ……」
「あら、構わないわよ。
むしろそっちのほうが、
早く溶け込めた感じがするもの」
早速、アロスとプログ、そしてアルトの後ろで、
3人の女子(?)トークが繰り広げられている。
「まあ……フェイティをよろしく頼んだよ、プログ君」
「了解、ですわ……」
「まあ、腕は確かなハズだから……」
「そう、ですね。
そこだけが唯一の救いです……」
一方、プログの周りには、
妙にどんよりとした空気が漂っている。
別に一緒に行くのが嫌とか、
そういうわけではない、
ただ、この先色々と思いやられるのが、
じつに目に見えている。
「プログったら……。
フェイティさんの腕前ってすごいんでしょ?
だったら、もっと喜ぼうよ、ねっ?」
間に挟まれる形となったアルトは、
必死にプログを鼓舞している。
「さて、と。
そしたらセカルタに向かいますか!!」
一通りの話を終えたレナが、
仕切り直し、とばかりに大きな声をあげ、
町の出口に向かって歩き始める。
「セカルタは、どちらの方向に行けばいいんですか?」
「セカルタはここから北西の方角でーす……」
「ほ、ほらプログ、元気出していこうよ!」
ローザ、プログ、アルト、
それぞれが思い思いのことを口にしながら、
出口に向かって続いていく。
「あらあら、みんな元気ねえ」
頬に手を当て、軽く微笑みながらフェイティも4人の後を追う。
「フェイティ」
そのフェイティの足を、アロスの言葉が止める。
「ん? 何かしら?」
「気を付けてな。
それに……頼んだぞ」
「……ありがとう、あなた。
行ってきますわ」
「ああ、いってらっしゃい」
そしてフェイティは再び、
レナ達の後を追っていった。
「確かに、この時間になると、
気温がどんどんあがってくるのね」
アックスの街を出てすぐに、
レナが上空に浮かぶ太陽を眩しそうに確認している。
「まあな。
1日の温度差が30℃くらいあっても、
普通な大陸だからな」
「30℃って……ワームピル大陸じゃ、季節が違うわよ」
さも普通のことのように、
プログがレナに言葉を返している。
時刻は現在11時に差し掛かっている。
レナの言う通りに、
最高気温を記録する午後2時に向けて、
気温はぐんぐん上昇している。
ちなみに今日の最高気温が28℃、最低気温は-5℃で、
その差はなんと、33℃である。
「でもすごいよね、大陸が違うだけで、
こんなに環境も変わるなんて」
気温の変化によほど興味がわいてきたのか、
アルトは目をキョロキョロさせている。
「そうね。色々と違う点はあると思うわよ。
でも、ワームピルと一番違う点は、
山に囲まれている所じゃないかしら?」
1番後方より、ハルバードを背負っているとは思えない、
軽快な足取りで歩くフェイティが、
周りに見える山々を見つめながら話す。
確かに辺りを見渡してみると、
東西南北、全方位に山脈のような、
山々を確認することができる。
「……どうやらアルトのヤツ、
元気になったみたいだな」
「……そうですね、
元気に戻ってくれて、安心しました」
アルトとフェイティのやり取りをチラ見しながら、
プログとローザは小声で話しながらホッ、
と胸をなでおろしている。
2人は夜更けの一件を知らないため、
アルトが元に戻った経緯はもちろん知らない。
だが、アルトを気遣い、
あえて声をかけないようにしていた2人にとっては、
何がともあれ、元に戻ってくれたということが、
一安心だったようだ。
「まあ、環境は変わっても、
魔物がいるってことは変わりないみたいだけどね」
ここで、先頭を歩いていたレナの足がピタリと止まる。
その視線の先には、草原にいるのが似つかわしくない、
大型の熊、モンスターベアードの姿が。
「ちょ、熊……」
「しかし、でけえな。
俺がいたころにあんなデカいのいたか?」
魔物へのビビり様も元に戻ったアルトと、
昔を思い返し、首をかしげながら、
戦闘態勢に入ろうとするプログ。
「あらあら、森からこっちの方に、
迷い込んできちゃったのかしらね?」
プログの横から、そんな言葉が聞こえてくる。
「……先、生?」
プログが言葉が聞こえてきた方向を振り向くと、
そこには左手にハルバードを持つ、フェイティの姿が。
いつもの穏やかな微笑みを見せてはいるが、
態勢は臨戦態勢そのものだ。
「よし、それじゃあちゃっちゃと片――」
付けましょ、とレナが言い終わる前に、
レナの横を何かの影が、物凄い勢いで通り過ぎる。
その影は、そのままモンスターベアードに向かっていき、
モンスターベアードに攻撃をさせる時間すら与えず、
両手で持つ武器を一閃。
「ほい、っと」
一閃の瞬間、その素早すぎる動きからは全く想像できない、
気の抜けた声が影から発せられた。
と、ここでようやく、
モンスターベアーの苦しそうな悲鳴と共に、
影が動きを止める。
レナには、その光景に見覚えがあった。
そう、初めてプログの戦いぶりを見た時である。
だが、今回は人が違う。
そう、今回の正体はそのプログの先生、
フェイティだったのだ。
重さ3~4㎏はあるであろう、
ハルバードを扱っている動きと言われたら
目を疑ってしまいそうな、素早い動きである。
「グオォォォォ!!」
顔面にハルバードの斧の部分の攻撃を受けたモンスターベアードは、
苦しそうな咆哮をあげながら、
フェイティに向かって突進する!
と、ここでフェイティはハルバードを手にしていた両手のうち、
右手を放し、左手一本でハルバードを持つ。
「よいしょ、っと」
またもや気の抜けた声を発しながら左手で素早く、
ハルバードの先端である槍の部分を、
向かってくるモンスターベアードの胸元に、
グサリ、と突き刺す。
「グウオォ……」
致命的なダメージを受けたモンスターベアードは、
その場にバタリと倒れ込み、そのまま動かなくなった。
「うん、おっけーおっけー」
まったく動くことがない4人を尻目に、
フェイティはいつもの調子である。
「……さすがプログの先生ね。
実力もそうだけど、
戦闘スタイルもそっくりなのね」
観念しました、とばかりに肩をすくめるレナ。
「ま、BBAもこれくらいは出来るのよ、
まだまだ若いコには負けていられないわ♪」
そんなレナのしぐさに、
ニコッと笑顔で応えるフェイティ。
さすがはプログの先生である、
これくらいはどうってことない、と言ったところか。
(これくらいって、十分すぎるよね……)
(というより、あの掛け声は……)
(あ~あれは頑張って、聞かないようにしてくれ。
俺も昔、先生と一緒に訓練で魔物と戦ったことがあるんだが、
あの掛け声聞くと、こっちの調子が狂うんだよな……)
(え、前からあの掛け声だったの!?)
(どうやらアレが、先生なりのテンポらしいんだよな)
(ど、独特ですね……)
アルト、ローザ、そしてプログは、
コソコソと内緒話を始めている。
動きも素早いし、とにかく強い。
そして戦う姿がカッコいい。
なのに、攻撃する時の、あの掛け声である。
気にするな、という方が無理な話だ。
「それじゃ、先を急ぎましょうかしら」
3人の内緒話が聞こえたか聞こえていないかは不明だが、
フェイティはスタスタと再び歩き始める。
「やれやれ、この先が思いやられるわ……」
肩を落とし、大きなため息をつくプログはすぐに後を追う。
続いてローザ、そしてアルトが続く。
最後に、1人取り残されたレナ。
フェイティを始め、
プログが戦いで頼りになるのは心強いし、
ローザの気術もとても頼りになる。
さらに、アルトも元に戻って元気な姿を見せてくれている。
戦いではきっと、いつも以上に助けられることがあるだろう。
レナにとって、これほど良いことはない。
そう、ないハズなのだが……。
「……なんかあたし、
最近戦いで影が薄くない?」
ただ1人、別の部分に悩み始めてボヤくレナなのであった。
頼りがいのあるBBA……もとい、
フェイティを含めた5人は、エリフ大陸の首都、
セカルタに向けて、その歩みを進めていく。




