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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第214話:待ち人待つ酒場にて

人がもっとも、時間というものを長く感じるとき、

それはおそらく、来訪を望む人物を待つ時間かもしれない。



「アルト達、大丈夫でしょうか……」



もう何度、その言葉を呟いているだろうか。

少女はまるで主人を待つ忠犬のように、

同じ場所を行ったり来たりしている。



「心配、です……」



自分を守ってくれるため旅だった3人。

その安否を憂慮しながら、

少女は一度たりとも収まらぬ不安の高揚と共に、

その場に、儚く存在している。



(――――ッ)



本人も、分かっている。

今の自分が少年たちに対して、

できることは何一つ、ないことを。


おそらく厳しい大陸環境の中、

それでも歩を進めてくれているであろう、

アルト達の手助けになれることなどない、

ということを。


そう、できることとしたら。



(私は祈ることしか……できません)



つまりは、それでしかなかった。


祈りという、抽象的で不可視のもの。

そのような曖昧な存在にすがることしか、

今のローザにはできない。


ディフィード大陸の王都、キルフォー。

独裁者ドルジーハの絶対王政にて成り立つ、

この街に存在する、名もなき地下酒場。

元ファースター王女という肩書をもつローザは、

そこにいた。


地下酒場と、元王女。

しかも、他大陸の元王女。

本来、決して交わることのないであろう、

この二つの要素。

しかし今、それは確実に干渉し合っている。


その相反するべき要素を繋ぎ留めるものが。



「大丈夫かい?」



反乱因子を掲げる反政府組織、暗黒物質の剣。

そのリーダーであるフロウが、

店の奥からヒョイっと姿を現す。

その手にはもはやトレードマークといってもいいくらいに見慣れた、

ウイスキーの瓶を持っている。



「フロウさん……」


「アルト達が心配かい?」



よいしょ、っと軽口を言いながら、

フロウは近くに会った客用の椅子へと腰かける。



「まあ、あんまり不確定で楽観的な事は言いたかねえけど、

 きっとアイツらなら大丈夫だと思う」


「そう、でしょうか……」


「というより、俺よりもその辺は、

 ローザちゃんの方が、よくわかっているんじゃねえか?」


「もちろん、アルトやフェイティ、

 そして蒼音ならきっと大丈夫だと確信しています。

 でも……」



それ以上の言葉は、言う事ができない。

それこそ、先ほどフロウが言ったように、

そこから先の話は、あまりにも不確定であり、

そして楽観的過ぎる邪推であって、

軽々しく口にしていいものでは、ない。



「……ま、そりゃそうだわな」



フロウは手に持っていたウイスキーの瓶を机に置き、



「これから俺の言う事が、もし気に食わなかったら、

 俺を殴ってくれても構わない」


「……え?」


「もしかしたら不快にさせるかも、と思ってさ。

 だからあらかじめ言っといたほうがいいかな、と」



ふう、と小さく、

何かを決したかのように息をつくと、



「厳しいことを言うようだが、

 これくらいのことで無事で帰ってきてくれないと、

 これから先、行動をともにすることはできねえ。

 その程度の実力でしかないなら、

 ドルジーハの野郎にケンカを売ろうなど、

 考えないほうがいい」


「……」


「相手は、一国の政府。

 数的不利は、絶対に免れない。

 しかも中には相当な手練れだって、

 いて然るべきだ。

 俺たちのような小さい組織が、

 そんなバカでかい組織に挑むには少数精鋭、

 それもとびっきりの実力を持った奴らじゃないと、

 はっきり言って太刀打ちできやしない」


「フロウさん……」


「これからは魔物を相手にするんじゃない。

 人に対して戦いを挑むことになる。

 当然、人だって殺すことになる。

 アルト達に人を殺めた経験があるかどうかは分からないが、

 これからはそんな風景がザラに出てくる」


「人を……殺す……」



ローザはその言葉を改めて、

自分の中で反芻してみる。


人を手にかける事。

すなわち、殺人。

自分には当然、その経験はない。


答えは簡単で、

それは犯罪にあたるから。

たとえどのような理由があったとしても、

人の命を恣意的に奪う事。

それは生きる上で最も罪深き行為である。


そしてそれはおそらく、この世に生きる人々、

そのほとんどが経験することのない、数奇な世界。


おそらく、望んでいくことのない、

決して開けてはならない、

いわばパンドラの箱のような禁忌。


フロウは、そして協力を申し出たアルト達は、

その世界へと挑んでいこうとしている。

しかも、自らの意思で――。



(――――ッ)


「……ちょいと刺激が強い話をしちまったな」



ローザが次の事柄を考察しようとした直前、

フロウは再び、口を開いた。



「もちろん、俺だって人を殺したくはないさ。

 平和的に解決できるんだったら、

 無益な殺生なんて、誰もしたくねえし」


「そう、ですよね……」


「でもこの大陸ではもう、

 そんな悠長なことは言ってられない。

 今の政府を倒さなければ、

 市民の誰かが死ぬ。

 殺らなけりゃ、こっちが殺られる。

 だったら、殺るしかねえ。

 ただ、それだけの話さ」



また刺激がつよくなっちまったな、と。

フロウは悲しげに少しだけ笑うと、

机に置いたウイスキーを口の中に流し込み、

くうぅぅぅ、と痛快な表情を浮かべて、



「ま、言うても俺は、

 アルト達ならそこまでの覚悟は持っていると思ってるし、

 何の問題もなく、ここへ戻ってくると思うぜ、

 俺の見立てが正しけりゃ、

 3人ともなかなか腕が立ちそうだしな」


「……そう、ですよね。

 きっと、大丈夫ですよね」


「ま、順調にいったとしても、

 あと1日は確実に帰ってこねえだろうし、

 まだまだ、気楽に考えていこうぜ。

 今からそんなに肩を張ってたら、

 明日までに肩がガチガチになっちまうぞ?」


「……ふふ」


「お、ようやく笑ってくれたか。

 悲しげな女性の顔も風情があっていいが、

 それよりやっぱり笑顔のほうが、

 数倍美人が映えるってモンさ」



ヒャッヒャッヒャ、と。

そう言い切ったのち、

先ほど見せた哀しげなものとは打って変わり、

フロウは何かの堰を切ったかのように、

大声で笑い始めた。


まるで、これでこの話題はここでおしまい、

とばかりに。

これ以上の“哀”という感情の介入を許さず、

“楽”という感情で、

ローザとの空間を埋め尽くさんとするかのように。



それを見て、感じ取ることができたローザは。



「……ふふ、酔いがだいぶ回っているようですね、

 フロウさん」



ちょっとだけ、笑った。

作為的なものではなく、

自然と、自発的に生み出された、ほほえみで。



「んあ? 何言ってんだい、

 まだまだこの程度じゃあ、

 酔いのうちに入んねぇっつーの」


「そのセリフ、

 酔っている人ほどよく言うセリフだって、

 フェイティが言っていましたよ?」


「うはっ、まさかの未成年のローザちゃんに、

 至極真っ当なツッコミをされるとはッ!」


「そうやってリアクションが大きくなるのも、

 ご機嫌に酔っている証だそうですね、フフッ」


「あぁ! なんとそこまで見透かされているとわッ!!」



こりゃ敵わねえなと、

フロウはケラケラ機嫌よく笑い、



「ま、本音を言うなら前に一緒にいたレナとプログにも、

 ぜひ協力してもらいたかったところだったが、

 頼んでる側でそんな贅沢は言えねえ。

 ローザちゃん含め、4人も来てくれただけで、

 こっちとしては大助かりさ」



不意に、そんなことを口にした。



「そっか、

 フロウさんは、レナとプログにも、

 一度会っているんですよね」


「ああ。

 どうにも口の悪いチャンネーと、

 どうにもいじられ役にしかならない青年くん、

 そんなイメージだな」



あーちなみになんだけど、とフロウは改めて前置きをして、



「会った時からずっと思っていたんだけど、

 俺の事はフロウで構わないぜ。

 フロウさん、とか言われるとなんかむず痒いわ」


「え、でも……」


「いいっていいって。

 その代わり、って言っちゃなんだけど、

 俺もローザって呼ぶがいいかい?」


「そう、ですか。

 分かりました、

 ではこれからはフロウと呼びますね」


「おう、それで構わないぜローザ。

 さて、それはそれとして、

 ローザはレナの事は当然知っているんだよな?」


「はい。ここに来る前までは、

 行動を共にしていましたので。

 いつも明るくて、

 でも締めるところはしっかり締めますし、

 それでいて剣の腕もすごいですし、

 ホントに頼れるコです」



まるで自分が褒められているかのように、

ローザは嬉々とした表情で話す。



「ふーん。

 まあ、同性からそう言われるってことは、

 間違いないんだろうなあ……」


「はい、すごく素敵な女の子で、

 私も本当に尊敬して、憧れる人です」


「そっか……ふむ……」



と、ここでフロウが唐突に、

考え込むしぐさを見せ始める。


不思議に思ったローザが、



「? どうしました?

 私、何か変なことを言いました?」



と聞いてみるも、



「ん? ああ、いや、

 別にそういう訳じゃねえさ」



その言葉とは対照的に、

フロウの言葉には、一切の小気味よさがない。


明らかに、先ほどの発言について、

何かを考えている。


? とローザが困惑していると。



「ちなみになんだけどさ」


今度はフロウから、話を始めた。



「ローザとレナって、

 いつくらいからの付き合いなんだ?」


「? レナとの付き合い、ですか?

 そうですねえ……だいたい2,3か月くらい、

 といったところでしょうか……」


「あー、じゃあ割と最近知り合ったのか」


「そう、ですね。

 比較的近い時期に初めて会ったんです」


「そっか……じゃあ分かんねえか……。

 なんなんだろう……」



そう言うと、

フロウは再び、自分の世界へと入ってしまう。

しかも最後の言葉に、

間違いなく何かを含みをもたせたまま、である。



「……?」



もちろんローザも、

その含みに気づかないわけがない。



「あの、フロウさん?」


「! ああ、わりい。

 ちょっと考え事しててな」



さらに声をかけたローザに対し、

フロウはゴメン、とばかりに両手を軽く添えると、



「……なあ、答えられる範囲でいいから、

 ちょっと教えてほしいんだけど」


「? なんでしょう?」


「レナの過去について、

 なんか知らないか?」


「……え?」



その言葉を聞いた瞬間、

ローザはピリッ、

とわずかに背中に電撃が走るような感覚を覚えた。



「んや、俺の思い過ごしかもしんねえだけどさ」



だが、そんなローザの事など、

知る由もないフロウは続けて、



「俺、前にどっかで、

 アイツに会ったことあるような気がするんだよね」


「えっと……」



どうしましょう、と。

しきりに首をかしげるフロウの横で、

ローザは純粋に困惑した。


レナの、過去。

その事柄について知っているか、否か。

答えはYESであり、NOである。


一見、絶対に成り立たない回答に聞こえるが、

実際問題としてローザとしては、

その答えしかもっていない。


レナの過去について何か知っているかと言われれば、

ローザは知っている。


それはつまり、YESという要素を導くものとなる。

だが、その内容を問われると、

ローザが答えることができるのは。



(レナは記憶喪失、としか知りません……)



レナは幼い頃の記憶が、まったくない。

気が付けば彼女が倒れているところを“親方”と慕う男、

マレクに拾われた、ということしか、

ローザは情報を持っていない。


そして、その情報はおそらく、

今、目の前で訝しい表情をしているフロウが望む、

最低限の返答にもならないだろう。


その意味では、NOという因子もはらんでいる。


知っているようで、知らない。

その事実を、どう伝えたものか。


いや、そもそも論として。



(レナが記憶喪失であることを、

フロウに伝えてもいいのでしょうか……?)



話はそこから、はじまるものだった。


フロウがわざわざ、

このような質問を自分にぶつけてきたという事は、

以前にレナ達がフロウと会った際、

自らが記憶喪失であることを言っていないことになる。


そのような話の流れにならなかった、

と言ってしまえば話はそこで終わる。

だが、



(結構デリケートな話ですし、

私から話していいものでしょうか……)



それを考えると。

ローザが返答に苦慮していると。



「……分かんねえか」



なかなか返答がないことで、

何かを悟ったようにフロウは、

そう切り出し始めた。



「ま、そりゃ分かんねえよな」



まるで自分の中で何かを納得させたかのように、

フロウは小さく首を2、3度小さく横に振り、



「わりい、変なこと聞いちまったな」


「あ、いえ……。

 なんか私も、すみません」



わずかばかりの罪悪感を胸に、

ローザもつられるように、

謝罪を口にした。


知ってはいるけど、知らない。

もっとも謝罪したところで、

ローザとしては何も弁明できるものはないのだが。



「たぶん、俺の気のせいだな。

 これまで幾度となくキレーなチャンネーを見てきたから、

 誰かと見間違えたのかもな、ヒャッヒャッヒャっ!!」



フロウはそう言って笑い、

そして、堰を切るかのように再び。



「くうぅぅぅっ!!

 効くねえッ!!」



一人で酒盛りを始めた。

先ほど同様、

もう、これ以上の話はおしまいとばかりに。

ついさっきまでのトーンは、どこにもない。

これ以上の話は聞くな、とでも言いたげに。



「やっぱ寒い日にゃ、強めの酒がいいってモンよ!!」



わざとらしくも聞こえるくらいに、

デカい声を出す、フロウ。



「――――ッ」



その姿を、見て。



(本当に気のせいと、

フロウは割り切っているのでしょうか……?)



もしかしたら、と。


酒に濡れた愉快な笑い声の中で、

ローザはフロウの姿に、複雑な思いを垣間見ていた。

次回投稿予定→6/21 15:00頃

すみません、次回も私情により3週間後の更新となります。。

コロナ……困ったものです……

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