第212話:逸脱した狂気
他国との交流を断つ孤高の雄、ディフィード大陸。
このように言えば聞こえはいいが、
その実態は、たった一人の、
王都キルフォーにてトップに君臨する総帥ドルジーハが、
己の欲望を満たすが為に他国との交流を断ち、
私利私欲と保身のために国を動かすという、
ある種もっとも人間らしい欲情に溺れた、
ある意味救いようのない感情に支配される場所。
それが今、
アルト達が立つディフィード大陸の、真の姿である。
そして、そのアルト達が目指し、
辿り着いた場所が。
「ここが……、ルブラント、かな?」
ディフィード大陸の王都であるキルフォーから北西に位置する、
廃墟に見果てた村、ルブラントである。
孤高の大陸であるディフィード大陸には、
4つの街が存在する。
ディフィード大陸の王都であり、
諸悪の根源である総帥ドルジーハが漫然と居座る地、キルフォー、
ドルジーハの許可制であるものの、
それでも孤高の地を貫く大陸で唯一、
他大陸との門戸を開く場となっている港町、カイト。
また、過日にアルト達が訪れた、
世界でもっとも貧しい地と称される村、シックディス。
そして、残る1つの地である、
ディフィード大陸の街が。
今、アルト達が足を踏み入れた街、
ルブラントである。
「うーん、なんというか……」
ドルジーハに反旗を翻す反政府組織、
暗黒物質の剣。
その一員である女性スーシアから命を受け、
ここまでやってきたアルト、フェイティ、そして蒼音。
その中でフェイティがイの一番、
まずこぼした言葉は。
「やっぱり、人はいないのねぇ」
感想も、結論も、
結局は、それでしかなかった。
3人はルブラントの町へと、確実に辿り着いた。
だが、あたりを見渡す限り、
人の姿を確認することはできない。
今は、雪は止んでおり、
視界が悪いわけでもない。
むしろ地が雪の白ということもあり、
光の反射の恩恵も受けて、
わりと遠くまで可視できる状況にある。
だが、それでも。
「まったく人がいない、ですね……」
そこがまるで、
ゴーストタウンであるかのように。
たった今、声を発した蒼音の、
その言葉が町中に届きそうな、
それくらい無音の静寂に包まれている、
ルブラントの姿。
そして、それはもはやこの大陸にきてからは、
すっかり見慣れてしまった光景でもあった。
「えっと……確かガンチさん、
に会えばいいんだよね?」
「そうそう。
スーシアちゃんいわく、
この町で唯一の二階建ての家が、
ガンチさんのお家みたいね。
ボロボロではあるけど表札があるから、
分かりやすいとは言っていたけれど」
そう言ってフェィティは一歩、
アルトの前に出ながら、
「うーん、たぶんだけれど」
まるで小さい野鳥を観察するかのように、
目を細めながらわずかに視線を左右させて。
そして、すぐに。
「あのお家じゃないかしら?」
ピッ、と。
ある方向を指さして、言った。
アルトが、その指先へと視線を向けると。
「……あー、確かにそれっぽいね」
比較的すぐに、その事を理解することができた。
視界が開け、遠方まで見渡すことのできる、ルブラント。
その中でわずかにぼやける程度に遠く、
わずかに小高い丘のような場所に見えたのは、
他の平屋である家とは明らかに性格の違う、
二つの階層で成立している、少しばかり大きそうな家。
スーシアは確かにガンチの家は、
この町で唯一の二階建てであると言っていた。
唯一。
その言葉が正しければ、
今、アルト達が視界に捉えた、
その居宅は間違いなく。
「ガンチさんの家、ですかね」
蒼音の言葉に二人はコクリと、
小さくうなずく。
唯一の、二階建て。
その情報は一見端的であるが、
とてつもなく有益で、
それでいて最短距離で果に直結した情報だった。
何せ前回のスーシアの家を探すときのように、
“村で一番大きな家“という情報しかなく、
すべての家を比較しなければならない状況に、
追い込まれることがないのだから。
つまりそれは、唯一にして絶対の、
動きようのない正解であった。
ゆえに。
「よし、行ってみよう」
アルトがその決断へ至るまでに、
ほとんど時間はかからなかった。
「それにしても、大丈夫かしらねぇ……。
シックディスの時みたいに、
いきなり誰かに襲われちゃったりしたら、
BBA、心臓止まっちゃうかも」
歩き出して数歩、
不意に、フェイティがそんなことを言い始める。
「そう、だね……。
もしかしたらその可能性は――」
あるかもしれない、とアルトはあたりを見渡す。
可視の限りでは、
周囲に人の気配はない。
人々が暮らしていそうな、
くたびれた木材を使った家屋は点在しているものの、
それはあくまでも点在しているだけである。
そのため、仮に家の陰から暴漢に襲われたとしても、
己の武器を手に取り身構える、
くらいの時間の猶予は十分に確保できる。
つまり、不意打ちをくらうことは、
おそらくないであろう。
「不意打ちがないだけ、
シックディスよりかはマシだとは思うけど……」
「でも、警戒するに越したことは、ないわよねえ。
フロウ君やスーシアちゃんいわく、
シックディスがもっとも治安が悪いとは言っていたけれど……」
「油断は禁物、ですよね」
蒼音のいった言葉に、
アルトとフェイティは小さくうなずく。
そう。
いつ、どこであろうと。
今、自分たちが立っているこのディフィード大陸に、
安心できる場所など、絶対に存在しない。
たとえそれが、街の中であっても、である。
ゴーストタウンの中、
肌で覚える空気感以上に、
警戒心を灯らせながら、
アルト達は街の中を進んでいく。
その3人の背後、名もなき廃屋の陰にて。
「…………」
村の入り口にもっとも近い場所に位置する、
廃れた家屋の物影から、様子を探る人物が一人。
「…………ようやくじゃねェか」
空から舞い降りる雪のような白銀の短髪を、
わずかに揺らしながら、その者はポツリと呟くと。
「ったくトロくせェ。
どんだけ待たせやがんだ、無能が。
無能なら無能らしく、
とっとと歩いていけや」
チッ、と。
明らかにいらだった様子で舌打ちを吐き出す。
男、というよりは、少年。
わずかに釣り目ながらも、
齢にして、おそらく15にも満たないであろう、
顔のどこかにあどけなさを残す、その少年。
だが、そのあどけなさとは、まったくの正反対に。
「ったくあのクソババア、
くだらねェ事言いやがって。
殺すな、だと?
寝言は寝ても寝なくても言ってんじゃねえぞ、
クソアマが」
その言葉遣いは、
まるでドブ川のように汚れ、
濁っている。
そして、釣り上がっていると評される、
その瞳には。
「まあそんなことはどうでもいい。
ようやく……ようやく、見つけたぜ……。
この時をどれほど、待っていたことか……!」
悪い、という言葉だけでは決して形容できない、
その度を超え、どこか狂気じみた、
瞳孔を完全に見開いた、その瞳は。
それはまるで空腹を満たすため、
狙いを完全に定めた、大蛇の目のように。
渇望したものを手に入れられる、
その直前の狂おしいほどに高揚した瞳のように。
その欲望に苛まれた瞳で。
「ようやくこの手で……アイツを……っ!!
ひぇっへっへっへ……ッ」
少年は、こみ上げる狂った笑いを堪えるようにして言う。
その姿は、さながら野生の動物を体現するかのような。
獲物に今すぐにでも飛びつきたいその欲求と、
その一方で人間の自我を保つような、
必死にその衝動を押さえ込む理性の衝突。
「でもまだだ……。
まだ、ひと思いには殺さねえ。
すぐ殺しちまったら何にも楽しくねえ」
言って、少年はまた笑い。
「いたぶって、いたぶって……。
泣きわめき、悲鳴をあげ、絶望する姿を、
存分に見せてもらわないといけねえ……。
タダで殺してたまるかよ。
ようやくここまで来たんだ、
アイツを殺すために、ここまでやってきたんだ、
そんな簡単に、この世から消えてもらうわけにゃいかねえ」
まるで見えない糸で、
口角を引き上げられているかのように。
明らかにピエロではない、
まさに愉快犯のような、
『凶』の感情をむき出しにして。
「一度じゃ足りねえ。
二度でも足りねえ。
何度、何度殺しても足りやしねえ……。
そんなんじゃあ、俺の渇きは満たされねえ……!」
言って、狂気の沙汰は舌なめずりを繰り返す。
誰に言う訳でもなく、
誰かに聞こえるようにでもなく。
「テメエが俺にした仕打ち、
忘れたとは言わせねえぞ……。
今まで持ち続けた恨み……。
貴様の無様な死に姿で楽しませてもらうぜぇ……!
ヒッヒッヒッ」
どこからともなく湧き出てくる、
楽しいとか嬉しいそれとは明らかに違う、
『負』の笑い。
それはおそらく少年が今までは制御していた、
高揚感から生まれるもの。
まだ何とか、人間らしさを保つように、
せき止めていた、思考の壁。
だが、
「さあ、これから存分に楽しませてくれぇ……。
俺の渇きを潤す、その時までな。
そして、絶望の中で後悔しながら、
死ね……」
もはや充血の限界を超え、
血が飛沫しそうなまでに見開いた眼で。
「死ね、死ね、死ね……」
その高揚感が最高潮に達した、瞬間。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、
死ねぇ!! ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃあッ!!
ひゃーひゃっひゃっひゃっひゃあッ!!!!」
ついに決壊した理性の向こう側で、
少年は己の唾液をまき散らし、
ただひたすら、感情の爆発に興じた。
「…………」
光が差し込まぬ、空間の中で。
「そろそろ、あの子が接触する頃ね」
ナウベルは再び、口を開いた。
「勝手に、殺さなければいいけれど」
ふう、と。
塗りつぶされた黒の空間の中でも分かる、
ため息を一つだけついたナウベルは。
「まあ、あの子の性格なら、
一思いに殺すようなことはしないでしょうけれど……。
でもまあ」
と、ナウベルはここまで言って。
「……あの子も、可哀そうな部分はあるのだけれど」
ふと、そんなことを口にする。
明らかに何かを知っていそうな、
まるで過去を知っているかのような、
そんな口ぶりで。
そして、
「もっとも、それを言うなら相手側にも、
同情する余地はある、か」
一方で“あの子”の相手と思われる側にも、
似たような言葉をこぼす。
一対の、関係。
そのどちらの境遇も知っているかのように。
まるで両社の行動の本質を、もれなく認識しているかのように。
「――――ッ」
暗闇の中で見極めの最中にいる、4番隊隊長は。
「騎士総長様が作り上げた怨恨の究極、か。
本当に、末恐ろしい人……」
黒の中で表情がうかがい知れない中、
どことなく悲しげに、そう呟いたナウベルは。
「自らの……いえ、
世界の目的を達するには、
いかなる手段をも、
騎士総長様は選択される。
たとえそれが、誰かの人生を、
極限にまで歪曲させたとしても……」
恨めしそうに、ではなく。
「たとえそれがかつての間柄を、
一縷もなく引き裂くものであったとしても――」
まるで憂いを帯びるようにして。
「騎士総長様は何の迷いもなく、
事を断行される……」
それは果たして、
その言葉として評した、
己の上司への思いなのか。
「…………いつか、私も――」
それとも。
「あの子のように、
目的の駒として使い捨てられるのかしら、ね」
あるいは自分へに対する、慰みの施しなのか。
それはナウベルにしか、分からない。
「―――ふふっ」
らしくないわね、と。
小さく笑いながらナウベルは、そう言って。
「もとより私は、すでに覚悟はできているわ」
今度は確実に自らに対しての言葉で、そう言って。
「騎士総長様の為なら……。
騎士総長様の目的を達成するためなら――」
チャキン、と。
右手に持つ長年の相棒であるボウガンをわずかに動かして。
「私は、どんな汚れ役でも果たす。
それが、騎士総長様の望みなら」
周りも、そして先も何も見えぬ闇黒の中で、
自らの行く先を求めるように、ナウベルは呟く。
それは彼女の。
7隊長の中でも唯一の存在である、
表社会へ決して姿を見せず、裏の社会を生きる彼女の。
その言動、すべての本質であって。
それこそが彼女を動かす、
唯一にして最大の原動力なのであろう。
彼女が初めて言葉をつぶやいてから、
果たしてどれくらいが経過したのだろうか。
「……そろそろ、ね」
時を知る方法を持たないナウベルが、
視覚を断たれた空間の中、その呟くと同時に。
「ウォンズ大陸でもディフィード大陸でも、事が動く。
ディフィード大陸は彼に任せるとして、
私は――」
よいしょっと、と。
長時間、何かに腰かけていたのだろうか、
ナウベルにしては珍しく、
声をあげて何かから立ち上がるしぐさをみせて。
「久々の、汚れ役ね」
フフッ、と。
小さいながらも、
どこかに不気味な様相を呈した微笑を浮かべて。
「これも運命に生きる定めの一つ。
悪く思わないで頂戴ね、お偉いサマ」
その言葉を残してナウベルは、
歩き去っていった。
暗闇の空間のまま、
どこへ向かうかを世界の、
誰にも悟られぬようにして。
次回投稿予定→5/17 15:00頃
次回は3週間後の更新となります。
まるそーだの私情により、夏の終わりくらいまでは3週間に1回更新が増えてくるかも、です。
すみません。。。。




