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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
213/219

第209話:ひとときの休憩の中で

世の中には、2種類の人間がいる。


列車に乗り続けていると飽きすぐにきてしまう人と

そうではない人。


例えば今、ウォンズ大陸の王都である、

サーチャード行きの列車に乗る4人を、

どちらの種類に仕分けするとすれば。



「あー……お尻が痛いでやンス……。

 暇でヤンス……」


「まったくだぜ……。

 同じ列車に何時間も乗らなきゃいけねえとか、

 なんの拷問なんだっつーの……」



イグノとプログは前者であり。



「ったく、さっきからうるさいわねー。

 退屈なのは分かったから、

 ちょっとは静かにしなさいよ。

 せっかくの景色が台無しじゃないの」


「……景色などどうでもいいが、

 人が書物を読んでいるのに、

 ガタガタと騒音垂れ流すんじゃねえよ、

 いい年こいた大人どもが」



レナとスカルドは、後者に該当するようである。



「しっかしアレだな、

 お前ずっと景色見てて、よく飽きねえな。

 やっぱりアレか? 駅員やってるから、

 車窓とか、そーゆーのが面白かったりするのか?」


「さあ、どうかしらね。

 確かに多少影響は、あるかもしんないけど」



プログの問いにサラリと答えるレナは、

元々故郷である炭鉱の町ルインで、

駅員として働いていた。

確かにその意味では車窓の風景というものに対する感情の高まりは、

他の3人のそれとは違う、

多少のアドバンテージを持っているのかもしれない。



「ま、駅員やってると、

 基本ルイン駅からは出ることないし、

 列車から見える風景なんかは、

 滅多に見られるものじゃないしね」



トーテンの町を過ぎ、

慣れ親しんだエリフ大陸からいよいよ勝負の地である、

ウォンズ大陸へと向かっていく列車の中、

移り行く緑の山々を、

わずかに身を乗り出して眺めながら、レナは言う。


アドバンテージはあるかもしれない。

でも元々、こういうものは嫌いではない。


今でこそこの世界、グロース・ファイスに存在する、

4つの大陸を踏破するほど、世界中を駆け回っているが、

つい数か月前まで、レナはただの駅員だった。


ワームピル大陸にある炭鉱の町、ルイン。

そこにあるルイン駅で働く者として、

原則一日中、世界を駆ける列車を、

ただ迎え入れ、そしてただ送り出す。


むろん、ごく稀に変な乗客が、

興味本位に絡んでくる程度のハプニングはあったが、

それ以外は何もない、平々凡々とした生活を送っていた。


当然ながらそこに、

目新しい風景などは入り込んでこない。


いつもの時間に、いつもの場所で、いつもの風景が、

それが当たり前のように広がる。


まるで巨大な絵画を見ているかのような風景。

あるいはまるで毎日同じ動画を、

なんの意味もなく繰り返し見させられているかのように。

変化のないそのような毎日を、レナは送っていた。


その、レナにとっては。



「色んな風景が見られるってだけで、

 あたしにとってはそれだけで十分、面白いわ」



それは心から染み出るような。

偽りのない本心でもあった。


それは、ルインの駅員では絶対に見られなかった風景。

ワームピル大陸の王都ファースターの美しい景観。

エリフ大陸へ行くために渡ったバンダン水路の、凄惨な現状。

エリート集団を集めたセカルタ王立魔術専門学校の、数奇な夜の姿。

危うく死に誘われるところであった、魔術列車ギルティートレインの怪。


いずれをとっても、ルイン駅に閉じこもったままの自分なら、

絶対に経験、見ることのできなかったもの。


無論、恐怖はある。

一つ間違えれば、死と隣り合わせの事だって、

今までいくらでもあった。


ただそれでも。

それら含めて今、レナは見て、

感じることができている。


それはある意味。



「生きてる、ってことなのかしらね」



ポツリ、とこぼしたその言葉に続いて。



(昔はどうだったんだろ、あたし……)



ふと、そんなことを考えてみる。

それは何かに夢中になっている時には気にならないこと。

たとえば今のように、何となく手持無沙汰で、

自らの思考に多少の余裕がある時に浮かぶ、

優先度としては比較的低順位に相当する思い。



(小さい頃のあたしは、

一体どんな風景を見ていたのかしら……)



しかし低順位ながらも、

その思いはまるでにわか雨のように、

突如としてレナの脳裏に降りかかってくる。


レナは、記憶喪失だ。

およそ9歳より前からの記憶が、まったくない。

気が付けばルインの町にて倒れているところを、

今では父親代わりとなっている親方、マレクに拾ってもらった。


レナの記憶のすべては、

今のレナの人生はそこから、始まったものである。


自分がどこで生まれ、どこで育ったのか。

本当の父親、母親は誰なのか、そして今どこで、

何をしているのか。

そしてなぜ自分は、記憶を失うこととなったのか。


生まれた時から記憶を喪失するその瞬間まで、

まるで黒いペンキでベッタリ塗りつぶされたかのように、

その真実は闇に閉ざされている。


気にならない、といえばウソになる。

ただ気になる、といえばそれもウソとなる。



(ま、別にどうでもいいんだけどね)



戻ればいいけど、別に戻らなくてもいい。

それがレナの、基本スタンス。


答えは簡単であって。



(別に今の生活に不自由もないし、)



それに。



(昔の記憶を取り戻して、

今の生活が変わっちゃうのも嫌だし)



それが、レナが記憶に固執しない理由。


何かを得るということは、

同時に何かを失うことでもある。


確かに記憶が戻れば、

過去の多くの情報を得ることができる。

だが、その知ることとなる情報のすべてが、

自分にとって必ずプラスになるとは限らない。


場合によってはいらない情報も。

たとえば辛かった思い出や悲しい思い出だって、

自分の意思とは関係なく、

ただ無抵抗のまま、記憶の海に流し込まれるだろう。


その結果、現在の、

今のレナという人物の生き方が、

もしかしたら否定されるかもしれない。


記憶喪失の身である自分を拾い、

本当の親のように育ててくれたマレクとの関係は当然ながら、

極端な話、今、こうして仲間たちと旅をしていること自体、

記憶が戻ればもしかしたら否定をせざるを得ないかもしれない。


知ったほうがいいかもしれないが、

知らないほうがいい、ということも、

世の中多々ある。


記憶を取り戻す、という事。

それは必ずしも、

ポジティブな要素だけで成り立っているわけではない。


それをわかっているからこそ。



(積極的には知ろうと思わないのよね、結局のところ)



自ら進んで、記憶を取り戻す事に、

躍起にならない。


レナが最終的に下す結論は、それでしかなかった。


それは今の人生にそれほど不満がそれほどないからこそ、

結論付けられるものであった――。

たとえそれが、平々凡々な日々であったとしても。



「しっかしアレだな、

 俺らがこれから行こうとするところにも、

 どうせ7隊長の誰かが、待ち構えているんだろうなぁ」



何の前触れもなく唐突に、

プログがそんな事を言い出す。



「絶縁状態であるディフィード大陸はともかくとして、

 今まで俺らが行くところほとんど、

 7隊長がいるときたもんだ」


「ま、それは実際、

 覚悟しとかないといけないでヤンスね。

 人員配置はナウベルの担当でヤンスから、

 そのあたりは抜かりなくやってくると思うでヤンス」


「オイ、道化。

 今までの人員配置はそのナウベルとかいうヤツが、

 すべて取り仕切っていたのか?」


「ん? ああ、そうでヤンスよ。

 ナウベル以外の7隊長は、

 ナウベルから行くべき場所の指定を受けて、

 それを実行に移しているでヤンス」


「……。

 そのナウベルとかいうヤツ、歳はいくつだ?」


「ナウベルの歳、でヤンスか?

 うーん、正確には覚えていないでヤンスけど、

 確かまだ、20歳にはなっていないと思うでヤンス」


「オイオイ、仲間の年齢を覚えてねーのかよ?

 同じ7隊長の割には、ずいぶんと薄い関係性だな」


「女性に年齢を聞くなんて失礼極まりないでヤンスよ」


「まあ、確かにそりゃそうだけどよ……」



まあそれなりの正論を突き付けられ、

言葉を発するのに四苦八苦しているプログの横で。



「ナウベル、か。

 トーテンの町のギルティートレインも、

 もしやそいつが仕掛けたのか?

 見方でもあるナナズキを巻き込んだのも、

 すべて計算済みとでも言うのか?

 ……いや、それは早計か。

 いずれにせよ、なかなかの手練れのようだな。

 面白れぇ、相手にとって不足なしだな」



なぜか心の炎を静かに燃やし、

妙な対抗心を持つ、天才少年。


一体何のこっちゃ、とレナは若干呆けながらも、



「そういえばなんだかんだであたし達、

 結構な人数の7隊長と相まみえたわね」



脳内の記憶を軽度に漁りながら、

レナは言う。



「まずトーテンの町でナナズキに出会って、

 そこから……あ、厳密にいうとイグノのほうが先か。

 まあいいわ、それに神武島の八雲森林では、

 シキールとアーツとも顔を合わせたし――」


「加えて俺とスカルドは、

 リョウベラーとかいう、

 おしゃべり大好き野郎にも会ったしな。

 えっと、確かイグノが“元”4番隊の隊長、だっけか?」


「違うでヤンス、俺は元3番隊隊長、でヤンス。

 てか、いちいち“元”を強調するなでヤンス、

 より一層虚しさが増すでヤンス」


「あーわりいわりい、

 一応、お前さんの名誉のためにと思ったんだがな」


「名誉どころか、

 逆に痛いところをほじくり返されてる気分でヤンス」


「分かった分かった、

 そんな嫌そうな顔すんなって」



まるでいじめられっ子にいじめられている子のように、

いじけるイグノをとても適当にプログはあしらいつつ、



「えっと、そうなると……。

 2番隊隊長のシキール、

 3番隊隊長のイグノ、

 4番隊隊長のナウベル……は、名前だけか。

 あとは5番隊隊長のナナズキに、

 6番隊隊長のアーツ、

 それと7番隊隊長のリョウベラー。

 あれ? もしかして俺ら、

 ナウベルと1番隊の隊長以外は、

 もう全員顔を合わせてるってことになるのか?」


「そういうことになるわね。

 あたしとしては全ッ然、嬉しくもなんともないけど」



別に会いたくて会っているわけでもない、

むしろ会わないで済むなら、

そっちのほうがいいに決まっている。


そこに、無駄なコレクター意識はいらないのよと、

レナは皮肉たっぷりに呟く、その横で。



「しっかしアレだな、

 ここまでくると逆に気になるというか、

 ちょっと見てみたい気もするけどな」



プログは、何の気なしに、

不意に言う。



「? 何をよ?」


「1番隊隊長。

 表舞台にほとんど姿を見せないナウベルはともかくとして、

 1番隊隊長については、

 今までほとんど情報がないだろ?」


「いやー、」



確かにそうだけど、とレナは思いながらも、



「でも、見なくて済むなら、

 それがいいに越したことはないでしょうよ」



そちらの気持ちのほうが、

どちらかといえば勝っている。


今でこそ、元3番隊隊長のイグノは仲間として、

行動を共にしているが、

本来7隊長は、自分たちとは相容れない、

簡潔に言えば敵同士の関係である。


敵同士とあいまみえる、という事。

それはすなわち、戦いの開始を意味することとなる。


無論、すべてがそうとは限らない。


事実、ナナズキやアーツ、シキールといった7隊長たちは、

初めて顔を合わせた時に、即座に戦闘になる、

ということはなかった。


だが、だからといって7隊長すべてがそうだとは限らない。

もしかしたら、即座に襲い掛かってくる可能性だって、

大いにある。


そう考えると――。



「あんまり会いたいとは、

 あたしは思わないわね」



レナは、そう言い切る。

その一方で。



「レナの言い分はもっともだが、

 プログの言葉も一理ある」



それまで静かに成り行きを見守っていたスカルドが、

おもむろに口を開いた。


「無論、危険因子に遭遇しないのが最良ではある。

 だが、かといって初見の敵ほど、恐ろしいものはない。

 敵を知ることができるというのなら、

 姿は見ておいたほうがいいと、

 俺は思うがな」


「まあ、そうなんだけれどね。

 あたしも別に、是が非でも会いたくはない!

 ってワケじゃないし」


「それに、事前に手を打つことができるのも大きい。

 姿かたちはもちろんだが、

 思考、行動、信条。

 それらの情報を知識として有していれば、

 個別に対策を練ることだって、

 それほど難しくはない」


「そりゃ、そうだけど」


しかしまあ12歳にしてそこまで考えられるのねと、

天才少年の並べる言葉に対し、

レナは肯定の意を示しながらもそう思わずにはいられない。


弱冠、12歳の少年。

成長速度によって言動は様々ではあるが、

なかにはいまだに、

鼻水垂らして走り回っているかもしれない、

それくらいの年齢の少年が、

やれ危険因子だの信条だの、

おおよそ12歳の子どもからはかけ離れた言葉を、

こうもスラスラと口にすることができるものなのか。


改めてそう感じたレナではあったが。



「まあ、それはおいといて」



言葉通り、今感じたことを脳内の端へと追い込み、

続けて、



「ねえイグノ、

 あんた、残りの7隊長のこと、

 知ってるんでしょ?

 実際、どんなヤツなの?」


「え、俺でヤンスか?」


「お前以外に誰がいるんだっつーの。

 残りの……1番隊の隊長さん、

 一体どういう人なんだ?」



虚をつかれたようなしぐさを見せる元3番隊隊長に、

プログも続けて問いただす。


そう、残っている人物はたった一人、

1番隊の隊長のみ。


今まで一度も顔を見せず、

また、話題にも一切あがらなかった、

謎に包まれた人物。


今、この場にいる4人の中で、

その情報をもっとも持っているのは間違いなく、

元7隊長の一人であったイグノである。


姿は想像つきにくくても、

せめてどのような人物像なのか、

それが分かれば――。


そして、その思いを抱いたのは、

レナだけではない。



「お前さんの知ってる情報だけでもいいから、

 教えてくんねーかな?」


「言っておくが、くだらん能書きは要らん。

 どんなヤツかだけ、簡潔に言え」



口の良し悪しはあれ、

プログやスカルドも、

レナの思考と同じベクトルを向いている。


少しでも、いい。

何か、情報があれば。



「……アイツ、でヤンスか」



その中でイグノは。



「まあ……こんないい方したらアレでやンスけど」



まるで刃先が完全に錆びたノコギリのように、

すこぶる歯切れの悪い、思い口調で。



「そうでヤンスねぇ……一言で言っちゃえば――」



バツが悪そうに、頭を照れるようにポリポリと掻きながら。



「最凶の殺人鬼、でやンスかね」



恐いくらいに軽い口調と笑顔で、そう言った。


次回投稿予定→3/22 15:00頃

またまた更新が遅れてしまい、すみませんでした。。。

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