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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
212/219

第208話:駅の憂鬱

それは、レナ達が乗車した列車よりも3本、

前を走る列車の中。



『次は、サーチャード駅、サーチャード駅。

 この列車の終点です。

 お降りのお客様はお忘れ物のないようお気を付けください。

 なお、この列車はサーチャード駅を通過後、

 車庫へと入ります。

 皆様、くれぐれもお忘れ物のないよう――』


「やれやれ、ようやく王都か。

 ファースターから一本で行けるとはいえ、

 遠すぎじゃ……」



ウォンズ大陸の王都、

サーチャード駅を告げる車内アナウンスを聞き、

その長旅を実感して噛みしめるように、男は呟いた。



「ねえねえママ。

 あの人、すっごく大きい!

 ゴリラみたい!!」


「コラ! 知らない人をそんな風に言うんじゃありません!

 ……すみません、うちの子が無礼で――!!」



偶然列車に乗り合わせた、

初対面の男の子に指をさされながら、

酷いことを言われても、



「いやいや、気にせんでいい。

 元気なことはいい事じゃ、ガッハッハ!」



何度も頭を下げる母親らしき人物の振る舞いを、

その男は豪快に笑い飛ばす。



「ホラ、ごめんなさいって言いなさい!!」


「ごめんなさい、おじちゃん……」



子どもがわずかにいじけた顔でペコリと、

小さくお辞儀をすれば、



「よいよい。

 おじちゃんは一切、気にしていないぞ。

 それよりも君、名前は何というのじゃ?」


「え? 僕? タイガ」


「タイガ君か。

 元気なことはいい事じゃ、

 いつまでも、その元気を忘れるでないぞ」



男はそう言い、また笑う。

そして、



「お母さん、どうかタイガ君を怒らないでやってくれ。

 ワシは何とも思っていないからな。

 約束じゃぞ、それじゃあの」



言って再び、ガハハハっ! と、

大柄な男特有の、

爆音にも近い笑い声を響かせながら、

列車の席を立った。



ファースターが誇る精鋭部隊、ファースター騎士隊。

その中でも類まれな能力を持ち、

常人よりも能力を有する精鋭7人を隊長に選任した、

通称、7隊長。


その7隊長の一人である6番隊隊長、

アーツは王都サーチャード駅に降り立った。


ちなみに列車に乗り込んだのは、

ワームピル大陸の王都であるファースターにある、

ファースター駅。


そこから一度も列車を降りることなく、

エリフ大陸を経由してウォンズ大陸まで、

そのアーツは辿り着いた。


都合、乗車時間はゆうに10時間を超える。

その大柄な体格から、

体力には自信を持っているアーツではあるが、



「んんんんおおおおっ!!

 さすがに疲れたわい……」



背を大きく反るようにして、

これ以上は無理、

という限界のところまで伸びをせずにはいられない。


齢にして、40を過ぎる。

ファースター騎士隊が誇る猛者、

7隊長の中でも他の7隊長の年齢とは一回り近く差がついている、

押しも押されぬ最年長。



「ったくナウベル公、

 年寄りに厳しい任務を与えおって……」



40歳といえば身体能力という面では一般的に、

ピークを過ぎている年齢となる。


まだまだ10代として動き回る5番隊隊長ナナズキは当然だが、

20代前半の4番隊隊長ナウベル、

さらに言えば20代後半で、

自分ともっとも年齢が近い2番隊隊長シキールと比べても、

身体のピーク具合でいえば、

明らかにアーツは下り坂に差し掛かっている。


その右肩下がりの中年オヤジに。



「10時間列車の座りっぱなしは、

 ジジイの体には堪えるわい……」



同じ態勢のまま10時間もの間、

ジッとしていろとなれば。



「ほんとに、もう少し年寄りは、

 労わってほしいものじゃ」



ふだんは滅多に怒りの感情を表に出すことのないアーツでも、

さすがに文句の1つも言いたくなる様相である。


だが、かといっていつまでもグダグダと文句を垂れるほど、

アーツも時間に余裕があるわけではない。


現在、午後4時。

一年の平均気温が30℃を超えるウォンズ大陸において、

一般的に夕方と定義されるこの時間においても、

気温は35℃を超えている。


そこに立つのは、

ちょうどひと月前に計測した際、

体重が110㎏(自己申告)となっていたアーツ。


ただでさえ巨漢であるその体格に、

35℃という、猛烈な熱波がアーツの体に襲い掛かってくれば。



「ふう……あついのう……」



もはやそれは立っているだけで、

まるでアリジゴクに捕らえられたかのように、

ジワジワとなぶられるように、

体力が削られていく感覚に等しい。


7隊長の一人とはいえ、

アーツも人間。

無限に体力が湧き出てくるわけでもない。



「ひとまず、まずは宿でも……」



とって屋内でゆっくり、

と取り急ぎ行動を起こそうとした、

その時。


ピーッ、ピーッ。


まるで巨大な鎧をまとっているかのような、

屈強な胸板付近から漏れ出した、高周波の機械音。

7隊長全員が持たされている、通信機である。


「やれやれ、御仁か。

 ホントあの御仁、どこかでワシのことを、

 監視しているんじゃなかろうか?」



もはや声を聴かずとも、

アーツにはその相手の正体がわかる。


まるでそのタイミングを計ったかのように、

列車から降りた後すぐ、連絡をよこしてきた相手。


それは。



「はい、こちらアーツじゃ。

 ……やはりナウベル公か」


裏社会に生きる4番隊隊長、ナウベル。

もはやそれは予想ではなく、

単なる答え合わせに近い、

それくらいに確証を持つことができるものであった。


もっとも、それに対してアーツが不快感を持つことはない。



「しかしアレか?

 ナウベル公はワシの行動をどこかで見ておるのか?

 列車降りてすぐに連絡よこすとか、

 単なる偶然とは思えんぞ」



事実、口ではそう言っているものの、

アーツの表情は決して、硬くない。



「まあ、ナウベル公なら列車の到着時間くらい、

 お見通し、ってところかの?

 まったく、ナウベル公らしいな」



ワッハッハ、と。

そこまで伝えたところで、

アーツは大口を開けて笑う。


監視されているとかされていないとか、

そんなことアーツにとっては、

本当にどうでもいいことであって。



「ま、心配せんでも、

 ワシはナウベル公や騎士総長様を裏切るようなことは、

 決してせんよ」



その不変たる意思があれば。

その意思を貫きとおす覚悟があれば。



「ワシは、お前さんたちの為に、

 なんでもするからの」



その言葉は心の底から、

なんの淀みもなく、言えるものであった。

そのうえで。



「んで、ワシはどうしたらいい?」



アーツは次の行動を定めるべく、

機械の向こう側へと問いかけた。

じつのところ、

王都サーチャードへ行けという指令こそ受けたものの、

そのあとの行動については、何ら指示を受けていない。


騎士総長様、そしてファースターの繁栄のために動くには、

決して自分勝手な行動は、許されるものではない。


つまりはいつも通りに、ナウベルの指示通りに動く。

それがアーツにできる、すべてのこと。



「……ほう、ほう……。

 もうすぐアイツ等が来るのじゃな?

 すぐとっ捕まえるかの?

 ……なんじゃ、つまらん。

 ……、ナウベル公、本当にそれでよいのか?

 それだけでよいのじゃな?」



果たして望み通り、

具体的な行動の指示を受けたアーツは。



「あい分かった!

 そしたらその通り、ワシも動くぞ。

 いつもいつも連絡すまんの。

 お前さんも、あまり無理はするんじゃないぞ」



ガッハッハ、と。

大柄の中年オヤジらしい、

豪快な笑いをあたりに響かせる。


まるで何も不安や不満など、

腹の中に持ち合わせていないかのように。

ストレスなどという言葉とは、

対極の場所に立っているかのように。


アーツは大きく口を広げて笑う。


そして、



「それじゃ、そろそろ切るぞ。

 ナウベル公も――」



元気でな、と言い残し、

連絡を切ろうと、通信機を耳から遠ざけた、


のだが。



「――――ッ、――――」



何やら向こうで、

まだ話が続いている気がして。



「ん? どうした?

 まだ何か指示があるかの?」



アーツは再び通信機を、

耳の近くへと寄せた。


案の定、ナウベルはまだ何かを話していて。



「……」



その言葉に対し、アーツは。



「―――――――――ッ」


「…………」



まるでパラパラ漫画を高速で進めていくかのように、

最初は柔和だった表情を、徐々に険しくさせて。



「―――――――、――――――――」


「………………」



そして。



「―――――


「ナウベル公よ、言いたいことはそれだけかの?

 それくらい、ワシも承知しておる」



最後はナウベルの言葉が終わるのを待つことなく。



「ワシは一切、彼女のことなんて考えておらんよ。

 ……それじゃあの」



半ば一方的に、通信を遮断し、

そして一切の迷いを持つことなく、

懐へと乱暴に押し込んだ。



「まったくナウベル公、

 余計なことを言いおって……」



戦いの時を除き、

ふだんは7隊長イチ温厚であるアーツが、

その性格に似つかわしくない、

吐き捨てるようにして、言う。



「ナウベル公といいシキールといい、

 ワシが気にしないことを、

 あえて口にしおって……」



それは不満、というよりは愚痴に近かった。

不満ではなく、愚痴。



「…………」



“ワシが気にしない”。

口ではそう、言ってはみたが。



「……他人に言われると、

 余計に気にしてしまうわい」



アーツの気持ちの真実は、これだった。


つい数秒前、気にしないと言っていたこと。

それは口から咄嗟にこぼれた、反射的な虚。


真実は、その逆。


気にしていない、はずがない。


つい先日にシキールが船の中で言及し

たった今ナウベルが口にしていた、

“彼女“の存在。


アーツにとって、“彼女”は。



「気にしない、訳がなかろう……」



そう呟き、視線を思わず落としてしまう。



『ワシは、お前さんたちの為に、

 なんでもするぞ』



先ほどナウベルに宣言した、この言葉。

この言葉に嘘偽りはない。

心の底から、骨の髄から、

それを誓うことはできる。


誓うことは、できる。



「ただのう……」



だが、それをたった一つの生き方の軸に、

据えることが“絶対”にできるかと言われれば。


アーツ自身不本意ではあるが、

それは“絶対”のものではない。


その理由こそが。



「元気に、しとるかのう……」



アーツを真の戦士になりきらせない、唯一の理由が。

“彼女”にほかならない。


“彼女”とアーツの関係について知っているのは、

アーツが知る限りで3人。


先ほどの通信相手であるナウベル、

アーツにとって盟友とも言うべき、2番隊隊長のシキール、

そして騎士総長クライド。


他の7隊長については、

その関係性を知るものは、おそらくいないだろう。


だが、アーツの上司とも言うべきクライドと、

同じ7隊長でも中間管理職の性格が強いナウベルが、

その事実を知っているということは、

それすなわちアーツに下される指令に、

その事実が何らかの影響を及ぼす可能性は、

否定できないものだ。


事実、だからこそなのか、

アーツが受ける指令は必ずと言っていいほど、

“彼女”の存在と交差しないものとなる。



「もう、あれから何年くらいになるかのう……」



別にそのことについて、

アーツは怒りという感情は湧かない。

もしアーツがクライドやナウベルと同じ立場であっても、

おそらく同じ行動、

すなわち“彼女”と自分自身を遠ざける任務を与えるだろう。



「それは、分かっているんじゃ」



主観的に見ても客観的に見ても、

それは間違いがない。



「……ただ――」



アーツは、それでも。



「そう簡単に、割り切れるものではないのじゃよ……」



大男にはあまりに似合わぬ、

まるで小さい少女のような、

蚊の鳴くような声で、アーツはさらに下を向く。


それが、アーツが抱える、

偽りの全くない、本物の真実。


今だから、言える。

ここだから、言える。

クライドも、他の7隊長も、

アーツのことを知る者がいない、

この場所だからこそ、言える。

見せることができる。


大柄で強く、逞しく、

それでいて弱音など一切吐かない仮の姿ではなく、

今の、この真の姿を。



「ワシは……」



そして、その姿は“彼女”にも、

決して見せられない。



「――もしかしたらワシは」



逃げているだけなのかもしれん、

とアーツは感じずにはいられない。



“彼女”のもとへ、

行こうと思えば、おそらく行ける。

手段はいたって簡単、

クライドやナウベルの指示を無視して、

この場所、王都サーチャードではない、

別の場所に、“彼女”がいる場所に、

己の意思で向かえばいいだけ。


たった、それだけのこと。


己と“彼女”の関係を考えれば。

それくらいの事をしてでも、

たとえ上司の命令に背いたとしても、

禁を破ってでも会いに行かなければならない、

そのはずである。



「情けない……情けないのう……」



だがアーツにはそれができない。

いや、正確に言えば、できるはずがなかった。


仮に、会いに行ったとしても。



「ワシは、どんな顔で会えばいいのじゃ?

 なんて声をかければいいのじゃ?

 あの子に……」



“彼女”に、果たして。



「真実を……打ち明けることができるのじゃろうか?」



アーツの自問は、いくらでもあった。


是か非か、明快な解答ができるものもあれば、

複数の解答例がある問いもある。


だが、そのいずれの自問に対しても、

アーツが導き出せるものは。



「分からん……分らんのじゃ……」



結局、それでしかなかった。

答えなど、出るはずがなかった。


なぜなら、その答えを出すこと、

すなわちそれは自分が――。



「…………」



いつの間にか周りからすっかり、

列車に乗っていた乗客は姿を消し、

まるで異空間にポツンと一人、

取り残されたかのような錯覚に陥るような中で。



「……ひとまず宿、じゃな」



出るはずのない答えを。

出したくもない答えを考えることを、

いつものように放棄し、アーツは重い足取りで、

逃げるようにサーチャード駅を後にした。

次回投稿予定→3/8 15:00頃

今回は更新が遅れまして、すみませんでした。。。

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