第206話:進む道
「オイオイちょっと待てって。
お前ら、マジでそれ言ってんのか?」
たまらず、プログが口を開いた。
「確かにタイミングが合致しているかもしれねえが、
そんな都合よく解釈していいものなんかよ?」
それはさすがに早計だろとばかりに、
元ハンターはまくしたてる。
ファースター騎士隊を統べる騎士総長にして、
王都ファースターの実質トップに君臨する男、クライド。
一方で、列車専門の犯罪集団である、
“シャック”のリーダーという裏の顔を持つ彼が起こした、
見逃すことのできない2つの言動。
1つは孤高の大陸と言われ続けてきたディフィード大陸に繋がる、
秘密の海底洞窟を完成させていた事。
そしてもう1つはファースター王女の行方不明に乗じて、
3国首脳会議において言い放った、
ディフィード大陸の王都キルフォーに対する、
“軍事行動も辞さない”という発言。
前者が完成したのはイグノいわく、数か月前。
そして後者の発言が飛び出したのが、つい数日前。
この短期間に2つの出来事が起こった。
それは果たして偶然か、それとも必然か。
レナやスカルドが思い描いた仮説は必然、である。
だが、それにすぐさま反応したのが、
プログだった。
「もしスカルドやレナの言うとおりだとしたら、
クライドの野郎、
ハナから軍事行動を起こす気満々、ってことになるぞ?」
「さあな。そこまでは俺も知らん。
もしかしたらその海底洞窟を作った理由は、
別にある可能性もあるわけだからな。
ただ、現実的に考えれば――」
「ドンパチ始めるために掘らせたか、
あるいはこっそり諜報活動をするため、
って考えるのが自然よね、
ましてや相手に内緒でやってたんだとしたら。
あんまり推測だけで話は進めたくないけど――」
それでもソコソコは的を射た推察と思うわ、
とレナは言うと、
「ねえ、イグノはそこら辺のこと、
何か聞いてないの?
海底洞窟の目的は何か、とか」
今、この中でもっとも情報を深く知るであろう、
元7隊長であるイグノへと、話をふってみる。
「いや、そこまでは俺も聞いていないでやンス。
たぶん、他の7隊長にも、
そこまでの情報は下りてきてないと思うでやンス」
ただ、返ってきた答えは残念ながら、
レナを満足させるようなものではなかった。
「やっぱりそうよね……」
「まあでもおそらく、
レナやスカルドが予想している通り、
キルフォーとの戦争を想定したものであると、
考えていいと思うやンス」
しかし、一つため息をついたレナに対してイグノは、
そう切り出すと、
「海底洞窟を作る直接的な理由は、
確かに教えてもらっていないでやンスが、
キルフォーに対して軍事行動を起こすことについては、
かなり前からクライドは口にしていたでやンス」
「え、そうなの?」
「そもそもクライドは、
孤高の存在を貫き門戸を開かない、
ディフィード大陸の王都キルフォーについて、
あまりいい感情を抱いていなかったでやンス。
これから世界を発展させていく過程において、
あまりにも時代遅れだ、とよく言っていたでやンス」
「ふーん……。
じゃあ今回の件だけが、
軍事行動の引き金になったわけじゃない、
ってことね」
「まあ、そういうことになるでやンスね」
今回の件とは勿論、
3国首脳会議を開くきっかけとなった、
ファースター王女行方不明の事であるのだが、
スカルドがいる手前、レナはあえて、
“王女”という語句を使う事を避けた。
今はそこが論点ではないし、
少しでもスカルドと“王女”という言葉に、
距離を置かせたかったからである。
そして、レナの目論見はどうやら、
うまくいったようで。
「……オイ、道化。
その軍事行動に関する話は、
だいたいいつくらいから耳にしていた?」
少年は自らが気になっている言葉について、
さらに掘り下げていった。
「えっと、確か1年半近く前でやンス」
「間違いはないのだろうな?」
「間違いはないでやンス。
7隊長が全員そろった時に話していたでやンスし、
シキールやアーツと“物騒な事になってきたな”、
って話をしたのを覚えているでやンスから」
「となると、だ。
ファースターがキルフォーと軍事衝突を起こす事と、
海底洞窟の完成を急いだ事の整合性は取れてくる。
無論、まだまだ不確定な部分は多いがな」
「オイオイ、マジかよ。
クライドの野郎、完全な確信犯じゃねーか……」
「俺は確信犯だと思うでやンスよ。
じゃなきゃ、ここまで具体的に行動を起こすなんて、
あり得ないでやンスから」
まるでそれが動かしようのない答えだと言わんばかりに、
自信満々に言うイグノを見て。
「まあ、イグノの言っていることが本当なら、
クライドはすでにキルフォーと軍事衝突することに、
完全に狙いを絞っていることになるわね、
ったく、ホント気に入らないわ」
最後は吐き捨てるように、レナは言う。
3国首脳会議の際には王都キルフォーに対して、
最後通牒を突き付けると言っていたクライド。
しかし、すべての憶測が線で繋がるとすれば、
表向きに言い放った言葉とは裏腹に、
腹の中ではすでに軍事衝突させるつもり満々である、
ということが、行動から証明されてしまっているのである。
その思惑に対して腹が立つか、立たないか。
結果は断然、前者だった。
単純に、建前と本音を使い分ける、
彼の狡猾さに苛立ちを覚えているのもあるが、それとは別に。
「“世界を救うため”とか言っておきながら、
言っていることとやっていることが、
全然違うじゃないの」
レナが自分自身でも理解できるくらいに、
腹が立つ理由のもう一つは、それだった。
世界を救う。
その言葉はクライド自身がレナ達に対して、
間違いなく言い放った言葉だ。
そこに、真も偽もない。
ただ一つ動かしようのない、
抽象的な言葉に込められた事実。
彼が、クライドが何の意図を持ち、
また、具体的に何から世界を救おうとしているのか、
その真意を剥ぎ取る術を、まだレナは持っていない。
だが、術こそ持ってはいないが、
少なくとも軍事衝突が決して許される行為ではない、
ということくらいは、真意を知らずとも分かるし、
その行為が“世界を救う”という目的の過程に入るべきではない、
ということも、当然理解できている。
無論、そのような感情論だけで、
国政や世界の情勢を、
俯瞰的に見ることはできない。
だが、それでもやって良い事と、悪い事がある。
確かにレナ自身も、
セカルタの使者として行ったにも関わらず、
ぞんざいな扱いをしてきた総帥ドルジーハに対して、
あまり良い印象を持っているわけではない。
だが、その感情だけで暴力に頼る行動をとろうとは、
微塵も思わない。
そして、それはきっとクライドにも当てはまる事だろう。
クライドも暫定的とはいえ、
王都ファースターのトップに君臨する者である。
そのクライドが、
感情に理性を侵され突発的な行動をとるとは、到底思えない。
きっと彼なりの、何か考えがあっての、
海底洞窟の建設、そして軍事行動の宣言なのだろう。
だからこそ。
「アイツ、ホントに何を考えているのかしら……」
余計に、分からなくなる。
建前、本音、言葉、真意。
それらはすべて点と点であって、
線とすることができない。
あの時、あの場所で。
レナ達の前で自らはシャックのボスであると、
堂々と宣言した、あのダート王洞から。
見えそうで、見えない。
いまだにレナの思考の海にかかった靄が、
晴れる気配はいっこうにない。
そして、それはレナだけが感じていた、
それだけではないようで。
「ったくクライドの野郎、
ホント何考えてんだかな……」
ダート王洞の宣言時、
同じ場所にいたプログを始め、
「…………」
セカルタが生んだ天才少年と称される、
スカルドでさえも、
それ以上の言葉を紡ぐことをしない。
まるで不可視の空気圧に、
空気量を圧縮されているかのように、
重く、それでいて息苦しい空間が、
レナ達の周りを侵食していく。
「……とりあえず、でやンスけど」
その中で口を開いたのは、イグノだった。
「俺の知っている情報を、
最後まで伝えるでやンス。
クライドの作り上げた海底洞窟でやンスけど、
当たり前の事でやンスが作りっ放しの野晒し、
という訳ではないでやンス」
「……そこには当然、
見張り兵が配置されている、
そう言いたいんだろう?」
「ご明察でやンス、スカルド。
自然に作られた洞窟ではなく、
人工的に建造された洞窟でやンスから、
当然、ファースター兵が四六時中、
勝手に使用されないかを見張っているでやンス。
つまりそう簡単には、
その海底洞窟を使うことは出来ないでやンス」
「まあ、そりゃそうよね。
どこか抜け道とかはないのかしら?」
「それがあったら苦労しないでやンス。
ってか、海底を通る洞窟に、
抜け道なんて作れるはずがないでやンス。
そんなのがあったら洞窟内が、
海水でいっぱいになってしまうでやンス」
確かに、とレナはイグノからのぐうの音も出ない、
ド正論に言い返す言葉がない。
というより、
その海底洞窟そのものが抜け道のようなモノであると共に、
天然モノならまだしも、
明らかな人工物である洞窟に、
抜け道を期待しようなどということが、
どだい的外れな話である。
ゆえに。
「だから俺はおススメしないと、
何度も言っているでやンス。
ただでさえウォンズ大陸へ行くこと自体が、
リスキーな話であるのに加えて、
見張り兵が確実に待ち構える海底洞窟へ行くなんて、
自殺行為にもほどがあるでやンス」
イグノが言ったその言葉に対して、
レナは明確な反論をすることができない。
アヒル口の、
7隊長をクビになった残念男に、
こうも言い切られるのがシャクに障るが、
それでもこの男の、イグノの言っていることは、
間違いなく正しいものである。
「――――ッ」
リスクは、限りなく大きい。
火中の栗を拾うような、
あまりにも危険な行動。
それは分かっている。
「――――それでも」
だが、それでもレナは。
「あたし達はそ
「オイ、道化。
その海底洞窟へ案内しろ」
決意の言葉を言おうとした直前、
スカルドの言葉が先に発せられる。
その言葉は、レナが決意したものと、
ほぼ同義なものだった。
「……少年くん、
今の話、聞いていたでやンスか?」
「無論だ」
「ウォンズ大陸と海底洞窟が危険すぎること、
理解していただけているでやンスよね?」
「当然」
「分かってて、案内しろとか言っているでやンスか?」
「当たり前だ」
「……正気でやンスか?」
「くどいぞ、道化」
言うなりスカルドはくるりと体制を変え、
「オイ、レナ。
お前も同じ考えだろう?」
「あ、えっと……」
ポカンと口を開けているレナの方へと向き直ると、
「今、こうして考えている時間も惜しい。
とにかくその海底洞窟はウォンズ大陸にある。
多少のリスクはあるが列車を使って、
近くまで行くぞ、それでいいな?」
「え? あ、うん。
まあ、それしかないわね」
なかば強引に押し切られるような形で、
レナは思わず、返事をしてしまった。
とはいえ、船旅にリスクを抱える今、
列車での移動しか、考え付く方法もない。
確かに、列車での移動も、危険ではある。
なにせウォンズ大陸を牛耳る王都サーチャードは、
古来よりファースターとの親交が深い国だ。
もしサーチャードで捕まろうものなら、
ファースターへ強制送還させられる可能性もあるだろう。
だが、かといって他に方法があるわけでもない。
手段を選り好みするほど、
選択肢はない。
リスクなど、承知。
それでも前に、進むしかない。
「あたしは、異論なしよ」
故にレナの答えは、それしかなかった。
「イチかバチかではあるけど、
他に方法がない以上、その海底洞窟に行ってみるべきね。
プログ、あんたは?」
「ん? 俺か?
俺もそれでいいぜ。
当然危ないっちゃ危ないが、
船よりかはまだ幾分かマシだろ。
陸路……っといっても洞窟だが、
地に足をつけていれば最悪強行突破もできるけど、
船旅で周りを囲まれたら完全に詰むからな」
自嘲気味に笑いながら言うプログの言葉には、
心もとないながらも多少の説得力があった。
スカルド、プログ、そしてレナ。
3人の意見は、固まった。
「さて、そしたら――」
すぐにでも列車に、と言いかけたレナを、
「待て待て待て待て、待つでやンス!!」
それはもう、
凄まじい勢いと焦りを滲ませてイグノが叫ぶ。
「俺は反対、って言ってるでやンス!
そんな明らかに危ない場所、
自ら進んで行くなんて馬鹿すぎるでやンス!」
「うっさいわねぇ。
危険なのは知ってんのよ。
でもそれしか方法はないんだから、
しょうがないでしょ」
「嫌でやンス!
俺は絶対に反対、断固反対でやンス!
反対! 反対!!」
まるで駄々をこねる子どものように、
ワーキャー喚き散らしている、元3番隊隊長。
こいつホントに泣かしてやろうかと、
レナはもう少しで制裁の鉄拳を振りかざしそうになったが、
「だぁーもう、うるさい!
もう一度言っとくけど、あんたはあたしの用心棒なの!
雇い主のあたしの命令は絶対なのよ!!
あたしが案内しろって言ったら、
あんたは黙って案内すればいいのよ!!」
「ひどいでやンス!
そんなの横暴でやンス!!」
「ったく、ごちゃごちゃしつこいわね!
これ以上四の五の言うなら……どうなるか、
覚悟できてるんでしょうね?」
チャキ、と。
最後通告を突きつけたレナは、
腰に携える長剣を鞘からわずかに、
刃をチラつかせる。
もう、それ以上何か文句を言えば、
問答無用で――である。
「ううう……。
暴君、暴君でやンス……。
やり方が独裁者のやり方でやンス……」
一方のイグノは、半ベソ気味に、
せめてもの反抗なる言葉を並べているが、
かえってその言葉が、何とも虚しく響く。
だが、
「ハイハイ、嘆くのは後ででいいから、
サッサとあたし達を案内するッ!」
まるで子のケツを叩く母のように、
行動を急かすレナ。
他方、事の顛末を見守っていた元ハンターの男や天才少年からは、
残念な男への同情の意など、微塵も感じない。
ドンマイ。
お前が悪い。
どうにもそのような類の表情しか、していない。
つまるところ、イグノがとることが出来る行動は。
「……はあ。
分かったでやンス。
とりあえず、まずは列車に乗るでやンス……」
それしか、なかった。
次回投稿予定→2/2 15:00頃
遅れましたが本年もよろしくお願いいたします。




