第19話:悪夢、再び
「くらえッ、炎破!!」
レナの叫び声に呼応し、
剣先から放たれた炎がサンプル一号を包み込み、
一瞬にして一気に弾け飛ぶ。
……が、約700℃に達するレナの炎を受けても、
サンプル一号は傷一つ、
いや、火傷一つ負っていない。
スライム状の魔物のため、
果たして傷や火傷がついているのか、
疑問な部分はあるがブヨブヨと体を震わせ、
相変わらず気持ち悪い動きをしているため、
どうやらダメージは与えていないだろう。
「ちょっ……は?」
レナの頭に?マークが乱立する。
そんなバカな。
レナは再び意識を集中させ、炎破を放つ。
紅蓮の炎が、サンプル一号を包み込む。
……が、やはり気持ち悪い動きが止まることはない。
レナはもちろんのこと、
他の3人も唖然としている。
4人はてっきり、レナの放った炎で、
跡形もなく消えると思っていた。
約700℃の炎が、目の前の敵を焼き尽くす、
そう確信していた。
しかも2発喰らっているのだ。
なのに、サンプル一号はブヨブヨと体を震わせ、
いや、心なしかさっきよりもさらに早く体を震
「レナ、危ないッ!!」
ローザが咄嗟に、
レナを奥へ突き飛ばす。
サンプル一号の中心で赤く光っていた、
核と思われる球体が、
いきなりスライム状の本体の中から飛び出し、
レナを目がけて飛んできたのだ。
「キャアッ!!」
「ロ、ローザ!!」
ローザに突き飛ばされたあと、
そのローザから悲鳴が聞こえ、
レナが慌てて振り返る。
そこには、右腕を押さえながら、
うずくまっているローザの姿が。
レナを回避させたまではよかったローザだったが、
自分自身まで攻撃を回避することができず、
核の球体が、ローザの右腕を襲ったのだ。
幸い、かすった程度で済んだのだったが、
実はこの球体、
とんでもない高温を宿しているのだ。
実際に、球体がかすったローザの右腕部分は、
火傷を負ったように赤く腫れ上がっており、
かすった部分に針を刺されたような、
強烈な痛みがローザを襲う。
そして、ローザを襲った核の球体は、
まるでヨーヨーのように、
再びサンプル一号の体の中へ、
再び戻っていく。
「ローザ! しっかりして!」
アルトが慌ててローザへ駆け寄り、
素早く両手を差し出す。
暖かい光が、ローザの右腕を包む。
「あ、ありがとうございます……」
額に汗が滲むローザが、
力ない笑顔を作りながらアルトに礼を述べる。
「くそッ、あの核は熱を持っていやがるのか!
だとすると迂闊に近づけないじゃねぇかッ!!」
先ほどまでサンプル一号に、
短剣で斬りこむチャンスを窺っていたプログが、
足を止めて思わず舌打ちをする。
「ローザ、大丈夫!?
ごめんね、あたしが油断したばっかりに……」
「大丈夫ですよ、レナ。
それよりも、今はあいつをどうにかしないと……」
謝るレナを制して、
ローザがキッとサンプル一号を睨み付ける。
そのサンプル一号は、
まるで4人を嘲笑うかのように、
そのブヨブヨとした体を小刻みに震わせる。
「で、でも、
レナの炎が全く効いてなかったよね?」
ローザの治癒を終えたアルトが、
体を引き気味に立ち上がる。
誰しもがその光景を見ていた。
見間違いではない。
「そうね。
悔しいけど、あのブヨブヨバカ、
どうやらあたしの炎は効かないみたいね」
奥歯を噛みしめながら、レナが吐き捨てる。
約700℃の炎を喰らって、
無傷で済まされるはずがない。
今までで、レナの炎の直撃を喰らって、
傷一つつかなかったことなんて、一度もな
「……! まさか……」
レナの口から思わず言葉が漏れる。
レナの中で動き出した思考回路が、
ある1つの事柄、
というより人物のところで止まる。
いや、ある。
たった1度だけ、
レナの炎を喰らって無事だったことが。
しかも、ついこの前。
「くそッ……レナ、どうした!?」
レナの独り言が聞こえていたのか、
サンプル一号から放たれる核の球体攻撃を避けながら、
プログがレナの方を向く。
「もしかして……コイツも、
コウザと同じってこと?」
一方、プログの言葉が聞こえていなかったのか、
レナはぽつりと呟く。
「え?」
考えもしていなかったレナの言葉に、
アルトも思わず声を漏らす。
そう、以前にたった1度、
ルイン西部トンネルで戦ったコウザは、
レナの炎を喰らっても傷一つ、
つかなかったのだ。
それどころか、不気味な笑みを浮かべていた。
もちろん、コウザとサンプル一号では、
姿かたちが全く異なっている。
だが、目の前で起きている現象は、
コウザの時とサンプル一号、
非常に良く似ている。
「コウザってレナが前に戦った、
傷一つつかなかったって人のことですか?」
プログの後方から放った気術、
エナジーアローが、
サンプル一号に全く効いていないことを確認しながら、
ローザが聞く。
「そうよ。
アイツも炎が全く効かなかったの、
まさに今みたいにね」
ローザの言葉はちゃんと聞こえていたのだろう、
レナがローザを見ながら話している。
「おいおい、
まさか、コイツもそうだって、
言いたいんじゃないだろうな!?」
どうやらサンプル一号の標的にされたのか、
球体攻撃を一身に浴びているプログが、
若干イライラした様子で叫ぶ。
「そんなの、あたしだってわかんな……」
と、ここまで言ったところで、
レナは言葉を止める。
そして、再び思考を回転させる。
ちょっと待った、
確かコウザもシャックの一員だったハズ。
そして、今回戦っている魔物は、
シャックのボスの一人、
ファルターが生み出した魔物である。
傷一つつかない体なんてシロモノが、
生まれもって備わるモノであるはずがない。
だとすると。
もし、シャックの組織の中で、
“攻撃を受けても傷一つつかない体”を作る、
という技術が確立されているとしたら?
全世界、グロース・ファイスを見渡しても、
聞いたことがない、
そんな夢のような技術を、
もしシャックが可能にしていたら?
もしかしたらレナの思考回路が暴走しただけで、
そんなことはないかもしれない。
可能性は限りなくゼロに等しい。
だが、ゼロではない。
だとしたら、どうやってそんな技術を生み出したのか?
誰が考え出したのか?
実際にどんな技術を使って――。
レナの思考回路は、
今まさにフル回転を始めようとしていたのだが、
レナ自身が、その思考回路の動きを止めた。
今、そのことを考えることよりも、
まずは、目の前にいる強敵を、
いかに倒すかということに、
考えを向けなければいけないという思いが、
横やりを入れてきたからだ。
「ど、どうする!?
攻撃しても効かないって、
もう、どうしようもないよ!?」
コウザと戦っていないレナ以外の3人の、
意見を代表するかのように、
アルトが後ずさりをして、
若干声を震わせながら叫ぶ。
「確か……コウザの時は……」
「おいレナ、どこを攻撃するんだ!?」
攻撃を受け続けるプログが、
独り言を連発しているレナに多少イラついているのか、
やや怒鳴り気味に聞いている。
コウザの話自体は、
以前にレナから聞かされていたが、
1番必要な情報である、
コウザの倒した方法を、
今まで聞いていなかったのだ。
そのため、
レナ以外にこのサンプル一号撃破の鍵を、
持ち合わせている者がいない。
しかも、その肝心のレナが、
さっきからブツクサ独り言を連発しているのである、
プログがイラつくのも無理はない。
「背中よ!
コウザの時は、背中を狙ったら倒せたわ!
とにかく背中を狙うわよ!」
ようやくレナの独り言が消え、
サンプル一号撃破のカギがもたらされる。
コウザの時は、背中を攻撃しただけで、
レナのそれまでの苦労が嘘のように、
コウザは崩れ落ちた。
もしかしたら、シャックの生み出した技術、
と思しきモノは、
背中を弱点としているのではないか、
レナはそう感じていたのだ。
……が。
「で、でも、背中ってどこですか!?」
そんなレナのもたらした鍵を、
ローザをはじめ、3人は受け取ることができない。
「え……?」
さっそく背中を攻撃して撃破、
そのことしか考えていなかったレナも、
すぐにローザの戸惑いの意味に気付き、
再び足を止める。
このサンプル一号は、スライム状の魔物が、
ファルターによって強化されているものである。
ゼリー状の本体に、
核の球体がその中心部に埋め込まれているという、
実にシンプルな外見だ。
当然、手足をはじめ、
目や鼻、口、耳と言った器官は存在しない。
つまり、どこが正面で、どこが背中なのか、
また、どこからが頭の部分で、
どこからが背中の部分になるのか、
全く区別することができないのだ。
仮に、どこか一部分を背中と呼ぶことができるとしても、
幅約10メートル程の通路をほぼ塞いでいる体を持つ、
巨大なサンプル一号で探し出すとなると、
糠の中の米粒を探すくらい困難である。
しかも、運良くその背中を見つけ出せたとしても、
サンプル一号に体の向きを変えられてしまったら、
また一から探さなくてはいけなくなってしまう。
そんなことをしていたら、
日が暮れるどころか、
いつかはレナ達の体力も限界を迎えて、
倒すことがさらに困難になってしまう。
「オイオイ、マジでどうするよ!?」
レナが言葉に詰まったことにより、
再び振り出しに戻ったことに気付いたプログが、
思わずレナの方を振り返る。
と、ちょうどその時、
運悪くサンプル一号の攻撃がプログに向かって放たれ、
核の球体がプログに迫ってくる!
「プログ、危ない!」
「!!」
攻撃に気付いたアルトが、
咄嗟に拳を握った右腕を伸ばす。
ガンッッ!!
プログが気付いた時には、
まるで壁を殴ったような、
重い音と共に、
アルトの拳と核の球体がぶつかり合っていた。
勢いを失った核の球体は、
その場でポトンと地面に落ちたが、
すぐに再び動き出し、本体へと戻っていく。
「! ッつぅ……」
一方、アルトは格闘用のグローブをはめていたものの、
それを凌駕する球体の攻撃、
そして熱さに思わず顔を歪め、
右手を庇うようにしてその場にうずくまってしまう。
「わ、わりいアルト、大丈夫か!?」
「へ、平気……
治癒術使えばなんとか……
それより早く、何とかしないと……」
心配そうに駆け寄るプログを左手で制しながら、
アルトはその左手を使って、
自らの右手に治癒術を施す。
いよいよ八方ふさがりだ。
この謎だらけな招待符目を倒す、
唯一の頼み綱だったレナがこの調子である。
完全にふりだしに戻り、徐々に焦りの表情が出
「……あれ?」
と、ここでローザがあることに気付く。
(攻撃を受けても傷一つつかない体なのに、
今のアルトの攻撃を受けて、
球体がポトリと下に落ちるちゃうものなの?)
必死に球体の攻撃を避けながら、
本体の様々な場所を炎、そして短剣と、
あらゆる手段で攻撃しているレナ、プログ、
そして、その後ろでどうしたらいいかわからず、
アタフタしているアルトのさらに後方で、
ローザが顎に手を当て、思考回路を動かす。
そういえば、今までブヨブヨしている本体に、
攻撃することはあっても、
高温を宿す核の球体へ攻撃したことはなかった。
実際、今も3人は球体の攻撃を避けながら、
本体へ攻撃をしている。
もしかしたら――。
ローザの中で1つの仮説が生まれる。
確証はないが、
実験してみる価値はありそうだ。
「……よしッ!」
自分に言い聞かせるかのように、
ローザが小さくそう呟くと、
大きく広げた右手を高々と上に掲げ、
静かに詠唱を始める。
少しすると、ローザの右手の上に、
白い光が姿を現し、
何やら細長い形を造りだしていく。
そして、その細長い白い光の先端が三つに分かれ、
まるで槍のように鋭く尖り、その先端は三つの刃を造り出す。
「……ローザ?」
レナがローザの行動に気付き、声をかけるが、
ローザは構わず詠唱を続ける。
(? 何か考えがあるのか
ちょうどその時、
身の危険を察知した小動物のように、
サンプル一号が、ローザに狙いを定める。
そして、詠唱をしていることにより無防備なローザを、
核の球体が襲う!
「ローザ!!」
「……ッ!
させないわッ!!」
大きな声をあげたプログの横で、
レナが素早くローザと球体の間に体を滑り込ませ、
球体の攻撃を、両手に持つ2つの剣をクロスさせ、
受け止める。
球体攻撃の勢いに押され、
何とか踏ん張るレナの足が、
ズルズルと後ろに押し込まれる。
レナはありったけの力を足に込める。
球体とレナの我慢比べは、数秒続いた。
そして、1メートル程押し込まれた後、
ついに核の球体は勢いを失い、先ほど同様、
その場にポトリと落ちた。
「今ですッ! スピリットジャベリンッ!!」
その瞬間、ローザは目を大きく見開き、
大きな声で叫ぶ。
そして、高く上げた右手を、
地面に落ちた核の球体をピシッ、と指さす。
すると、上空に造り出された光の槍が、
ローザの合図に呼応し、
目にも止まらぬ速さで、
核の球体を目がけて飛んでいく。
核の球体は、素早く本体へ戻ろうと動くが、
本体に戻る一歩手前の所で、
ローザの放った光の槍が核の球体を捕え、
核の球体を貫く。
ガァァァンッ!!
核の球体を貫いた光の槍は、
その勢いのまま、地面に突き刺さる。
バンダン水路が、
まるで地震が起きたかのように、
槍の衝撃で揺れている。
と、ここで役目を終えた光の槍が、
その姿を消し、
貫かれた核の球体だけが地面に残った。
「よ、よし!
今がチャンスだッ! ますはあの核をッ!」
ローザの気術に圧倒されていた三人だったが、
いち早く我に戻ったプログが、短剣を構え直し、
地面に落ちて動かない核の球体を目がけて突進する。
攻撃対象こそ、
いまだにはっきりしていないものの、
核の球体を攻撃すれば、
何かしらわかるかもしれない。
それに、この魔物で何よりも一番厄介だった、
あの球体での攻撃を無くすチャンスかもしれない、
プログはそう考えたのだ。
……が、しかし、
そんなプログの思惑はすぐに崩れ去ることになった。
別の意味で。
「……え?」
「あ、あれは……!!」
足を止めたプログだけではなく、
アルト、ローザが思わず声をあげ、
レナは目の前で起こる光景を、過去に照らし合わせる。
そう、地面に落ちた核の球体、
そして、サンプル一号の本体から、
白い煙が立ち上がったのだ。
その煙は瞬く間に本体、
そして核の球体全体から立ち上がっていく。
「こ、これって……レナ!」
「え、ええ、間違いないわ、
コウザの時と同じよ!」
目の前で起こる光景に思わずレナを呼ぶアルト。
全てを聞かずとも、アルトが何を言いたかったのか、
レナにはわかっていた。
そうこう話しているうちに、
サンプル一号はコウザ同様、
まるで氷が火で熱したフライパンの上で、
溶けていくように蒸発していく。
そして、何一つ残さず、
サンプル一号は4人の目の前から姿を消した。
「……」
「……」
レナ以外の3人は、固まったまま、
しばらく言葉を無くす。
以前から、レナから話は聞いていた。
だから、何もかも初めて、
というわけではない。
だが、実際に自分の目でそれを確認するまでは、
心のどこかで、本気で信じていなかった部分が、
あったのかもしれない。
そんなことはないだろうと、
思っていた部分があったのかもしれない。
それが、実際に目の前で起こったのだ。
驚きとか、唖然とか、そういうわけではない。
ただただ、思考回路が動かない。
意味が分からない。
どういうことなのか――。
バンダン水路にわずかに残る、
行き場を無くした水が生み出すチョロチョロ、
という音だけが、レナ達の空間を支配する。
「とりあえず、まずはここを抜けましょ、
話はそれからね」
ただ1人、今起きた現象を経験しているレナが、
空間にこびり付いた、
重い雰囲気を取り払うように、
出口に向かって、ゆっくりと歩きだした。
「……そうだな、まずはアックスの町へ向かおう。
ちょっとそこで色々と整理しようぜ」
レナに促され、
プログも続いて出口への階段を登っていく。
「……やっぱり核が狙い目でした」
レナが出口に向かう際に肩をポン、と叩かれ、
ハッと我に戻ったローザがそう言いながら、
小走りでレナに追いつこうと急ぐ。
「もしかしてローザ、
最初から核の球体を狙っていたの?」
「いえ、最初からではないですけど……、
でも、アルトの攻撃を見て、
球体が真下に落ちていたので、
もしかしたら、と……」
「へえ~、でもすごいじゃん!
あたし、背中しか頭になかったわ、
さすがローザね!」
「いえいえ、たまたま攻撃しようと思いついただけで……」
「それでもすごいよ!
ローザのおかげで倒せたんだし!」
そんな会話をしつつ、
レナとローザは階段を上がっていく。
「……」
最後に一人残されたアルト。
歩き出すこともせず、
下を向いたまま、軽く唇を噛んでいる。
(僕は……何をしているんだよ……)
心の中で力なく呟くアルト。
歩けないわけではない。
先ほど受けた攻撃は、歩くのに何ら影響はない。
確かに、目の前で起きたことによって、
しばらく何も考えることができなかったが、
今はもう、切り替えられている。
でも、別のことが思考回路を支配し、
それが足を動かすことを許してくれない。
魔物との戦いで、自分は何の役にたっているのだろう。
いつもレナやプログに助けられてばっかりで。
今までの道中でも、
自分が足を引っ張ってしまったことがいっぱいある。
さっきもローザのおかげで倒せたわけで、
自分自身、何かおもだった貢献をしているわけじゃない。
僕は、みんなに必要とされているのだろうか?
もしかしたら僕がいなくても、他のみんなは大丈夫なんじゃないか?
もしかしたら僕がいないほうが、危険にならずに済むんじゃないか?
もしかしたら僕がい
「アルトー!
何しているのー!
早く行くわよー!!」
階段の上から覗き込むように、レナがアルトを呼ぶ。
「……ッ、
い、今いくよ!」
頭を何回も大きく振りながら、
アルトは3人の後を追うべく、歩みを始めた。
4人はバンダン水路、そしてワームピル大陸を後にして、
第2の大陸、エリフ大陸へ足を踏み入れる。
第一章は今話で最終回になります。
来週より、第二章になります。




