第204話:海底に沈むもの
「……マジ?」
そう返したレナの感情は、
驚き、というよりどちらかといえば、
戸惑いに近かった。
「イグノ、何かいい方法、
知ってんの?」
念のため、もう一回聞き直してみる。
「いい方法……ではないでやンスけど、
船以外でディフィード大陸に行く方法は、
あるにはあるでやンス」
苦虫を噛み潰したような表情をしながら、
イグノはそう言った。
聞き間違いでは、ない。
ぶっちゃけ、ほとんど期待など、
していなかった。
ま、どうせイグノじゃ、
何も分かんないでしょくらいの、
それくらいの軽いノリで、
適当に話を振ってみた。
そしたら、まさかの。
「ただ、絶対におススメしないでやンス。
てか、俺は行きたくないでやンス。
ディフィード大陸行きを反対するのも、
その場所が危険すぎるからでやンス」
こんなところに、解決の糸口があったとは。
「その方法ってなに?
知っているなら、あたし達に教えなさいよ」
「俺の話を無視するなでやンスッ!
俺は行きたくない、
って言ってるじゃないでやンスか!!」
一切の主張権利を無視するレナに、
イグノはたまらず、駄々をこねるように騒ぎだす。
だが、
「ったくうるせえなぁ。
まだそこを使う、とは言ってねえだろ?
とりあえず教えてくれりゃいいんだよ、
俺らはとにかく今、手段が欲しいんだからさ」
「……四の五の言ってないで早く言え。
貴様の駄々に付き合うほど、
俺は暇ではないし、気が長くない。
いつまでも騒いでると、魔術でブッ飛ばすぞ」
レナどころか、
プログとスカルドにも詰め寄られてしまい、
「うう、理不尽でやンス……。
人生とはこんなにも、
俺に理不尽を突き付けてくるでやンスか……」
イグノはまるで5歳児のように、
駄々っ子のち半ベソ状態になってしまう。
「ハイハイ、しょうもないボヤキは、
あとで好きなだけ言っていいから、
とりあえずその方法とやらについて、
詳しく聞かせなさいよ」
その姿に心底からため息が出そうになったが、
それを堪えて話を進めるように促した。
くだらない事に時間を費やせるほど、
レナ達に時間の猶予は、ない。
今はとにかく、
選択肢がほしいのだから。
「安全か危険かを問われれば、
確実に危ない、でやンスけど」
保険をうつように、
イグノはそう前置きしたうえで、
「一見するとディフィード大陸は、
どこの大陸にも隣接しない、
孤立した大陸に見えるでやンスけど、
実は一ヶ所だけ、
他の大陸と繋がっている場所があるでやンス」
「……何?」
言った瞬間、スカルドの表情が変わる。
元々険しかった顔色が、さらに厳しいものとなる。
「え――」
あんたそれマジで言ってんの? と、
レナは言葉にしようとしたが、
「お前、その話本気で言っているのか?」
もはや諸々耐え切れなったのだろう、
その前に一瞬早く、スカルドがイグノへと、
その問いを投げつけていた。
「ディフィード大陸といえば、
何処の大陸からも孤立した大陸で有名な場所だ。
地図上で見ても大陸で繋がっている場所など、
一切存在されていないはず。
まさか世界地図が間違っているとでも、
お前は言うつもりか?」
まさにそれ、とレナは心の中で思う。
イグノはディフィード大陸と繋がっている場所がある、
と口にしたが、レナが知っている範囲では、
世界地図を何度見直しても、
そのような場所は無いはずである。
幼い頃にマレクから時間つぶしにと、
渡されていた世界地図を何度も食い入るように見ていた、
レナからすれば、それは間違いのない真実である。
加えて。
「それに大陸で繋がっていると言っていたが、
ディフィード大陸と最も近接するウォンズ大陸北東にある半島でも、
その距離はおよそ10km程度ある。
仮にそこが繋がっていたとしても、
10kmも陸続きの場所があればさすがに目立ちすぎる。
たまたま世界地図に載らなかったという考え方は、
かなり無理があるぞ」
「ホント、それ。
10kmも陸で繋がっているのなら、
さすがに世界地図作成者だって気づくでしょ」
レナも概ね、スカルドの意見に同意だった。
この世界、グロース・ファイスでは、
孤立したディフィード大陸に地理上、
もっとも接近する場所は、
ウォンズ大陸の北東に位置する小さな半島と、
ディフィード大陸南西、港町カイト付近となるのだが、
単純な直線で計算しても、
およそ10km程度の距離がある。
これが例えば数十、数百メートルくらいの距離で、
自然地理の変化で繋がっちゃいました、
とかならまだ現実味があるが、
それが10kmとなると、繋がっちゃいました、
あるいは世界地図に載せ忘れました程度で済ますのには、
どだい無理な話である。
それは明らかに、不可能な話であって。
「どこが繋がってるってのよ?」
結局レナが、その問いにたどり着くのは、
ごくごく自然な成り行きではあった。
その、当たり前にも近い質問に対して。
「フフフ、甘いでやンスね」
イグノは待ってましたとばかりに、
まるで落とし穴に引っかかった友達を笑うかのように、
何とも言えないニヤニヤした表情で笑う。
「なによ、気持ち悪いわね。
何かあるなら、サッサと教えなさいよ」
「これだから素人はいけないでやンス」
レナは明らかに苛立っていたが、
なおもイグノはへへーんとばかりに、
鼻を高くして飄々とどうでもいい御託を並べる。
いい度胸してんじゃないの、このバカ。
苛立ちが殺意へと変わったレナは、
「丸焦げにされたくないのなら、
可及的速やかに話を進めなさい。
どうでもいい単語を発したら……分かるわよね?」
ピキピキという、
額に青筋が立つ音が聞こえてくるじゃないかと思う程に、
怒りを滲ませてイグノに近づく。
無論、右手は腰に携える長剣においている。
「じょ、冗談でやンスッ!
分かった、分かったでやンスから!!」
さすがにこれ以上はヤバいとようやく気付いたのか、
イグノは慌てた様子でレナから再び一定の距離を置くと、
「確かに地図上では、
ディフィード大陸と陸続きになっている場所など、
この世には存在しないでやンス」
「あ? ンだよ、
そしたらお前の言っていることと、
矛盾してるじゃねーか」
「いーや、矛盾なんてしてないでやンスよ」
プログの反論に対してイグノは威勢よく、
首をブンブンと横へ振り、
「確かに、俺はディフィード大陸と繋がっている場所が、
一ヶ所だけあるとは言ったでやンス、
ただ――」
そこまで言って、
ここからがおそらくキモの部分だったのだろう、
良く聞くでやンス、とでも言いたげに、
思いきり息を吸い込み、
「俺は一度も、陸
「……まさか陸続きじゃなく、
海底洞窟かなんかで繋がっている、
とでも言うつもりか?」
言おうとした矢先、
勢いをつけたイグノとはまったくの対照的に、
“静”の境地とばかりに、
涼しげな表情のまま、イグノは静かに呟いた。
「あー、なるほどな。
陸じゃなければ海の中ってか。
有り得なくはねぇだろうけど……」
「でも、そうだとしても最短で10km近くあるのよ?
自然にそんな巨大でスペクタクルなシロモノが、
そうそう海中に埋まっているものかしら?」
プログに続いてレナも、
当の本人をさしおいて、
スカルドの推測についての私見を語り始める。
陸続きではなく、海底。
確かに海中で繋がっているのならば、
紙が擦り切れるほど見返した世界地図に、
何ら表記がなくても、合点がつく。
それは、レナにとっては完全な盲点だった。
だが。
かといってその仮説を即座に肯定できるほど、
スカルドの提示した海底という可能性は、
現実性に富んでいない。
何せもっとも近い距離でも、直線10kmである。
いくら自然が偉大で、
人類未踏の摂理を持つものであっても、
そのような壮大で冒険的な造形物を作れる力を、
果たして有しているものなのだろうか?
それに。
仮に海底で繋がっていたところで、
ただ繋がっているだけではいけない。
天才少年が示した、“海底洞窟”という要素。
そう、あくまでも大陸が繋がっていればいいわけではない、
あくまでも必要なのは、ディフィード大陸へと渡る方法である。
ディフィード大陸へと行くことのできる、
最短でも10kmを要する、海底洞窟。
ディフィード大陸へと行ける、最短10km、海底洞窟。
条件は一つではなく、二つ、三つと存在する。
そのどれもが欠けてはならず、
すべての条件を満たすモノがなければ、いけない。
それは十分条件ではなく、必要条件。
そのようなモノが。
そのような、今のレナ達にとって夢のようなシロモノが、
果たして、そうそう都合よくあるだろうか。
レナにはどうにも、懐疑的な考えしかできない。
その中で、天才少年は。
「さあな、そこまでは俺も知らん。
あくまでも俺は可能性の一つを口にしただけだ。
事実かどうかは、そこの道化にでも聞けばいいだろう」
ぶっきらぼうな口調でその答えを、
なぜか“道化”と称したイグノへと求めた。
可能性は示した。
だから答えの呈示をはやくしろ。
そう言いたげのように。
「…………あ~、もう!!
何でズケズケと話を進めるでやンスかッ!
せっかく、せっかく俺の一番の見せ場だったのに!!」
答えを求められた“道化”は、
何とも悔しげな、苦虫を噛み潰したような表情で、
地団駄を踏む。
「探偵みたいにカッコよく言いたかったのに、
お前らが口を挟んでせいで台無しでやンスッ!!
うう、ちくしょお……」
まるで大好物の食べ物を、
ヒュッ、と横取りされた子どものように、
イグノはなおも騒いでいる。
察するに、どうやらイグノなりの、
シナリオの進め方があったらしく、
その最中スカルドを筆頭に妨害されたことで、
心底ご機嫌斜めになってしまったらしい。
だが、当然のことながら、
今のレナ、いやイグノ以外の人物たちにとって、
そんなことは。
(ホンッとどーでもいーわー……。
めんどくさ……)
レナは呆れ気味にため息をつくものの、
それを口に出すことはせず、
「ハイハイ、分かった分かった。
あたし達が悪かったから早く話を進めなさいよ。
陸続きの場所はないんでしょ?」
大人な対応をしてあげることにする。
悔しい話ではあるが、
ここで彼にヘソを曲げられてしまっては、
せっかくのディフィード大陸へ渡る手がかりを、
みすみす手放すこととなってしまう。
「はあ……。
まったく、しょうがないでやンス」
それはこっちのセリフよと、
喉の奥からもう少しで言葉が出かかったが、
レナはそれを何とかこらえ、
「んで、どういうことなの?」
「スカルドが言った通りでやンスよ、
陸続きじゃなくて、
海底洞窟で繋がっている場所があるでやンス」
「……やはりか。
あり得るとしたら、それしかないと思っていたが。
となると、繋がっている場所は……」
「それもお前らの想像通り、
ウォンズ大陸北東の半島から繋がっているでやンスよ。
大体、12、3kmくらいの長い洞窟でやンスよ」
「オイオイ、正気か?
マジで10km近くも繋がっている洞窟があるってのかよ、
しかも海底にあるとか……」
俄かには信じられない話であって、
プログは怪訝そうな表情を浮かべるのも、
それほどおかしな事ではない。
「……何点か、気になる部分があるんだけど」
その中でレナはそう前置きすると、
「それって、自然に出来たものなのかしら?」
「……どういう事でやンスか?」
瞬間、それまで哀愁漂っていたイグノの表情が、
わずかに引き締まった。
「確かに自然の力は凄いわ。
でも、いくらなんでも凄すぎ、
というか無茶じゃない?
だって、10km以上の海底洞窟よ?」
「…………」
「地上に出来る洞窟だって、
滅多にお目にかかれるモノじゃないのに、
それが海底にできるって、
もはや奇跡レベルに近い気がするんだけど。
しかもそれが都合よく、
ディフィード大陸まで繋がっているなんて、
それって――」
「まるで誰かが意図的に作り出した、とでも感じた?」
「……!」
心を見透かされたかのような言葉。
それまでのイグノの抜けた口調ではない、
どこか相手を圧する言い方にレナは思わず、言葉が止まる。
「え、ええ……」
「……ま、レナの憶測通りでやンスよ」
どうにも言葉に詰まるレナに対し、
イグノはスイッチが切れたかのように、
先ほどとは打って変わってまたいつもの口調で言い、
そして笑った。
「天才少年君なら、
もしかして勘付いていたかもでやンスが、
その海底洞窟は天然モノじゃなく、
人工的に作りだれたものでやンス」
「……やはりか。
それほどの長い距離の洞窟、
完全な天然モノと考えるのは
いささか無理があったからな」
「オイオイ、マジかよ。
仮に人工物だったとしても、
そんなバカ長い洞窟、
そうそう簡単に作れんのかよ?」
冷静に受け止めるスカルドの隣で、
プログは俄かには信じられないと言った様子である。
実際、レナもプログ寄りの心情ではあった。
本気で、言っているの?
それが、率直な意見だった。
10kmの陸橋を作るのだって、
そう易々と作れるシロモノではない。
それが海の中、
しかも洞窟として2大陸間を結ぶものとなれば。
その難易度は、陸橋のそれの比ではない。
それを、いともサラリと言ってのけたのが、イグノ。
容易くそれを信じろ、という方が、
無理な話である。
しかも。
「まあ、ここまで俺が喋っていれば、
薄々は気づいていると思うでやンスけど……」
加えてイグノからさらに聞き逃すことができない、
曲げたくても曲げることのできない事実が告げられた。
「それを作ったのは、クライド騎士総長でやンスよ」
次回投稿予定→12/29 15:00頃
次回が今年最後の更新となります。




