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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
203/219

第199話:少女、スーシア

「殺気立つ、生きることに飢える男達の中で。

 それくらいの凄味がなければ、

 この村では生きていけませんから……」



もう一度、噛みしめるように。

過去に何か含みを持たせるように、

憂いを帯びた表情で、

スーシアはその言葉を吐露する。


アルトは、何も言うことができない。



「フロウからすでに、

 聞いていらっしゃるかもしれませんが――」



スーシアはそう前置きしたうえで、



「この村はディフィード大陸でもっとも、治安が悪い街。

 厳しい天候に晒され、

 作物や動植物は当然のこと、

 魔物すら生きていくことが困難な場所です」


「……そう、だね」


「作物や植物が育たなければ、収穫ができない。

 動物や魔物がいなければ、狩りをすることができない。

 そして、収穫や狩りが出来なければ、

 人間は飢えを満たすことができない。

 飢えを満たせなければ、人間は死んでしまう。

 それを避けるために、人間は――」


「他人からモノを奪うことへ走った、のね」



ええ、と。

フェイティの言葉にスーシアはコクリとうなずき、



「自らが生きるために、人からモノを奪う。

 奪われた人は、さらに別の人からモノを奪う。

 さらに別の人は――」



と、ここまで言ったところで、

スーシアは言葉の輪廻を止めた。


そこに、先ほどまでアルコールにより高揚していた、

陽気な少女の姿はない。



「強き者はモノを奪い、

 弱き者はモノを奪われる。

 悲しい事だけれど、

 それがこの村で生きていくことの、鉄の掟。

 弱き者が奪われるのを免れるには、

 弱者から強者になるしかない。

 ましてや女性と男性では、

 スタートラインの時点ですでに圧倒的で、

 どれほど鍛えても決して埋めることのできない、

 力の差が生じている。

 それを埋めるためには――」


「あの凄味が必要、だったんだね……」



アルトは、そう絞り出すのが精一杯だった。


イマイチ説得力に欠ける、などと少しでも考えてしまった、

先ほどまでの自分の思考を、少年はすこぶる後悔した。


きっとスーシアは、

それを望んではいなかったに違いない。


彼女は両親の口が悪かったという、

生まれた境遇にその原因を帰結させたが、

実際はおそらく、違う。


年頃の女の子が成人男性ですら身震いしそうな、

暴言の数々を平然と言い放つことなど、

きっとやりたくなかったはずだ。


でも、環境がそうせざるをえなかった。

ディフィード大陸という環境が、

少女スーシアから戦う者スーシアへと、

否応なく変えさせてしまった。



(…………)



アルトには、そう捉えることができた。


もしかしたら違うかもしれない。

スーシアが自ら望んで、

このような人物像ができあがった、かもしれない。


でもきっと、そうなんじゃないか、と。

アルトは何の根拠もないながらも、

妙な自信を胸に、思う。



「このお酒に関しても――」



そんな中で、スーシアが再び、口を開いた。



「おそらく皆さんの大陸の方では、

 お酒は嗜好品として飲まれている方が多いと思いますが、

 ここでは決して、そうではありません。

 このディフィード大陸では、

 お酒は自らの身体を温める、いわば生活必需品。

 これを飲んで体を温めることにより、

 寒さから身を守っているのです」



ウソみたいな話と思いませんか? と。

スーシアはまるで機械のように、

無機質に笑い、



「でも、この大陸ではそれが本当なんです。

 そうでもしないと、この大陸で生きていくことは、

 決してできませんから」



そう言って再び笑ったスーシアの表情は、

しかし、先ほどとは少し違い、なんだか哀しげなものに映る。



「寒さに体を削られ、

 貧しさに精神を蝕まれ、

 生きるために心身を自ら削り取る。

 でも今のところ、その先には何も見えません」



その姿には、

ただの一片も嬉々とした表情がない。



「何かが見えれば、手を伸ばすことができる。

 進む方向が分かれば、足を踏みだすことができる。

 でも、何も見えなければ手を伸ばすこともできないし、

 どこへ行くかが分からなければ、一歩すら踏み出せない。

 見ることも、探すことも、決して許されない」



まるで真っ暗の中で、

すべての手法を封じられたかのように。

あるいは、まるで五感をすべて封じられ、

一切の感覚を遮断されたかのように。



「それくらい、この村には、

 この大陸には希望が見えないんです」



まるで、高すぎて頂上の見えない、

絶壁を目の当たりにしているかのように。

物理的に不可能な課題を突き付けられたかのように。


そう締めくくったスーシアの表情には、

つい先ほど、部屋の外で聞こえてきた、

威勢のいい言葉の節々の片りんは、一切ない。


村の人々を、村全体を、大陸全体を憂う、

たった一人の女の子が、そこにはいた。


アルトは、何も言うことができない。

何か言えるはずなど、なかった。


仮に自分がここで何か言葉を発しても、

スーシアの前では。

彼女が生まれてから今に至るまで経験してきた、

この大陸のすべての前では。


たとえどれほどの言葉をかけられたとしても、

彼女にはきっと、心の奥底まで響くことはないだろう。


それほどまでにスーシアは、

彼女は筆舌に尽くし難い生き方を、

してきたに違いない。


それは優しさ、ではない。

優しさというエゴで包みこんだ、

ただの気休め、あるいは薄っぺらい同情としかならない。


まるで空気中に鉄成分を含ませたかのように、

重たい雰囲気が部屋中に漂う、


その中で。



「……ごめんなさい、

 湿っぽい話になってしまいましたね」



その空気を破ったのは、スーシアだった。


ちょっと待っててくださいねと言い、

部屋の奥に言ったかと思うと、

本日2杯目のお酒を手に持ちながら戻ってくると、



「さて、そろそろ本題へ入りましょう。

 皆さん、フロウから何か、

 用事を預かってきたんですよね?」



そう言った彼女の顔に、

ついさっきまで垣間見せていた、

哀しみの表情はない。

それまでの流れを完全に遮断するように、

若気のあどけなさが残る表情の、

その彼女の御日様のような姿が逆に、

アルトの心にチクリと刺さる。


もう、これ以上この話はしない。

したくない。


陽の背後に見え隠れする、陰。

それは間違いなく、存在する。


でも、それ以上の踏みこみは、できない。



「……うん」



アルトはそれ以上、

もう何も詮索しないことにした。

今、必要なのは彼女の素顔を知ることではないのだから。



「まあ、フロウからの伝言ということは、

 おおかた内容は予想つきますけれど。

 念のため、お教えいただいてもよろしいですか?」


「あ、はい。

 えっと、その……」



と、アルトは何だかこっぱずかしい表情を見せたのち、



「『諸々準備ヨロぴく♪』だそうです……」


「……やっぱり、ですか。

 フロウも相変わらずですね」


「あの……なんかすみません。

 原文のママで伝えろと言われたもので」


「気にしないでください。

 フロウがそういう人物なのは、

 私も心得ておりますので。

 しかしヨロぴくって、

 彼はいつの時代を生きているんでしょうか……」


「あー……何だかすみません」



なんだか自分がスベったような感覚に陥るアルトは、

自分でも理由も分からないながらも、

とりあえず平謝りをしてみる。


いや、自分とて分かっている。

それは明らかに、

空気が読めていない伝言だということを。


大陸でもっとも厳しい環境と言われる、

シックディスの村。


明日を生きることに必死な人々が暮らすこの場で、

“ヨロぴく”などという言葉が、果たして適切か、否か。

答えは無論、否である。


たとえば外にいる、

飢餓に苦しむ村人たちに、

外部の人間がそのような言葉を投げかけたとしたら。


おそらく、どれほど最高の結果を見積もっても、

殺されることは間違いないであろう。

空気を読むとか読まないとか、それ以前の問題である。


だがアルトはどうしても、

そう言わなければいけない理由があった。


それはフロウから、

『頼むから原文のまま、スーシアに伝えてくれ』と、

念を押されたからである。


この言葉さえなかったら、

アルトだってこのような、

まるでケンカを売りに来ました、

みたいなセリフを言うワケがない。


事実、その言葉を聞いた瞬間、

アルトも何度もフロウの言葉を聞き返したし、

そのまま伝えないとダメなの? とか、

念には念を押して、確認の限りを尽くした。


だが、フロウの言葉は一貫して、

原文のまま伝えてくれ、

ということに終始した。


そこまで言われてしまっては、

アルトもやるしかない。


そしてその結果が、これである。


気まずいとも、冷ややかとも違う、

何とも微妙な空間を作り出してしまった、

その犯人は決して自分ではないと、

アルトはぜひとも、声を大にして言いたい。



(だってそこまで言われたら、

そうするしかないじゃないか……)



そううなだれるアルトの表情は、

曇っている表現では収まらない。


それみたことかと、

アルトが後悔の坩堝にいるなかで、



「まあ、でも承知致しました。

 フロウの伝言、確かにお受け取りしました。

 どうやら今回は本気のようですね。

 私も心してかからなければなりません」


「え……?」



まるで予期していなかった、

スーシアの実直な返答にアルトは思わず目を丸くしたが、

彼女は続けて、



「フロウがそこまで砕けた言い方をするということは、

 おそらく今回でケリをつけようとしているのでしょう」



大きくうなずきながら話しているが、

正直なところアルトには、

何が何だか良く分からない。



「えっと……」



一体どういう事? というアルトの問いに、



「カムフラージュですよ」



スーシアは一言先に、そう結論付けたのち、



「私達は反政府組織として、

 打倒ドルジーハ政府を掲げています。

 ゆえに当然、表立った行動はできません」


「それはそうでしょうねぇ。

 表立った行動をしたらすぐに、

 軍人さんにお仕置きされちゃうもの」


「はい。ですが注意するものは決して、

 行動だけではありません。

 発する言葉についても、

 誰がどこでどのような内容を聞いているかが分からない以上、

 一つの会話にも細心の注意を払わなければなりません」


「確かにそうだね。

 僕が同じ立場だったとしても、

 ちょっと喋るだけでも周りを気にしそうだもん」


「そのため私達は、

 何か指令や作戦の合図を送る際には、

 決してストレートに伝えることをしません」


「言葉を伝えるならオブラートに包んで、

 ってことなのかしら?」


「はい、その通りです。

 先ほどのフロウの言葉も、

 他者が聞いた感覚では、

 軽はずみな言動と取るかもしれませんが、

 私にとっては非常に重要な意味を持つ言葉となります」


「そう、なんだ」



それにしてもヨロぴくだなんて、

もう少し言葉のチョイスは何とかならなかったのかと、

アルトは少しだけツッコみを入れたかったが、



「諸々、ですか……。

 そうであれば至急、

 準備を進めていかなければなりませんね」



考え込むようにして、

スーシアが真顔でそう呟いたのを見て、

止めとこうとアルトは、

言葉をグッと飲み込んでおいた。


そして、その飲み込んだ行為が終了した、

その後、間髪入れずに。



「あの、僕たちに何かできることはありませんか?」



その提案の言葉を、

少年は何の躊躇もなく投げかけた。


それは何かを狙ったわけでもなく、

また、考えに考え抜いたわけでもない。

咄嗟に、反射的に。

あるいは本能のままに、という表現が正しいかもしれない。


いずれにせよ、

スッ、と何の引っ掛かりもなく、その言葉が出てきた。



「もし急ぎでなにか準備が必要でしたら、

 僕たちで出来ることなら協力させてください!」



反射的、本能的。

それはある意味、

考えて結論を出したものよりも、

本人の考えをストレートに、

アウトプットしたものかもしれない。

それはアルト自身も驚くくらいに、

何の違和感もなく発することのできた言葉だった。


そして、


「そうね、アルト君の言う通りね。

 BBA達にやれることがあれば、

 遠慮なく言ってもらえると嬉しいわ。

 スーシアちゃん達ほど思いは強く持てていないかもしれないけど、

 BBA達だってこの大陸を良くしたい、

 という気持ちは同じなんだから♪」



アルトの言葉に続けとばかりに、

コップの中のお酒を飲み干しながら、

フェイティは肩をすくめながら笑う。



「皆さん……」


「僕たちだって、

 暗黒物質の剣に協力するためにここまで来たんだ、

 打倒政府のためなら、シックディスのためなら、

 何だって頑張るよッ!」



まるで豪華な食事を見つけたかのように、

羨望に近い眼差しを、

目を輝かせているスーシアに対して、

少年は言い切った。


王都キルフォーの惨状を見て。

そして最果て、荒廃の村、シックディスを、現実を見て。


心の内側からそう言い切ったアルトの思いに、

すでに迷いなどはなかった。


次回投稿予定→10/20 15:00

10/13はまるそーだの私情により、休載させていただきます。

そのため、次回は10/20となります。読者の方々、大変申し訳ありません。。

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