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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
202/219

第198話:怖いもの知らず

「あ、いや! その……!!」



もちろん少年は、焦った。

この人一体、何を言ってくれている、と。


自らが未成年かどうかを、

スーシアに打ち明けようか悩んでいたさなか、

自らの意志と関係なく、

あっけらかんと口に出してしまった、

自称・通称天然系BBA、フェイティ。


まだまだスーシアの素性を完璧には測り切れていない中、

安易な言動は控えてほ



「あら、そうですか。

 それは残念です……」



……あれ?



「そうなのそうなの。

 だからお酒じゃない、

 別の飲み物がいいのよねぇ~」


「そうでしたか。

 それは大変失礼いたしました。

 それでは別の飲み物をご用意しますね」



……??


呆気にとられるアルトをよそに、

少しお待ちくださいね、と軽くお辞儀をしたのち、

スーシアはゆっくりと立ち上がり、

足取りもしっかりしたままに、

三たび、部屋の奥へと姿を消していく。



「…………」



何か知らないがとりあえず、

難は逃れた。


スーシアを豹変(?)させることもなく、

また、アルコールを摂取することなく、

危機を脱出した。


とはいえ、



「ふうぅぅぅぅ……」



アルトとしては、気が気ではなかった。



「もう、フェイティ……。

 心臓に悪いよ……」


「あら? 何の事かしら?」


「いきなり爆弾を投下しないでよ……。

 スーシアさんが怒ったら、どうなるかと思ったよ……」


「? ああ、さっきのアルト君は飲めない、

 って言ったこと?」


「そうだよぉ~……。

 もし、“私の酒が飲めねえのか!?”とか言われたらとか、

 生きた心地がしなかったよ……」


「あらあら、アルト君は慎重やさんなのねえ。

 でも大丈夫、スーシアちゃんなら問題ないと思ったわ♪」


「え、なんで?」


「ん~、何となく♪」


「…………」



はあ、と。

意味不明にも程がある謎の自信を見せつけられて。

キリキリする胃をその身に感じながら、

アルトはため息をつかずにはいられない。


この淑女、天然なのか、狙っているのか。

どちらにせよ、アルトの心労グラフは、

絶賛右肩上がりに上昇中である。


どうか自分の胃が最後まで持ちますようにと、

何とも悲しく儚い願いを胸に、



「でも、お酒を飲まずに済んだのはホント良かったな……」



ポツリと、呟いた。

そう、アルトは17歳。

つまり未成年である。

酒など、飲んだことがない。


ゆえに、もし自分が飲酒した場合、

どのようになるかはまったく未知数だ。


だが、酒を飲んだ者がどうなるか、

何となくは理解できる。


例えば目の前にいるフェイティのように、

いつもより少しだけ上機嫌になったり、

あるいはキルフォーで出会った反政府組織、

暗黒物質の剣のリーダーであるフロウのように、

吐息が凄まじく臭くなったり、

あるいは蒼音のように――。



「あ……!!」



と、ここでアルトはようやく、気づいた。

気づいてしまった。

しまった、と。


慌ててアルトは、ある人物の方へと向きなおる。


だが、



「あ、蒼音ちゃ――」



その時にはすでに時遅し、だった。



「~~ッ……」



アルトが振り返った、その先には。

顔全体を真っ赤に染め、

すっかり出来上がってしまった蒼音の姿が。


ちなみに蒼音もアルト同様、

未成年であるため、酒を飲むことはできない年齢ではある。


だが、彼女の場合は未成年だからとか、

そんな範疇を突き抜けても、余りあるほどなのだ。


酒を飲むどころか、

お酒の匂いを嗅いだだけでフラフラになってしまうくらい、

超絶下戸である、赤髪の巫女さんこと、石動蒼音。


アルトはその圧倒的弱さの姿を一度だけ、

ディフィード大陸の王都キルフォーの酒場で、

目にしている。


酒あるところに、

蒼音は近づけさせるべからず。

それは蒼音に対する、絶対的取扱いマニュアルに近い。


だが、アルトはその事を、

今の今まで完全に失念していた。


結果、蒼音は完全に酔いが回ってしまっていた。



「あららら!

 蒼音ちゃん、大丈夫!?」



一方、蒼音の“ゆでだこ姿”を、

初めて目の当たりにしたフェイティは、

先ほどの上機嫌がどこかへ吹っ飛んだようで、



「だ、大丈夫……ですぅ……」


「もお、全然大丈夫じゃないでしょ!

 こんなに顔を真っ赤にして……!

 一気に飲んじゃったの!?」


「い、いえ……その、特に飲んでは……」


「とりあえず、少し休みましょ!

 とにかく、酔いを醒まさないと!」


「だ、大丈夫、れすぅ~」



まるで宙に漂う幽霊の如く、

左右にユラユラと揺れる蒼音に、

BBAは一所懸命に話しかけている。


言葉が絶え絶えになり、呼吸も荒い。

要は完全な酔っ払いちゃんと、

蒼音はなってしまっている。


と、そこへタイミング良く、

スーシアが本日二杯目のホットミルクを手に持ちながら、

その場へ戻ってきて、



「お待たせいたしました……って、あら!

 どうされたんですか!?

 顔が真っ赤に……!」


「あ、スーシアちゃん!

 申し訳ないのだけれど、

 お水をもらえるかしら!?

 蒼音ちゃん、完全に酔っぱらっちゃったみたいで……!」


「わ、わかりました!

 少しお待ちくださいッ」



そう言うなり、この場に戻って数秒にして、

四たび部屋の奥へと、駆け込んでいく。



(しまったなぁ……)



その中で一人、アルトは後悔をし続ける。


蒼音が極端に酔いやすい事を知っていたにも関わらず、

完全にその事を見逃していた。


意志を相手にうまく伝えられない、

自らの意志を持たない蒼音にとって、

アルトの“気づき”は今の状況を回避する、

最大にして唯一の救いの手だった。


だが、アルトはそれを逃した。

そして結果としてそれは、

蒼音を再び、酔いの根底へと突き落とすこととなった。


やってしまった。


死ぬほど後悔、とまではいかないが、

何とも言えない罪悪感に、苛まれる。



「お待たせしました……!

 とりあえず水を……ッ!!」


「あ、ありがとうございます~」



スーシアが持ってきた、

お盆の上に軽く5.6個は確認できる、

所狭しと並べられた水入りのコップの一つを受け取ると、

まるで風呂上がり直後の一杯とばかりに、

蒼音は一気にそれを飲み干す。


よほどアルコール以外の水分を、

身体が欲していたのだろう。



「ふうぅ……」



空になったコップを机に置いて息をつく蒼音の顔から、

まだまだ赤みは消えそうにもない。



「あの……もう一杯飲みます?」


「は、はひ……」



まるで猛獣に餌をやるかのように、

スーシアがおそるおそる差し出したコップを、

蒼音は躊躇なく受け取り、

そして、再び一気に飲み干す。


だが、やはり顔色は優れない。



「あ、あの……」



三たびスーシアが、お伺いをたてようとしたところで。



「スーシアちゃん。

 悪いんだけれど、持ってきてくれた水、

 全部蒼音ちゃんの近くへ置いてもらっておいていいかしら?

 たぶん、全部必要だと思うから……」



たまらず、フェイティが口を開いた。

このままでは埒が明かないと判断したのだろう。



「うん、僕もそうした方がいいと思う。

 蒼音ちゃん、たぶんそれ全部飲んでも、

 酔いはさめないと思うから……」


「分かりました。

 ではスーシアさん、ここに全部置いておきますね」


「ありがとう……ございます。

 すみません、ご迷惑をおかけしまして……」



先ほどまで荒かった呼吸はやや落ち着いてきたものの、

それでも顔色はせいぜい、

“ゆでだこ”状態から“リンゴほっぺ”状態になったくらいで、

まだまだ本調子には程遠い様子の蒼音。


とりあえず今は、そっとしておこう。


今のアルトには、

そうすることしかできなかった。



「すみません。

 私が“飲み”ニケーションをしようとしたばっかりに……」


「気にしないで、スーシアちゃん。

 きっと蒼音ちゃんも少し、

 酔いが早く回っちゃっただけだから」


「そう、だといいのですが……」


「それにBBA達も気づけなかったんだし、

 お互い様よ、ね?」


「すみません、気を遣っていただいて……」



スーシアとフェイティがそのような会話をしているのが、

何ともアルトには心苦しい。


自分がもっと早く気づけていれば。

やはり何とも言えない罪悪感が、

鍋の底のコゲのようにこびりついている。


やっちゃったなあ……と、

アルトが遅すぎる後悔をしているさなか、



「それにしてもBBA、ちょっと気になったのだけれど」



フェイティはそう切り出すと、



「さっき外で聞こえてきた物凄い声、

 あの声って、もしかしてスーシアちゃん?」


「フェイティ!?」



その言葉でアルトは、一瞬にして現実へと引き戻された。

そして、まるで浮気がバレましたとでも物語るかのように、

顔から血の気が引いていく。


思いきり、不意をつかれた。


スーシアの酒の差し入れ(?)と蒼音の容態に気をとられているあまり、

完全にその意識が欠落していた。


少し前、スーシアがこの場から姿を消していた時、

家の外から聞こえてきた、

おおよそ公共の場には流すことのできない罵声の数々。


『そのキ○○マは何のためについてんだよ、

 このチキン共がッ!!』


『アァ? 文句あるなら言ってみろよ、

 文句を言う度胸があるならな!!

 あるワケねえよなあ、

 てめえら如きが私に能書き垂れる、

 ンな度胸、あるワケねえよなあ!

 だったらハナからそんな、

 反抗的な態度をとるんじゃねえよッ!!』



これらはその言葉の、ほんの一部に過ぎない。

そして、この声の主が。



『いいか、これに懲りたら、

 二度とこの私、

 スーシアに刃向おうとするんじゃねえぞ、

 このガキ風情がッ!!』



スーシアであること。


ここまでは、誠に遺憾ながら決定事項であり、

目の前にいるスーシアが、先の言葉を発したということに、

間違いはない。


だが、アルトはそれを、

聞かないようにしていた。


誰にだって、知られたくないヒミツの、

一つや二つはある。


まるで家事使用人のように大人しく、

それでいて清楚な様子を振りまいているスーシアが、

外で見せていた、それまでとは180°正反対の、その姿。


それはきっとスーシアにとっては、

あまり知られたくはない姿にちがいない。

それが今日、初めて顔を合わせたアルト達なら、

なおさらだろう。


真実はそれぞれの中にそっと秘めておく――。


そんな風にアルトが考えていた中での。


いきなりの爆弾投下である。


ちょっと待ってよホントになんてことを言ってくれたの!? と、

アルトの心の中で絶賛、

絵画でいうところの“叫び”状態である。


それはさながら、

すり傷の回復を祈り、

必死に手当てをしていたものを、

横からいきなりカサブタをひっぺ剥がされたような感覚である。



「さっきの……大声?」



ああああああヤバいよぉぉぉ! と。

この後の展開に絶望の中を驀進するアルトの横で。

スーシアは呟くようにそう切り出し、



「もしかして、聞こえちゃいました……?」



まるでイタズラが見つかってしまった子どものように、

上目づかいで探るようなしぐさを見せた後、



「ごめんなさい、お見苦しいところを、

 お見せしてしまいましたね……」



てへへ、と。

観念したかのように、苦笑いを浮かべた。


怒っては、いない。



(……あれ?)



その言葉に絶望驀進のさなかでアルトは少しだけ、

光を見た気がした。



「ってことは、

 さっきの声はやっぱりスーシアちゃんなのかしら?」


「ええ、あれは私です。

 えっと、どのくらい聞こえていらっしゃいましたか……?」


「うーんとねぇ、

 たぶんなんだけど、最初からBBA達に聞こえていたと思うわ」


「あらら……そうでしたか。

 ホントに、お恥ずかしい限りです。

 お聞き苦しい言葉ばっかりだったでしょう?」


「うーんと。

 そう、ねえ……。

 刺激的な言葉が多くてBBA、びっくりしちゃったわ」


「あはは……そうですよね……」



自らの頬をポリポリ掻きながら、

少しだけ照れくさそうにスーシアは笑う。



(大丈夫……ぽい?)



その笑顔でアルトの絶望は、

完全に吹き飛んだ。


どうやら、この話題はこのまま広げても、

スーシアにとっては問題ないらしい。



「ぼ、僕もびっくりしちゃったよ。

 まさかスーシアさんが、

 あれだけ大きな声を出すなんて……」


「ね、BBAもびっくりしちゃったわ。

 迫力満点だし、ちょっとカッコよかったわ♪」


「すみません……。

 私の父と母が、両方言葉遣いが少々荒かったようで、

 その中で育っていったら、

 どうにも口が悪くなってしまったようで……。

 皆さんにはお見せしないようにと思っていたのですが、

 やはりダメでしたねッ」



えへへ、と。

今度はいたずらっぽく笑うその佇まいは、

年相応な姿そのものである。


唯一、年齢不相応と言えば、

笑顔のままに乾いた口の中に流し込む飲み物が、



「プハぁ~~~!

 効きますねぇ~!!」



ゴリゴリのお酒である、ということだけだ。


いや、生まれた環境とはいえ、

あの言葉遣いはそうそう真似できるものではないし、

(おそらく)酒豪の姿を見せられては、

イマイチ説得力に欠けるんだけど、

などとアルトは感心半分、苦笑半分といった感じに、

“おっさん”の姿を見ていたが、



「まあ、もっとも――」



ただの一滴も残さず、

酒を飲みほしたスーシアが、

そのコップをコトン、と静かに机へ置いたその後に、



「そのくらいに勝気でなければ、この村では……。

 ならず者しか存在しない、

 この村では生きていけませんでしたから……」



まるで昼夜が突如逆転したかのように。

酒の酔いが、一気に冷めたかのように。

先ほどまでの笑顔から一転、

憂いを帯びた表情からポツリと零れ落ちた、

少女のその言葉にアルトは思わず、息をのんだ。


次回投稿予定→9/29 15:00頃

投稿が急遽遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。。

次回は時間通り更新できると思います、すみません。。。

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