第198話:怖いもの知らず
「あ、いや! その……!!」
もちろん少年は、焦った。
この人一体、何を言ってくれている、と。
自らが未成年かどうかを、
スーシアに打ち明けようか悩んでいたさなか、
自らの意志と関係なく、
あっけらかんと口に出してしまった、
自称・通称天然系BBA、フェイティ。
まだまだスーシアの素性を完璧には測り切れていない中、
安易な言動は控えてほ
「あら、そうですか。
それは残念です……」
……あれ?
「そうなのそうなの。
だからお酒じゃない、
別の飲み物がいいのよねぇ~」
「そうでしたか。
それは大変失礼いたしました。
それでは別の飲み物をご用意しますね」
……??
呆気にとられるアルトをよそに、
少しお待ちくださいね、と軽くお辞儀をしたのち、
スーシアはゆっくりと立ち上がり、
足取りもしっかりしたままに、
三たび、部屋の奥へと姿を消していく。
「…………」
何か知らないがとりあえず、
難は逃れた。
スーシアを豹変(?)させることもなく、
また、アルコールを摂取することなく、
危機を脱出した。
とはいえ、
「ふうぅぅぅぅ……」
アルトとしては、気が気ではなかった。
「もう、フェイティ……。
心臓に悪いよ……」
「あら? 何の事かしら?」
「いきなり爆弾を投下しないでよ……。
スーシアさんが怒ったら、どうなるかと思ったよ……」
「? ああ、さっきのアルト君は飲めない、
って言ったこと?」
「そうだよぉ~……。
もし、“私の酒が飲めねえのか!?”とか言われたらとか、
生きた心地がしなかったよ……」
「あらあら、アルト君は慎重やさんなのねえ。
でも大丈夫、スーシアちゃんなら問題ないと思ったわ♪」
「え、なんで?」
「ん~、何となく♪」
「…………」
はあ、と。
意味不明にも程がある謎の自信を見せつけられて。
キリキリする胃をその身に感じながら、
アルトはため息をつかずにはいられない。
この淑女、天然なのか、狙っているのか。
どちらにせよ、アルトの心労グラフは、
絶賛右肩上がりに上昇中である。
どうか自分の胃が最後まで持ちますようにと、
何とも悲しく儚い願いを胸に、
「でも、お酒を飲まずに済んだのはホント良かったな……」
ポツリと、呟いた。
そう、アルトは17歳。
つまり未成年である。
酒など、飲んだことがない。
ゆえに、もし自分が飲酒した場合、
どのようになるかはまったく未知数だ。
だが、酒を飲んだ者がどうなるか、
何となくは理解できる。
例えば目の前にいるフェイティのように、
いつもより少しだけ上機嫌になったり、
あるいはキルフォーで出会った反政府組織、
暗黒物質の剣のリーダーであるフロウのように、
吐息が凄まじく臭くなったり、
あるいは蒼音のように――。
「あ……!!」
と、ここでアルトはようやく、気づいた。
気づいてしまった。
しまった、と。
慌ててアルトは、ある人物の方へと向きなおる。
だが、
「あ、蒼音ちゃ――」
その時にはすでに時遅し、だった。
「~~ッ……」
アルトが振り返った、その先には。
顔全体を真っ赤に染め、
すっかり出来上がってしまった蒼音の姿が。
ちなみに蒼音もアルト同様、
未成年であるため、酒を飲むことはできない年齢ではある。
だが、彼女の場合は未成年だからとか、
そんな範疇を突き抜けても、余りあるほどなのだ。
酒を飲むどころか、
お酒の匂いを嗅いだだけでフラフラになってしまうくらい、
超絶下戸である、赤髪の巫女さんこと、石動蒼音。
アルトはその圧倒的弱さの姿を一度だけ、
ディフィード大陸の王都キルフォーの酒場で、
目にしている。
酒あるところに、
蒼音は近づけさせるべからず。
それは蒼音に対する、絶対的取扱いマニュアルに近い。
だが、アルトはその事を、
今の今まで完全に失念していた。
結果、蒼音は完全に酔いが回ってしまっていた。
「あららら!
蒼音ちゃん、大丈夫!?」
一方、蒼音の“ゆでだこ姿”を、
初めて目の当たりにしたフェイティは、
先ほどの上機嫌がどこかへ吹っ飛んだようで、
「だ、大丈夫……ですぅ……」
「もお、全然大丈夫じゃないでしょ!
こんなに顔を真っ赤にして……!
一気に飲んじゃったの!?」
「い、いえ……その、特に飲んでは……」
「とりあえず、少し休みましょ!
とにかく、酔いを醒まさないと!」
「だ、大丈夫、れすぅ~」
まるで宙に漂う幽霊の如く、
左右にユラユラと揺れる蒼音に、
BBAは一所懸命に話しかけている。
言葉が絶え絶えになり、呼吸も荒い。
要は完全な酔っ払いちゃんと、
蒼音はなってしまっている。
と、そこへタイミング良く、
スーシアが本日二杯目のホットミルクを手に持ちながら、
その場へ戻ってきて、
「お待たせいたしました……って、あら!
どうされたんですか!?
顔が真っ赤に……!」
「あ、スーシアちゃん!
申し訳ないのだけれど、
お水をもらえるかしら!?
蒼音ちゃん、完全に酔っぱらっちゃったみたいで……!」
「わ、わかりました!
少しお待ちくださいッ」
そう言うなり、この場に戻って数秒にして、
四たび部屋の奥へと、駆け込んでいく。
(しまったなぁ……)
その中で一人、アルトは後悔をし続ける。
蒼音が極端に酔いやすい事を知っていたにも関わらず、
完全にその事を見逃していた。
意志を相手にうまく伝えられない、
自らの意志を持たない蒼音にとって、
アルトの“気づき”は今の状況を回避する、
最大にして唯一の救いの手だった。
だが、アルトはそれを逃した。
そして結果としてそれは、
蒼音を再び、酔いの根底へと突き落とすこととなった。
やってしまった。
死ぬほど後悔、とまではいかないが、
何とも言えない罪悪感に、苛まれる。
「お待たせしました……!
とりあえず水を……ッ!!」
「あ、ありがとうございます~」
スーシアが持ってきた、
お盆の上に軽く5.6個は確認できる、
所狭しと並べられた水入りのコップの一つを受け取ると、
まるで風呂上がり直後の一杯とばかりに、
蒼音は一気にそれを飲み干す。
よほどアルコール以外の水分を、
身体が欲していたのだろう。
「ふうぅ……」
空になったコップを机に置いて息をつく蒼音の顔から、
まだまだ赤みは消えそうにもない。
「あの……もう一杯飲みます?」
「は、はひ……」
まるで猛獣に餌をやるかのように、
スーシアがおそるおそる差し出したコップを、
蒼音は躊躇なく受け取り、
そして、再び一気に飲み干す。
だが、やはり顔色は優れない。
「あ、あの……」
三たびスーシアが、お伺いをたてようとしたところで。
「スーシアちゃん。
悪いんだけれど、持ってきてくれた水、
全部蒼音ちゃんの近くへ置いてもらっておいていいかしら?
たぶん、全部必要だと思うから……」
たまらず、フェイティが口を開いた。
このままでは埒が明かないと判断したのだろう。
「うん、僕もそうした方がいいと思う。
蒼音ちゃん、たぶんそれ全部飲んでも、
酔いはさめないと思うから……」
「分かりました。
ではスーシアさん、ここに全部置いておきますね」
「ありがとう……ございます。
すみません、ご迷惑をおかけしまして……」
先ほどまで荒かった呼吸はやや落ち着いてきたものの、
それでも顔色はせいぜい、
“ゆでだこ”状態から“リンゴほっぺ”状態になったくらいで、
まだまだ本調子には程遠い様子の蒼音。
とりあえず今は、そっとしておこう。
今のアルトには、
そうすることしかできなかった。
「すみません。
私が“飲み”ニケーションをしようとしたばっかりに……」
「気にしないで、スーシアちゃん。
きっと蒼音ちゃんも少し、
酔いが早く回っちゃっただけだから」
「そう、だといいのですが……」
「それにBBA達も気づけなかったんだし、
お互い様よ、ね?」
「すみません、気を遣っていただいて……」
スーシアとフェイティがそのような会話をしているのが、
何ともアルトには心苦しい。
自分がもっと早く気づけていれば。
やはり何とも言えない罪悪感が、
鍋の底のコゲのようにこびりついている。
やっちゃったなあ……と、
アルトが遅すぎる後悔をしているさなか、
「それにしてもBBA、ちょっと気になったのだけれど」
フェイティはそう切り出すと、
「さっき外で聞こえてきた物凄い声、
あの声って、もしかしてスーシアちゃん?」
「フェイティ!?」
その言葉でアルトは、一瞬にして現実へと引き戻された。
そして、まるで浮気がバレましたとでも物語るかのように、
顔から血の気が引いていく。
思いきり、不意をつかれた。
スーシアの酒の差し入れ(?)と蒼音の容態に気をとられているあまり、
完全にその意識が欠落していた。
少し前、スーシアがこの場から姿を消していた時、
家の外から聞こえてきた、
おおよそ公共の場には流すことのできない罵声の数々。
『そのキ○○マは何のためについてんだよ、
このチキン共がッ!!』
『アァ? 文句あるなら言ってみろよ、
文句を言う度胸があるならな!!
あるワケねえよなあ、
てめえら如きが私に能書き垂れる、
ンな度胸、あるワケねえよなあ!
だったらハナからそんな、
反抗的な態度をとるんじゃねえよッ!!』
これらはその言葉の、ほんの一部に過ぎない。
そして、この声の主が。
『いいか、これに懲りたら、
二度とこの私、
スーシアに刃向おうとするんじゃねえぞ、
このガキ風情がッ!!』
スーシアであること。
ここまでは、誠に遺憾ながら決定事項であり、
目の前にいるスーシアが、先の言葉を発したということに、
間違いはない。
だが、アルトはそれを、
聞かないようにしていた。
誰にだって、知られたくないヒミツの、
一つや二つはある。
まるで家事使用人のように大人しく、
それでいて清楚な様子を振りまいているスーシアが、
外で見せていた、それまでとは180°正反対の、その姿。
それはきっとスーシアにとっては、
あまり知られたくはない姿にちがいない。
それが今日、初めて顔を合わせたアルト達なら、
なおさらだろう。
真実はそれぞれの中にそっと秘めておく――。
そんな風にアルトが考えていた中での。
いきなりの爆弾投下である。
ちょっと待ってよホントになんてことを言ってくれたの!? と、
アルトの心の中で絶賛、
絵画でいうところの“叫び”状態である。
それはさながら、
すり傷の回復を祈り、
必死に手当てをしていたものを、
横からいきなりカサブタをひっぺ剥がされたような感覚である。
「さっきの……大声?」
ああああああヤバいよぉぉぉ! と。
この後の展開に絶望の中を驀進するアルトの横で。
スーシアは呟くようにそう切り出し、
「もしかして、聞こえちゃいました……?」
まるでイタズラが見つかってしまった子どものように、
上目づかいで探るようなしぐさを見せた後、
「ごめんなさい、お見苦しいところを、
お見せしてしまいましたね……」
てへへ、と。
観念したかのように、苦笑いを浮かべた。
怒っては、いない。
(……あれ?)
その言葉に絶望驀進のさなかでアルトは少しだけ、
光を見た気がした。
「ってことは、
さっきの声はやっぱりスーシアちゃんなのかしら?」
「ええ、あれは私です。
えっと、どのくらい聞こえていらっしゃいましたか……?」
「うーんとねぇ、
たぶんなんだけど、最初からBBA達に聞こえていたと思うわ」
「あらら……そうでしたか。
ホントに、お恥ずかしい限りです。
お聞き苦しい言葉ばっかりだったでしょう?」
「うーんと。
そう、ねえ……。
刺激的な言葉が多くてBBA、びっくりしちゃったわ」
「あはは……そうですよね……」
自らの頬をポリポリ掻きながら、
少しだけ照れくさそうにスーシアは笑う。
(大丈夫……ぽい?)
その笑顔でアルトの絶望は、
完全に吹き飛んだ。
どうやら、この話題はこのまま広げても、
スーシアにとっては問題ないらしい。
「ぼ、僕もびっくりしちゃったよ。
まさかスーシアさんが、
あれだけ大きな声を出すなんて……」
「ね、BBAもびっくりしちゃったわ。
迫力満点だし、ちょっとカッコよかったわ♪」
「すみません……。
私の父と母が、両方言葉遣いが少々荒かったようで、
その中で育っていったら、
どうにも口が悪くなってしまったようで……。
皆さんにはお見せしないようにと思っていたのですが、
やはりダメでしたねッ」
えへへ、と。
今度はいたずらっぽく笑うその佇まいは、
年相応な姿そのものである。
唯一、年齢不相応と言えば、
笑顔のままに乾いた口の中に流し込む飲み物が、
「プハぁ~~~!
効きますねぇ~!!」
ゴリゴリのお酒である、ということだけだ。
いや、生まれた環境とはいえ、
あの言葉遣いはそうそう真似できるものではないし、
(おそらく)酒豪の姿を見せられては、
イマイチ説得力に欠けるんだけど、
などとアルトは感心半分、苦笑半分といった感じに、
“おっさん”の姿を見ていたが、
「まあ、もっとも――」
ただの一滴も残さず、
酒を飲みほしたスーシアが、
そのコップをコトン、と静かに机へ置いたその後に、
「そのくらいに勝気でなければ、この村では……。
ならず者しか存在しない、
この村では生きていけませんでしたから……」
まるで昼夜が突如逆転したかのように。
酒の酔いが、一気に冷めたかのように。
先ほどまでの笑顔から一転、
憂いを帯びた表情からポツリと零れ落ちた、
少女のその言葉にアルトは思わず、息をのんだ。
次回投稿予定→9/29 15:00頃
投稿が急遽遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。。
次回は時間通り更新できると思います、すみません。。。




