第197話:おっさんスーシア
「すみません、少し遅くなってしまいまして……。
みなさん、お待たせしました」
「あ、はい……」
「あら? ホットミルクが冷めちゃってますね。
お口に合いませんでしたでしょうか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「あ、もしかして。
私に気を遣って、飲まずに待っていらっしゃったんですか!?」
「え、あ、まあ」
「そんな、気になさらないでよかったのに!
ちょっとお待ちくださいね、
別の飲み物を持ってきますので」
「あ、はあ……」
粗末なテーブルに置かれた、
すっかり冷めてしまった4つのホットミルクを手に、
スーシアは家の奥へと姿を消していった。
一時的ではあるものの、
再び3人となった、その空間。
「…………」
「…………」
「…………」
言葉を発する者は、いない。
無言の空間が、そこにはできている。
だが、沈黙が支配するその場では、
何もまったく、主張がされていないわけではない。
互いが互いへチラチラと視線を送り、
互いに無言ながらも他の仲間の反応を、
密かにうかがおうとしている。
それを3人全員がしているのだから、
なんとも奇妙な光景である。
まるで語らず腹を探るような、
仲間にも関わらずなんとも異様な雰囲気が、
沈黙に空間の中で形成されている。
(えーと……)
果たしてあの話を切り出していいのだろうかと、
その中で少年アルトは、
一つの決断をしかねていた。
『こンのクソ共がぁぁぁぁッ!!』
『そのキ○○マは何のためについてんだよ、
このチキン共がッ!!』
『アァ? 文句あるなら言ってみろよ、
文句を言う度胸があるならな!!
あるワケねえよなあ、
てめえら如きが私に能書き垂れる、
ンな度胸、あるワケねえよなあ!
だったらハナからそんな、
反抗的な態度をとるんじゃねえよッ!!』
以上のセリフはすべて、
同一人物によって言い放たれたモノである。
粗暴にも程があると言っても過言ではない、
まるで言葉の暴力で相手を、
再起不能になるまで完膚なきまでに叩き潰す。
それくらい意気込んでいそうな、
言葉の数々。
もしアルトがこの罵声を浴びる立場だったとしたら、
おそらく半ベソ、
いや、あるいはガチンコで泣いていたかもしれない。
だが、ただそれだけの事実だけだったら、
きっとアルトはこんなに悩むこともなかっただろう。
問題なのは、その罵声の極みを尽くした、
汚い言葉を次々に吐きまくった、
その人物の正体が。
「お待たせ致しました」
今、目の前に飲み物を盆に乗せて持ってきた、
一見使用人と間違えそうなくらいに華奢な、
若い女性である、という事である。
いや。ウソではない。
「ささ、冷めないうちにどうぞ、
召し上がってくださいね」
微笑みながら、
優しく気遣ってくれている、
この彼女が間違いなく確定的に、
先ほどの暴言の主なのだ。
アルトだって、俄かには信じられない。
例えば、何も事情を知らずに目の前に言う女性が、
“クソ”だの“てめえら”だの放送禁止用語を連発するんだよ、
と教えられても、絶対に信じない自信がある。
だが、
『いいか、これに懲りたら、
二度とこの私、
スーシアに刃向おうとするんじゃねえぞ、
このガキ風情がッ!!』
数々の暴言の締めとして発せられた、
その言葉を耳にした瞬間、
信じられないものを、否が応でも信じるしか、
もはや道はなくなっていたのだ。
だからこそ。
(聞いていいのかなあ……)
アルトは困っているわけなのである。
今、アルト達に見せている、
清楚で大人しそうな、控えめな女性の姿と、
先ほど外で現した、
基本好戦的で相手に食ってかかる姿。
果たして、どちらが真の、彼女の姿なのだろうか。
いや、それを聞いたところで何かが変わる、
という訳ではない。
元々のアルト達の目的である、
スーシアに面会するという部分においては、
何ら影響を及ぼさないものである。
故に、別にどちらが本当の彼女なのかどうか、
そんな問題など別に気にする必要もない。
ない、のだが。
(とはいえ……)
それほど簡単に割り切れるモンじゃないよ、
とアルトは思う。
あそこまで二面性を持たれてしまっては、
もはや気にならないという方がおかしい。
でも、果たしてそこの部分に踏み込んでいいのだろうか。
なんだかパンドラの箱を開けるような感覚で、
アルトはどうにもそれ以上先に、
足を踏みだすことができない。
そして、それはアルトだけではなく、
「…………」
「…………」
フェイティや蒼音も同じ気持ちのようで、
喜怒哀楽のどの感情にも属さない、
何とも表現しがたい無表情のまま、
スーシアの差し出した飲み物にも手を付けずに、
黙ってしまっている。
「? どうかされましたか?」
ただ一人、スーシアだけは、
アルト達の様子を見て、
ちょっとばかり困ったような表情をしている。
「何か、お気に召さなかったでしょうか……?」
もしや自分に不手際があったのではと、
今度は恐る恐るした様子で、
3人の顔色をうかがっている。
もっとも、アルト達がこれほど言葉に詰まっている原因は、
100%スーシア本人にあるわけなのだが。
とはいえ、
(……今はとりあえず、
その件は気にしないでおこっと)
いつまでも沈黙をしていても、
話は先に進まない。
決してスーシアの性格を把握しに、
ここに来たわけではないし、
本来の目的は別にある以上、
この件を無駄に長引かせる必要はない。
「あ、いえ、何でもないです!
すみません、そしたらお言葉に甘えていただきます」
とりあえずその件は隅にでも置いておこう、
まずは気持ちを落ち着かせてと、
アルトはスーシアが運んできた飲み物に手を伸ばし、
カップに口をつける。
一息ついたら、早速本題へとうつ
「!?!?!?」
カップの中の液体が口の中へと流れ込んだ瞬間、
アルトはすぐに、異変に気付いた。
そして、
「ぶへッ!!!!」
アルトはすぐさま、その液体を吐き出してしまう。
味が、おかしい。
ホットミルクのつもりで口に入れたはずが、
明らかにその風味を有していない。
ほんのり甘い口当たりの中に、
苦いとも渋いとも言えない、
けれど絶対にまともな飲み物ではない、
危険な香りのする、それ。
なんだか脳に直接、なんだかボーっとする、
ぼんやりとした空気が行き届いているかのような、
不思議な感覚。
「え…………」
思わず絶句するアルトには、
その感覚に覚えがあった。
そう、レナ達と初めてこの大陸へ来た時の、
王都キルフォーで。
総帥ドルジーハの説得に失敗し、
失意と怒りの中で街中を歩いた時に出会った、
暗黒物質の剣のリーダーのフロウ。
そのフロウが言葉を発するたびに、
今の感覚に似た空気を、
アルトは嗅覚で感じていた。
そう、あの時のフロウは――。
「ねえ、これってもしかして……」
そこまで行けば、結論付ける事など、
容易なモノだった。
「お……酒?」
「はい、そうです」
スーシアの返答は、
いともあっさりしたものだった。
それがさも、当然のように。
……いやいやいや。
アルトにとっては当然、
当然なモノではない。
初対面の相手に対していきなりお酒っておかしいでしょ!? と、
声を大にして言いたかったところではあるが、
「えっとー……」
同じく初対面の相手に対して、
それほど強く言うことはできない。
慎重に言葉を選んで、アルトは理由を
「お互いに本音で語るには、
これが一番早いかと思いまして」
聞こうとした矢先、
スーシアは破顔一笑で答える。
「やはり初対面同士、
いきなり話し始めるのは緊張するので……。
お酒が入れば徐々に、
ざっくばらんに話すことができるんですよ♪」
などと目の前の女性は笑顔で語り、
目の前にあったカップに入った酒を、
グイッと小さな口の中へと軽く流し込んだ。
「う~~~~!
効きますねぇ~!!」
まるで万病に効く特効薬を口にしたかのように、
破顔一笑のスーシアは、
上機嫌そのものである。
明らかに、おかしい。
その姿は、どの角度から覗き込んでも、
風貌とマッチしていない。
だが、事実は何とも言い難い、
それでいて目を疑いたくなる現実であっても、
そこにはある。
その姿を、まじまじと見せつけられて。
「…………」
アルトはなんとなく、理解できた気がした。
フロウがなぜ、彼女を“おっさん”と呼んだか、を。
スーシアは、女性である。
それは紛れもない事実だ。
だが、確かにフロウはスーシアの事を“おっさん”と称したが、
決して風貌がおっさん、とは言っていなかった。
“おっさん”という固有名詞が、
スーシアという人物のどの属性を指しているのか。
そこについての言及は一切なかったし、
また、アルトもそこについて深く追求しようと思わなかった。
フロウからそう言われたことで、
脳内で勝手に事実変換をしてしまっていた。
ただ、それだけの事だった。
フロウが表現した、“おっさん”。
それはスーシアという人物属性を指すものではなく、
きっと性格属性を指すものだった。
血気盛んな者に対して一切動じることなく、
いや、むしろさらなる血の気走りを露わにして、
相手を威圧する。
あるいは、円滑なコミュニケーションに酒を用いる。
そういった、ある種前時代的な事を、
いとも平気にやってのける。
おそらく、フロウはそのような意味で――。
「ささっ、皆さんもどうぞどうぞ♪」
若干ながら声量があがった気がするスーシアは、
なおも笑顔のままアルトにお酒を飲むよう促してくるが、
(うぅ~……)
いよいよ困るのはアルトである。
アルト・ムライズ。
弱冠17歳。
無論、未成年である。
お酒は二十歳になってから、
という言葉は勿論知っている。
故にこの場合、
お酒を断ることは可能だ、
というより、断らなければいけない。
可能ではなく、義務である。
だが、そうは分かっていても、
アルトには別の心配があった。
(もし断ったら、何を言われるか、
怖すぎるよぉ……)
すでに悟っている通り、
スーシアはその風貌とは裏腹に、
前時代的な“おっさん”のような性格の人物である。
ゆえに、軽はずみに“要りません”などと、
言うことのリスクは計り知れないものがあった。
例えばここでアルトが、
“いや、僕未成年なんで遠慮します”と言ったとする。
おそらく今時の若い子たちであれば、
いい意味でも悪い意味でも、
人との関係性がドライである現代っ子であれば、
“そっか、じゃあしょうがないね”
その一言ですべてが終わるであろう。
だが、これが一昔前の、
べらんめえ口調の年齢層だったとしたら。
その場においては、
未成年がどうとか飲めないとか、
そんなものは一切考慮されない。
個人の事情など一切排除し、
“なんだてめえ、私の酒が飲めないのか!!”などという、
理不尽な言葉と共に退路を断たれるのが関の山である。
果たして今、目の前にいるスーシアと言う人物は、
どちらの部類か。
(いやいやいや、どう考えても後者でしょ……)
答えは、明白だった。
テメエやキ○○マといった汚い言葉連発だの、
コミュニケーションに酒は最適だの、
まるですべては根性で何とかなる! 的な、
いかにもそんなことを言い出しそうな彼女が、
どちらのタイプに属するか。
答えは、誰が答えても同じものになる。
だからこそ。
(うかつに断れないよ……)
少年は、途方にくれていた。
実際アルト自身、お酒を飲んだことはない。
故に、お酒の味を知らないし、
また、仮にお酒を飲んだ場合にどうなるか、
それらも知る由はない。
……というよりそもそも論として、
アルトは特段、お酒を飲みたいとは思わない。
なので飲むよう勧められたところで、
じゃあお言葉に甘えて、という風にはならない。
そうこうしているうちに。
「もしかして……お酒、飲めないんですか?」
「!!」
スーシアの言葉に思わずビクッ!
としてしまうアルト。
いや、おそらくスーシアにとっては、
何気ない一言なのだろう。
だが、今の迷えるアルトにとっては、
決断を促されているかのような、
もっと言えば軽く叱咤されているような、
そんな感覚さえ覚えるほどに、
その言葉が重くのしかかっていた。
(うーん、どうしよう……)
さすがにこれ以上、黙っているわけにはいかない。
何かしらの態度を、表明する必要がある。
むしろこれ以上うやむやにしていると、
かえってスーシアの機嫌を損ねてしまう危険がある。
そうなってしまっては先ほどの、
あの外でドヤされていた男たちと、
同じ運命をたどることになるだろう。
そもそもフロウの言葉を伝えに来たアルト達にとって、
それは絶望に近い状況だ。
それは、絶対に避けなければならない。
(うーん……とはいっても――)
と、どっちに転んでも、
あまり明るい未来が待っていない選択肢に、
アルトが苦慮しているなかで。
「あらあら。
それじゃあBBAはいただこうかしら。
アルト君は未成年だから、まだダメね、
残念ねぇ♪」
少年の苦悩を知ってか知らずか、
フェイティはスーシアと同じく上機嫌な様子で、
いともサラリと未成年であることを、
少年の意思関係なしに打ち明けた。
次回投稿予定→9/15 15:00頃




