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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
199/219

第195話:スーシアさん

家の中は、それほど暖かいわけではなかった。

平屋の1LDKで構成された、その家。

木材で出来た壁で、

とりあえず外気だけは遮断してますよ程度の、

それくらいの気温の変化でしか、ない。


ゆえに。



(寒い……)



それに変わりはなかった。

もっとも、



(それでも外にいるよりは、

はるかにマシだなぁ……)



アルトの表情は、

まるで温泉にでも浸かったかのように、

妙にほっこりしたものになっているのだが。


気温の変化こそ微々たるものかもしれないが、

外の風や振り続ける雪から逃れられる。


それだけでも少年にとっては、

外よりも何十倍、何百倍も居心地の良い場所に思えた。


加えて、アルトの表情が柔和なモノとなったのは、

何も気温の変化だけが原因ではない。



「粗末な家ではございますが、

 どうぞ、おくつろぎください」



先ほど門戸を開いてくれた女性は、

くたびれた絨毯の上にひびの入った、

およそ1平方メートル程度の座卓が置かれた、

リビングらしき部屋へアルト達を通すと、

座るよう促す。



「あ、ありがとうございます」



アルトは素直にその指示に従いながら、



「でもホント良かったです、

 ここがスーシアさんのお家で……」


「申し訳ございませんでした、

 皆様を試すようなことをしてしまいまして……」


「いえいえ。

 いきなり見知らぬ客人が訪れたら、

 誰でも警戒はしますわよ。

 BBAが同じ立場でも、貴方と同じ事をすると思うわ」


「そう仰っていただけると、

 私も幾分か気持ちが楽になります」


「いえいえ、本当に……。

 本当にどうもありがとうございます。

 僕たち、おかげで助かりました……」



ホッ、と胸をなでおろすように、

なぜか感謝の意を伝えながら、

アルトの表情は緩んでいった。


この家は、スーシアの家。

それは今の女性から、間違いなく確認できた。



『そうでしたか。

 それでしたらまずは、

 中へお入りください』



暗黒物質の剣のリーダーであるフロウから言われた通り、

スーシアという名前のあとにジーターという、

家主の本名を口にしたアルト達に対し、

女性はそう告げた。


もしかしたらワナかもしれないと、

一瞬アルト達は入ることをためらったが、

その女性は家の中へと入った直後、

アルト達に対してコクリと1つ、

無表情のまま意味ありげに、

小さくうなずいた。


大丈夫ですので、どうぞお入りください。


少なくともアルトには、

女性が暗に示しているように見えた。


疑心は完全にはぬぐえなかったが、

アルトはとりあえず、家の中に入ることを決断した。


そして玄関が閉じた瞬間、

女性が言った、



「フロウさんのお知り合いですね、

 お待ちしておりました」



その言葉で、すべてを理解することができた。


つまりは、この家がスーシアの家で間違いなかった。


その事実を身にまとった時の防御力たるや、

アルトにとっては、

コンクリート製の壁よりも強固なモノくらいに、

ホッとできるモノだった。



「でもホント、スーシアさんの家で良かったわねえ……」


「本当にそうですね。

 トライさんの読み、大当たりでしたね」


「ふふふ、亀の甲より年の何たら、ってヤツよ♪」


「年の功だよね、それ……」


もはや“何たら”の方が文字数多いじゃん、

とフェイティに対してツッコめるくらいに、

アルトの心には余裕ができていた。



「さて、と。

 ひとまず第一段階は突破ね、アルト君」


「そうだね。

 あとはスーシアさんに会って、

 フロウさんの伝言を伝えれば……」


「ミッション完了、ってことですね」



蒼音の言葉に、

フェイティとアルトは大きくうなずく。


そう、ここまではまだ、

目的を達成するまでの過程に過ぎない。


フロウいわく“おっさん”という、

スーシアという人物に会い、

フロウから預かった言葉を伝えて、

初めて任務が完了する。

なんだかすでに仕事が終わったくらいに、

気持ちが緩んでしまっているが、

言うなればまだまだ仕事はこれから、なのである。



「スーシアさん……。

 一体、どんな方なのでしょうか」


「フロウくんはおっさん、

 としか教えてくれなかったわね」


「おっさんかぁ……。

 強面の人とかじゃなければいいけど……」


「どうかしらねえ……。

 この村の現状を考えると、

 BBAは結構イカツい人が、

 出てきそうな気がするけれど……」


「うう、それだと嫌だなあ……」


「落ち着きましょう、ムライズ君。

 もしかしたらすごく優しい、

 強面おじさんかもしれませんし……」


「強面なのは否定しないんだね、蒼音ちゃん……」



そんなこんなで、3人がスーシアの人物像を、

想像ながらに模索していると。



「遠路はるばる、お疲れ様でございました」



使用人と思しき先ほどの女性が、

湯気をフワリとたてるマグカップが4つほど乗った、

お盆を大事そうに両手で持ちながら帰ってきた。


……が、戻ってきたのは女性だけで、

スーシアらしき人物の姿は見えない。



「あ、いえ、とんでもないです」



あれ? と思いながらも、

アルトはとりあえず返事をしてみる。



「王都キルフォーに比べて、

 さらに廃れているでしょう?

 このシックディスは」


「ええ、まあ、そうですね……」



どうぞ、とホットミルクを差し出されたアルトは、

やはりあれ? と再考してみる。


スーシアは、まだ来ないのだろうか。

何か多忙な用事でもあるのだろうか。



「あのー」



スーシアさんはお忙しいんですか、

とアルトは切り出そうとしたのだが、



「ここやキルフォーだけではありません。

 港町のカイトやルブラントの村も、

 どこも寒さと飢えに苦しんでいます」



物悲しげな表情を浮かべながら、

女性は喋りを続けていく。



「それもこれも総帥ドルジーハ。

 あの者がすべての元凶です。

 この厳しい環境の中、

 民の事など一切顧みず、

 私腹を肥やすのに躍起になるだけ……」

 

「そう、ですね……」



その想いは確かに、

アルトも推し量るべきものではある。

このディフィード大陸の現状。

それに満足しているのはたった一部の、

城の中で悠々と暮らす上流階層の者達だけ。


何とかその苦境を打破したい。

その気持ちは、

たとえ反政府組織である、

暗黒物質の剣のメンバーでなかったとしても、

誰しもが持っている気持ちだろう。


目の前で憂う女性。

その気持ちは痛いほどによく伝わってくる。


……とはいえ、である。


アルト達の目的は。



「あのぉー……」



頃合いを見計らって、

アルトはまるで眠る猛獣の隣で声を発するかのように、

恐る恐る声を絞り出す。



「? 何でしょうか?」



ここでようやく、

アルトのささやかな(?)主張に気づいた女性。



「えっと……。

 実は僕たち、スーシアさんに用事がありまして……」



アルトは、かなり遠まわしに、

相手に悟られないよう婉曲した表現を使って、

それとなくスーシアを呼び出そうとするが、



「? はい、心得ております」



その辺りの認識が鈍いのだろうか、

アルトの意図には沿うことなく、

女性は笑顔のまま居座っている。


えっと……と、

アルトは慎重に言葉を選びながら、



「僕たちフロウさんからスーシアさんへ、

 直接伝言を預かっていまして……」



それとなく気づいてもらえるように、

再びスーシアとの面会を頼んでみるが、



「あ、はい。

 それも心得ております」



またもや、少年が望む返事ではない言葉が、

女性から戻ってきた。



(うーん……)



どうにも、

話のキャッチボールがうまくいかない。


まるでボタンを掛け違えているかのように、

噛みあっているのは話のテンポだけで、

肝心の内容は、ズレている。


ここがスーシアの家であることは間違いない。

だが、いっこうにスーシアが出てくる気配がない。



(もしかして、外出しているのかな……?)



俄かにそんな予測が、

アルトの脳裏をよぎる。


確かに、もし外出しているなら、

戻ってくるまでの話し相手として、

女性がこの場で対応している状況に合点がつく。


だが、だとするならば普通、

最初に女性と対面した時に、

“すみません、スーシアは外出していまして”とか、

一言付け加えがありそうなものである。


アルト達に対して常に下手から、

謙虚な姿勢で対応してくれている、

使用人と思しき目の前の女性が、

その気遣いを出来ない風には、あまり見えない。


ゆえに外出している、という線は薄い。


となると、スーシアは一体、

何処にいるのだろうか。


目の前の女性からも、

スーシアという人物に関する言及がほぼないため、

どうにも人物像が見えてこない。


暗中模索。

まるで触覚が通用しない気体を手探りで探すかのように、

アルト達はその重要人物の輪郭を探っている、

まさにそのような状況である。


とはいえ。

目的を終えれば速やかに、

王都キルフォーへ引き返すアルト達にとって、

いつまでもフワフワとした探りを入れているワケにもいかない。


スーシアは、どこにいるのか。

また、あとどのくらい待てば会えるのか。

さらにいえば、フロウの使者として来た自分達に、

ちゃんと面会してくれるのだろうか。

もっといえば、もしどこかに外出しているのなら、

なぜ目の前の女性は、その事実を告げてくれないのか。


それらの疑問は、

今、すぐにでも解決させたいもの。


ゆえに。



「えっと……」



アルトは、三たび口を開いた。



「スーシアさんは今どこに……」



いらっしゃるんですかね? と、

続けたかった。


……が、同時に。



(……! え、まさか……)



女性へと視線を向けたその瞬間、

アルトの思考に1つの、

事実として有り得ないであろう考えが浮かぶ。


そんなわけない、だけどもしかしたら、と。


咄嗟に少年は、スーシアの所在を聞く質問から、

別の質問へと変えようとした。


だが、



「はい? 今どこに?」



すでに、遅かった。

まるで豆を喰らったハトのように、

キョトンとした表情でアルトの言葉を遮った、その女性。


そして、続けて。



「スーシアは私ですけれど……?」


「……は?」



そのあまりに斬新な言葉に、

フェイティや蒼音の時間は、

確実に止まっていただろう。


だが、ただ一人、

アルトだけは。



(やっぱりか……)



どちらかと言えばアチャーといった、

“やってしまった”を地で体現するかのように、

片手で顔を覆う。



「え、え?

 まさかこのかわいい子ちゃんが……」


「スーシアさん、なんですか!?」


「? ええ、そうですけど……。

 そんなに驚いてどうしたんですか?」


「いえ、驚くも何も……」


「BBA達、さすがにそれは盲点だったわぁ……」



まさかな、とは思っていた。

ただ、もしかしたら、とも思っていた。


今、目の前にいる女性以外、

いっこうに人が出現する気配がなかった。


この女性が家の玄関の扉を開け、

この女性が家の中へと案内し、

この女性がリビングで寛ぐことを認め、

この女性が奥から飲み物を持ってきた。

そして、この女性はついにリビングで、

客人と共に会話を始めた。


この家で起きたすべての行動が、

彼女によって起草され、そして完結していた。

その時点であるいは、と。

アルトはわずかに心の中の違和感に気づいていた。


まさか、

この女性が“スーシアさん”ではないか。



(……いや)



まだ分からない。

同時にアルトの中には、

一握程度の警戒感が生まれていた。


もし、この見た感じ20代中盤くらいと思しき女性が、

スーシアだったと仮定して。


その仮定を確定へと昇華させるには、

たった一つ、唯一にして最高の阻害分子が存在する。


おっさん?


……おっさん?



(いやいやいやいや)



事実誤認も甚だしいとしか、

アルトは思えないでいる。


目の前の女性。


そう、女性である。

そもそもが、おかしい。

最初の時点で、分岐を間違えている。


おっさんとは、30~40年ほど生存している、

男性の人間を総称した呼び方である

(引用文献:アルト・ムライズ脳内)


対して、目の前で“?”マークを頭に乗せているかのように、

キョトンとした、見た目20代前半くらいの女性。


男性に対して女性。

30~40歳に対して、20歳前半。


当てはまるどころか、かすりもしていない。


おっさんの要素が、どこにもない。

これで女性がスーシアであることを信じろ、

と言う方がどだい無理な話である。



だが、



「本当にスーシアさん……なんですよね?」


「はい、そうですけれど……。

 みなさん、どうかされたんですか?」



目をパチパチさせて女性がそう主張する以上、

信じる信じないの次元の話ではない。

信じざるをえないのだ。


だが、



(何でこの女性を、

フロウさんはおっさん扱いしたんだろう?)



その疑問が、解決されることはない。

360°、どの角度から女性を凝視したとしても、

ただの一つでさえ、彼女をおっさんたらしめる要素がない。


(なんだろう?

実は年齢がもっと高いとかなのかな?

それとも実は女装していて、

中身は中年のおじさんとか?

うえぇ、それはあんまり想像したくないなぁ……)



なんだか目の前に女性に、

大変失礼なことをすこぶる想像しつつ、

アルトが軽い吐き気を覚えそうになっていた、


ちょうどその時だった。



「大変だ、スーシアッ!!」



バタンッ! と乱暴に扉が開けられた音と同時に、

青ざめた表情を浮かべる若い男が、

明らかに何か異変を予感させる、

風雲急を告げるかのように血相を変えて、

スーシアの家へと飛び込んできた。


次回投稿予定→8/11 15:00頃

前回の活動報告でも書かせていただきましたが、

まるそーだの私情により、しばらくは2週間に一話ペースで更新していきますので、

よろしくお願いいたします。

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