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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
198/219

第194話:家

その扉に近づくたびにゾワゾワと、

まるで微生物が全身を動き回るかのような、

むず痒さを帯びた緊張感が、少年に襲い掛かる。



「うう……」



少年からうめき声にも似た、

何とも弱々しい声が漏れる。


先ほど、決意したはずだった。


雪風吹きつける荒廃の村、シックディスにて発見した、

少年達の目的地と思われる人物の家。

打倒キルフォー政府を掲げる反政府組織の暗黒物質の剣のリーダー、

フロウに会ってきて欲しいと頼まれた、

スーシアという人の家と思しき住家。

確証こそ持てないものの、

その重要人物が住んでいるかもしれないその家を、

思い切って訪ねてみようという事を。


年長者のBBAに背中を押され、

確かにそう、心に決めたはずだった。


だが。

いざ、その家に近づいていくと。


(もし違う家だったら、どうしよう。

それに、変なのに絡まれたら、どうしよう。

いや、それよりもいきなり襲われたら、どうしよう。

もし大人数とかで来られたら、絶対勝ち目とかないよ……)


考えうるすべてのネガティブな可能性に容赦なく襲われ、

少年の心に灯った決意の火は瞬く間に勢いを失っていく。


本当に訪ねてしまっていいのか?

今なら、まだ後戻りはできる?

もう少し考えた方がいいのでは?


さらには少年の足を止めようと、

後ろ向きな思考が、意図せず勝手に、

少年の脳を侵食していく。

加えて。


(やっぱり僕がノックして話さないといけないよね……)


その思いがさらに、少年の足を確実に重くしていく。


先ほどフェイティと蒼音は、

自分に対して最終決定を託していた。

それはつまり、決定事項のすべてを、

自分に委ねた事と同じである。

そして、それは別の見方をすれば、

その最終決定を行使するのも自分、

ということを意味する。


これで、いいのだろうか? と、

自分がやらなければいけない。


そのような思いが、頭に重くのしかかる。



だが、



「さてさて、スーシアさんの家だといいわねえ」


「そうですね、できれば一発で、

 スーシアさんの家だといいのですが……」


「大丈夫よ、蒼音ちゃん♪

 もし違うとしても、その時はその時よ♪」



この状況で一体どのような図太い神経をしていたら、

それほどご機嫌でいられるのかと思ってしまうくらい、

なぜか足取りが軽やかのフェイティと、

そのBBAと共に歩く蒼音の存在が、

アルトの足が止まることを許さない。

それはさながら、嫌なお稽古に行きたくない、

子どもを無理やり親が引きつれていくような構図に近い。


否が応でも、もう行かなくてはならない。



(ううぅ……!)



緊張と、不規則に打つ鼓動の違和感に、

下を向けば胃袋の中身がすべて逆流してきそうな、

鈍い吐き気に襲われながらも、

アルトは鉛のように重い足を、何とか前へと進めていく。


ここまで来たら開き直るとか、

こうなったらやぶれかぶれとか、

アルトにそのような気持ちの切り替えは性格上、

土台無理な話である。


どうにも整理がつかないまま。


とうとう。



「さて、と。

 来ちゃったわねぇ」


これもまたなぜか愉快そうに言うフェイティの背後で、

アルトはピタリと足を止める。


すぐ目の前には、家の玄関扉。

ここまで、来てしまった。


(だ、だ、大丈夫、かなあ……)



だが、それでもなおアルトの心は、

やや荒れたさざ波のようにざわついたままだ。


気持ちの整理が、ついていない。


心拍数の上昇と共に、

身体が勝手に、わずかではあるが震えてくる。


どうしよう。

どうしよう。



「アルト君、大丈夫?」



その乱れた心中を察してか、

フェイティが声をかけてくる。



「さっきは大丈夫とか言ったけど、

 さすがに緊張しないわけがないわよね」


「え、あ、うん……」


「とりあえず周りはザッと確認したけれど、

 特に変な人たちはいなかったわ。

 まずは第一段階突破ってトコね」


「あ、うん……」



その心中のままに、

アルトがやや青ざめた表情のまま曖昧な答えで返すと、


「もし構わないなら、

 BBAがノックして中の人を確認しちゃおうか?」



フェイティは心配そうな様子のままに、

そう提案してきた。


「え――」


いいの? と。

唐突に訪れた、

押し潰されそうなプレッシャーからの解放案に、

アルトの心は一瞬、軽やかに踊りかける。


2つの苦渋の内のひとつ、

この家を訪ねていいのかという不安は、

絶対に拭えない。


だが、もう一つの苦渋である、

“自分がやらなければいけない”という不安は、

簡単に逃れられる方法がある。


そう、その役目を、

他人にやってもらうことである。


フェイティが自らその役目を名乗り出る、

それはすなわち、

アルトがその役目から解放されるのと同義となる。


その役目から解放されれば、

どれほど気持ちが楽になるか――。


それに今の自分よりも、

年長者で百戦錬磨であるフェイティがその重役をやれば、

きっとスムーズに話が進むし、

万が一の事が起こったとしても柔軟に対応できるに違いない。


それは、願ったりかなったりの提案だった。



「ぜ――」



ぜひお願い! と。

喉からあと少しでその言葉が飛び出そうになったが。



『アルト、フェイティと蒼音、

 それにローザのこと、よろしく頼むわね』


「――――!」



その瞬間、アルトの脳裏を通り過ぎた、

アルトが太陽と称する、あの少女から投げられた言葉。


それはアルトら4人が王都セカルタから旅立つ前、

レナからお願いされたもの。


みんなを、よろしく頼む。



「――――――ッ」



自分が行くことのできない場所へ行く者に対して、

少女が託した、その言葉。


ローザでも、フェイティでも、蒼音でもない、

自分に託した、その意味。


その意味を少しだけ、考えたら。



「………いや」


「え?」



驚くように目を丸くするフェイティに対して。



「僕が……やるよ」



少年は、答えを導き出した。



「大丈夫? 無理しなくても……」


「心配してくれてありがとう、フェイティ。

 でも大丈夫、僕がやるよ」



そう宣言したアルトの口元は、

その決意の如く、固く結ばれていた。


不安や恐怖心がまったくないと言えば、

ウソになる。


本当にこの家で合っているのか、

今でも耐え難いマイナスの感情が押し寄せてきている。


だが、それでもアルトは、決断した。


自分が、やると。



(きっと、レナだってそれを望んで、

あの時言葉をかけてくれただろうから)



理由はシンプルに、それだった。


レナがあの時、アルトに言葉を託した意味。

その答えがきっと、

今決断した、この行動の中にある気がする。

不確定ながらも、アルトはそう感じていた。


逃げることは、いくらでもできる。

でもそれでは何も進まないし、解決しない。

逃げることなく、臆することなく、

進んで立ち向かっていく。


その姿勢こそが、

この場にいることのできなかったレナが、

アルトに託した真の思い。



……だと思うから。

だからこそ、


「僕が……ノックして話してみるよ」



蒼音とフェイティの前に立ち、

アルトはゴクリ、と一つ、

大きく唾を飲み込んだのち、



(ここまで来たら、もう開きなおるしかないッ……!)



そう頭の中で思考を振り切り、


コンコン。


アルトはついに、家の玄関をノックした。


背後でアルトと同じく、

息を飲むような2人の息づかいが聞こえるくらいの、

まっさらな静寂が唐突に訪れる。


だが、人はまだ出てくる気配がない。



(まだか……まだか……!)



まるで集合時間を過ぎてなお待つ、

デート待ちの彼氏のように。

アルトは時間に焦りを募らせる。

少年にはその時間が、

何十秒、いや、何分にも思えた。


だが、まだ扉を開くとは、耳に入ってこない。

もしかしたら、留守なのだろ


ガチャ。



「ッ!!」



その音にアルトは一瞬、

確かに心臓が止まったかと思った。


もっとも期待していながらも、

実はもっとも期待していなかった、

その効果音。


だが、賽はすでに、遠くへ投げられていた。



キイィィ。


くたびれた木材の擦れる音を各人の耳へと届けながら、

扉は静かに、まるでもったいぶらせるかのように開く。

そして続けて。



「はい? どちら様でしょうか?」



おそらく蒼音と同い年、もしくは少し年上くらいだろうか、

いかにも召使です、とでも言いたげな服装をした女性が、

扉の向こうから姿を現した。


ついにこの時が、来てしまった。


その瞬間、アルトの鼓動は、

最高速度へと達していた。



「? どちら様でしょう?」


「あ、えっと……その……」



先ほどまでの決意、思いは一体、

どこへと吹っ飛ばされたのだろうか。


女性と対峙した瞬間、

脳裏に描いていた言葉すべてをすっ飛ばしてしまい

アルトはあっけなく言葉に詰まってしまう。



(えっと……えっと……!!)



冷静と言う言葉などどこかへ捨ててしまい、

まだ召使と思しき女性の段階なのにもかかわらず、

少年の気は、明らかに確かなモノではなくなっていた。



(何か……何か言わなきゃ……!!)



そう思えば思うほど、頭の中は清々しいほどに、

真っ白へとなっていく。


次に一体、何を話せばいいのか。

それすらも少年は、咀嚼することがで



(落ち着いてアルト君。

まずはここがスーシアさんの家がどうか、

確認してみましょ)


(!!)



ひそひそ、と。

焦りに焦りを重ねるアルトの耳に、

フェイティの心に沁みる助言が届く。


アルトが、何かにすがるように思わず後ろを振り向くと、

そこにはフェイティの笑みが、

まるで菩薩とでも見間違うかのような、

破顔一笑といった柔和な表情が。


そうだ、とにかくまずは、

ここがスーシアさんの家かどうかを確認――。



「えっと……突然お伺いしてしまってすみません。

 恐れ入りますがここはスーシアさん、

 の家でよろしかったでしょうか?」



若干の落ち着きを取り戻したアルトは、

まずは礼を失しないように、言葉を選んで話しかけた。


そして、



(どっち、だ……?)



アルトは、待った。

家の中から出てきた女性が、

次に何を発するかを。

“はい、そうですけど”ならそのまま待機、

“いえ、違いますが”ならすぐに撤退。


頭の中で想定する答えと、

それに対する次の行動を明確に描きながら、

少年は自分でも認識できるくらいに強張った表情で、

その時を待った。


その中で。



「スーシア……ですか?」



そう切り出した女性の表情が、

わずかに曇った。



(違うのか……ッ!)



即座にアルトは、判断した。

例えば女性が、この家の召使だったとする。

家の主人の名前を出されて、

表情が曇るほど考え込む事など、

有り得るはずがない。


YESかNO。

その判断は、間違いなく瞬時にできるはずだ。


それができなかったということは、

ここがスーシアの家ではないか、

あるいは何かを企んでいる可能性が高い。


ともなれば、取る行動は決まっている。



「あ、違うようでしたら――」



失礼しました! と、

アルトはすぐにその場から立ち去ろうと、

言葉のクロージングを



(ちょっと待ってアルト君ッ)



しようとする直前、

またもや背後からフェイティが、

耳打ちをする。


それと同時に。



「えっと、失礼ですが皆様、

 スーシアという名をどこで?」



曇った表情、というよりは怪訝そうな様子で、

女性は再び、アルト達へと言葉のボールを投げ返す。



「あ、えっと……」



もうここから退散することしか頭になかったアルトは、

一瞬言葉に詰まってしまうが、



「王都キルフォーで、

 いつも酒場に出入りしているフロウさん、

 という男性から……」



さすがに反政府組織のリーダーと口走るのはまずい、

そう考えたアルトは正直ながらも、

ところどころ事実を伏せて言ってみた。


その途中で。



(……あれ、そういえば)



ふとアルトはここへと来る前、

キルフォーを発つ際に言われた、

フロウの言葉を思い出す。



『まず家のドアでまずスーシアを呼んでくれ。

 おそらく何の反応もないから、

 続けてジーターって声をかければ、

 おそらく家からおっさんが出てくるはずだ』


(スーシアさんを呼んだあと、

確かジーターさんって呼べって言ってたっけ……)



そういえば、そんなことを言っていた気がする。

スーシアという名が本名で、

ジーターという名が偽名。

もし本名で話が通じないようなら偽名を示す。


一般的にはなんだか順序が逆のような気もするが。

だが、それでも反政府組織のリーダーからは、

そのような指示を受けた。



(だ、大丈夫かなあ)



多少の違和感、恐怖心はぬぐえないものの、



「えっと……。

 も、もしかしてジーターさんのお家でしょうか?」



ここまで来たら、もう言うものは言わなければ。


多少ヤケクソ気味を帯びつつも、

眠れる獅子の横を静かに通り過ぎるように、

恐る恐る下手から、女性へと訊ねてみた。



「!」



その瞬間、

それまで怪訝そうだった女性の表情が変わり、

まるでお偉いさんに声をかけらたかのような、

ハッとした表情へと変わる。



「い、今……。

 なんて仰いましたか?」



そして今度は女性の方が先ほどのアルトのように、

今一度、アルトは口にした言葉を確認するべく、

おっかなびっくりな感じに言う。



(あれ、もしかして……)



これは、きたのか?

先ほどまでの違和感や恐怖感が、

わずかな期待感に変わったアルトは、



「あ、えっと。

 もしかしてジーターさんのお家でいらっしゃいますか?」



すかさず同じ言葉を、

再び女性へと届ける。



「…………ッ」



ど、どうだ? と。

僅かに黙る女性を前にして、

アルトはその結果を待つ。

打てる手は、打った。

あとは結果が、合か否かの判断を受けるだけ。


合なら第一段階は突破。

だが、もし否なら――。


固唾を飲んで見守り、

幾分か時が経過した、その後に。



「そうでしたか。

 それでしたらまずは、

 中へお入りください」



ほんのわずかに笑みがこぼれた女性から、

その家へと門戸が、

少年達へと一気に開かれた。


次回投稿予定→7/28 15:00頃

今後の更新頻度について、活動報告に書かせていただきますので、

よろしくお願いいたします。

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