第193話:シックディスを行く中で
シックディスの村は、
アルト達が思っている以上に、広かった。
「……ねえ、
大きな家ってあった?」
念のため、アルトは他の2人へと問いかけてみる。
「うーん。
BBAが老眼じゃなければ、
まだそれらしき家は見てないわねえ……」
「私も特には……見つけられていません……」
だが、女性陣から返ってきたのは、
アルトが想像していた通りの、
無念な解答。
「だよねえ……」
はあ、と。
濃霧ですかと言わんばかりに白濁した息を吐き出しながら、
アルトはがっくりと肩を落とす。
いや、ナメていたという訳ではない。
早いところここへ来た目的である、
フロウの知り合いであるスーシアという人物と面会する、
そのミッションを達成するべく改めて気を引き締め、
このエゴと犯罪に満ちた地獄のような村へと足を踏み入れた。
そのはずだった。
だが、万全な警戒心と思われた中に、
ほんのわずかに残っていた、小さな隙。
シックディスの“村”。
村。
その集落単位を聞いた瞬間、
アルトの脳内には面積の狭い土地が、
半強制的にインプットされた。
都会よりも町の方が、規模が小さい。
これは定義上、歪めようのない事実だ。
そして、町よりも村の方が、規模が小さい。
これも言葉として定義づけられている事実である。
だが、人口はその定義に確実に比例している一方で、
面積は必ずしも比例の関係にあるわけではない事がある。
人口が多ければ都会、と定義されること間々あるが、
面積が大きくても都会、と定義されないことはある。
逆に、人口が少なければ都会、とは定義されないが、
面積が少なくても都会、と定義されることはある。
要は、都会であることに、
集落の面積の大小は直接的な関係性がない。
だが、アルトはそこを失念していた。
人口が少ないから村なのであって、
そうなれば面積だってきっと狭い。
だが、ディフィード大陸の北東に位置する孤高の村、
シックディスは違った。
面積だけでいうならエリフ大陸の王都セカルタや、
ワームピル大陸の王都ファースターにも匹敵するのではと、
思わず目を疑ってしまいそうなほどの、広大な土地。
その土地にポツポツと点在する、
腐敗した空家の残骸、あるいは崩れかけの住家。
先へ進んでも、先へ足を運んでも、
その光景がいっこうに変わらない。
まるで同じ場所で足踏みしているんじゃないかと、
目が錯覚するかのごとく、風景に変化がない。
「まさか、こんなに広いとは思わなかったな……」
村の入口で変な輩三名に絡まれ、
意を決して歩き始めてから、
いったいどれほど経っただろうか。
アルト達にその時間を把握する術はない。
だからこそ、おそらく実際の時間よりも長く、
その時間が感じられた。
どこに、あるのか。
いつになったら、着くのか。
もはやリスク承知で手分けして探した方がいいんじゃと、
望まぬ選択肢が脳裏をよぎり始めた、そのさなかで。
「あら? あのお家はどうかしら?」
ほらアレ、と。
フェイテイが指をさす、その向こうには、
確かに今まで見てきた家(らしき残骸物)よりも、
一回り程度大きく、腐敗も寸でのところで食い止められている、
“家”と表現するに値する建築物が。
加えて数少ない窓ガラスには、
ぼんやりとした明るみのかかった灯りがもれている。
どうやら、家の中には人がいるらしい。
村でもっとも大きい家。
言われてみれば、そんな気もする。
……が。
「大丈夫、かな……?」
アルトにはどうしても拭えない、
一抹の不安があった。
いや、別にフェイティが言ったことを、
完全否定しているワケではない。
むしろアルトも、
この家じゃないかという期待は大いに寄せている。
ただ、それでも期待を確信に変えられない理由は。
(もし違う場合に、
また変な人たちに絡まれると厄介なんだよね……)
もしその家の主が、スーシアでなかった場合。
その際のデメリットの大きさが、
アルトに二の足を踏ませている。
アルト達が仮に“それらしき家”を訪ねたとして、
ドアの向こうから、
スーシアではない人物が登場したとしたら。
100%どころか、120%の確率で、
家の主はアルト達を不審者として認識するだろう。
そうなるともれなく面倒な事になる。
ただ、それだけで終わるならまだいい方だ。
アルトが恐れるのは、その後。
不審者として認識され、
例えば警察を呼ばれたり、
あるいは先ほど村の入り口付近で絡まれた、
チンピラのような人々を呼ばれたとしたら。
いや、そもそも家主自体が、面倒な輩だったとしたら。
そうなると、明らかに面倒な事レベルでは済まない。
スーシアを訪ねるという、
本来果たすべき目的からは遠ざかり、
要りもしない面倒事を、
もれなく解決させなければいけなくなってしまう。
一日かけて王都キルフォーから、
シックディスへと歩き続けたアルトやフェイティ、蒼音に、
そこに費やす体力の余剰など、あるはずがない。
急ぐ必要はあるが、焦りは禁物。
早まった行動を取れば、
無駄な時間と労力を割くことになってしまう。
そう、先ほどチンピラに絡まれた時のように。
「うーん……」
どうしたものかなあ、とアルトはポツリと呟く。
今度こそ、慎重に進めなければいけない。
「どうする?
思い切って突撃してみる?」
フェイティの言葉に対する答えを、
アルトはまだ導き出せない。
もう少し、探してみるか、
あるいはフェイティの言葉通り、
現在の候補地へ、飛び込んでみるか。
それはさながら、
まだまだ完成には程遠い、
穴だらけのジグソーパズルのように。
確証のピースがまったく埋まっておらず、
足を踏みだすことができない。
こんなことならもう少しフロウに特徴を聞いとくべきだったと、
アルトは今更ながらに後悔する。
村で一番、大きな家。
フロウから得た情報は、たったそれだけ。
そのたった一つの手がかりを心の拠り所として、
アルト達は、この危険と隣り合わせの村へと赴いた。
だが、いざ現場へたどり着いてみたら。
その心の拠り所は、あまりにも脆弱だった。
村で一番、大きな家。
言葉だけ汲み取れば、大きな手がかりに映る。
だが、この手掛かりには一つだけ、
大きな、大きすぎる欠点があった。
村でもっとも巨大な家屋と、
確実に判断するには。
(村のすべての家を確認しないと、
一番大きな家って分からないよ……)
判断基準が大小や新旧など、
他の住家との“比較”となっている場合、
比較対象となるものすべて、
つまりは他の住宅と思われる建築物を、
すべて確認しなければ、
確定情報と昇華させることができない。
しばらく探してみてこれが一番大きい家だ! と判断しても、
まだ見ぬ住家の中に、もしかしたらそれ以上に大きい家が、
あるかもしれない。
そのようなケースは、大いに起こりうることだ。
なぜ、それに気づかなかったのか。
もしフロウとの会話の間に気づいていれば、
もう少し情報を得ようとしていただろう。
“比較”の情報だけでなく、
“特定”の情報が一つあれば。
何もすべてしらみつぶしに探さなくても、
ここがスーシアの家だと、判断できたかもしれない。
例えば一番大きな家で、
かつ村唯一の煙突がある家、となれば。
あるいは、夜中まで灯りが常に点灯し続けている家、となれば。
そうすればアルト達の判断は、
もっと容易いものへとなり、
門戸は大きく、開かれたはずだった。
だが、単発の情報しか持たないアルト達にとって、
その門戸はあまりにも狭すぎた。
なぜ、あの時にもっと考えなかったのか。
アルトの後悔は文字通り、
後に立つばかりである。
(どうしよう……)
路頭に困る、家出少年のように。
アルトは思わず、頭を抱えてしまう。
正解が、見つからない。
(レナなら……)
どうしていただろうかと。
アルトの脳裏に、再びそんな思いが駆け巡る。
この場に居ない人の事を考えても仕方がない。
それは分かっている。
でも、自らの行動を顧みて、
それが思慮不足だった時、
必ず思考へと出現してくる、その存在。
彼女なら、どこまで考えていただろうか。
アルトが今、後悔している事案についても、
事前に把握して潰していただろうか。
いや、きっと彼女なら。
先頭に立って仲間を引っ張っていた、
太陽のような彼女なら。
きっとありとあらゆる可能性を見つけ、
最善の道を明るく照らしていただろう。
それに引き替え、自分は――。
「ねえ、どうする?」
「!」
覗き込むようにしてフェイティに言葉をかけられ、
プツン、と張り詰めた糸が切断されたかのように、
アルトはふと我に返る。
いつもののほほんとした表情のフェイティと、
どこか心配そうな顔を浮かべる蒼音が、
それぞれ悩める少年の顔色をうかがっている。
それを見て。
(そ、そうだ!
今、そんな事を考えてもしょうがない!
それよりも……!)
今は目の前にある家を訪ねてみるか、否か。
その決断に時間を割かなきゃ。
それくらいの認識は、
アルトもさすがに出来ている。
「はーい、BBAより提案。
この家がスーシアさんの家って確証はないけれど、
思い切って、訪ねてみるのはどうかしら?」
「え……フライさん、本気ですか?」
「本気も本気、マジ本気よ、蒼音ちゃん」
「でも、どうして?
もしスーシアさんの家じゃなかったら……」
望まぬ事態が起こりうる可能性を考えて。
アルトはフェイティに、
その心意気を問いかけてみる。
「まず前提として、
今まで見てきたお家は、
ほとんどが倒壊、もしくはその寸前までいってる、
ホントに痛ましい状態だった、ってのは分かるわよね?」
「うん、そうだね……」
「その中で、このお家は多少腐蝕こそ進んでいるけれど、
それでもどっかが壊れたりはしていない」
「確かに、そうですけれど……。
でもフライさん、それが訊ねてみるのと、
どう関係が?」
「たぶんなんだけれど、
もしスーシアさんが他のところみたいに、
損傷が激しい家に住んでいるとしたら、
フロウくんはその事をBBAに伝えていたと思うの。
例えば『似たような家が何棟もあるだろうから、
注意してくれよ』とかね」
「言われてみればそうだけど……」
でもそれだけで判断するのはさすがに、
とかアルトが考えていると、
「もちろん、
それだけで判断するわけじゃないわよ?」
まるでコピー&ペーストをするかのごとく、
一言一句アルトが感じたことをそのまま、
フェイティは口にすると、
「それに正直、BBAはこの家が、
もしスーシアさんのものじゃなくてもいいと思うの」
え、間違っててもいい? と。
その発想はないとばかりに、
アルトが目を丸くしていると。
「さっきのお兄ちゃんたちは不意をつかれたから、
あんなに慌ててしまったけれど、
こっちから訪ねていくんだから、
万が一の事をしっかり心得ておけば、
もしまた怖い人たちが出てきても、
しっかり対処できると、BBAは思うの」
「そう……かな?
例えばだけど、家の玄関に立った瞬間に、
周りを囲まれてしまったりしたら……」
「そしたら家の人を呼び出す前に、
家の周りをしっかり、
確認しておけばいいんじゃないかしら?
もしくは、3人のうち誰かは、
常に周りに目を配っておくとか」
「で、でももし、
ドアが開いていきなり、
強引に家に連れ込まりしたら……!」
「その時は仕方がないけれど、
実力行使で、お家から脱出するしかないわねぇ。
幸い、窓は複数あるみたいだから、
いくつか逃げ道はあるはずよ」
実力行使ってそんな物騒な、
とアルトは感じたが、
「でもよく考えてみれば、
強引に家に連れ込むって、
相手にはあまりメリットがないと思うの」
「え? どうして?」
「だって扉が開いてすぐに家に引き込むって事は、
相手が誰かを判別することなく、
無差別に行うって事でしょ?
もしその人が警官だったり、
政府関係者の人とかだったら、
かなりマズいと思わない?」
「確かにそうだけれど……」
「ただでさえ犯罪まがいのことをやっているのに、
捕まる確率が高まるような、
そんなリスキーな事をやるとは、
BBAはないと思うのよね」
だからここかなと思った場所は、
思い切って訪ねてみる。
フェイティの立場は、明快だった。
「……蒼音ちゃんは、どう思う?」
アルトはもう一人の仲間である蒼音へと、
問いかけてみる。
「え、あ、えっと……。
私もそれがいいと思います」
返ってきたのは、どうにもしどろもどろな答え。
明らかにとってつけたかのような、
曖昧な返答である。
だが、アルトは分かっていた。
きっと、そのような答えが返ってくるだろうと。
自分の意志を持つことができず、
一人で決断を下すことができない蒼音にとっては、
きっとそれが精一杯の返答だったに違いない。
それを分かってはいながらも、アルトは聞いてみた。
決断をするときはすべての人の意見を聞いてからという、
その原理に基づいて。
共に行動する仲間として、
それは必要不可欠な過程だったから。
フェイティは、訪ねてみるべきと言った。
そして蒼音も、その意見に同調した。
そしてアルト自身も、
思いはおおよそ固まっていた。
フェイティは何も単なる思い付き程度で、
提言したわけではない。
その後に有り得る可能性を考察し、
それに対処する方法を用意する。
そこまで行ったうえで、
年長者のBBAはアルトへ、提案を起こした。
そこまで行っていたならば、
少年の決断は、
それほど難しいものではなくなった。
先に進むのを躊躇しているなかでポン、
と背中を軽く押してくれたかのように。
進むことを促された少年は、
「よし、あの家に行ってみよう」
意を決して、一歩足を前へと踏み出した。
次回投稿予定→7/14 15:00頃
来週はまるそーだ私情により休載とさせていただきます。
申し訳ありません。




