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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第192話:飢餓の果て

「金があったところで腹が膨れるのか?

 金がたらふくあったところで、

 買う食料が無ければ何の意味もねえ!」


「この不毛な地で!

 人どころか動植物、

 すべての生物が寒さで凍え死ぬこの土地で!

 人に売買を持ちかけられるような、

 そんな裕福なヤツがいるとでも思ってんのか!!」


「金なんざあったところで、

 この地じゃあなんのステータスにもならねえ。

 この土地で最も必要なモノ、

 それは己の生きる糧となる食い物、

 ただそれだけなんだよ!」


「さあ、分かったらお前らの持っている食料、

 すべてよこせぇ!!」


「パン一つでもいい!

 いや、ひとかけらもあればいい!

 とにかく出しやがれってんだ!!」


「出せ、出せ、早く出せやぁ!!」



その姿は、恐怖でも渇望でもない。


憐れ。


ただひたすらに食べ物を欲し、

見ず知らずの他人に対し、

一切の躊躇いや恥じらいを感じることなく、

食料をせびる。


年上も、年下も、そこにはない。

あるいは、思考の猶予なども、

一切存在しない。


ただ己の生理的欲求のままに。

そう、まるで理性を持たない、

野生動物のように。



「――――ッ」



その姿にアルトは、

先ほどまで植え付けられていた恐怖心は消え失せ、

わずかに憐れみさえ、覚えていた。


と、同時に。



(こうでもしないと、

ここで生きていくことはできないんだ……)



その思いへ一気に、駆られることとなった。

これが、この村の現状。

彼らの憐れに思える姿を目の当たりにして一瞬で、

この村の概況を、思い知らされることとなった。


おそらくではあるが、

きっと彼らとて好きで、

このような事をしているワケではない。


例えば温暖な大陸で、

相手を恫喝して金を無心している輩とこの人達は、

その深刻度に雲泥の差がある。


前者のぬくぬくと生きるチンピラは、

ただ楽をして金を稼ぎたい、

そこだけに執着して行動を起こしている。

だが、後者の厳冬の中で生きるチンピラは、

そうではない。


生きたい。

たった3文字に込められた願望、

そこだけに執着して行動を起こす。


楽をして稼ぎたいと、

生きたい。


その間には、

何十倍、何百倍、何千倍、

いや、きっとそれ以上に乖離した、

執着心の差がある。


すべての動植物がその環境に適応することなく絶命する、

年中雪に覆われた厳冬の世界、ディフィード大陸。


その中でももっとも、

寒さが厳しいとされるシックディスの村。


おそらく、そこでは食料の需要と供給が、

均衡を為していないのだろう。

その結果生み出されたのが、

今、アルト達の目の前でいきがる、

スキンヘッドの男達。


相手を恫喝して生きる、ではない。

相手を恫喝しなければ生きていけない、のである。


彼らがこの地で生きていくためには――。



「コラ、お前たち!

 何を騒いでいる!!」



と、ここで村の奥の方から、

別の男性の声が。



「やべッ、きやがった!」


「くそッ、あと少しだったってのに!!」



その声を聴くなり、先ほどまで、

相手に食ってかかりそうだった男たちの表情が、

俄かに焦りと固いものへと変化する。



「お前ら、命拾いしたな!

 こんなクソみたいなところで、

 野垂れ死にしたくなけりゃ、

 サッサとこの村から出るんだなッ!!」



そして、

アルト達に対して忠告にも似た捨て台詞を残して、

三人それぞれ違う方向へと、

天敵から逃げるドブネズミのように散っていった。



「あ、えっと……」



わずか数秒の内に、

劇的に変化した現況に呆気にとられるアルト達。


程なくして。



「君達、大丈夫かい?」



服装から察するにどうやらこの村を護る警官らしき若い男が、

アルト達の前へと姿を現す。



「今、変な人たちに絡まれてなかったかい?」


「あ、その……」



アルトが状況の説明に苦慮していると。



「そうなんです~。

 この村へ来たらいきなり、

 怖いお兄ちゃんたちに捕まっちゃって~」



天然系間延びボイスをふんだんに使い、

フェイティがすぐさま口を開く。



「そうか、それは災難だったね。

 ……この村ではあまり見かけない顔だけれど、

 どこからか来たのかな?」



ギクリ、と。

出発地を訊ねられて一回、

アルトの心臓は強く鼓動を打ったが、



「BBA達はキルフォーから来たのよ。

 キルフォーにも食料があまりないから、

 外で狩りをしようと思ったの」


「王都キルフォーから!?

 わざわざここまで来たってのかい!?」


「そうそう~。

 キルフォーの近くだとなかなか獲物がいなくて……。

 もしかしたらこっちの方までくればいるかな、とね」



間髪入れずにフェイティは、

警官との話を続ける。

さすがは年長者と言うべきか、

突然の出来事にも一切動じることなく、

会話を進めていく。



「なんて無茶な事を……。

 キルフォー周辺以上に、

 こちらの方には獲物はいません。

 ここまで来た方にこんなことを伝えるのは、

 大変心苦しいですが、

 すぐにキルフォーへ戻った方が身のためですよ」


「あら、そうなの……残念ねぇ。

 そしたら少し準備を整えたら、

 すぐに出発させていただくわね」


「先ほどのような輩は、

 この村に多くいます。

 どうかお気をつけて……」



それでは失礼しますと言い残し、

警官は3人の前から姿を消した。



「ふう……。

 フェイティ、ありがとう。

 助かったよ」


「いえいえ。

 何とかよりも年の功ってやつよ♪」



なんか違う気もするけどまあいいか。

敵地とも言えるこの場で、

チンピラ、警官と見知らぬ者に二度絡まれるという、

極度の緊張からスッと解放されたアルトにとって、

フェイティの言った言葉に正当性があるかどうかなど、

この際どうでもよかった。


チンピラから、助かった。

そして警官にも、怪しまれなかった。

それだけで、この場は十分だった。


とはいえ、心臓の鼓動が正常値に戻ることはない。

手放しで万歳三唱となるほど状況が、

好転したとは、とてもじゃないが言いがたい。


3人がここへ来た目的を、今一度考えれば。



「と、とりあえず早くスーシアさんの家に向かおう。

 早く見つけないと、

 また変なのに見つかっちゃうよッ」


「そうねぇ。

 それにこのままだとBBA達、凍死しちゃうかもぉ……」


「とっても冷えますね……。

 早くスーシアさんを探しましょう……」



ふーふーと、手に息を吹きかけながら言う蒼音の言葉に、

アルトとフェイティもコクリ、と小さくうなずき、

3人は村の奥へと歩き出した。


まるで砂を全身に投げつけられているかのような、

ピシピシと痛みを感じるほど強かった吹雪は、

幾分か収まってきたが、

それでも体の芯から冷える寒さが、

和らいだワケでは、決してない。

加えて、ほぼ1日がかりで王都キルフォーから、

この辺境まで歩き続けた3人の体力は当然、

消耗しきっている。


今はまだ皆、会話をする程度に、

体力が残っているが、

それがいつ、限界を迎えるか分からない。

特に、



(フェイティと蒼音は女性……。

きっと体力だってそれほど残っていないはず。

早くスーシアさんの家に行かないと……)



アルトは、焦りを覚えていた。


身体的にも、精神的にも蝕まれるこの地で。

とにかく早く、共に安らげる場所に。


そう考えると自然に先へ進む足取りは、

軽やか、というよりは焦燥に駆られた早足へと、

変化していった。



「でも……ここへ来てみて改めて、

 これがこの村の現状、

 ってのを突き付けられたわねぇ……」


「そう、だね。

 フロウさんはレビリンさんから、

 話だけは聞いていたけど……。

 僕、正直甘く見ていたよ」


「あの人たち、

 目が血走っていました。

 七星の里では見たこともない、

 殺気すら感じました……」


「まさに生きることに必死、

 って感じだったわね。

 さすがのBBAも、

 少しばかりビックリしちゃったかも」


「でも、ああでもしないとあの人たちは、

 この村で生きていけないんだよね……」


「あの人たちだけじゃない。

 きっとこの村で生きている人たちすべて、

 この環境に心が砕かれてしまっているのかも、

 しれないわねぇ……」



きっと、それだけの言葉だけで済ませてしまうのは、

あまりに残酷すぎる現実。


だが、それでも今のアルト達には。

この地で生活を試みたことのない、

所詮ヨソモノである3人には、

そう表現するのが、精一杯だった。


人通りも、ほぼ皆無。

ごくまれに通り過ぎる村人たちからは、

およそセカルタや七星の里では体感することのない、

何か殺伐した雰囲気が感じ取れる。


だが、それは決して、

自分達がヨソモノだからというものだけではない、

と少年は思う。


ヨソモノを排除するための警戒感も、

もちろんあるだろう。

だが、この村は違う。

それだけでは、ない。



「オイ。

 テメエ今、俺のこと睨んでいただろ?」


「あ? 知らねえよ」


「嘘つけや!

 確かに睨んでいただろうが!」


「うるせえなあ。

 手ぶらの奴になんざ、何の用もねえよ!」


「オイ待て!

 ケンカふっかけときながら、

 ただで見過ごすとでも思ってんのかあ?」


「だからテメエになんざ興味ねェっつってんだろうが!

 あんまりしつこいとぶっ殺すぞ!!」


「上等だ、クソ野郎。

 その代わりテメエが負けたら、

 持ってるモンすべてよこせやぁ!!」



村の中を進んで行くアルト達の、

すぐ右手で繰り広げられている、

殺伐としたそのやり取りは、

どれだけ高く見積もっても10代中盤くらいの、

まだあどけなさが残る少年達の言葉である。


それはアルト達に向けられた敵意ではない。

村人同士の間で生まれた、歪んだ敵意。

それは本来、有り得るはずのない敵意。


だが、この村ではそれが、常識。

自分自身の存在以外は、

すべて排他的な感情対象となる。


自分以外は、すべて敵。

厳しい自然環境と、施政者に放置された結果、

このような惨状を、

きっと生み出してしまったのだろう。



さらに、それだけではない。



「ほら、あそこ……」



え? と。

フェイティが促す方向へと視線を送ると。



「……………ッ」



アルト達の前方数十メートル先にいたのは、

今にも倒壊しかけている、

穴だらけの傾いた住家の陰に隠れ、

雪地に力なく座り込む幼い少女の姿。


明らかに栄養失調と分かる、

以上に痩せ細った儚い体を、

防寒の役に立っているかどうかさえ怪しい、

あちこちに擦り切れた穴だらけの薄い毛布で包み、

ガタガタ体を震わせて、寒さに耐え忍んでいる。


衰弱しているのは、

火を見るより明らかな姿。


だが、近くに両親とみられる大人は、いない。

また、村を歩く、

数少ない他の大人達も少女を助けるどころか、

声をかけるようなこともしない。



「あ――」



見るに堪えかねて、

思わずアルトは少女の元へと駆け寄ろうとしたが、



「ダメよ、アルト君」



グイッ! っと。

まるで成人男性に肩を掴まれたかのごとく、

アルトフェイティに、その行動を遮られた。



「でも――!」


「アルト君の気持ちは分かるわ。

 でも、BBA達じゃどうにもしてあげられない。

 あの子に声をかけたところで、

 他の歪んだ大人たちに、

 BBA達が標的になってしまうだけだわ」



悲しげに首を横に振るフェイティの言葉に、

アルトは反論したかった。

でも、



「それにあの子を助けようとするなら、

 おそらく今、BBA達が持っている、

 すべての食料を渡すことになると思うの。

 そしたら今度はBBA達が、

 死に直面することになってしまう」


「…………ッ!」



悔しいが、年長者の言う事は、

まったくの正論だった。



「放っておけないのは、当たり前の事。

 だけど、あの子を助けることと、

 BBA達がこの大陸で生き延びることを

 同時に成し得ることは――」



今のBBA達じゃできないの、と。


それが揺るぎない、

重い、あまりに重い正義であるかのように。

言っていることは残酷そのものなはずなのに、

それでも絶対に曲げることのできない、その解釈に。



「――――ッ!」



胸が締め付けられるくらいに、

助けたいと願うのに。

その現実から目を背けなければ、いけない。

自分達が生きていくためには。


仕方がない。



「くっ……!」



その言葉だけで。

その、たった一言だけで、

飢えと寒さに苦しむ少女を切り捨てなければいけない、

一切の温もりのない決断。


吐き気がしそうなくらいに、嫌悪感でしかない。

だが、仕方がない。


フェイティだって、分かっているはずだ。

その決断は、理論上は正しくても、

倫理上では完全なる間違いだということに。


だが、それでも年長者のBBAは、言った。

誰しもが悟っていながら認めたくなかった、その言葉を。



「仕方がないの」



まさに、その通りだった。

今のアルト達には、どうすることもできない。


仕方が、なかった。


理解したいか、したくないかではない。

理解せざるを得なかった。


だから。



「……早くスーシアさんの家を探そう。

 とにかく、スーシアさんに会わないと何も始まらない」



自分に言い聞かせるようにして、アルトは言う。


すべてに苦しむ村人たちを救うために、

今、自分たちに出来るのは、それだけしかない。



「そうね、それがまずは取り急ぎ、ね」



フェイティも小さくうなずき、

行きましょう、と蒼音に先を促しながら、

自らも早足で歩いていく。


人々を助けるために、見捨てる。

矛盾する二つの言葉に挟まれながら、

嫌というくらいに押し寄せてくる、

シックディスの現実すべてに目を背け、

3人はスーシアの家へと急いだ。


次回投稿予定→6/30 15:00頃

やや更新が遅れましてすみませんでした。

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