第191話:飢える村、シックディス
ディフィード大陸の北東に位置する村、
シックディス。
この世界、グロース・ファイスには大まかに、
16の街、あるいは集合集落が存在していると言われているが、
その中でもっとも貧しい場所といっても過言ではないのが、
この村である。
貧しいと一言に言ったとしても、
その性格には様々なモノがある。
例えば財政的なモノもあれば、
食料的なモノもある。
さらに考えが浅ましいと言った、
倫理的なモノも考えられる。
では、シックディスはどの部分において、
もっとも貧しいのか。
答えは、すべてである。
総帥ドルジーハの独裁により、
村の財は必要以上に搾取され、
年中雪に覆われる不毛な大地では、
満足な農作物、酪農も行えない。
財と食料、いずれをも失ってしまえば当然、
村民たちの不満は募る。
そして、それはやがて反倫理的な行動、
すなわち脅迫や強盗、
さらには殺人をも引き起こす。
政府に、そして自然にすべてを奪われ、
ついには人としての倫理観も奪われた飢餓の村、
それが。
「シックディスの村……だね」
心なしか吹雪が強まってきた中、
ポツリとアルトはそう漏らした。
総帥ドルジーハの打倒を掲げる反政府組織、
暗黒物質の剣のリーダーであるフロウから依頼を受け、
アルト、フェイティ、
そして蒼音の3人はその危険だらけの村へ向かうべく、
王都キルフォーを発った。
なお、残る1人、ローザは任務の危険性を鑑み、
フロウ達のアジトで待機してもらっている。
偽りのレッテルを貼られたとはいえ、
ローザはファースターの王女として暮らしてきた。
ふだんは平民として暮らしてきたアルト達とは、
体力は間違いなく劣っているだろう。
もし途中で、体力が切れてしまったら――。
そう考え、アルトはローザを、
キルフォーへ残す決断をしたのだ。
元王女に対する絶え間ない不安を抱えながらも、
アルト達は愚直に足を動かし続け、
そして歩くことほぼ1日、
ようやく目的地であるシックディスを目前とする場まで、
3人は辿り着くことができた。
「フロウくんは半日もあればとか言っていたけど、
全然参考にならなかったわねぇ」
「そうですね、結局予定よりも倍以上の、
時間がかかってしまいましたし……」
「これはキルフォーへ帰ったら、
フロウくんにお仕置きが必要ね、
BBA達を騙したでしょ、って」
「たぶん、
そういうわけではないと思いますけれど……」
フェイティと蒼音が、
何やら背後でやり取りを繰り広げているが、
アルトの耳に、その内容は入ってこない。
ほぼ丸1日歩き続けた事による疲労を心配していたが、
まあ、会話ができるくらいなら、
2人ともさほど深刻な消耗はしていないか、
くらいの認識しか、アルトはしなかった。
それよりも。
彼女たちの体力の消耗よりも、
アルトの注目を奪い去ったのは。
「朽ち果てて……いるワケじゃない……よね?」
目の前に広がる光景に、
少年はそう言葉を絞り出すのが精一杯だった。
「フロウくんの話では、
人は住んでいるはずだけれど……。
BBA、とてもそんな風には見えないわねぇ」
「そう、ですね……。
村人の姿も見えませんし……」
先ほどまでとは打って変わり、
フェイティや蒼音も、
その“異様な光景”を前に、
息を飲まずにはいられない。
それはシックディスの“村”と、
果たして呼んでいい場所なのか。
それくらいにその場所は廃れ、荒んでいた。
心なしか、
王都キルフォーよりも強く感じる吹雪が、
彼らの視界を妨げていようとも、
それでもはっきりと目視できるくらいに、
それくらいにそこは、ひどい環境だった。
木材で建てられた家屋は、
まるで強盗集団にでも襲われたかのように、
壁が破壊され、また雪風によって腐食が進み、
無残にも崩れ落ちて屋内が吹きざらしとなってしまっている。
また、辛うじて住家の形を保っている建築物も、
雪による腐敗で外壁の木材がどす黒く変化し、
今にも崩れ落ちそうな様相を呈しており、
本当にここに人が住めるのかと、
思わず目を疑ってしまうほどである。
また、村のいたる所には、
家屋に使われていたと思しき木材の欠片が、
片づけられることなく無造作に散らばり、
あるいは雪の大地へ突き刺さっている。
人の姿など、皆無。
いや、人どころか動植物含めて、
生命の息吹を感じることができない。
まるですべての生命体がこの村をすでに廃棄しているかのように、
辺りに生の温もりを感じることができない。
酷い。
劣悪な視界の影響で、
村の全景を見渡すことはできないが、
それでも、村の入口という一部分を、
切り取っただけでもその単語が自然と出てくる程に、
シックディスの村の惨状は、
目を背けたくなるようなものだった。
「入って……」
いいのかなぁ? と、
アルトは首をかしげるが、
村人が確認できないからには、
先へと進むしかない。
フロウの話が正しければ、
この村の中で一番大きな家が、
スーシアと呼ばれる人が住んでいるらしいが、
その場所を聞ける村人が目視できない以上、
自分達の足で見つけるしかない。
怖くない、と言えばウソになる。
事実、少年の心臓の鼓動は、
わずかに速度が上がっている。
誰に見られているわけでもないのに、
まるで大人数からの注目を浴び続けているかのように、
心に緊張の糸が張り詰めている。
だが、ここで恐れ、
前に出ることをためらっていては、
事態は絶対、進むことはない。
故に、
「……とりあえず中へ入ってみよう。
スーシアさんの家を見つけないと」
アルトがその決断を下すのに、
それほど時間はかからなかった。
とにかく今は、
一刻も早くスーシアの家を探し出す。
その思いだけで、アルトは一歩、
シックディスの村へと足を踏みだした。
「待ちな」
「!!」
瞬間、突如背後から襲いかかるように掛けられた、
低い男の言葉にアルトはビクッ! と体を震わせる。
振り返ってみると。
「お前ら、ここいらじゃ見ない顔だな」
そこには、いかにも悪党です、
と顔に大きく書いてありそうな、
人相の悪い無精ひげを生やした、
大柄のスキンヘッドの男が3人。
各々右手には釘バットや薪割り斧など、
来客をもてなすにはあまりに似つかわしくない、
物騒なものを漏れなく持っている。
「もしかしてお前ら、ヨソモノか?」
言動を察する限り、
どう見ても来訪を、
歓迎しているようには見えない。
「ここはシックディスの村。
お前らのようなヨソモノが、
勝手に入っていい場所じゃねーんだよ」
結論として、
変なヤツらに絡まれたのは明白だった。
相手が大男3人に対し、
こちらは少年と少女、そしてBBA。
明らかに、不利な状況。
しまった、とアルトが思う間もなく、
「オイオイ、まさかヨソモノが手ぶらで、
この村に来たわけじゃねーよなぁ?」
いつの間にかアルト達を囲むようにして陣取る男衆。
まるで獲物を狙う蛇の如く、
舌なめずりをしてアルト達との間合いを、
ジリジリと詰めてくる。
その距離、数メートル。
アルト達は思わず、
互いに背中合わせになるよう固まった陣形に配する。
(ど、ど、ど、どうしましょう!?)
突如として訪れた危機に、
小声で話しながらも動揺を隠せずにいられない蒼音に、
(困ったわねえ……。
いきなり絡まれちゃうなんて……)
表面上では落ち着き払った表情を見せているものの、
それでも困惑した様子を隠せないフェイティ。
(しまった……!)
事実、アルトも他の2人とほぼ同じ心境にいた。
やはり慎重に行こう。
今はとにかく進むしかないと決意した、
数秒前の自分に言えるならそう言ってやりたい、
その後悔の念が、どっと押し寄せてくる。
実際、間違ってはいないはずだった。
自分達が自力で、スーシアの家を探し当てるしかない。
そのためにはまず、己の足を動かすことが必須。
それ自体は決して、誤った判断ではなかった。
だが、その決断に対する“可能性の吟味”が、
明らかに足りなさすぎた。
『あそこはディフィードの中でも治安が最悪な場所だ。
俺らの仲間と分かってもらう前に、
下手にヨソモノがウロチョロしようものなら、
何されるか分かったもんじゃねえぞ』
『強盗や詐欺なんかは日常茶飯事。
……時には殺人だって起きるくらい、
凄惨な場所になってしまっているの』
反政府組織、暗黒物質の剣のリーダー、フロウ。
そして副リーダーのレビリンは、
シックディスの村について、そう評していた。
それは、明らかに危険な場所。
たとえ一つしか進む道がなかったとしても、
その一つについて熟考し、
想定と仮定を十分に重ね合わせることが、
何よりも重要だったはず。
決して、油断していたワケではない。
その危険性は、肌で痛いほど感じていた。
だが、それでも充分に足るべき議論を、怠った。
結果が、これである。
先ほどまで人っ子一人、
一切の気配を感じなかったのに、
一体、こいつらはどこへいたのか。
アルト達がこの村に近づいてきた時から、
すでに狙いをつけていたのだろうか。
まるで獲物に狙いを定めて絶対に外さない、
野生のハイエナのごとく。
ヨソモノと思しきアルト達を標的としていたのか。
いや、むしろ今はそんな事はどうでもいい。
今、彼らの思考を推察したところで、
周りを囲まれ、ターゲットとされている事実が、
変わることはないのだから。
(ど、どうしよう……!
この人たちを何とかしないと……!)
突如として訪れた危機、そして恐怖に、
気が動転しているアルトへ、
さらに追い討ちをかけるように、
「オラ、出せよ」
スキンヘッドの男の一人が、
顎で人を使うようなしぐさで言う。
「え、いや……」
「分かるだろ?
痛い目に遭いたくないんだったら、
早く出せよ」
なおも困惑するアルトに対し、
別の男はまくしたてるようにして、
さらにその距離を詰めてくる。
まるで下級生をカツアゲする、
ガラの悪い上級生の姿さながらに、
男たちはヨソモノに対して、
その圧力を強めていく。
いよいよ困ったのは、アルト達である。
(ど、ど、……!)
どうしたらいいのか。
少年の頭にはいまだその言葉がグルグルと、
汚い円を描くようにまわり続けている。
およそこのテの状況で、
彼らが要求しているものは、
金品関係の類である。
そして、その要求を拒否する事があれば、
先ほど男たちが口にした通り、
痛い仕打ちと未来が待っている。
だが同時に、このテの状況で、
彼らが要求している金品を素直に渡して、
彼らがすぐさま引き下がる、
などということは、あまりあり得ない。
労せずして金品を得られたことにより、
図に乗ってさらなる金品を要求してくるか、
あるいは約束を破棄し、
痛い仕打ちを浴びせてくるか。
結局、大人しく従っても拒否しても、
待ち受けているものに、明るい未来はない。
だが、かといって他に方法はない。
たとえ強行突破を試みようとしても、
アルト達はそもそも、
この村にいるスーシアと言う人物に用事があって来たワケであり、
武力行使でこの状況を打破したところで、
しばらくこの村に滞在しなければならない。
おそらくこのチンピラ達は、
この村の者だろう。
となれば、滞在中に再び、
こいつらと出くわしてしまうことだって、
充分にあり得てしまう。
加えていえば、
今でこそ3人しか姿を確認することができないが、
彼らに仲間がいる可能性も捨てきれない。
この3人を、例えばチカラで、
ねじ伏せる事は可能だったとしても、
スーシアとの面会後、
再び遭遇した時に、
仲間が助太刀に来たとしたら。
いくら百戦錬磨のフェイティと蒼音がいたとしても、
多勢に無勢、という言葉がある。
故に。
この村に用事がある以上、
武力行使で突破する選択肢は、取れない。
「オラ、早く出せよ!」
まるで目の前すべてを塞がれた、
袋小路に追い詰められたかのように。
打開策が、見つけられない。
「あ、言っとくけど俺ら、
あんまり気が長くないから。
モタモタしてると、
気が変わっちまうぜ?」
だが、そんなアルトの苦悩など当然、
スキンヘッドの男共が考慮してくれるはずがない。
「早く出してくんねえかな、
あんまり怒らせんじゃねえぞ?」
トントン、と。
まるで威嚇するように、
手に持つ釘バットや薪割り斧を、
面白おかしく肩で鳴らしながら、
男共はニヤニヤした表情を見せつけてくる。
「オラ、早くしろや!」
徐々に言葉遣いが荒くなっていく、男衆。
それはすなわち、
アルト達に残された時間が、
徐々に無くなっていくことを意味する。
何かしら、行動を起こさなければならない。
実力突破か、抵抗か、あるいは観念か。
アルトはチラリと、左右へ視線を送ってみるが、
フェイティや蒼音が、
何か言葉を発しようとしている気配はない。
アルト君に任せる。
今の少年にとってもっとも困り、
そして悲しくなる言葉が、
その表情から伝わってきてしまう。
(あ、か……)
先ほどまでグルグル旋回していた思考が徐々に消え、
頭の中が真っ白になっていく。
どうすればいいかなんて、分からない。
「グズグズしてんな!
いい加減、出せやコラァ!!」
臨界点に到達した男の一人から、
ついに怒号を飛ばされ、
「す、す、すいません!
僕たち……!
そんな金目のものなんて持っていないんですぅ!!」
まるで泣き言に近い、
半ベソ状態で思わず、
弱気な言葉を口にしてしまった。
し、しまった! と。
アルトが気付いた時には、もう遅かった。
「あぁ!?
寝ぼけたこと言ってんじゃねェぞ、
このガキが!!」
すでに粗暴な男共から、
次の罵声が浴びせられていた。
「ご、ご、ごめんなさ――」
咄嗟に謝罪の言葉を、
アルトは口にしようとしたが、
「金目のモノなんて要らねえんだよ、
このバカがッ!!」
……え? と。
まったく予想していなかった言葉に、
アルトは泣きべそ顔のまま戸惑っている中で。
「食い物だよ、食い物!!
持ってる食い物を全部、置いてけや!!」
「金なんか貰っても、
何の腹の足しにもなんねェだろうが!!」
「肉でも野菜でも、なんなら雑草でもいい、
食えるモノがだったら、全部よこせッ!!」
男たちは心の底から、
何かにすがるような必死の様相で、
ヨソモノに対して吠えつづけた。
次回投稿予定→6/23 15:00頃




