第188話:唐突な少年
「ようやく終わったか、待ちくたびれたぞ」
執政代理であるレイと別れ、
セカルタ城を後にしたレナ達に対して、
木陰に隠れていたスカルドはすかさず声をかける。
これはスカルドがセカルタ政府を嫌い、
決してセカルタ城に入らない事に由来する、
もはや恒例行事といっていいものだ。
レナ達が謁見室でレイと話していたことを、
城外で伝え聞く。
それが復讐に燃える、
セカルタが生んだ天才少年スカルドの、
セカルタ政府との接し方なのである。
だが、予期せぬタイミングでぶしつけに声をかけられる、
レナ達にとっては明らかに、
心臓に悪く、たまったものではない。
――のだが。
「3回目となれば、さすがに慣れたわよ」
レナは終始落ち着いた様子で、
ある意味神出鬼没な、
その天才少年へと語りかけた。
さすがに3度目となれば、
レナとてパターンは読める。
どうせ城から出ればすぐに、
スカルドに話しかけられるんだろうなと、
腹をくくっていてからの、
この案に違わず、である。
「フン」
スカルドはどこか、
つまらなそうな表情を見せたのちに、
「別に驚かせるつもりでもないのに、
何を鼻息荒くしているんだか」
いやいやこっちのセリフだわと、
レナは思考を回転させる間もなく、
危うく口から言葉が零れそうになるが、
(……やめとこっと)
絶対間違いなく漏れなく100%すべからく、
面倒な事になるのが目に見えていたため、
レナはその言葉をしっかり、
喉の奥底にねじ込んだ。
そして、その言葉の代わりとばかりに、
「それはいいとして、
とりあえず今はすぐに、
ここから離れましょ、
話はそれからでいいでしょ?」
「その様子だと、
何かワケありのようだな」
「まあね。ちょっとばっかし、
というよりかなり面倒なことになったから」
「……いいだろう。
理由は後で聞かせてもらうぞ」
レナの提案に対し、
スカルドは多くを訊ねることなく、
素直に従う姿勢を見せた。
多くを語らずも、察することができる。
理由を言わずとも、推察して相手の意図を汲むことができる。
嫌味ったらしく、
口が悪く、
憎たらしい性格ではあるが、
スカルドには、これがある。
しかも、恐ろしいくらいに長けている。
だからこそ、
(こういう時、スカルドだと助かるわ)
レナは心底、そう思う。
今回、レイと話した内容は、
セカルタ城の目前で話せるそれではない。
事実、
今、話しているその最中にも、
多くの市民であろう人々が、
レナ達の前後左右を往来している。
そのほとんどが、
いや、ほぼすべての人たちはおそらく、
3国首脳会議の内容について、
知っていることはなく、
ただ平穏な現在を、
ありがたがることもなく過ごしているだろう。
だが、例えばこの状況でレナが、
ファースターの最高責任者が戦争を起こそうとしていると、
声高らかに話し始めたとしたら。
平穏だった時間は一瞬にして激変し、
たちまちセカルタ市街一帯が大混乱になるのは、
火を見るより明らかだ。
いや、むしろそれで済めば、
まだいい方なのかもしれない。
例えばその中に、
もし他国からのスパイが、
セカルタ市民に疑われることなく、
群集に紛れ込んでいたとしたら。
国家機密とも言うべき、
高度な情報をレナ達が言葉にしたという事実を、
スパイは知ることになったら。
そうなると、話はもっと面倒なことになる。
市民の混乱だけであれば、
鎮圧すれば騒動は遅かれ早かれ終息するだろう。
だがスパイの、
他人の記憶を完全に抹消することは、
それこそそのスパイの存在自体を消さない限り、不可能である。
そして、スパイが他国の最高責任者に、
その事実を告げ口したならば。
その他国の最高責任者は確実に、
情報漏えいの疑いを、
今レナ達がいるエリフ大陸の施政者である、
レイにかけるだろう。
そうすれば間違いなく、
レイに対する信頼度が地に落ちる。
それは、国家の最高責任者としては、
あまりに致命的なミスだ。
ただの一般人であるレナ達に、
明らかなリスクを冒してまで情報を提供してくれた、
執政代理のレイ。
その彼の、
足かせになってしまうような事だけは、
絶対にしたくなかった。
ゆえにレナは、
早くこの場から立ち去ることを選択した。
スカルドに可及的速やかに情報を開示するために。
あるいは、市民に要らぬ混乱をもたらさないために。
あるいは、他国に隙を絶対に見せないために。
あるいは、レイの社会的地位を絶対に貶めないために。
「とりあえず、
人目のつかない場所へと移動しましょ」
まるで何か悪さをしたかのように、
小声で他の仲間へ告げると、
そそくさとセカルタ城門前を後にした。
「……なるほどな、
クライドが宣戦布告、か」
「そっ。
そのリオーネって人とレイの言葉を待たずして、
クライドが勝手に決めちゃったってワケ。
胸クソ悪いったらありゃしない……!」
「落ち着けよ、レナ。
ここでイライラしたって、
もうしょうがねーだろ」
「プログの言う通りでやンス、
今更どうこう言ったって、
どうにもならないでやンス」
「そんなことは分かってんのよ、
それでも腹立つからイライラしてんじゃないのッ」
「状況から察するに、
おそらくレナの言うとおり、
クライドはわざと、
戦争を起こそうとしている可能性が高いな」
「やっぱりスカルドもそう思う?」
「もし本当に王女を捜索したり、
シャックを殲滅させるのが目的だとしたら、
もう少し事を荒立てない方法があるハズだからな」
「それをしないって事は……ってワケでやンスか?」
「ああ。
どちらかと言えばむしろ事を無駄に大きくさせようと、
要らんことをあえてしていると俺は思うがな」
「もうッ、余計に腹立つわね……!
勝手にガチャガチャ振り回したあげく、
わざと戦争を起こすですって?
クライドのヤツ、
ゲームか何かと勘違いしてるじゃないの!?」
そう吐き捨てるレナの半ば虚しく聞こえる言葉が、
およそ8畳程度の部屋内に響き渡る。
セカルタ王立魔術専門学校。
学長だったレアングスが、
ファースターのスパイとしてセカルタ政府に捕えられて以降、
この学校はまるで閑古鳥が鳴くかのように、
ずっと休校状態となっている。
レナ達はその学校内の一室、
スカルドの研究室内にいた。
他人に干渉されることのない、
閉鎖的な空間、場所を希望していたレナ。
当初はセカルタ市街地を離れ、
どこか適当な場所を見計らって話ができれば、
くらいに考えていたのだが、
スカルドがそれならいい場所があると、
自らの研究室へと、レナ達を案内したのだった。
「全然関係ないけど、
この部屋に来るのも、
何だか久しぶりだわね」
まるで家を飛び出し、
久々に実家に帰ってきて自分の部屋を見るかのように、
レナは周りを見渡しながら言う。
王立魔術専門学校の学生が行方不明になるという、
謎の事件を解明するべくレナとプログは一度だけ、
このスカルドの研究室へ侵入したことがある。
ゆえに、この部屋の風景には、
ところどころ“そういえばこんな感じだったわね”レベルの、
わずかな懐かしポイントが点在している。
ただ、だからといってとりたててこの部屋に、
特別な思い入れがあるという訳でもない。
実際、
「アホか貴様は。
お前らはレアングスの野郎を捕まえる時、
学校に侵入する入口として、
ここを通っただけだろう。
そんな大それた思い出があるワケじゃねェだろうが」
スカルドの言っていることは正しい。
学校の正門から侵入するのを避けるため、
代わりの入口として、
スカルドの研究室を“通過”しただけに過ぎない。
ただ、それだけ。
だが、レナの思考に引っかかった部分は、
そこではなかった。
「いや、つい数週間前の出来事なハズなのに、
妙に昔の事のように思えてさ……」
ポツリ、と。
レナの口から本音が零れ落ちる。
レナの記憶が正しければ、
この王立魔術専門学校に侵入したのは、
ほんの少し前の出来事である。
にも関わらず、レナにはなぜかそれ以上の、
まるで1年近くも前の出来事くらいの、
それくらい過去の話のように感じていた。
分かっている。
レナの認識が圧倒的に間違っていることを。
実際の時間とレナの体感時間に、
相当な乖離があるということを。
でも、なぜかそう思えた。
(記憶喪失で幼い頃の思い出がないから、なのかしら?)
大きいズレに対して、
レナはそこに理由を求めた。
レナは現在、記憶喪失の身である。
理由は分からないが、
10歳程度から前の記憶が、
なぜかまったく存在しない。
レナ自身それほど、
その記憶の補完に執着するつもりもないのだが、
だが、それでもまったく興味がない、
と言えばウソになる。
故に時たま、
ふと記憶に関して考えてしまうことがある。
もっとも、考えたところで。
(……ま、別にいっか。
記憶がなくてそれほど困ることもないし)
次に出てくるのは必ず、
それほど気にしなくていいかという、
ある種レナらしい言葉なのだが。
そして、そのレナの結論にさらに追い討ちをかけるように。
「フン。
お前の体内時計の時間軸などどうでもいい。
それよりも話を先に、
進める方が大事だろうが」
突き放すような、スカルドの言葉。
どうにもトゲのある、
悪意を滲ませるような口調に腹は立つが、
(でも実際、その通りね)
レナはその一方で、
素直に納得する部分もあった。
言うように今、重要なのは、
考えるべき案件は、それではない。
「しっかしアレだな、
実際問題として、これからどうするよ?」
そのレナの意図を、
考えていた事をそのまま汲むかのように、
プログが軌道修正とばかりに口を開く。
「レイは何とか説得を試みるとか言ってたけど、
クライド相手じゃ、正直望み薄だぞ?」
「まあ、お前らの話を聞く限りでは、
説得は無理だろうな。
クライドは国家の最高責任者。
その責任者が決めたものだ、
他国からの説得にそう易々と折れることはしないだろう」
「そうでやンスねえ……。
クライド騎士総長は芯の強い人でやンスから、
他人からどうこう言われても、なかなか……」
スカルドの言葉に続き、
イグノも苦虫を噛み潰したように、
表情が曇っている。
「レイの事は信じてあげたいけれど、
それでも分が悪い事には変わらないわよね……」
レナも、そう言うのが精一杯だった。
レイがレナ達に対して表明した、あの決意。
『俺は説得を試みる。
一度ダメなら二度。
二度だけなら三度。
何度でも何度でも、試みてみる。
それは施政者として、当然の行動だ』
真っ直ぐで、何の邪念もない、
レイの言葉。
その決意を、踏みにじる事はしたくない。
少なくともレナは、その言葉を信じることを決めた。
だが、信じる願いと現実は、
必ずしも同じになるものではない。
レナがたとえレイの事を信じると決めたとしても、
その考えを他者に押しつけ意見を封じられるほど、
レイが起こそうとしている行動は、
解決性を持つものではない。
レイがクライドを説得できる可能性は低い。
スカルドやプログ、
そしてイグノが言った言葉は、
客観的な視点で見れば、もっともなもの。
そんなことはない、レイは必ずやってくれる。
この言葉はレナの心の中だけで生きる言葉であり、
他者を翻意させられるような言葉ではない。
故に少女はそれ以上、
何かを言うことはしなかった。
それにとって代わるように、
レナはこれからの事について、切り出した。
「とりあえず、あたし達に何ができるか、
その辺を整理しながら今後の事は考えましょ。
レイの立場では難しくても、
あたし達なら出来ることだって、
きっとあるはずよ」
「まあ、それを考えるのが現実的でやンスね。
クライド騎士総長を止める方法なら、
他にもありそうでやンスし」
「よし、そしたらまずは――」
動く選択肢として何があるか――と、
レナは続けようとしたが。
「あー、ちょっと待った」
その言葉を、プログの間が若干、
伸びたような声に遮られた。
まるで文字を書こうとしたら一文字目で芯が折れたような、
話の初っ端をいきなり折られたレナは、
うらめしそうにプログを睨み付けるが、
プログはまったく意に介することなく、続ける。
「今から俺達は今後の動きについて、
話し合っていくわけなんだが……」
そりゃそうでしょさっきあたしが言ったんだからと、
明らかにストレスを抱き始めているレナは、
そう思わずにはいられない。
だが、プログはやはり気にする素振りもなく、
さらに続けた。
「その前にスカルド、
戦争の可能性があるという話を聞いた上で、
復讐を考えているお前はどう動くつもりか、
先に聞かせてくれねえか?」
次回投稿予定→6/2 15:00頃
来週はまるそーだの私情により休載させていただきます、
申し訳ありません。




