第184話:首脳会議
戦争。
それが、執政代理であるレイから発せられた言葉。
軍隊と軍隊が、
あるいは国家と国家が互いに衝突し、戦いあう。
それが、戦争。
「……ずいぶんと、笑えない冗談ね」
あまりの唐突過ぎるその告白に、
レナはそのような皮肉を言うのが精一杯だった。
戦争が起こるかもしれない?
話があまりにも抽象的で、
かつ壮大すぎて、話が消化しきれない。
だが、
「笑えなくても冗談だったらよかったんだが、
残念ながら本気だ。
もしかしたら戦争が起きるかもしれない」
引導を渡すように、
再度レイはそう続ける。
笑えなくても冗談だったらよかった。
きっとレイにとっては、それが本心なのだろう。
皮肉を皮肉で返したつもりなのだろうが、
その表情は一切笑っていない。
「詳しく教えてくれ、執政代理さんよ。
一体どういうことだ?
何で急にそんなスケールのデカい、
最悪な話になっちまったんだ?」
「そうでやンス、、
話が急すぎてイマイチ、
ピンとこないでやンス!」
プログとイグノがそう言うのも、
きっと無理はない。
「それは、ついこの前までやってた、
3国首脳会議で決まったことなのかしら?」
「……ああ、そうだ。
無論、俺は反対をしたのだが……」
「プログやイグノの言うとおり、
本当に唐突な話ね。
どうしてそんな、
明後日の方向に話がいったのかしら」
そして、それはレナも決して例外ではない。
どうして戦争などと言う、
誰もが望まないであろう単語が登場してきたのか。
確かに、やれファースターが列車専門の犯罪集団、
シャックの根城と化しているだの、
クライドがそのシャックのボスであるだの、
ディフィード大陸と関係構築に失敗しただの、
何かと聞き心地の悪い話は、多少あった。
だが今回の話は、
今までのそれとは次元が遥かに異なるし、
それに何より、“戦争”などという単語は、
今まで一度も登場、
いや、登場どころかその雰囲気すら、
感じられなかった。
なのに、なぜ戦争?
話が点と点で存在しており、
どうにもつながらない。
「詳しく教えてくれないかしら?
3国首脳会議で一体、
どんな話になったのか」
故に、レナがそう訊ねるのは当然だった。
ファースター騎士隊の騎士総長であるクライドが発案して、
急遽開催された、
ワームピル大陸王都ファースター、
エリフ大陸王都セカルタ、
そしてウォンズ大陸王都サーチャード、
その首脳が集まり会合を行う、3国首脳会議。
この場で何かが起きたのは明白。
何が、起きたのか。
「……すまん、
少し席を外してくれないか?
レナさん達だけと会話がしたい」
レイは謁見室を護る兵士たちを、
一時退室させると、
「……国家機密の情報だ、
あくまでもここだけの話で、
お願いしたいんだが」
そう前置きしたうえで、
「シャックの居場所を突き止める事、
話はそこから始まった」
やや重い口調で、
事の詳細、話の経過をたどり始めた。
「3国首脳会議でまず取り上げられたのは、
シャックの根城についてだった。
クライド騎士総長殿がまず、
俺に話を振ってきた――」
『レイ執政代理殿、最近、
そちらでシャックの動きはどうだろうか?』
『ここのところは、あまり活発ではないですね。
一時期に比べると、だいぶ落ち着いた印象を受けます』
『そうか……そちらも、か……』
『そちらも、ということは、
やはりファースターの方でも減っているのですか?』
『うむ。ここのところは静かになっている。
ファースターで取り締まりを強化したのが、
見抜かれていたかもしれない』
『……そうですか』
『リオーネ陛下、サーチャードを含めて、
ウォンズ大陸の動向はどうだ?』
『こちらもほぼ、同じと言ったところです。
つい1か月前程は活発に動いていたのですが、
ここ最近、急激に動きが鈍くなっていますわ。
現在、兵や教の者を含めて、
警備を強化してはいるのですが、
どうにも動向は掴めません』
『ふむ……その感じだと、
サーチャードではシャックの目撃情報以外、
目ぼしい情報はないようだな』
『ええ、誠に遺憾ながら』
『レイ執政代理、そちらはどうか?』
『いや、申し訳ないがこちらでも、
まだ足取りを掴むことはできていません。
部下には全力で、
捜査に当たってもらっていますが……』
『どこの大陸も進展はなし、か――』
「ここ最近どの大陸でも、
シャックの動きが沈静化している、
という見解で一致した。
もっとも、それが原因でシャックの足取りが掴めない、
という見方も3大陸すべて同じなワケだが……」
「取り締まりを強化したのが見抜かれていたかもしれない、って。
クライドのヤツ、
自分がシャックのボスでありながら白々しいわね、
ムカつくわ」
「まあしょうがねぇだろ。
首脳会議の中で自分がシャックのボスですなんて、
さすがに言うわけねえだろ」
「ンな事、分かってるわよ。
ちなみになんだけど、
さっき名前が出ていたリオーネってのが、
サーチャードのトップの人なのかしら?」
「ああ、そうだ。
リオーネ陛下。
クライド騎士総長や俺と違い、
リオーネ陛下は3大陸の中で唯一、
女性でいらっしゃる方だ」
「へえ、女性で陛下をしているでやンスね」
「何よイグノ、あんた7隊長なのに、
リオーネって人の事を知らないの?」
「バカ言うなでやンス。
元々7隊長はナウベルを除いて、
自国の安全の為に動いていたでやンスから、
基本ワームピル大陸から出たことはないでやンスし、
他国についてもそれほど多くは知らないでやンスよ」
「ふーん……まあいいや。
とりあえず女性なのね」
「ああ、そうだ。
ここ数年で亡き父の跡を継ぎ、
若くして陛下となられた、
3首脳の中では唯一、王族の方だ」
「ふーん。
唯一の王族、ねえ……」
まあ実際大事なのは肩書じゃなくて中身なんだけどと、
目の前の“デキる”執政代理を見て、
レナは皮肉交じりに思っていると。
「続いて会議では、
ローザ王女が行方不明になっている話へと移行した」
「!」
一気にレナの表情に、緊張が走る。
もしかしたらとは思っていたのだが、
やはり、その話題を出してきたか。
「その話、
詳しく聞かせてもらっていいかしら?」
自然とこみ上げてくる怒りを沸々と感じながらそう言った、
レナの声の低さがすべてを物語っていた。
もちろんだ、とレイは、
比較的判断に詰まることなく、
会議経過の続きを語り始めた。
「ローザ王女の話題についても、
やはりクライド騎士総長からの一言から始まった――」
『そういえばレイ執政代理とリオーネ陛下に1つ、
お聞きしたいことがある。
非常にお恥ずかしい話で、
この首脳会議だけの話にしてもらいたいのだが……』
『あら、何でしょう?』
『じつは我がファースターの王女であるローザ様が、
行方不明となられているのだ』
『!』
『あら、それは大変。
いつくらいから?』
『ここ2週間程度、だな。
突如として行方が分からなくなってしまってな。
ワームピル大陸全土を捜索してみたのだが、
お姿どころか、目撃情報といったものもない』
『……』
『そこでお聞きしたいのだが、
ウォンズ大陸やエリフ大陸で、
ローザ王女を見かけた、などという情報はないだろうか?』
一般庶民への影響も鑑みると、あまり大事にしたくはない。
故に何か少しでも、情報があれば教えてほしい』
『うーん、唐突に言われましても、
サーチャードではなかなか、
そういった情報はありませんわねぇ……』
『そうか。
レイ執政代理、セカルタではどうだろうか?』
『いや、セカルタでもそのような情報は……』
『どんな情報でもいい。
ほんの些細な情報でもあれば、
ファースターのために教えてほしいのだが……』
『……。
いや、申し訳ないがセカルタでも、
そのような情報や噂は耳に入っていないな』
『……そうか、分かった。
藪から棒な話ですまなかった』
『いや、こちらこそお役にたてずに申し訳ない。
もし今後、エリフ大陸で何か情報があれば、
すぐに騎士総長へ連絡させるようにしよう。
リオーネ陛下もそれでよいかな?』
『そうですわね。
我がウォンズ大陸でも、
何か情報があれば速やかに、
クライド様へお知らせいたしますわ』
『ああ、よろしく頼むよ。
レイ執政代理、くれぐれもお願いしますよ?』
『……分かりました――』
「くれぐれもお願いします、か。
クライドの野郎、完全にレイを疑っていやがるな」
「……口にこそ出さなかったが、
クライド騎士総長の表情は、
何か含みを持ったものだった。
先日城に訪れた鳩の件を考えれば、
おそらくクライド騎士総長は……」
「間違いなく、
ここにローザがいた事に気づいているわね」
不本意ではあるが、
レナはそれを認めざるを得ない。
ローザがセカルタ城にいた事に、
クライドは気づいていた。
だが、はっきり言って、
それはほぼ、予測をしていた事態でもあった。
ファースター城から脱獄したレナ、アルト、
そしてプログは、その脱出先である公園で、
ローザを連れたクライドと出くわした。
自らの正体を明かす前の、
そのクライドから行くよう促されたのが、
王都セカルタである。
だが、クライドの正体を知り、
今後追われる立場になることをなった、
レナ達は迷った。
王都セカルタに設定していた行き先を、
変えるか、否か。
レナ達が下した決断は、否。
当初の目的通り、
セカルタを目指すことを選んだ。
その時点で、今の状況が起きるだろうということは、
ある程度想定はしていた。
クライドは、切れ者だ。
おそらくこちらが考えたことなど、
いとも容易く見破るに違いない。
それを認めたとしても、
なおレナ達は、ローザの安全が最も優先される、
セカルタ行きを選んだ。
そう、すべてはいずれ、
分かる事、既成事実だった。
だが、たとえそうだったとしても。
「これでローザは、
今いるディフィード大陸以外、
迂闊に行動できなくなってしまったのね……」
その事実がとてつもなく、重い。
たった16歳の少女が、
武装した大の大人に追いかけられ続け、
結果、たった一つの大陸、
しかも極寒に震える土地でしか、
自由にすることができなくなってしまった。
それは果たして、
ローザが望んでいたものなのだろうか。
「……最悪、ね」
ポツリと、レナの口から零れ落ちる、本音。
きっとそれは、否なハズ。
にも、かかわらず――。
「……すまない、
俺も不本意ではあるが、
だが、それでも今のファースター……」
「おっと、止めときな。
執政代理の立場上、
それ以上踏み込んだ発言はさすがにヤバいだろ」
レナの姿を見かねて思わず言葉が出たレイ。
だが、それをプログはすぐさま、制止する。
「……そうね。
これ以上、ローザの事を話すのは、
レイのためにもならないわね」
レナもすぐさまプログの意図を汲み取り、
いまだモヤのようにユラユラ漂う仄暗い話題を、
強引に終結させた。
レイは執政代理である。
だが、それはエリフ大陸の王都セカルタの中だけの肩書であり、
ファースターでは通用しない。
いや、通用しないどころか、
反対にその肩書は、時にマイナスとなる場合がある。
内政干渉。
国家は国内において自由であり、
逆に他国はその内容に干渉してはいけない。
レイは、セカルタの執政代理である。
ゆえに、エリフ大陸の政治に関しては、
乱暴に表現すれば好き放題する事ができる。
だが、ワームピル大陸の王都であるファースターについては、
その一切の干渉が認められない。
それだけでは終わらない。
例えば何の肩書もない、
一般のセカルタ市民がファースターの政治に言及しても、
たかが平民がと、さほど問題にはならないだろうが、
エリフ大陸の最高責任者がひとたび、
ファースターについて言及すれば、
それは立派な内政干渉になる。
先ほどレイが口にしかけた言葉。
プログとレナが禁じた、それ以降の言葉。
その先を発してしまえば、
それはきっと、内政干渉になる。
元7隊長であるイグノは例外として、
この場にファースター関係者がいないとはいえ、
少なくともレイがこの場で発するのは適切ではない――。
「ローザの件は分かったわ。
それほど深い話にならなくて、
とりあえずひと安心、ってトコかしら」
バッサリと。
剪定鋏で大枝をゴッソリ切り落とすかのように、
レナは本題から派生しかける、
余計な枝葉の話題を切った。
必要な情報は聞けた。
それ以上の会話は、
ローザの件ではもう、必要ない。
自分達のためにも、
レイのためにも話を、
先に進めたかった。
「そうだな、とりあえずローザの件は分かった。
けどよ、そこからどうして戦争がどうとか、
ワケわからん方向に話がいっちまったんだ?」
同じ思いだったか、
はたまたレナの空気を察したか、
プログも言葉を重ねる。
そう、シャックの件にしろ、
ローザの件にしろ、
レイが紡ぐ言葉から、
いまだ戦争に直結するキーワードは、
まだ出てこない。
国家間の会議内で、
戦争など、そう易々と登場するような、
安易な単語ではない。
一体、なぜ?
「……レナさん達が言うとおり、
ここまでは、特に何の問題もなかった。
互いの大陸の情報交換を行う。
あるいは、自国で手におえない案件について、
他国に協力を仰ぐ。
これらはすべて、
首脳会議ではごくごく普通にあり得る会話だ。
だが、その後からが、問題だった――」
少し考える素振りを見せたのち、
ややうつむき気味に。
どこか物寂しげな雰囲気の中から、
わずかに沁みだす憂いを表情に帯びて、
レイはさらに、事の詳細を続けた。
次回投稿予定→4/14 15:00頃




