第182話:偽りと真実と
「密入国……だと?」
「そう。
俺は元々エリフ大陸でハンターをしていたんだが、
もう少し稼ぎが欲しくて、
ファースターに行きたかったのよ。
ただ入国の申請が出なくて、
それで密入国を企てた、ってカンジさ」
「ほう……」
「この前みたいに貨物列車に隠れてたんだが、
あいにく見つかっちまってな」
「それは災難だったな」
どうにも思考がついていかないレナをよそに、
プログとスカルドはスタスタと話題を先へ進めていく。
「んで、レナとアルトとは、
どこで知り合ったんだ?
まさか牢屋の中で知り合ったわけじゃないだろう?」
「そのまさか、さ。
たまたまレナとアルトと牢屋が隣になって、
脱獄の手伝いをしてもらった、
そんなトコロさ」
(いやまあ、確かに合ってるには合ってるけど)
ようやく思考が話題に追いついたレナだったが、
「それならレナとアルトは、
なぜ捕まっていたんだ?
お前の話だと、レナやアルトは、
別件で捕まっていたこととなるが?」
「……!」
スカルドから発せられた次の言葉、
それまでプログへと向けられた言葉が、
再びレナへ方向が逆戻りし、
思考が停止してしまう。
やはり、考えなければいけない。
ローザに触れることなく、
レナとアルトがファースター政府に追われている理由を。
プログがレールを敷いてくれた、
密入国補助へと通じるために、
自分達が牢屋へ投げ込まれていた理由を――。
(―――ん?)
……と、焦る中で必死に答えを導き出そうとしてたレナは、
ふとある事に気づいた。
待った。
よくよく考えてみれば――。
「あれ? 確かレナとアルトは、
冤罪で捕まってたんじゃなかったっけか?」
考えるよりも一足先に、
プログがレナへと、
有難すぎる助け船を出してくれていた。
そう、まさにレナが気づいたことも、
それだった。
よくよく考えてみれば、
レナ達が牢屋に入れられた理由は、
シャックと勘違いをされた、冤罪である。
しかもその出来事はローザと出会う前のものであり、
何ら王女様と関係するものではない。
つまり、この部分においては、
レナが嘘をつく必要は、
まったくといってないのだ。
ゆえに。
「そ、そうそう。
あたしとアルトはシャックと勘違いされて、
牢屋行きにさせられたのよ。
まったく、ホントに最悪だったわ」
その言葉を口にするのに、
それほど時間はかからなかった。
「シャックと勘違い?」
「そっ。
あたしとアルトは、
偶然乗っていた同じ列車の中で知り合ったんだけど、
その列車に、魔物が入り込んでいたのよ。
あたしとアルトで何とか撃退して列車を止めたんだけど、
ファースター駅で待ちかえていた警察に、
“お前らシャックの一味だな”とか言われて、
有無を言わさず牢屋直行、てワケ」
「ずいぶんと横暴なやり方だな。
人相悪い顔でもしていたんじゃないか?」
「まさか。
確かに多少寝不足ではあったけれど、
それだけで捕まえられたら、
溜まったモンじゃないわよ」
一度言葉を言い出してしまえば、
そこからはもう、ある意味流れ作業である。
何せ、偽りによって取り繕う必要がなく、
真実を包み隠さず言えばいい。
それだけで、
レナの思考と口が途中で詰まることがなくなっていた。
……とはいえ、長々と話していれば、
いつどこでボロを出してしまうか、分からない。
「ま、そんな感じかしらね、
あたし達やプログが捕まっていた理由は。
別に隠すつもりもなかったんだけど、
黙ってて悪かったわね」
頃合いを見計り、
レナはそう言葉を締めた。
怪しまれないように適度に詫びを入れながら、
だがそれでも可及的速やかに、
この話題を場から消し去るために。
連続性を、断ち切るために。
「……まあいい」
レナの願いが通じたのかは定かではないが、
「お前らが捕まっていたのは前に聞いていたが、
理由を聞いていなかったから、
少しだけ気になっただけだ」
スカルドはまたいつものように、
どこかつまらなそうな表情で、
ガム(コンニャク味)を口に含みながら、
「別にお前らが何をしていようが関係ない。
お前らの行く道が俺の目的に沿っているなら共に行動するし、
沿わなくなったら俺は行動を別にする、ただそれだけだ」
吐き捨てるように、
迷うことなく言い切った。
一切の歪曲がない、スカルドの信念。
(何をしていようか関係ない、か)
その言葉に、
レナは今まで経験したことのない、
どこかお腹にズシンと響く重さを感じていた。
何をしていようが関係ない。
それは今のレナにこそ、
もっとも必要としているもの。
他人に色眼鏡をかけることなく、
客観的に物事を判断すること。
言葉にすることはとても簡単であるが、
行動へするとなると、難易度は段違いである。
事実、昨日今日のレナは、
それを実践できてはいない。
プログに対する、
殺人者という観念。
意図的に忘却することのできない、要らぬ情報。
今のレナはその情報に、
いわば完全に遊ばれている状態となっている。
だが、今目の前にいるスカルドという少年は、違う。
たとえ不必要な情報を得たとしても、
決して判断材料として使わない。
あくまでも“知識”として蓄えておく、
それだけに帰結している。
知識に遊ばれず、使いこなしてみせる。
すべては、行動にブレをなくすために。
一見簡単そうに見えて、
これがじつは、なかなかに難しい。
少なくとも、今のレナには、
それができていないのだから。
(それが、修羅の道を行くと決めた者、
ってトコなのかしらね)
両親を殺された復讐を果たすべく生きる、
12歳の修羅。
一方のレナは別段、
何かに燃えてとか、
これだけは絶対に譲れない! とか、
そういった類のものを持ち合わせていない。
まあ、強いて挙げるなら。
(ローザだけは絶対に護ってみせる、かしらね)
断言はできずとも、
その事だけは何とか、全うしたい。
だがそれは、
レナがやり遂げたいと願うベクトルは、
スカルドという修羅を行く少年が向ける負のベクトルと、
ローザ、元王女という交差点で、
いずれどこかで交わってしまう可能性が、
限りなく高い。
それはおそらく、
避けて通ることのできない道。
(考えたくはないけれど、
でもいつかは、ちゃんと考えておかなければ、
いけない事ね……)
心の中でどこか寂しげに、
レナは感じざるを得ない。
ローザとスカルドが、
同コミュニティーで共存している現在。
レナは今のところ、
そこにハッピーエンドなど見出すことができない。
今はまだ、いい。
でもきっと、いずれは――。
「……話が脱線したな、悪い。
情報共有に戻るぞ」
そうこうしているうちに、
己の中での疑問が晴れたのか、
スカルドは仕切り直しとばかりに、
その場で居直る。
「とりあえず、ファースター政府のアホ共が、
市民に対して情報統制を行っている。
これは通常の政では有り得ない事だろう」
「まあ、そうでやンスね。
クライド騎士総長からも、
巡回の際に市民へ必要以上の情報を流すなと、
箝口令が引かれていたでやンスから」
「そこは随分と徹底してんだな。
スカルドが言うとおり、
普通じゃ考えられない状況だろうけど」
続いてイグノやプログも、
そもそもの目的であった、
情報の共有および考察作業に加わる。
いくら考えの整理がついていないとはいえ、
レナとて、その流れに乗り遅れることはできない。
「まあ、普通じゃ考えれられない事をしなきゃいけない、
よっぽどの理由があったって事でしょ」
今はとにかく、
目の前に立ち塞がる課題を先へ、
次へと解決していくことに注力することにした。
「だが、情報操作は、
人民を統制する意味においては、
ある種最終手段に等しい。
そうそう発動するものではないシロモノだぞ」
「確かにそうでやンスね。
情報操作をしているのが分かれば、
国に対する解疑心が間違いなく生まれる。
かなりリスクある行動だと思うでやンス」
「けど実際、そのリスクを負ってでも、
クライドは情報をいじくってんのよね」
「そうだ。王女が行方不明という、
国にとって非常事態にも関わらず、だ」
最後にスカルドが結論づけたように、
王族が行方不明になったとなれば、
それはもはや国家レベルでの緊急事態である。
通常ならば血眼になって、
ありとあらゆる手段を使って、
1日、1時間、1分、1秒でも早く、
発見することに力を注ぐはずである。
だが、クライドはそれをしていない。
レナ達がローザを連れ出した当初こそ、
ダート王洞へクライドが、
ローザを追いかけてくるといった行動を見せていたが、
それ以降は7隊長の行動も含め、
それほどローザを探し出す、
といった国家問題を重要視していない。
なにか、そんな気がする。
(まあ、国家間同士の表向きもあるし、
ローザがセカルタ城内にいた時は手が出しにくかった、
ってのもあるだろうけど……)
だが、仮にそうだとしても何か腑に落ちない。
うまく、言葉にすることはできないが、
何かこう、捜索の必死さが、伝わってこない。
まるで連れ戻せても、
連れ戻せなくてもどっちでもいい。
そう示しているかのように。
(……もしかしてクライドは、
ローザを探し出すことを、
それほど重要に捉えていないのかしら?)
レナの脳裏にそのような考えが、
にわかによぎる。
時を同じくして。
「……クライドは王女を探し出すことを、
それほど重要視していないのかもしれねぇな」
まるでレナの思考を覗き込まれたかのように、
スカルドが誰に向けて言うわけでもなく、そう呟く。
「やっぱしスカルドもそう思う?」
「ああ。
今までの情報がすべて事実なら、
あまりにも王女捜索に関する対策がズボラすぎる。
手抜きと言われても仕方ないレベルだ。
まだ断定はできないが、
おそらくクライドにとって王女捜索は、
最優先課題ではないのだろう」
「シャックとしての活動の方が優先、
って事なのかしら」
「そこまでは俺にも分からねぇ。
ただの職務怠慢なのか、
あるいは王女捜索以上に注力したい、
何か重要な問題でもあるのか……」
「うーん……」
どうだろうか、とレナは考えてみる。
職務怠慢の線はおそらく、ない。
クライドがそんな隙を見せるような行動を、
わざわざ取るとは考えにくい。
となれば、ローザ捜索以上に気になる事がある、
と考えるのが妥当な気がする。
クライドが抱えていそうな問題といえば、
ローザの捜索とシャックとしての活動、
そしてファースターの内政。
この3つくらいしか思い浮かばない。
(よっぽど内政が荒れているとかなら分かるけれど、
プログとスカルドの話だとそんな感じもない……。
となれば内政よりもローザ捜索の方が、
優先順位は高いと思うのよね……)
と、なればである。
やはり自分が先ほど言ったように、
今はシャックの活動に重きを置いている、
ということなのだろうか。
(でも、だからといって安心はできないわ。
ダート王洞の時は確かに、
ローザを殺そうとしていたんだから――)
かつてローザをファースターから、
セカルタへ連れて行くときに訪れた、ダート王洞。
クライドから移動装置があるとウソを吹き込まれ入り込んだ、
その洞窟内でレナ達は、そのクライド本人と顔を合わせ、
そしてクライドがシャックの頭であることを知らされた。
その時、ファースターの実質トップに君臨していたクライドは、
ローザの命を奪いに来たと、確かに言っていた。
決して楽観的になる事は、許されない。
すべては憶測の域を出ないのだから。
(……? あれ?)
と、レナは不意にある事に気づいた。
(そもそもクライドは、
ローザを生きたまま連れ戻したいのかしら、
それとも始末したいだけなのかしら?)
そういえば旅をしていく中で、
なんだかゴチャゴチャになってしまった感があったが、
しっかり立ち止まってよくよく考えてみれば、
(もし殺すのが目的なら、
わざわざ連れ戻す必要はないわよね?
見つけてそのまま始末しちゃった方が、
不慮の事故として扱いやすいだろうし、
一度連れ戻してから処罰なんてしたら、
それこそ国中大騒ぎになる気がするんだけど……)
ローザの死など考えたくもない発想ではあったのだが、
そこは心を無にして、
あくまでも客観的に捉えられるよう、
レナは頭の中で可能性を整理してみる。
(そもそも、ローザを連れ戻しても、
クライドにとって、何のメリットもないわよね?
実質トップにいるのに、王族を連れ戻したら、
自分がやりたいようには、動きにくくなるだろうし……)
それは得策ではないでしょうに、とレナは思う。
ファースター城内をシャックの根城にしている現在は、
クライドにとって自らが動きやすい、動かしやすい、
まさに理想の状態にあるはずである。
それがローザを連れ戻したとなれば。
少なくともクライドに対してポジティブな、
プラスの要素は生まれない。
やんちゃ坊主が、
自分より弱い立場しかない中ではオラオラしたのに、
立場が上の者が来た瞬間、
急に大人しくなるのと同じである。
それはクライドにとって、弊害でしかない、
そのはずである。
だとしたら。
(やっぱり、殺すことが目的なのかしら?
でも、だとしたら早く消すために、
積極的に追って来ると思うんだけど……)
どうにも答えが、まとまらない。
相手の、思考の氷塊を融解させようと試みるが、
どうにもうまくいかない。
(結局クライドは、何がしたいのかしら……)
疑問が疑問を生み、
憶測が憶測を構築する。
すべてが不確定な存在として。
と、その時。
ピーッ、ピーッ、ピーッ!!
レナの懐で眠っていた通信機が、
まるでレナの迷える思考のど真ん中を貫くように、
威勢よく響き渡った。
第182話の部分が抜けて投稿しておりました、大変申し訳ありません。
ですので4/14は182話の更新となり、4/21に最新話の更新をさせていただきます。
読んでくださっている方々、混乱させてしまいましてすみませんでした。




