第181話:失念
「なるほどね、
ファースターでは、
ロ……王女の行方不明については、
情報統制されている、と」
「どうやらそうみたいだったぜ。
まあ、市民に動揺を与えないようにしている、
って可能性もあるが……」
「でも、そもそもファースターの王族に関する情報が、
今までほとんど市民におりてきていなかった、
という状況からして 動揺云々の理由じゃなく、
別の理由で情報をいじくっているって考えるほうが、
現実的に有り得そうね」
一通りの話を終えて、
レナはプログの発した言葉に、
そう結論付けた。
プログ達の調査により、
ファースターの(元)王女であるローザが、
行方不明になっているという現況を、
ほぼ全員のファースター市民が知らない、
という事が分かった。
王族の一人が消息を絶っているとなれば、
国の一大事である。
ひとたび世間に知り渡れば、
その情報の破壊力は凄まじく、
気安く看過できるものではない。
市民へ動揺が広がっていくのを防ぐために、
情報を規制する。
恒久的平和を維持するこの治世の中では、
選択肢の一つとして考えられるものである。
だが、そもそも論として、
このファースターという街、
というより市民達は、
ファースター王族に関する情報に、
それほど固執していない。
別に、知ってても知らなくても、
どっちでもいい。
それがファースター市民達の、
王族に関する昔からのスタンスである。
ゆえに、情報統制することに意味があるのか、
微妙に判断がつかない。
「ねえ、その辺について、
イグノは何か知らないの?」
ある種いびつともとれる、
ファースターの歴史の出で立ちについて、
レナはファースター騎士隊元3番隊隊長のイグノへ、
話を投げてみるが、
「いや~、さすがに俺でも、
そこまでは分かんないでやンス。
気にしたこともなかったでやンスし……」
「も~、全然ダメダメじゃないの……」
さすがに容易く答えが出るほど、
簡単な問題ではない。
「けど、考えてみれば妙よね。
王女を本気で探すんなら市民に告示くらい出すと、
あたしは思うんだけど」
「そうだな。
ホントに王女を探す気あんの? って感じだぜ」
その中でレナとプログは、
あえて強調するように、
王女に関する考察について言う。
その理由は。
「………………」
何か考え込むような、
固く、強張った表情のまま立つ、
セカルタが生んだ天才少年、スカルド。
そこに、尽きる。
スカルドが望んでいるのは、
ファースター政府、およびセカルタ政府への復讐。
その復讐の対象にはおそらく、
かつて王女として暮らしていたローザも入る。
(元王女とはいえ、
スカルドにローザの正体が知れてしまったら、
何をしでかすか分からないわ。
ローザのためにも、
何も知らないふりをしておかないと……)
ローザのためにも、
それは絶対に知られてはいけない。
プログもその事は、重々わかっている。
だからこそ、レナの言葉にすぐさま、
乗っかってきた。
意識の共有に、抜かりない。
そして、その共有は2人だけではない。
「そう言われてみれば、
確かに妙でやンスねえ。
7隊長の頃は気にもしなかったでやンスが……」
まるでそのタイミングを計っていたかのように、
イグノはしきりに、首をひねり続ける。
つい先日まで敵と認識していたイグノとの、
意識の共有。
それは今から一日前、
プログ、スカルドと合流する前に、
レナが予め、吹き込んでおいたことだった。
『そういや、なんだけど』
『……? 何でやンスか?』
『これからプログ、スカルドと合流するんだけど、
スカルドにはローザに関する情報を、
一切喋らないこと、いい?』
『? 何ででやンスか?』
『こっちにも色々と事情があんの。
とにかくスカルドには、
ローザと王女に関する事は言っちゃダメだから』
『はあ……。
まあ、別にいいでやンスけど』
『言っとくけど!
これは努力じゃなくて義務、だからね?
絶対に喋らない、いいわね?
もし喋ったら、
マジで真っ黒こげどころじゃ済まさないから』
『わ、分かったでやンス』
『もし何か聞かれても知らないフリ。
あたしやプログが王女に関する話をしたら、
適当に相槌を打つ、いい?』
『り、了解でやンス。
でも、せめて理由くらい――』
『理由はいずれ話すわ。
でもまだあんたに話すのは早い。
だから今は黙って言う事を聞いてちょうだい』
『はあ。まあ何でもいいでやンスけど。
とりあえず了解したでやンス――』
意識共有というより、
半ば脅しのようになってしまった感は否めないが、
だが、それでも決してやり過ぎだ、言い過ぎたとか、
そんな風にレナは思わない。
それくらいに徹底しておかないと、
この件に関してはいけない。
心強い味方でありながら、
影で静かに牙を研ぎ続ける、敵。
まさに、光と闇。
それに立ち向かうのに、
迷いがあってはいけない。
レナの決意に、揺らぎはない。
偽りのレッテルを貼られ、
自らの存在を見つける旅を続ける、
ローザを護るためにも――。
「……オイ」
その最中、
それまで沈黙を守っていたスカルドが、
ついに口を開いた。
「!」
ビクリ、と。
まるで全身に電気が走ったかのように、
レナは体をわずかに震わせる。
「1つだけ、質問に答えろ」
「な、何かしら?」
憎たらしいほどに落ち着いた少年の声。
レナは、努めて平静を保つように表情を装う。
だが、内心は勿論、気が気ではない。
一体何を、聞いてくるのか。
ローザの現在の居場所?
いや、王女に関する情報を知っているかどうか?
あるいは、ローザが王女であるかどうか?
レナはまるで濡れた雑巾を絞るかのように、
ギリギリと心臓を締め付けられる、
それほどの緊張に襲われる。
次の、少年の言葉は――。
「少し前から気になっていたんだが」
ドクンッ! と。
レナは一瞬、
心臓が飛び出たんじゃないかと思った。
「お前ら、何でファースター政府に追われてんだ?」
「……え?」
だが次の瞬間、
飛び出た心臓が即座に元の位置に戻ったがごとく、
レナは思わず目をパチパチさせる。
その質問は、ほとんど頭になかった。
だが、レナはすぐに、
事の重大さに気づいた。
「ファースターやファイタルで、
お前らの載ったお尋ね者の貼り紙をこれでもか、
という程見てきた。
お前ら、何をやらかしたんだ?」
しまった――と。
レナは、その見落としていた点を、
後悔せずにはいられない。
そしてそれはプログも同じだったようで、
やべぇ、とでも言いたげな表情を見せている。
よくよく思い返してみれば、
目の前にいる天才少年に、
自分達が犯罪者として追われているということは伝えていたが、
理由については今までただの一度も、源空してこなかった。
本来ならばイの一番に、
ケアをしておかなければいけなかった点。
そこを完全に忘れていたのだ。
加えて、貼り紙という存在。
レナは、失念していた。
自分達がファースター政府に追われているなら、
ファースターや他の街で、お尋ね者の貼り紙が出るかもしれない、
という可能性を。
3つの道へ分かれると決めた、あの時。
スカルドはファースターへ行くだろう、という仮定と、
まあそれは仕方ないし、という決めつけ。
この2つの思考が、
盲目的に貼り紙という、
危険な可能性を封殺してしまったのだ。
貼り紙を見れば、自分たちが何かをしでかした、
という事に気づくのは当たり前の事。
そして、その理由に興味を持つことは、自然な流れである。
(ってことはもしや、スカルドは――!!)
喉から一気に水分が失われるかのように、
レナの脳に考えたくもない、
ローザが王女と知られてしまうという、
最悪の可能性が浮かぼうとしていた、
のだが。
「しかも罪状が書いてなかったから、
余計にワケが分からん。
お前ら一体、何をしたんだ?」
んー? と。
まるで海の波打ちのごとく、
汗がスーッと引いていくのを感じながら、
スカルドの言葉に、すぐに引っかかりを感じた。
(罪状が……書いていない?)
最悪の思考を免れたレナが、
違和感を覚えた部分は明確だった。
どういうことなのか。
例えばお尋ね者と書かれた紙に、
自分やアルト、プログの絵が載っている。
ただ、それだけのものが流布されているのか?
(そんなの見せられたら、
逆に混乱するような気がするけど……)
レナはチラリとプログへ、視線を送ってみる。
元ハンターは何かを言いたげにしながらも、
それを天才少年に悟られぬよう、
黙って困った表情をしながら肩をすくめているが、
首を振ったりするような、否定の感じは見受けられない。
(ウソじゃない……ようね)
レナはそう解釈したのだが、
どうにも解せない。
例えばこの人たちは罪を犯しましたよ、と言われれば、
確かに警戒したり、見つけたら通報はするだろう。
だが、肝心の何をしたかを書いていなければ、
市民は何をどう警戒すればいいのか分からない。
なのに政府は、罪状を示していない。
それこそ王女誘拐の罪と書いてあれば、
市民から目撃情報の提供を受ける可能性だって、
十分あるはずなのに。
(そこまでして、王族に関する情報を、
市民に知られたくないのかしら……?)
そう考えずに、いられない。
徹底した情報統制。
そのためには罪人にすら、フタをする。
そこまでしてなぜ? とか考えていると、
「オイ、聞いてんのか?」
「!」
業を煮やしたように、
スカルドは苛立ちを隠さずに言う。
そうだった。
今はスカルドから質問を受けていたのだった。
「あー、えっと……」
とりあえず場繋ぎでどうでもいい、
相槌を打ってみたものの、
(マズイわね……)
レナは迷っていた。
もちろんここで王女誘拐などという、
真実を少年に告げるわけにはいかない。
つまりはここで、ウソをつく必要がある。
だが、ここで言うウソは、
レナだけのウソに止まらない。
横にいるプログ、
そして今は姿のないアルト、
2人にも関連するウソとなる。
それだけではない。
ファースターの牢に入っていたのなら、
それは元7隊長であるイグノにも、
多少なりとも関係するものとなる。
つまり、レナだけで辻褄を合わせていい、
単純な問題ではないのだ。
レナのほかに、
アルトやプログ、
場合によってはイグノとも整合性のとれる、
完璧なウソを、ここでは必要とされている。
少女の表情が、僅かに歪む。
考えなければいけない。
すべての方向に都合のいい、
そんな八方美人のようなウソを。
しかも今、すぐに、
誰とも相談することなく。
数多ある犯罪をふるいにかけ、
ベストな選択肢を掬い上げなければいかない。
強盗、詐欺、偽証、殺人――。
(!!)
そこまで考えた時、
レナの思考で浮かんでいた選択肢が、
まるで急ブレーキをかけたかのように停止する。
殺人。
犯罪でも最大級である、
他人の生命を断つ悪行。
そして、プロ
(違う違う違う違う!
今はそんなことを考えている場合じゃない!)
まるでノートいっぱいに描かれた落書きを、
一心不乱に消すかのように。
少女はその思考を、必死にかき消した。
違う。
今はそれを考える時じゃないし、
今じゃなくても、考えるべき問題ではない。
分かっているはずなのに、
キーワードが出てくるたびに、
まるでパブロフの犬のように反射的に、
引っ張り出されてきてしまう、その事実。
聞かなければよかった、その事実――。
「嫌というなら無理には聞かねえが、
でも少なからず一緒に行動している身なんだ、
それくらい聞く権利は、俺にあると思うんだが?」
さらに追い討ちをかけるように、
スカルドが正論でレナをまくしたてる。
口では嫌なら無理には、と言っているが、
明らかにその言葉と表情が合致していない。
教えろ。
険しい表情を崩さないスカルドから、
語らずもそんな言葉が聞こえてくるようだった。
答えなければ、いけない。
ここで拒否するようなら、
不信感を植え付けてしまうのは確実だ。
何か、考えなければ――。
まるで拷問を受けているかのように、
ジワジワと追い詰められる時間を感じながら、
レナが苦悶の決断を迫られている、
すると。
「ま、しょうがねぇな。
レナ、言っちゃっていいぜ」
ポリポリ、と。
どちらかと言えば、
焦るレナとは対極の、
やっちまったなー程度の、
言葉の軽さでプログは切り出す。
え? と、
スカルドに対する問いに、
全思案を巡らせていたレナを横目に、
プログは、
「隠しててわりい、
実は俺、密入国して捕まったんだわ。
ンでこの前脱獄して、
レナとアルトはその脱獄の幇助をしたって事で、
共謀罪に問われてんのよ」
半分真実、半分虚偽となる、
その理由を打ち明けた。
次回投稿予定→3/31 15:00頃
来週は私情により休載します、すみません。。




