第180話:再び、動き出す
「はい、ナウベルです。
……終わりましたか、お疲れ様でした」
ナナズキと別れ、
再びセカルタ駅へと戻ったナウベルは、
いつになく丁寧な口調で通信機へと言葉を送る。
駅の時計は、夕方の5時。
一日の寒暖差が激しいエリフ大陸では、
気温が瞬く間に降下の一途を辿る時間になっている。
だが、誰もが屋内へと入りたがる、
寒さを身に感じ始めるような外気であっても、
ナウベルの表情は静止画でも見ているかのように、
ピクリとも動かない。
「それで結果は、どうなりましたでしょうか?」
ただ坦々と、粛々と。
通信相手の言葉に、
全神経を集中させている。
「……そうですか。
やはり、そうなりましたか。
残念ですね」
フッ、と。
瞬間、自ら言った言葉と連動しない、
彼女はわずかに、笑みをこぼした。
まるでそれを、
心のどこかで望んでいたかのように。
あるいはそれを、
いくばくか予測していたかのように。
彼女は明らかに、少し笑っていた。
「それで、私はどう動けばいいでしょうか。
一旦ファースターに戻りましょうか、
それとも他の7隊長を呼び戻しますか?」
続けてナウベルは言う。
言葉と態度から察するに、
どうやら相手は彼女より立場が上の者――のようだ。
夕暮れのセカルタ駅。
そこには家路を急ぐ、
列車へ乗る市民、あるいは降車してきた市民が、
まるで集団行動をするかのように、
隙間をかいくぐって歩いている。
その人ごみの中で立ち止まったままという、
やや異彩を放つナウベルは無言で、
通信相手の言葉、指示を待つ。
「――――、――――」
通信機の向こうでは、男性らしき声で、
穏やかな口調で何かを伝えている。
だが、何を言っているかまでは、
ナウベルにしか分からない。
はい、はい、と。
真摯に耳を傾けるナウベルは、
「わかりました。
では2週間後を目処に、指示通りに動きます。
該当する7隊長にも、取り急ぎ指示を送っておきます」
やがて男性に対して了承の意を示すと、
続けて、
「それと2点、ご報告が」
そう切り出し、
ナウベルは今まさにセカルタ駅へと飛び込んできた、
列車へわずかに視線を送りながら、
「1点目はサーチャードに関してですが、
相変らず教会の方が怪しい動きをしています。
市民からの信仰も多く集めているようですし、
ここ最近では内政へも干渉しているようです。
おそらく裏で何か動いているかと。
こちらについては引き続き、私の方で調査を続けます」
スラスラと。
まるで予め台本でも用意していたかのように、
言葉に詰まることなくナウベルはすべてを言い切った。
時間が無い中で、
事実を要点ごとに簡潔にまとめ、
自らの意志を最後に示す。
中間に立つ管理者として、
ほぼ完璧な報告。
それをナウベルはいとも簡単にやってのける。
「それともう一つですが……」
だが、2つ目の報告を伝える時となった瞬間、
「…………」
先ほどまでとはまるで別人のように、
ナウベルの歯切れが、
錆びた鋸の如く悪くなる。
「――――?」
その異変を感じ取ったか、
通信相手の男性から、
何やら問いかけが投げかけられている。
だが、やはりその内容はナウベルのみにしか、
聞こえていない。
「いえ、失礼しました。
……もう一点は、ナナズキの事です」
その言葉で何か吹っ切れたのだろうか、
まるで異性に告白するかのように、
ナウベルは意を決してその言葉を口にした。
「ここ最近、ナナズキが私に不信感を抱いています。
おそらく情報統制していることに、
不満を持っていると思われます。
今はそれほど大きな問題とはなっていませんが、
今後の事を考えると、
小さな綻びは摘んでおかなければなりませんので、
そろそろ騎士総長様より手を打って頂いた方が良いかと」
一度決意をしてしまえば、
最後まで言葉を紡ぐのは、
それほど大変な事ではない。
最後まで言い切ったナウベルは、
すっかりいつもの冷静沈着な、
何事にも客観した見方のできる裏社会の女へと戻っていた。
駅へと到着した列車からは、
再び群衆がイモを洗うかのように、
混雑した都会の駅を象っている。
その端で、
「……了解しました。
そうしましたらナナズキの件は一旦、
騎士総長様へお任せします。
彼女へは私から、
一度ファースターへ戻るよう、指示を出しておきます」
指示された言葉を復唱するように、
ナウベルは言って、
「……よろしくお願いします」
ふとナウベルは伏し目がちに、
呟くように言った。
これでいい。
そう言いたげな表情で。
プラットホームでは、停車していた列車が、
まもなく出発することを知らせるベルが、
その存在を見せつけるかのように、けたたましく鳴っている
なお、本日の列車はファースター行き、サーチャード行き、
双方まだまだ本数は残っている。
決してナウベルが、焦る必要はない。
「それでは2週間後までに、
私は別件の任務で動きます。
またなにかありましたらすぐにご報告いたします。
……かしこまりました、そうしましたら、
有事の際はすぐに動けるようにしておきます。
それでは失礼します」
プツンという機械音を確認したナウベルの顔に、
焦燥といった様子は微塵もない。
その姿は暗に、言葉を物語っていた。
あくまでも、すべてが予定通りだと。
「2週間、か。
まだまだ色々と、動きがありそうね。
世界も、……私も」
どの感情にも属さない、
ヒトと言う存在に乾いた声でナウベルはそう呟きを残し、
夕陽が地平線へと沈もうかとしている光景を背に、
人知れず表社会から消えていった。
これから彼女が向かう先はファースターか、
あるいはサーチャードか、
はたまた――。
そんなことは知る由もなく、
今日も世界は、月が主役となる夜へと、
変化を遂げていく。
その、2日後。
「ふあぁぁぁぁ……よく寝たわぁ……」
燦々と照りつける太陽の下、
成人男性もびっくりな豪快なあくびを、
レナは見事に決めている。
その横で。
「何がよく寝たわぁ、だよ。
どんだけ寝てんだよ」
「そうでやンス!
もう昼の11時でやンスよ!?」
「…………」
男3人衆はめいめいに、
不満の意を少女に対して、
これでもかとばかりにぶつけまくっている。
レナは口を尖らせ、
「いいじゃないのー、
別に減るモンじゃないんだし~」
と言ってみるが、
「良いわけあるか!」
「良くないでやンス!」
「……アホか」
示し合わせたかのように、
漏れなく総ツッコミを受ける結果に。
朝はどうにも、行動にも言葉にも今一つ、
キレがないレナなのである。
エリフ大陸南東の町、アックス。
レナ達がワームピル大陸からエリフ大陸へと渡った際、
最初に立ち寄った場所であり、
プログ、そしてフェイティの故郷でもある。
一昨日にレナはプログと通信機によるやり取りで、
再合流を提案した。
そして双方にとって多少の馴染みがあるこの地を、
プログ達との再会の場所に選んだ。
当時の取り決めでは、再開の時は2日後。
エリフ大陸に元々いたレナ達は合流の意思決定の翌日、
つまり昨日の昼ごろからアックスの町へと前乗りして、
バンダン水路を経由してワームピル大陸から、
こちらへ向かっているプログ達を待つことを決めた。
約束の日時までまだ多少の猶予があったため、
何か出来ることを――とも考えたのだが、
もし合流するなら早くした方がいいという事と、
正直もうこの場でやれることが考え付かなかったので、
サッサと町へ向かってしまおうと思ったという事が、
その主な理由である。
いずれにせよ、プログ達を出迎えるという道を、
レナとイグノは選んだ。
だが、遅くても2日後の昼くらいまでに合流できればなーと、
ぼんやり展望していたレナの予想を裏切り、
プログ、そしてスカルドは予定よりも大幅に早い、
昨日の夕方にはすでにこの地へと、到着した。
レナやイグノにとっては嬉しい誤算に違いなく、
町でプログとスカルドを見つけた時には、
この上なく安堵したものである。
だが、バンダン水路の惨状をすっかり失念していたレナが、
長旅を終えた元ハンターと天才少年にいざ近づいた瞬間、
鼻がもげそうなくらいの異臭をすぐさま感じ取り、
やれクッサ! だの、
やれ気持ち悪ッ! だの、
散々な罵詈雑言を浴びせるだけ浴びせ、
挙句その臭い、明日までに何とかしてきなさいよと、
疲労の溜まる男2人に対して出直しを要求して――。
そして、今に至る。
長い旅路の果てに、
なかなか殺意を抱きそうな対応を取られた、
プログとスカルド。
だが、実際2人とも怒るよりも臭いの方をいち早く、
どうにかしたかった……かどうかは分からないが、
2人とも特に不平不満を言うことなく、
素直にレナの指示に従った。
何とも大人な2人である。
……もっとも、
レナが次の日に改めて会う事を決めたのは、
臭いだけが原因ではなかったのだが――。
「しっかしアレだな、
こっちは予定よりも早く来たってのに、
すでにレナ達は到着していたとはな、
なあ、レナ?」
「……」
「? どうした?」
「! あ、ああごめん、何だって?」
「珍しく呆けてんな。
何かまずいモンでも食ったのか?」
「そ、そんなことはないわよ」
覗き込むように顔色をうかがわれたレナは慌てて、
極めて差し障りのない、適当な言葉を並べてみる。
「そ、それよりも今日もいい天気ね!」
何か喋らなければと思い、
咄嗟に頭に思いついたことを、
何の考えもなくストレートにぶつけてみるが、
「……お前って話題の振り方、
そんな絶望的に下手くそだったっけか?」
「う、う、うっさいわね!」
ぐうの音も出ないプログのツッコミに、
完全に押されきってしまう。
自然に振る舞えば振る舞おうとするほど、
違和感が増していく、レナの言動。
人を殺めた。
その事実を知った時からの、
プログに対する、要らぬフィルタ。
いくら振り払おうとしても、
まるで空気のようにレナの周りに、
常につきまとうモノ。
一体、どのような顔をして、
殺人を犯したプログと向き合えばいいのか。
それが分からず昨日の夕べ、
臭いだの気持ち悪いだの、
精一杯の突き放す言葉を使い、
プログ達との再会を持ち越した。
人間は、意図的な完全忘却を、
することはできない。
たとえ薄れることはあっても、
消えることは絶対にない。
忘れたくても、忘れられない。
(こんなんなら、聞かなきゃよかったわ……)
だからこそレナは今、
本当に心の底から思えた。
今後プログと何を話したりするにも、
大小長短はあれ、
必ずこのフィルタが出現することとなってしまう。
それはかつてのような、
何も知らなかった時には、
絶対に戻れない事を意味する。
同時に。
まるで後頭部を鈍器で殴られたかのように、
あの時、誰を殺めたのかを訊ねたレナが、
イグノから言われた言葉が脳裏に鈍く響く。
『それを聞いて、どうするでやンスか?』
(……ホント、その通りね。
誰かなんて聞かなくて、ホントに良かったわ)
レナは初めてイグノに、感謝した。
あの場面で止めてくれて。
もしあの時イグノが、そのまま話していたら。
きっと今以上に要らない、
そして重い事実が、
レナを襲うことになるかもしれなかった。
これで良かった。
不幸中の幸い。
今は何とか、その言葉だけで、
済ませることが出来る範疇だった。
「しっかしアレだな、
それよりも驚いたのは、
“あの”イグノが仲間になってた、なんてな」
「“あの”ってなんでやンスか、“あの”って」
「いやいや、そりゃもう……その辺は察してくれ」
「???」
「安心しろイグノ。
いい意味じゃないから」
「そうでやンスか、それなら良く……ないでやンス!
いい意味じゃないなら、
完全にディスられてるじゃないでやンスか!!」
「あら、バレた?」
「バレた? じゃないでやンス!
何の兆候もなく悪口ってただのいじめでやンス!」
「ハイハイわかったわかったワルカッタヨー」
「雑! あしらい方が雑すぎるでやンス!
ひどいでやンス、横暴でやーンスッ!!」
「……うるせェヤツだな。
ただのバカならまだしも、
静かにしていることすらできねぇバカなのか貴様は」
「あぁ、天才少年までなんという陰口を!!
悲しいでやンス、
今の俺は完全な四面楚歌でやンス!」
「……お前を除いたら俺とレナとスカルドしかいねーのに、
どうやったらお前を囲んで“四面”になるんだよ」
……などど、レナの心情なぞ露知らぬ3人は再会して早々、
本当に、心からどうでもいい話をしていたのだったが。
とにかく今は話を本題に移さないと、
とこころのどこかで焦るレナが思っていた矢先、
「まあ何にせよ、仲間になるんだったらよろしく頼むわ、
元3番隊隊長さんよ」
「お、おう。
任せるでやンス」
「うっし、そしたらまずは少し、
今後どうするかも含めて、
互いの情報を共有しとこうぜ」
その役目の先陣を、
どうやらプログが切ってくれたようで、
「じゃあまずはこっちの方からだな、
ファースターで得た情報となると……」
まだ心のどこかで、
ザワつきを覚えるレナの横で、
プログは粛々と、話を進め始めた。
次回投稿予定→3/17 15:00頃




