第178話:思うところ
「まったく、皮肉なモンだね。
あれほどアイツらに近づけておきながら、
たった数日ですぐ、遠くに飛ばされるとはね」
ファースター国有の客船。
その先端で大海原を望みながら、
ファースター騎士隊2番隊隊長、
シキールは自嘲気味に笑う。
その横で、
「仕方あるまい。
ナウベルからの指示は、
それすなわちクライド騎士総長様の指示。
無視するわけにはいかんじゃろ」
険しく難しい顔、
シキールとは鏡を逆さに合わせたかのように真逆の表情で、
6番隊隊長のアーツは諭すように言う。
「いやいや、俺だって文句を言っているわけじゃないさ。
むしろ全大陸に7隊長を網羅している辺り、
抜かりないな~と思っているよ?」
「そのわりには不満そうな様子をしているのは、
ワシの気のせいじゃろうか?」
「……半分正解、ってトコかな。
不満とまではいかないけど、
何だかな~と思ってさ」
「ずいぶんと曖昧な表現じゃな。
何か気になることでもあるのか?」
アーツの問いに対し、
シキールはわずかに沈黙を作り出し、
「……まあ、多少はね」
言ってシキールから、
自嘲気味に浮かべていた笑みがふと消える。
思わず眉をひそめるアーツに対し、
「なんていうかさ。
騎士総長様やナウベルにとっては、
目的を達する上で人間味なんてモンは、
一切関係ないんだなと改めて思ってさ」
まるで心の中に留めていた本音が零れ落ちたかのように。
ポツリと、シキールは呟いた。
そこには、かつて八雲森林でレナ達に見せ続けた、
圧倒的な冷静さはない。
「そりゃあ、一つしか選択肢がないなら仕方ないさ。
でも、実際はそうじゃない。
人員配置なんていくらでもイジリようがある。
その中で俺らを、というより、
アーツをウォンズ大陸へ行かせる、ってのがね」
そこまで言い切ってシキールは、
再び笑った。
「騎士総長様とナウベルの事だから、
あえてそうしたのかもしれないけど。
……でも、アーツの私情については、
一切考えなかったのかな、っと思ってさ」
子どもがみせるような無邪気なものではない。
汚い社会の仕組みを知った大人が見せる、
どこか曇り染みた笑みで。
2番隊隊長は苦く、笑った。
「……仕方ないじゃろ。
それがワシらに下された命令なのだから。
上の者からの命令は絶対、
決して逆らっていいものではない」
一方、険しい表情を崩さぬまま、
アーツは静かに首を振る。
「ワシらは誇り高き7隊長。
言うなれば騎士総長様の剣となるべき存在。
剣風情の情など、考慮されるワケがないだろう?」
それは、諦めた瞳のように。
自らの力ではどうにもならない、
そう達観した眼で。
アーツは遠く、水平線を見つめる。
「それがワシの私情となれば、
なおのことだろう」
最後はまるで自らに言い聞かせるようだった。
相手を威圧するほどの屈強な巨漢とは正反対の、
今にも壊れてしまいそうな細い言葉で。
6番隊隊長は、嘆くように呟いた。
「…………」
シキールはしばらく、
何も言葉を発さないでいたが、
やがて、
「……まあ、アーツがそれで納得しているなら、
俺がどうこう言うアレはないけどさ」
そう前置きした上で、
「でも、それでも、
デイフィード大陸は無理だったとしても、
せめてワームピル大陸に残るという選択肢くらい、
もらえてもよかったんじゃないかと、
俺は思うけどね」
「どうしてだ?」
「ワームピル大陸には、プログがいる。
それだけでアーツがファースターに残るには、
充分な大義名分になるんじゃないの?」
アーツの眉がわずかに、ピクリと動く。
シキールから“プログ”という名前を聞いた瞬間、
それまでの険しかった表情が、
より一層厳しいものへと変化していく。
「プログがいるって情報を先に知っていたら、
アーツだって、
本当はファースターに残りたかっただろ?」
「…………」
「生まれた頃からずっと“あの子”を見てきた、
アーツならさ」
今まで押さえていたモノがとめどなく溢れ出るように、
2番隊隊長は年上の戦友に語りかける。
「そもそもアーツの、
今の状況だって元はと言えば、
プログのせいでこうなったんだし――」
「シキール。お喋りが過ぎるぞ」
ズドン、と。
まるで大砲で背中を撃たれたかのように。
アーツの低い声が、シキールへと突き刺さる。
アーツは、
それ以上の言葉は、許さなかった。
「少々、お喋りが過ぎるぞ」
引導を渡すかのように、
アーツはもう一度、諌める。
シキールは、
それ以上の言葉は、許されなかった。
アーツにとって、
それは超えてはいけない、一線だった。
「……そうだな、
少しばかりしゃべり過ぎたね、スマン」
「いや、分かってくれるならいい。
シキールもワシの事を思って、
言ってくれたんだろうからな」
それを理解しているシキールだからこそ、
また、そのシキールを理解しているアーツだからこそ、
それ以上のいさかいが起こる事はなかった。
それは、まさに戦友。
すべてを言わずとも、相手の意図を理解する。
長年、同じ道を行く同志として、
7隊長という、
誇りにも重荷にもなる、
逃れられぬ肩書を共に背負う仲間として。
その絆は、他人には決して計ることのできないものであった。
「んじゃ、この話はここいらでやめとこうか。
でも俺は本気で、そう思っているからさ」
これだけ言わせれもらえばそれで終わり、
とでも言いたげにシキールはクルリと踵を返し、
それまで眺めていた大洋へ背を向けて言う。
「アイツがあんなことをしなけりゃ、
アーツは今みたいな状況に、
晒されずにすんだんだし」
ゆっくりと。
シキールは船内へ向けて歩き出す。
「……すべては、過ぎた事。
悔いたところで、現実は何も変わらんよ」
その背中を、どこか物悲しげに眼で追いながら、
アーツはその言葉を、
絞り出すように2番隊隊長の背中へと投げかける。
それが今出せる、せめてもの言葉であるかのように。
まるでその言葉が、複雑に絡み合う自らの感情の糸を、
すべて断裁する大鋏であるかのように。
「…………」
ピタリ、と。
シキールは一瞬、その言葉に足を止めたが、
「……それでも」
はっきりしないモヤモヤした感情を、
必死に押し殺すようにして、
「それでも、プログは絶対に、
永遠に許されていいはずがない」
シキールは、再び歩き出す。
わずかに黒みがかかる白雲が太陽の存在を遮断し、
大地へ、そして海洋へ陽の光が届かぬ、
薄曇りの中で。
「だって、アイツは――」
その言葉だけを残し、
シキールは船内へと消えた。
「プログがホントに、密入国で捕まったのかどうか?」
レナより問いを投げかけられたイグノは、
ポカンと口を開けた、何とも阿呆面をしている。
「そっ。
プログ本人からはそう聞いてるんだけど」
だがレナはその阿呆面に一切構うことなく、
いたって真面目に話を続ける。
「あたしとアルトは、
ファースターの牢屋でプログと出会ったんだけど、
その道中、プログから自分は密入国の罪で、
牢屋に入れられていた、って聞いたの」
「はあ、そうでやンスか」
「その当時はそうなのかくらいで、
別に大して気にもかけてはいなかったんだけどね。
でも、よくよく考えてみたらそれってホントなのかな、
って思い始めて」
「へえ。それまた何ででやンスか?
何か喋りがおかしかったとか、
怪しい部分があったでやンスか?」
「いや、そういうワケじゃなかったんだけど」
うーん、と少しだけ考えたのち、
自慢の長髪を右手で少し遊ばせながら、
レナは再び口を開く。
「3人で牢屋から脱獄したあと、
どっかの公園でクライドと出くわしたんだけど、
その時にクライドとプログが、
何か顔見知りみたいな感じだったのよね。
お互いがお互いを認識しています、みたいな感じでさ。
罪の軽重について、あたしは良く分からないけど、
たかだか密入国をした程度で罪人と天下の騎士総長様が、
そんな簡単に顔見知りの仲になるのかしら?」
薄々、おかしいとは思っていた事だった。
牢屋からファースター地下水路を抜け、
地上へと帰還した、その直後。
レナ達はそこで周到に待ち構えていた、
騎士総長クライドと顔を合わせた。
当時はまだ、クライドに裏の顔がある事を、
知る由もないわけだが、
炭鉱の町ルインという、
ファースターから遠く離れた地で育ったレナにとっては無論のこと、
そこからさらに山奥出身であるアルトは、
クライドとその場が初対面であった。
だが、プログは違った。
『さすがに理解が早くて助かるよ、プログ・ブランズ。
やはり牢に入れておくには惜しい人材です』
『フンッ』
明らかに初対面とは言い難い、そのやり取り。
だが、レナが感じたのは、
それだけでの範囲には収まらなかった。
「騎士総長サマって、いわば軍のトップでしょ?
だったら日々の業務に忙殺されて、
罪人ひとりひとりの顔なんて、
いちいち覚えていないと思うんだけど」
「まあ、確かにそうでやンスね」
「それにファースター程の大都市にでもなれば、
密入国を企てて捕まるヤツなんて、
結構な人数がいるんじゃないの?」
「まあ、結構いた気がするでやンスねぇ」
「そんな中でプログの事を覚えているって、
結構、至難の業じゃない?
しかも牢に入れておくには惜しい人材って、
どんだけマークしてんのよ、って話だし」
顔を知っている、だけはない、何か。
例えば学校の同級生で、
顔を合わせれば“こんにちは”くらいの声はかける、
レベルのものでは、ない。
多数の個が群がる集合体の中、
ある特定の個体だけをピックする。
その行為は明らかに、
該当個体に対して何らかの感情の保持を認めることとなる。
(…………)
自分で話を進めていくにつれて、
レナは今、どことなく嫌な予感を徐々に覚えていた。
心の中に留めていた疑問を、
言葉としてアウトプットすることにより、
自らの脳に新たな“その仮説”が今、生まれつつある。
生まれてしまいつつある。
まさか。
それまで一切意識しなかった己の鼓動が、
妙に気になり始める。
「囚人のうちの1人が騎士総長に目をつけられているって、
よっぽどの事でもしないと、
有り得ないことよね?」
その仮説は、信じたくない。
きっと、何かの間違い。
「相当目立つような事をしでかさない限り、
注目なんてされないと思うし……」
そう思いながらも、
レナはざわつく胸中を押さえつけ、
言葉を絞り出していく。
「それこそ――」
「人殺しでもしないと、
とで言いたいでやンスか?」
ドンッ! と。
剣で心臓を突き刺されたかのような、
イグノの乾いた声。
「なっ……!」
レナは、言葉を失った。
ジリジリと、灼熱の炎で炙るかのように、
レナの口や喉あたりの水分が一気に失われていく。
出したくなかった、
聞きたくなかった単語。
殺人。
事実、レナにはその仮説しか、
思い浮かべることができなかった。
大量に検挙されているであろう密入国者レベルでは、
騎士総長ともあろうクライドが、いちいち気にかける事はない。
だが、もしそれ以上の罪を犯していたとしたら?
例えば、犯罪の最上に位置する殺人、
誰かを殺していたのなら?
もしそれが真実だとするならば、
騎士総長が重罪人を認識する、
という部分で合点がいく。
だが、そう仮定づけることは、
それすなわち――。
「つまりレナはプログが、
殺人を犯しているんじゃないかと、
思っているでやンスか?」
イグノは再び、
少女へと言葉を突き刺す。
思考の整理を行う猶予などを、
与えてはくれない。
「……それが分からないから、
聞いてんじゃないのよ」
意味もないのに、
レナは強がるように答えた。
実際、レナ自身にも分からない。
果たして、自分は何が知りたかったのか。
一体どこまで、真実を知り得たいのか。
いや、元々は、そんな難しく考えてなど、
いなかった。
プログの言っていることがどうにも胡散臭いから、
もしや適当なウソをついてるんじゃないか、
本当にその程度にしか、考えていなかった。
だが、気が付けば、この状況である。
初めに質問した身でありながら、
どこが質問の終息であるのか、
その着地点を、完全に見失っていた。
だが、ここまで発言、議論をしておいて。
また、それに対するイグノの返答を聞いておいて。
発議者として今更、やっぱりいいです気にしないで、
などと引くわけにもいかない。
つまるところ、自分としてもどうしていいか、
脳内整理がしっかりできていない中、
暗闇の中を手探りだけで進むかのように
「ま、でもそれで合っているでやンスよ」
最中、イグノはつまらなそうに、
あっさりと言った。
え……と、レナは思わず絶句した。
その言葉はつまり、
レナの仮定の肯定を意味している。
ということは。
イグノ、今なんて……? と、
もう一度男の言葉を確かめる。
「だから、レナが思っている通りでやンスよ」
だが、なおどこか辟易とした表情をする、
イグノは再び、その言葉をレナへと突き付けた。
「プログは人を……要人を殺したでやンスよ」
次回投稿予定→3/3 15:00頃
来週は私情により休載します、すみません。




