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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第178話:思うところ

「まったく、皮肉なモンだね。

 あれほどアイツらに近づけておきながら、

 たった数日ですぐ、遠くに飛ばされるとはね」



ファースター国有の客船。

その先端で大海原を望みながら、

ファースター騎士隊2番隊隊長、

シキールは自嘲気味に笑う。

その横で、



「仕方あるまい。

 ナウベルからの指示は、

 それすなわちクライド騎士総長様の指示。

 無視するわけにはいかんじゃろ」



険しく難しい顔、

シキールとは鏡を逆さに合わせたかのように真逆の表情で、

6番隊隊長のアーツは諭すように言う。



「いやいや、俺だって文句を言っているわけじゃないさ。

 むしろ全大陸に7隊長を網羅している辺り、

 抜かりないな~と思っているよ?」


「そのわりには不満そうな様子をしているのは、

 ワシの気のせいじゃろうか?」


「……半分正解、ってトコかな。

 不満とまではいかないけど、

 何だかな~と思ってさ」


「ずいぶんと曖昧な表現じゃな。

 何か気になることでもあるのか?」



アーツの問いに対し、

シキールはわずかに沈黙を作り出し、



「……まあ、多少はね」



言ってシキールから、

自嘲気味に浮かべていた笑みがふと消える。


思わず眉をひそめるアーツに対し、



「なんていうかさ。

 騎士総長様やナウベルにとっては、

 目的を達する上で人間味なんてモンは、

 一切関係ないんだなと改めて思ってさ」



まるで心の中に留めていた本音が零れ落ちたかのように。

ポツリと、シキールは呟いた。


そこには、かつて八雲森林でレナ達に見せ続けた、

圧倒的な冷静さはない。



「そりゃあ、一つしか選択肢がないなら仕方ないさ。

 でも、実際はそうじゃない。

 人員配置なんていくらでもイジリようがある。

 その中で俺らを、というより、

 アーツをウォンズ大陸へ行かせる、ってのがね」



そこまで言い切ってシキールは、

再び笑った。



「騎士総長様とナウベルの事だから、

 あえてそうしたのかもしれないけど。

 ……でも、アーツの私情については、

 一切考えなかったのかな、っと思ってさ」



子どもがみせるような無邪気なものではない。

汚い社会の仕組みを知った大人が見せる、

どこか曇り染みた笑みで。

2番隊隊長は苦く、笑った。



「……仕方ないじゃろ。

 それがワシらに下された命令なのだから。

 上の者からの命令は絶対、

 決して逆らっていいものではない」



一方、険しい表情を崩さぬまま、

アーツは静かに首を振る。



「ワシらは誇り高き7隊長。

 言うなれば騎士総長様の剣となるべき存在。

 剣風情の情など、考慮されるワケがないだろう?」



それは、諦めた瞳のように。

自らの力ではどうにもならない、

そう達観した眼で。

アーツは遠く、水平線を見つめる。



「それがワシの私情となれば、

 なおのことだろう」



最後はまるで自らに言い聞かせるようだった。

相手を威圧するほどの屈強な巨漢とは正反対の、

今にも壊れてしまいそうな細い言葉で。


6番隊隊長は、嘆くように呟いた。



「…………」



シキールはしばらく、

何も言葉を発さないでいたが、

やがて、



「……まあ、アーツがそれで納得しているなら、

 俺がどうこう言うアレはないけどさ」



そう前置きした上で、



「でも、それでも、

 デイフィード大陸は無理だったとしても、

 せめてワームピル大陸に残るという選択肢くらい、

 もらえてもよかったんじゃないかと、

 俺は思うけどね」


「どうしてだ?」


「ワームピル大陸には、プログがいる。

 それだけでアーツがファースターに残るには、

 充分な大義名分になるんじゃないの?」



アーツの眉がわずかに、ピクリと動く。

シキールから“プログ”という名前を聞いた瞬間、

それまでの険しかった表情が、

より一層厳しいものへと変化していく。



「プログがいるって情報を先に知っていたら、

 アーツだって、

 本当はファースターに残りたかっただろ?」


「…………」


「生まれた頃からずっと“あの子”を見てきた、

 アーツならさ」



今まで押さえていたモノがとめどなく溢れ出るように、

2番隊隊長は年上の戦友に語りかける。



「そもそもアーツの、

 今の状況だって元はと言えば、

 プログのせいでこうなったんだし――」


「シキール。お喋りが過ぎるぞ」



ズドン、と。

まるで大砲で背中を撃たれたかのように。

アーツの低い声が、シキールへと突き刺さる。


アーツは、

それ以上の言葉は、許さなかった。



「少々、お喋りが過ぎるぞ」



引導を渡すかのように、

アーツはもう一度、諌める。


シキールは、

それ以上の言葉は、許されなかった。


アーツにとって、

それは超えてはいけない、一線だった。



「……そうだな、

 少しばかりしゃべり過ぎたね、スマン」


「いや、分かってくれるならいい。

 シキールもワシの事を思って、

 言ってくれたんだろうからな」



それを理解しているシキールだからこそ、

また、そのシキールを理解しているアーツだからこそ、

それ以上のいさかいが起こる事はなかった。


それは、まさに戦友。

すべてを言わずとも、相手の意図を理解する。


長年、同じ道を行く同志として、

7隊長という、

誇りにも重荷にもなる、

逃れられぬ肩書を共に背負う仲間として。


その絆は、他人には決して計ることのできないものであった。



「んじゃ、この話はここいらでやめとこうか。

 でも俺は本気で、そう思っているからさ」



これだけ言わせれもらえばそれで終わり、

とでも言いたげにシキールはクルリと踵を返し、

それまで眺めていた大洋へ背を向けて言う。



「アイツがあんなことをしなけりゃ、

 アーツは今みたいな状況に、

 晒されずにすんだんだし」



ゆっくりと。

シキールは船内へ向けて歩き出す。



「……すべては、過ぎた事。

 悔いたところで、現実は何も変わらんよ」



その背中を、どこか物悲しげに眼で追いながら、

アーツはその言葉を、

絞り出すように2番隊隊長の背中へと投げかける。


それが今出せる、せめてもの言葉であるかのように。

まるでその言葉が、複雑に絡み合う自らの感情の糸を、

すべて断裁する大鋏であるかのように。



「…………」



ピタリ、と。

シキールは一瞬、その言葉に足を止めたが、



「……それでも」



はっきりしないモヤモヤした感情を、

必死に押し殺すようにして、



「それでも、プログは絶対に、

 永遠に許されていいはずがない」



シキールは、再び歩き出す。


わずかに黒みがかかる白雲が太陽の存在を遮断し、

大地へ、そして海洋へ陽の光が届かぬ、

薄曇りの中で。



「だって、アイツは――」



その言葉だけを残し、

シキールは船内へと消えた。





「プログがホントに、密入国で捕まったのかどうか?」



レナより問いを投げかけられたイグノは、

ポカンと口を開けた、何とも阿呆面をしている。



「そっ。

 プログ本人からはそう聞いてるんだけど」



だがレナはその阿呆面に一切構うことなく、

いたって真面目に話を続ける。



「あたしとアルトは、

 ファースターの牢屋でプログと出会ったんだけど、

 その道中、プログから自分は密入国の罪で、

 牢屋に入れられていた、って聞いたの」


「はあ、そうでやンスか」


「その当時はそうなのかくらいで、

 別に大して気にもかけてはいなかったんだけどね。

 でも、よくよく考えてみたらそれってホントなのかな、

 って思い始めて」


「へえ。それまた何ででやンスか?

 何か喋りがおかしかったとか、

 怪しい部分があったでやンスか?」


「いや、そういうワケじゃなかったんだけど」



うーん、と少しだけ考えたのち、

自慢の長髪を右手で少し遊ばせながら、

レナは再び口を開く。



「3人で牢屋から脱獄したあと、

 どっかの公園でクライドと出くわしたんだけど、

 その時にクライドとプログが、

 何か顔見知りみたいな感じだったのよね。

 お互いがお互いを認識しています、みたいな感じでさ。

 罪の軽重について、あたしは良く分からないけど、

 たかだか密入国をした程度で罪人と天下の騎士総長様が、

 そんな簡単に顔見知りの仲になるのかしら?」



薄々、おかしいとは思っていた事だった。

牢屋からファースター地下水路を抜け、

地上へと帰還した、その直後。


レナ達はそこで周到に待ち構えていた、

騎士総長クライドと顔を合わせた。


当時はまだ、クライドに裏の顔がある事を、

知る由もないわけだが、

炭鉱の町ルインという、

ファースターから遠く離れた地で育ったレナにとっては無論のこと、

そこからさらに山奥出身であるアルトは、

クライドとその場が初対面であった。


だが、プログは違った。



『さすがに理解が早くて助かるよ、プログ・ブランズ。

 やはり牢に入れておくには惜しい人材です』


『フンッ』



明らかに初対面とは言い難い、そのやり取り。


だが、レナが感じたのは、

それだけでの範囲には収まらなかった。



「騎士総長サマって、いわば軍のトップでしょ?

 だったら日々の業務に忙殺されて、

 罪人ひとりひとりの顔なんて、

 いちいち覚えていないと思うんだけど」


「まあ、確かにそうでやンスね」


「それにファースター程の大都市にでもなれば、

 密入国を企てて捕まるヤツなんて、

 結構な人数がいるんじゃないの?」


「まあ、結構いた気がするでやンスねぇ」


「そんな中でプログの事を覚えているって、

 結構、至難の業じゃない?

 しかも牢に入れておくには惜しい人材って、

 どんだけマークしてんのよ、って話だし」



顔を知っている、だけはない、何か。


例えば学校の同級生で、

顔を合わせれば“こんにちは”くらいの声はかける、

レベルのものでは、ない。


多数の個が群がる集合体の中、

ある特定の個体だけをピックする。


その行為は明らかに、

該当個体に対して何らかの感情の保持を認めることとなる。



(…………)



自分で話を進めていくにつれて、

レナは今、どことなく嫌な予感を徐々に覚えていた。


心の中に留めていた疑問を、

言葉としてアウトプットすることにより、

自らの脳に新たな“その仮説”が今、生まれつつある。

生まれてしまいつつある。


まさか。

それまで一切意識しなかった己の鼓動が、

妙に気になり始める。



「囚人のうちの1人が騎士総長に目をつけられているって、

 よっぽどの事でもしないと、

 有り得ないことよね?」



その仮説は、信じたくない。

きっと、何かの間違い。


「相当目立つような事をしでかさない限り、

 注目なんてされないと思うし……」


そう思いながらも、

レナはざわつく胸中を押さえつけ、

言葉を絞り出していく。



「それこそ――」


「人殺しでもしないと、

 とで言いたいでやンスか?」



ドンッ! と。

剣で心臓を突き刺されたかのような、

イグノの乾いた声。



「なっ……!」



レナは、言葉を失った。

ジリジリと、灼熱の炎で炙るかのように、

レナの口や喉あたりの水分が一気に失われていく。


出したくなかった、

聞きたくなかった単語。


殺人。


事実、レナにはその仮説しか、

思い浮かべることができなかった。


大量に検挙されているであろう密入国者レベルでは、

騎士総長ともあろうクライドが、いちいち気にかける事はない。


だが、もしそれ以上の罪を犯していたとしたら?

例えば、犯罪の最上に位置する殺人、

誰かを殺していたのなら?


もしそれが真実だとするならば、

騎士総長が重罪人を認識する、

という部分で合点がいく。


だが、そう仮定づけることは、

それすなわち――。



「つまりレナはプログが、

 殺人を犯しているんじゃないかと、

 思っているでやンスか?」



イグノは再び、

少女へと言葉を突き刺す。

思考の整理を行う猶予などを、

与えてはくれない。



「……それが分からないから、

 聞いてんじゃないのよ」



意味もないのに、

レナは強がるように答えた。


実際、レナ自身にも分からない。

果たして、自分は何が知りたかったのか。

一体どこまで、真実を知り得たいのか。


いや、元々は、そんな難しく考えてなど、

いなかった。

プログの言っていることがどうにも胡散臭いから、

もしや適当なウソをついてるんじゃないか、

本当にその程度にしか、考えていなかった。


だが、気が付けば、この状況である。


初めに質問した身でありながら、

どこが質問の終息であるのか、

その着地点を、完全に見失っていた。


だが、ここまで発言、議論をしておいて。

また、それに対するイグノの返答を聞いておいて。

発議者として今更、やっぱりいいです気にしないで、

などと引くわけにもいかない。


つまるところ、自分としてもどうしていいか、

脳内整理がしっかりできていない中、

暗闇の中を手探りだけで進むかのように



「ま、でもそれで合っているでやンスよ」



最中、イグノはつまらなそうに、

あっさりと言った。


え……と、レナは思わず絶句した。

その言葉はつまり、

レナの仮定の肯定を意味している。

ということは。


イグノ、今なんて……? と、

もう一度男の言葉を確かめる。



「だから、レナが思っている通りでやンスよ」



だが、なおどこか辟易とした表情をする、

イグノは再び、その言葉をレナへと突き付けた。



「プログは人を……要人を殺したでやンスよ」


次回投稿予定→3/3 15:00頃

来週は私情により休載します、すみません。

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