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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第1章 ワームピル大陸編
18/219

第16話:へんなの

サーティアの朝は早い。

早朝から仕事に精が出る農家は、

決して少なくない。

実際、今日も半分以上の人々が、

朝7時の時点で仕事をスタートさせている。


そんな中、レナ達が宿屋の待合室に、

再び集合した時には、

時計はすでに10時を過ぎていた。

4人とも、完全な寝坊である。



「ふあぁ……

 もう、こんな時間なのね」



もう何度見てきたことか、

レナが豪快なあくびをしながら話す。



「しょうがないよ、

 久々にベッドで寝れたんだし。

 僕もプログも、ついさっきまで寝てたよ」


「私も、昨日の夕方には寝ていたのに、

 朝までぐっすり寝ちゃいました」


「まあ、おかげで体調も、

 万全ってことだ」



他の3人もぐっすり眠っていたのだろう、

全身で大きく伸びをしながら話している。


そう、4人とも昨日の夕方から、

つい先ほどまで、

一度も起きることなく、

ずっと眠っていたのだ。

おそらく本人たちが思っていた以上に、

身体的にも、精神的にも、

疲労が蓄積されていたのだろう。

だが、久々のベッドで休むことができたことで、

体調も万全になり、

いいリフレッシュになったようだ。



「さてと、そしたら早いとこ、

 そのバンダン水路ってとこに行きますか!」



そう言いながら、

レナが宿屋のドアに手をかける。



「そういや、バンダン水路って、

 ここからどれくらいかかるの?」


「そうだな、大体い



「ようやくお出ましでやンスね、

 待ちくたびれたでやンスよ!」



アルトが、プログにバンダン水路までの、

所要時間について聞こうとしたその時、

レナが開けたドアの真正面で、

鼻息を荒くしながら、

仁王立ちしている男が1人。

そして、その後ろに立つ、

2人の男。

当然のことだが、

レナ達には見覚えはない。



「……」



レナ達はしばらく黙ったまま、

見知らぬ3人衆を見つめる。


晴れ渡る青い空のような水色の短髪に、

ハチマキのようにバンダナを巻いている、

くっきりとしたアヒル口が特徴的な、

仁王立ちの男。

年齢はプログと同じ、

いや、それよりももう少し上くらいか。


そして、そのうしろでは、

どこかで見たことのある鎧を身に着けた、

ともに長身の男たち。


見たことのある鎧というのは、もちろん……



「ふふふ、どうやら騎士隊を間近で見て、

 あまりのすごさに、

 言葉が出ないみたいでやンスね」



仁王立ちを崩さず、

満面のドヤ顔を披露しながら、

バンダナの男が、

鼻息をより一層荒くしている。


そう、見たことのある鎧というのは、

クライドが身に着けていた鎧のことである。


ただし、クライドのように、

鎧の中央部分の金の刺繍や、

胸のあたりのバッジはない。

……が、その他の部分は、

クライドのものとまったく同じ鎧を、

うしろの2人は身に着けているのだ。

ただ、仁王立ちの男は、

鎧を身に着けていない。



「さてと!

 このイグノ様が来たからには、

 お前らの好き勝手にはさ


「んで、こっからどのくらいかかるんだっけ?」


「まあ、1時間強くらいだろうな」


「結構歩くんだね……」


「でもそれしか方法がないですし、

 しょうがないですよ、アルト」



4人は、イグノと名乗る男に背を向け、

勝手に会話を再スタートさせている。

当然のことながら、

誰一人として、イグノ達の方は見ていない。



「……。

 ダァーッ! お前ら、

 無視するなでやンスッ!!」



ここで決めセリフを、と考えていたイグノは、

あまりに痛い雰囲気に耐え切れなかったか、

仁王立ちをやめ、

地団駄を踏みながら大声を出している。



「うっさいわねー、

 今、会議中なんだから、

 少しは静かにしててよ」


「そ、そうでやンスか、

 それは失礼……

 って、そうじゃないでやンス!

 それ以前に、こっちの話を聞くでやンス!!」



軽くあしらうレナに、

調子を合わせるかと思いきや、

ギリギリのところでイグノが踏みとどまる。



「隊長、しっかりしてください」


「そうですよ、完全にナメられてますよ……」



やれやれ、といった表情で、

うしろの2人がイグノに話しかけている。

雰囲気から察するに、

どうやら2人はイグノの部下のようだ。



「そ、そうでやンスね……

 おいお前ら、よく聞け。

 俺はファースター騎士隊三番隊隊長、

 イグノ・ブルーでやンス。

 ここで会ったからには、

 俺と一緒に、

 ファースターまで戻ってもらうでやンスよ」



うしろの2人から言葉をつつかれ、

イグノは仕切り直し、

とばかりにレナ達に向き直る。



「は? ファースターに戻る?

 冗談じゃないわよ、

 そう言われてハイわかりました、

 なんて、素直に従うわけないでしょ」



ファースターに戻るという、

思いもよらない言葉が急に飛び出し、

レナが顔をしかめながら話す。



「ってか、騎士隊三番隊隊長って、

 いきなり、そこそこ偉いヤツのご登場ってか。

 クライドも対応が早いな」


「そうでやンス、俺はクライド騎士総長から、

 お前ら4人をファースターに連れ戻すよう、

 指示が出ているんでやンスよ、

 レナ、アルトム、プログ、

 そしてローザ王女!」



プログの話に、ここぞとばかりに乗りながら、

イグノは4人をピッ、と指さす。


そう、このイグノという男、

ファースターが誇る、

王国直属騎士隊に7つある隊のうち、

三番隊を率いる隊長なのだ。



「あたしたちを連れ戻す?

 どういうことよ?」


「ちょっと待った、

 その前に僕の名前はアルトだよ!」

 誰だよ、アルトムって!」



レナがイグノの言葉で気になるところを、

指摘しようと話し始めたが、

アルトの言葉がそれを遮る。


「は? お前は、

 アルトム・ライズでやンスよね?」


「アルト・ムライズだよ!

 区切るところが違うよ!」


「アルトでもアルトムでも、

 どっちでもいいでやンス!」


「よくないよ!」


「んだぁーッ!

 いいから少し黙ってるでやンス!!

 それよりも、こっちはお前らが出てくるのを、

 ずっと待ってたでやンス、

 もし断るというのなら、力ずくでも、

 連れて帰るでやンス!」


アルトとの、しょーもないやりとりを、

無理やり断ち切り、

イグノは改めて話を戻す。



「ずっと待ってたって……

 いつからだよ?」


「昨日の夜からでやンスよ、

 お前ら、起きるの遅すぎでやンス!」


「は? 昨日の夜から!?」



ずっと待ってた、

という部分が引っかかったのだろうが、

プログがイグノの返答を聞き、

まさに開いた口が塞がらない、といった感じで、

口をぽかんと開ける。


「……あんた、ツワモノね。

 あたしも、さすがにそれは予期してなかったわ……」


「だから言ったじゃないですか、隊長!

 夜のうちに襲いましょうって!」


「そうですよ、

 わざわざ出てくるまで待つ必要なんて……」


プログ同様、呆れた表情で腕を組むレナと、

追い打ちをかける様に、

部下の2人が、

イグノにブーブー文句を言っている。


無理もない、レナ達は今までの疲れで、

ぐっすりと眠ってしまっていた。

夜のうちに襲ってしまえば、

見張りもいなかったし、

任務を容易に遂行できたはずだ。


なのに、このイグノという男は、

その最大のチャンスをみすみす逃し、

状況をややこしくしてしまっているのである。



「う、うるさいでやンス!

 ファースターならまだしも、

 ここはサーティアでやンス!

 村の人たちに迷惑をかけるようなことは、

 俺の心が許さないでやンス!」



そんなブーブー部下に、

イグノは必死に精神論を諭している。

はたから見れば、

言い訳にしか聞こえない。



「まあ、そういう心意気、

 あたしは嫌いじゃないけど。

 ただ、もう一度言うわ、

 連れて帰ると言われて、

 ハイわかりましたって、素直に従うほど、

 あたしの性格、正直じゃないのよね」



大きく逸れた話題を、レナが本来の話題に戻す。

言い訳なのか、本音なのかはともかくとして、

村の人に迷惑をかけたくないという心意気は、

さすがは騎士隊の隊長ね、

レナはそう感心していたが、

それとファースターに帰るというのは、

話が別である。


イグノはクライドの命令で、

レナ達をファースターに連れて帰ろうとしている。

そのクライドは、ダート王洞でローザを含め、

レナ達を本気で殺しにかかっていた。

ここでイグノの言う通り、

ファースターに戻ったとなれば、

そこで待っているものは当然、死しかない。



「おとなしくしていれば、

 怪我せずに済んでだろうに、

 できれば手荒なマネはしたくなかったでやンスが……。

 仕方ないでやンス」


イグノはそう言うと、腰のあたりから、

何やら長細い紙きれを取り出し、

左手の人差し指と中指の二本で持ち、

顔の前に構える。

その表情は先ほどと違い、目つきが細く、

レナ達を軽く睨みつけているかのようである。



「イグノ様は屈指の霊符の使い手だ。

 その霊符の力は、クライド総長も一目置く威力だ。

 バカなことを考えずに、

 早々に我々に従うことだな」



ようやくイグノが戦闘モードに入ったことにより、

部下の1人が、

ここぞとばかりにレナ達を脅してくる。


どうやらイグノは、

今、その手に持っている、

霊符と呼ばれる特殊な紙で出来た、

お札を使って戦うらしい。



「ファースター王国騎士隊三番隊隊長イグノ、行くで


「ちょっと待った!」


「何でやンス、

 おとなしくファースターに戻るでやンスか!?」



霊符を持つ手を高く掲げ、

今にも攻撃を開始しようとしていたイグノを、

右手を高く上げながら、レナが止める。



「あんた、さっき村の人たちに、

 迷惑をかけるようなことは、

 俺の心が許さない、って言ってたわよね?」


「それがどうしたでやンス!」


「こんな村のど真ん中で、

 あたし達がドンパチ始めたら、

 それこそ村の人たちに、

 迷惑かかりまくりじゃないのかしら?」



剣に手をかけることもせず、

レナが坦々と話す。


確かに、先ほどイグノは、

夜のうちにレナ達を襲わなかった理由として、

村の人たちに迷惑がかかると言っていた。

そして、今レナ達がいる場所は、

村の中心部にある宿屋の、

入口の目の前である。

もし仮にこんな場所で、

レナ達が戦闘を開始したら、

村は大変なことになるだろう。


だがしかし、向こうは臨戦態勢、

というより、

今にも戦闘に突入する直前も直前である。

そんなことを言われたところで、何の意味も



「た、確かにそうでやンスね……」



……。

どうやらあったようだ。



「隊長! 何を仰ってるんですか!」


「そうですよ、こんな奴らの言うことなんて、

 聞く必要ないですよ!」



当然のことながら、

部下からは激しいブーイングが起きている。

無理もない。

というより、当然である。



「待て待てお前ら、

 確かにこいつ等はここで捕まえて、

 ファースターに連れ戻す必要があるでやンスが、

 だからといって、

 サーティアを滅茶苦茶にして、

 いいワケはないでやンス」


「しかし!」


「安心しなさいよ、村の外でなら、

 いくらでも相手してあげるわよ、

 どっちみち、こっちとしてもそっちの方が、

 手っ取り早いし」



食い下がろうとする部下の言葉を、

レナが遮る。



「まあまあ、そう焦んなよ、

 村の外でじっくり、相手してやるからよ」



レナに続き、プログが両手を広げながら、

肩をすくめる。



「え、え、結局戦うことにな


「よーし、それならお前ら、

 村の表に出るでやンス!

 外なら村にも迷惑がかからないでやンス!」



どうやら先ほど、

部下に必死に諭していた、

イグノの精神論は本心らしい。

相変わらず戦うことにビビりを隠せない、

アルトの声をイグノがかき消し、

村の中での戦闘を避け、

村の外で戦うことを了承する。



「オーケーオーケー、

 それなら問題ないぜ」


「イグノ……もう私は迷いません。

 私の邪魔をするのであれば、

 あなたを倒します」



プログは妙に軽いノリで、

そして、ローザは真剣な眼差しで、

イグノの声に応えている。


「よし、それなら早速、

 表に出


「……ッ!

 ちょっと待った……」



イグノが意気揚々と、

サーティアの村の外に向かおうとした瞬間、

急にレナが苦悶の表情を浮かべながら、

地面に膝をついてしまう。



「ちょっ、どうしたんですか、レナ!?」



決意を胸に戦いへ、と考えていたローザが、

慌ててレナの元へ駆け寄る。



「お腹……痛い……」


「え?」


レナが顔を下に向けたまま、

まるで蚊の鳴くような、

小さな声で話す。



「どうしたでやンス?」


「ご、ごめん、

 何かレナが、お腹痛くしちゃったみたいで……

 レナ、大丈夫?」


「いや、ちょっと……、

 ごめん、トイレ……行かせて……」



そう言うと、レナはくるりと向きを変え、

前かがみになって体を丸めたまま、

泊まっていた宿のドアを開ける。


「おいおい、大丈夫でやンスか?」


「いや、ありゃあ、

 あんまり大丈夫じゃないっぽいわ。

 様子見てくるから、

 ちょっとだけ待っててくんねえか?」


「まったく、早く戻ってくるでやンスよ!」



これが由緒ある、

ファースター王国直属騎士隊の隊長なのだろうか、

敵にもかかわらず、

不要な心配をし始めるイグノに、

プログがゴメン、とばかりに右手をあげ、

レナのあとを追う。



「あ、ちょっと待ってよ!」


「え、ちょ、ちょっと!

 すみません、ちょっと待っててください!」



あまりの展開の早さについていけず、

アルトとローザは慌てて2人のあとを追う。



「隊長、どんだけお人好しなんですか!」


「そうですよ!

 せっかく相手が弱っていたのに……!」


「そ、そんなこと言っても、

 しょうがないでやンス!

 それに、連れて行く時にトイレとか言われても、

 困るのは俺達でやンスよ!?」



閉めたドアの向こう側から、

もう何度目だろうか、部下の2人から、

イグノがダメ出しを喰らっている。





「あれ? お客様、

 どうかされましたか?」



目を丸くさせながら、

宿の主人がレナ達に話しかける。


無理もない、先ほど見送った客が、

しばらくして、なぜか戻ってきたのである。

しかも、そのうちの1人は、

お腹を抱えて、

何だか苦しそうな表情をしているときたら、

不審に思わない方がおかしい。



「あーわりい、

 ちょっとコイツがお腹痛いみたいでさ。

 部屋のお手洗い、借りるぜ」


「それは構いませんが……大丈夫ですか?」



お腹が痛いと聞いて、

心配そうな表情を浮かべる主人に、

下を向いたまま、

返事をすることができないレナに代わりに、

プログが事情を説明し、

先ほどまでレナとローザが滞在していた部屋に、

4人とも入っていく。



「すぐそこにもトイレ、

 あるんですけど……」



心配の表情ながらも、

自分の目の前にあるお手洗いを見つめながら、

なぜ部屋に? と主人は首をかしげる。





「レナ、大丈夫?」



変わって、こちらはレナとローザの部屋……だった部屋。


お腹をおさえ、

体を丸めながら歩くレナを、

アルトが心配そうに覗き込む。


……が。



「さてと、そしたら早いとこ、

 バンダン水路に行きますか!」



あんなに辛そうにしていた表情から180°変わり、

丸めた体をピン、と伸ばしながら、

レナが元気に話す。



「そうだな、そこの窓から抜け出せそうだな。

 気付かれる前に、さっさと行っちまおうぜ」



部屋にある窓を見ながら、

プログが続く。



「え? え?」



レナの体調を心配していた、

アルトの頭の中は?マークでいっぱいだ。



「あの、レナ……?

 お腹のほうは……」


「ん?ああ、全然痛くないわよ。

 心配かけてゴメンね。

 あんなのといちいち戦っていたら、

 体力もたないし、

 避けられる戦いなら、

 避けた方がいいかと思って」



アルト同様、状況が整理できていないローザに、

レナが笑いながら説明する。


そう、バンダン水路に行くに当たり、

不必要な戦いは避けたいと考えたレナは、

仮病を使い、イグノ達の前から姿を消して、

その隙に逃げ出そうと考えたのだ。


幸いにも、レナとローザが泊まった部屋は、

2階建ての1階にあり、

宿の入り口と真逆に位置していたため、

窓から脱出しても、

表にいるイグノ達には、

気付かれないように出れる。


そのため、入口を入ってすぐの所にあったトイレは、

あえて使わなかったのだ。



「え、そしたら表にいるイグノ達はどうするの?」


「あんなの放置よ、放置。

 いつか気付くでしょ」


「ほ、放置って……」



天下のファースター王国の騎士隊、

しかも隊長が完全放置と、

敵にもかかわらず、

わざわざ律儀に待ってくれているのに、

レナの悪魔の策略にまんまとハマっているイグノ。


そのイグノを、

ものすごく不憫に思うアルトだったが、

これ以上何か言うと、

今度は自分に飛び火しそうと感じ、

特に触れることはしなかった。



「イグノ……何だか不憫ですが……」



そんなアルトが飲み込んでいた言葉を、

ローザが少し暗い表情を浮かべながら話す。



「しょうがねえさ。

 まあ、何かアホみたいに見えるが、

 騎士隊の隊長を務めてる強者だ。

 あんなヤツでも、戦いとなれば、

 全力で俺達を潰しに来るはずだ。

 ならば、避けられる戦いは、

 極力避けた方がいいだろ?」



そんなローザに、窓を開けようとしながら、

プログが声をかける。


どうやらプログは、

レナが仮病を使って脱出しようと考えているのを、

途中から見破っていたようだ。



「そう、ですね。

 こんなところで止まっているわけには、

 いきませんものね」


「そういうこと。

 それじゃ、さっさと行きましょ!」



プログの言葉のおかげで、

自分の気持ちを整理することができたローザに、

窓に手をかけ、今にも外に飛び出そうとしているレナが、

肩をいたずらっぽくすくめる。

そして、レナは芝生の地面にゆっくりと飛び降りる。



「そうだね、気付かれないように、

 静かにね」



レナに続き、アルトが窓から外に脱出する。



「しかし、さっきのレナの演技……。

 見事な演技だったぜ、ププッ」


「う、うるさいわね!

 あれしか思い浮かばなかったんだから、

 しょうがないじゃないのよッ!」


「いやいや、名演技ですな~」


「そ、それ以上何か言ったら、

 ブッ飛ばすわよ!」


「あ、あんまり大きい声だと、

 気付かれちゃいますよ」



珍しく、プログにイジられ、

気持ち顔を赤らめながら焦るレナに、

慌ててローザが人差し指を口に当てながら、

静かにするよう促す。



「そ、そうだったわね。

 よし、そしたらバンダン水路に行きますか!」



ローザの言葉で、

我に返ったレナは、

声のトーンを一気に下げてそう言うと、

目の前にあるサーティアの裏門の方に向かって、

足音を立てぬよう、ソロソロと歩き始めた。


この村には、2つの入り口がある。

正門と言われる北口と、

裏門と言われる南口だ。


宿の入り口は、ちょうど正門側にあるため、

イグノ達のいるところからは、

裏門はちょうど死角になる。



「村を出たら、しばらく南に行って、

 村から離れたら、西に向かおう。

 少し遠回りにはなるが……」


「見つかるよりマシだもんね」



裏門に向かう途中、

うしろを気にしながら歩くプログと、

目の前にある裏門に、

イグノの部下がいないかどうか、

前を気にしながら歩くアルト。


……が、どうやらイグノには気付かれていないし、

近付いてきた裏門にも、

兵士らしき姿は見当たらない。



「よし、急ぎましょう」



ローザがそう言い残し、

4人は裏門から、

サーティアの村を後にした。







「……。

 えーい! 遅いでやンス!!

 どれだけ待たせるでやンスか!!」



たまらず、イグノは宿屋のドアを、

勢いよく開ける。



「こ、これはき、騎士様!

 ど、どうされましたか!?」


「怪しい4人組が、

 ここに入ったでやンスよね!!

 そいつら、どこに行ったでやンス!!」


「さ、先ほどの4名様なら、

 お腹が痛いと言いながら、

 そちらの部屋に、入っていかれましたが……」



何の前触れもなく現れた、

騎士隊に驚きと恐怖を隠せず、

思わず両手をあげてしまっている宿の主人を尻目に、

イグノはズカズカと歩を進め、

部屋のドアを先ほど同様、勢いよく開ける。



「お前ら、どんだけ待たせるでや……」



誰もいない。

いるはずがない。

全開になった窓だけが、イグノを迎え入れる。



「……」



イグノは黙っている。

その表情には、喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみも、何もない。

ただただ、無表情で黙っている。


普段なら外の風を捉えて、

ゆらゆらと揺れるカーテンも、

一切動かない。



「……。

 ○★△■◇×▲♨☆ω▽!!!!!!」



レナ達が去って30分後。

孤独の風にも無視され、

バンダナを巻く頭をくしゃくしゃにしながら叫ぶ、

イグノの言葉にならない叫び。

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