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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第4章:個別部隊編
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第175話:バンダン水路について考える

「ホントによかったのか?」


「……何のことだ」


「何って、情報集めの事だよ。

 城の事、やっぱりもっと聞きたかったんじゃねえか?」


「何度も同じことを言わせるな。

 さっき得た情報量さえあれば、

 俺にはもう、ファースターにこだわる理由がない」


「得た情報量って……。

 王女が行方不明になってるのを市民が知らないとか、

 王族関連の情報統制がされてる、とかか?」


「ああ。

 加えてクライドが実質トップとして君臨しているという事。

 この情報が市民達から聞けたというだけで、

 今の段階では十分だ」



王都ファースターを出て西の方角へと向かっている道中、

スカルドは涼しげな表情でプログに対してそう答えた。


別に強がっているワケではない。

文字通り、本当にこれだけの情報があれば十分だった。

いや、正確に言えば情報の確証がとれた、という方が正しい。


王女が行方不明とか、

クライドが事実上のナンバーワンとか、

その類の情報はすでに耳にはしていたが、

すべてレナやプログからの、

言わば“また聞き”といったものであった。

ゆえにどうにも信用度が高いものではなかった。


だが、百聞は一見にしかず、ではないが、

実際当事者であるファースター市民から、

まったく同じ情報が出てきたということは、

知っていた情報の確度を飛躍的に高められたことを意味する。


セカルタが生んだ天才少年にしてみれば、

既存の情報の確度があがった、

それだけでも意義の深いものとなっていた。



「そんなことよりも、だ」



そんな中、

道中ではあるが少年には一つ、

気になることがあった。



「おいプログ」



「んあ? どうしたスカルド?」



呆けるような年上の、

元ハンターの返事の仕方に少々苛立ちを覚えたが、

そこはグッと思いを抑え込み、



「お前さっき、

 バンダン水路に行くとか、

 サラリと言っていたな。

 あんな場所に行くとか正気か?」


「何だ、スカルドはバンダン水路を知ってるのか」


「一度だけ行ったことはある。

 あまりにもクソな場所すぎて、

 すぐに帰ってきたが」


「へぇ~、あんな場所に行くなんて、

 お前さん、やっぱり変わってンな」


「その“あんな場所”に自ら進んで行こうとしている、

 貴様は、変わり者を超える相当な阿呆となるが」


「その辺は言わない約束ってことでヨロシク」


「まあいい。

 それよりもエリフ大陸に戻らなければいけないのになぜ、

 あんな不潔な場所に行かなければいけない?」



どこを探せばそんなフレーバーがあるのか、

ソースとんかつ味のガムを、

懐から取り出しながらスカルドは言う。


棄てられた被害者、バンダン水路。

かつて、エリフ大陸最東端の町アックスと、

ワームピル大陸最西端の町サーティアの排水施設建設を巡り、

セカルタとファースターの、

見えない抗争の果てに生み出された廃墟の施設。

それがバンダン水路である。


その施設内は、

並みの生物では生きることができないほど腐敗し、

施設の大半をヘドロが支配している。

さらに人が立ち入りしようものなら、

ものの数分もしないうちに、

嗅覚が完全に麻痺してしまうほどの強烈な異臭を放つ、

おおよそこの世のものとは思えない地、

それがバンダン水路そのものなのである。


実はこのバンダン水路、

施設内に今にも崩れ落ちそうなボロい吊り橋ではあるものの、

ワームピル大陸からエリフ大陸へ渡ることのできる、

徒歩では唯一の移動方法を有している。


それは奇跡とも言うべき、

過去が生み出した希少な産物。


だが、それはあくまでもプログが、

それを知っていたことが特別なのであり、

先ほど質問を投げかけた天才少年は、

その特別枠には該当しない。


ゆえに。



「理由を教えろ。

 なぜ俺達はバンダン水路に行く必要がある?

 あんな場所に行く時間など、

 今の俺達には無いはずだが」



もう一度、改めて問いを投げかけたスカルドの反応は、

至極当然のモノだった。


言うなれば、ただのモノ好きでなければ、

自ら進んで行くはずが、ない。


なのに、なぜ。


スカルドの問いに対し、

ポカンとした表情を浮かべていたプログだったが、

やがて、



「ははーん、スカルド君は知らないのか~」



例えば子どもで言うところの、

明らかに何か悪だくみを考えていそうな、

ニヤニヤした表情でそう言い始めると、



「あそこにはワームピル大陸とエリフ大陸を結ぶ、

 秘密の吊り橋があんのよ」


「何?」


「大昔に工事作業のために架けられたものらしくて、

 かなりボロくて危ない橋だけど、

 それでも確実にエリフ大陸へ、 

 自分の足で渡ることができるのさ」


「……ほう、それは俺も初耳だ」


「ほら、列車を使うとなると、

 また人目と危険と、

 すぐ隣り合わせになっちまうだろ?

 だから……」


「多少施設内が劣悪な環境であっても、

 人目につかないそちらのルートを使った方が、

 安全に行ける、という事か」


「そういうことさ。

 多少魔物が棲みついてはいるが、

 それでも列車の中でコソコソしているよりは、

 よっぽど楽な道程だろ」


「確かにそれはそうだな」



そこまで聞いて、スカルドもようやく、

納得することができた。


確かにその理屈ならば、

一般列車に無断で乗車し、人目につかぬ場所で息を潜め、

神経をすり減らしながら無事に到着するのを祈る選択よりも、

より運の要素が絡まらず、

自らの実力で道を切り開いていくことが出来る――。


だが、スカルドが納得した理由は、それだけではない。



(仮にプログの言っている吊り橋が壊れていたとしても、

俺の魔術で地形を変化させればいくらでも渡れる方法があるだろうし、

最悪それが無理なら列車による移動に切り替えればいいだけの話だ)



天才少年は、もし吊り橋が崩れていたら、という事も考えて。

また、



(それにあれほど腐敗した施設だ、

正規のファースター軍が常駐しているとは考えにくい。

仮に俺らの後を追って軍隊来たところで、

バンダン水路の狭い通路を使えば多勢に無勢、

といった状況にはなりにくい)



天才少年は、もしファースター兵士が追ってきたら、という事も考えて。



(そう考えれば――)



そこまで考えをこらして、初めて。



(バンダン水路を使うのは悪手ではないな)



その選択に、同意をすることができた。

一つの行動を起こす前に、

あらゆる可能性をシミュレーションして。


そして同時に、



「だったら行きの時点でそこを使えよ。

 わざわざリスクを負ってまで、

 船で行く必要なんざなかっただろうが」



吐き捨てるように、

プログへと言い放った。


スカルドとプログはエリフ大陸から、

このワームピル大陸へ向かう際、

エリフ大陸の王都セカルタから船を使った。


自然災害さえ起きなければ、

一見安全そうに見える選択だが、

実情はそうではない。


入港申請などをせずに他大陸の水域を冒せば、

自衛のための襲撃を受けたとしても決して文句は言えない。


何の断りもなくいきなり他人が自分の家に入り込んできたら、

誰だって全力で家から追い出そうとするだろう。


ファースター政府に隠れて情報収集を行うとしたスカルド達が、

入港申請など、当然しているワケがない。


そのリスクを背負うくらいなら、

ハナからバンダン水路を使ってファースターへ向かった方が、

明らかによかったじゃねえか、と。


今さら言っても仕方のない事なのだが、

それでもリスクマネジメントを怠らないスカルドにとっては、

一言、物申しておかなければ気が済まなかった。


天才少年の言葉を受けてプログは、



「いやー、だってバンダン水路の中とてつもなくくせぇし、

 服についたままファースター市街を歩いていたら

 とんでもないことになっちまう、

 そんくらいやべー所なんだよ、あそこは。

 それに船で行けるならそっちの方が、

 確実に大陸には到着するだろ?」



なんやかんや言い訳がましいことを並べているが、



「まあいい。

 それよりも……」



過去の出来事の弁明など、

スカルドにとっては心底どうでもいい事だった。

それよりも、続けてスカルドは、



「そんな誰もが近寄りそうもない、

 クソみたいな場所にそのような通路があることを、

 なぜお前が知っていた?」



その事実の方がよっぽど気になった。

スカルド自身も興味本位、

というより魔術の研究で何か役立つものがあるかもしれないと、

バンダン水路に行ってみたことがあるが、

正直あまりの臭いにものの数分で帰ってきてしまった。


行く必要がないのなら、絶対に行かない。


まるで地獄をこの世に、

体現しているかのような場所。


そこになぜ、大陸を結ぶ橋があることを、

この男は知っているのか。


それは国家機密とか、そのような類の情報ではない。

ゆえにどこかから盗み聞くとか、

情報を搾取するという行為で得られる情報では、ない。


にも関わらず、

噂に聞いたとか、誰かから聞いたとか、

そのような曖昧な表現ではなく、

確実に断言するレベルで言う事の出来る、その理由は。



「いやまあ、だって――」



プログは頭をポリポリかきながら、



「俺ら、その釣り橋使ったことあるしな」


「……何? 

 貴様、本気で言ってんのか?」



スカルドの眉が、ピクリと反応する。


一度、使ったことがある?

あの悪環境のバンダン水路の奥を進んで?

それはさすがに、スカルドも想定してない答えだった。


だがプログはしれっとした表情で続ける。



「まあな。

 そりゃもう死ぬほどクサかったが、

 まあ何とか我慢したわ」


「……」



俄かに信じがたい話ではあるが、

だが、ここでプログが自分に対して、

ウソをつく理由は、おそらく一つもないはず。


となれば目の前で飄々と話す、

年上のこの男が話すことは、

すべて本当ということになる。



実際、プログが口にしたことは、

すべて真実である。


かつてレナ、アルト、プログ、そしてローザは、

クライドの魔の手から逃れるために、

ワームピル大陸からエリフ大陸へ脱出する際、

この地獄の廃墟に入り込んだ。

凡人なら誰一人近づこうとしない施設が故に、

世間が見落としている盲点。

プログはその盲点をつき、

まんまと列車を使わずに、

エリフ大陸へ渡ることに成功したのだ。


だが、その事実を知る由もないスカルドにとっては、

たとえ奥に財宝が眠っていると言われても行く気にはならぬ、

あの凄惨な場所へ行き吊り橋を渡ったという事実が、

耳を疑いたくなるようなものだった。



「――ッ」



スカルドは何か言葉を発するべく口を開きかけたが、



「……まあいい。

 とにかくバンダン水路を行くと決めたなら、

 俺はそれに従うまでだ」



本来口にしようとした言葉とは別の言葉を選ぶと、



「オイ、さっさと案内しろ」


「いやいやいや、

 今、まさに案内しているじゃねーか」


「そうじゃねえ、急げと言っているんだ。

 どっかで仮眠して行くんだろう?

 なら移動を早くして、

 少しでも仮眠の時間を長くするぞ」


「ヘイヘイ、わっかりやしたっと。

 一応、俺としてはお前さんに、

 ペースを合わせてたつもりなんだがな……」


「何か言ったか?」


「いーえ、なーんもございやせーん」


「口を動かすよりも足を動かせ、

 行くぞ」



プログへ先を急ぐよう促した。


ヘイヘイ了解でぇすと、

プログの顔色には若干の不満が見え隠れしていたが、

それでもスカルドが言った効果か、

歩くスピードが速まった。

その後ろにつくようにして、

スカルドも後を追う。


プログが前を歩いて、スカルドが後方に控える。

まるでどこぞのゲームのような配置で、2人は歩く。


だが、自然とこうなったのではない。

スカルドがあえてこのような隊形にしたのだ。


歩こうと思えばプログの横に並んで歩くこともできたのだが、

スカルドはそれを選択しなかった。


その理由はただ一つ、

考えたかったから。


今まで得たものの、

まるで中学生の1人部屋のように、

雑多に散らかった情報を整頓し、

いつ、どのような時にでも、

必要となればすぐに思い出せるように。


天才少年の脳内に広がる思考の中を、

整理清掃する必要があったから。


その行動を、

誰にも邪魔をされずに行いたい。

だから、スカルドは一人の時間を作りやすい、

他者から話しかけにくい配置である、

前後に並ぶ隊形を望んだ。


前と後ろで並んで歩けば、

並列で歩く時よりも、

プログから話しかけられる確率は格段に下がる。



(さて、情報を整理したいんだが……)



と、さっそくスカルドは自分だけの世界で、

情報と知能を広げようとした。


……のだが。


少年にはどうしても一つ、

その前にやらなければならないことがあった。



(…………)



情報は、鮮度が大事である。

五感によって知見したそれは、

文章として明文化していなければ、

思考の中で徐々に忘却されてしまうものである。


時が経てば経つほど、

まるで淡い思い出のように薄く、

風化していってしまう。


鉄は熱いうちに打てではないが、

復習や振り返りといった、

フィードバック作業を行うなら、

なるべく早いうちにしておいた方が、絶対にいい。


スカルドだって、

それくらいは分かっている。


だが、それを差し引いてでも、

天才少年がやりたいこと、

というより考えておきたいことがあった。


それは天才少年の脳内に、

苔のようにこびりついて離れない、

プログの何気ない一言、



『俺、その吊り橋使ったことあるしな』



から始まった疑問。



(なぜアイツは、

わざわざその移動手段を使う必要があったんだ……?)


次回投稿予定→2/3 15:00頃

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