第174話:通信
「何だよ通信機かよ……。
ビックリさせんじゃねぇっつーの……」
なんだか冷や汗をかかされたプログは、
わずかに湿った右手で通信機を鷲掴みすると、
「ハイハイこちらプログでございますよ~」
先ほどまでの焦りとはおおよそかけ離れた間延びした声で、
まるで家でくつろぎながら親類と会話するかのように話し始める。
プログの懐に忍ばせてある、
エリフ大陸の王都セカルタの執政代理、
レイから拝借した通信機。
セカルタの現状最高責任者とも言うべき執政代理から、
離れた者と会話することのできる、
貴重な文明機械であるこの通信機を現在3台、拝借している。
1台目はプログ、
2台目は現在エリフ大陸にいるレナ、
そして3台目はディフィード大陸を行くアルト。
なお、3つの通信機は相互関係にあると共に、
使用範囲が限定されているため、
通信を受け取ることができるのは、
相互関係を持つ通信機だけとなっている。
つまり、誰かが紛失しない限りは、
プログはレナかアルト、
レナはプログがアルト、
そしてアルトはプログとレナ以外から、
通信を受けることはない。
よって、プログが今傍受した通信機の相手は、
常にレナかアルトという2択しかない。
故に、プログとしても、
誰からの通信だろうとか、
知らない人だったらどうしようとか、
そういった類の憂慮をする必要がないのだ。
案の定、通信相手は、
2択のうちの1つであるレナだった。
「何だ、レナか。
ったく脅かすんじゃねぇよ……」
『何よ、開口一番脅かすなって。
まだ何も言ってないじゃないの』
「……いやいや、
通信機の音だけでこっちは冷や汗モンなんだよ」
『何でよ?
ファースターでこの時間なら、
別に静かでもなんでもないでしょうよ』
「バカ言え、こっちは騎士隊に見つからないよう、
抜き足差し足忍び足だっつーの」
『……あんたはどこぞの泥棒か何かですか?』
「いやウソじゃねェよ、
ホントに隠れながらだっつーの」
一応街からは離れ、
人気が少ないところにはいるものの、
それでも王都であるファースター付近に、
その身を置いていることに間違いはない。
それはさながら空気のごとく、
出来る事なら誰にも気づかれることなく、
事を済ませる。
その実践をしている最中の、
レナによる通信。
いくら心の中で“そろそろレナと連絡取る頃合いかな”、
と思っていたとはいえ、
それは、今すぐではなかった。
ファースターからさらに離れ、
もう街や城がまったく見えないところまできてから、
と、考えていたわけであって、
ファースターを出た、よし早速やり取りを!
などという短絡的な考えは、
さすがのプログも持っていない。
にも関わらず、まさか向こうから、
このタイミングで通信が来るとは。
しかも、どうにも緊張を感じない、
さながらいつもの調子で、といったように。
いやいや、こっちはそんな調子で行けねえんだよと、
プログが頭を悩ましていると。
「その感じは……レナか?」
グサリと背中に突き刺さる、
天才少年様の声。
プログは、
なんだかとてつもなく、嫌な予感がした。
「いや、この際誰が相手でもいい。
お前、俺達は敵に追われているのを分かってんのか?」
元ハンターは、
これはまずい、と視線を合わせずとも感じていた。
「追われている身でよくもまあ、
グダグダくだらん会話をし
「んで、よ、要件は何だねレナ殿!?
なるべく可及的速やかに言ってもらえませんかねぇ!」
もはや、耐えられるはずもなかった。
まるで小姑のような、ネチネチとした“口撃”。
一体全体、なにゆえに俺だけこんな目ばっかりに、
遭わなければならないのだろうと、
自らスカルドと行く道を選んだことはすっかり棚に上げ、
プログは心底思う。
『分かった分かった。
何か今、後ろからスカルドの声がこっちにも聞こえたし』
そんな元ハンターの気苦労を、
感じ取ったか取っていないかは定かでないが、
レナは軽いノリでそう返してくると、
『んじゃ、単刀直入に聞くけど、
そっちはどんな感じ?
情報収集は順調?』
無機質な通信機から、
レナの問いがプログの耳へと届けられる。
ずいぶん抽象的な問いだなと思いながらも、
「ん~。
順調、とまではいってねえけど、
多少の情報は集められたから、
そろそろファースターから離れるか、
ってスカルドと話してたところだな」
こちらもまた、抽象的な返答をしてみた。
別に嫌味という意図はない。
具体的にどのような情報が得られたかを話しても良かったが、
それをこの場、王都ファースターに近い場所で、
長々と話すのはいかがなものか、
そう感じたからである。
『ふーん。
内容が気になるところだけど、
その感じだとこの場で聞く時間は、
ほとんど無さそうね』
「察してもらって助かる。
俺らとしても今、長々話せるような状況じゃねえからな」
『分かったわ。
それで、さっきチラッと言ってたけど、
今からファースターを離れるの?』
「ああ。もうこれ以上ここにいると、
7隊長にまた見つかっちまう可能性があるしな」
『え? また、ってことは、
7隊長の誰かにもう見つかったって事?』
「まあな、ちょっといろいろあったモンで」
言わずもがな、
明け方にファースター駅のプラットホームで出くわした、
7番隊隊長であるリョウベラーの事である。
『誰に? ナナズキとか?』
「んや、違う。
レナの知らないニューカマー」
『見つかっちゃって大丈夫なの?』
「大丈夫だろ。
元よりこちらの動きは、
ある程度読まれているとは踏んでいたしな」
口ではそう言ったものの、
プログとしてもそう釈明するしか、なかった。
実際、大丈夫か大丈夫じゃないかで分けるならば、
おそらく大丈夫ではないだろう。
何せ相手は自分たちの事を捉えようとしている敵、
7隊長の一人なのだから。
でも、ここで仮に大丈夫じゃないと言ったところで、
もうどうしようもない。
覆水盆に返らず。
起こってしまったことをやり直すことはできない。
故にプログとスカルドとしては、
ある意味もう開き直るしかない状態となっていた。
『そう……。
まあ、詳しくは後日落ち着いたらまた聞くわ』
……というプログ達の心情をどこまで察しているかは不明だが、
レナはそうクロージングすると、
『んで、これから2人はどうするの?
どこか行くアテでもあんの?』
「いや、特には決めてない。
これ以上は危険だから、
とりまファースターは出るか、って感じ」
『ふーん……』
中途半端に間延びした相槌を最後に、
通信機は無言になる。
何か考えてんのか? とプログが考えを巡らせていると、
『そしたら、合流しない?』
数秒後にようやく耳に届いた、
レナの言葉。
「合流? 俺らとレナで、ってことか?」
『そっ。
行くアテがないってことは、
もうそっちでの目的は達成した、って事でしょ?
こっちも多少の収穫はあったから、
ここいらで合流して摺合せをしていいかな、と思って。
どう?』
通信機を介してのレナの言葉は、
どこか自信に満ちたようなものに聞こえてくる。
レナの言う“多少の収穫”というものが、
それほど確信めいたものを掴んでいるのだろうか。
「あー……」
その問いに対する答えは、
レナに会い、直接聞いてみないと分からない。
だが、それでもプログは一つだけ、
確実に言えることがあった。
「まあ、俺は合流しても構わんぜ」
もとよりプログも、
そろそろ合流しても良いのではと、
心の奥でその気持ちを温めていた。
ワームピル大陸でもっとも情報が行き交う地、
王都ファースター。
大陸の中心地であるこの場所で、
出来る限界範囲内で情報収集を行ったとなれば、
おそらくここから他の場に行ったところで、
今以上の情報を得ることはおそらく難しいだろう。
この場合は、
広く浅くよりも、狭く深く。
要点だけをしっかり押さえる、
まるで部下が上司へ報告する際必要になる心得のように。
少なくともプログは、そのように現状捉えている。
そして、狭く深くの範囲内で、
やれることはやった。
となれば、今レナが言った申し出を、
断る理由はない――。
「あー、でも」
だがその前に一つ、
プログには気になることがあった。
「ちょい待ってな」
言うなりプログは振り返ると、
「レナがそろそろ合流して摺合せをしよう、だってさ。
俺は別に構わねえんだけど、
スカルド、お前はどうだ?
まだこの大陸に残りたいか?」
レナから言われた言葉をほぼそのまま、
背後に控えていたスカルドへ伝えた。
プログは今、単独行動をしておらず、
スカルドと動きを共にしている。
それは、独断が決して、
許されざる行為であることを意味する。
何かをするなら、まず意思統一をしてから。
二人以上で集団行動を取る上では鉄則である。
もっとも、プログにはその鉄則以外にも、
スカルドに訊ねた理由がもう一つあるのだが。
「……俺も問題ない」
だが、プログの問いに間髪入れずに答えた、
スカルドの返事は、たったそれだけだった。
レナと合流することに同意。
短い言葉ながらも、その意思ははっきりとしていた。
ま、ファースターでやることが無くなったらそうなるわなと、
プログもその返事にさほど驚きはなかったが、
念のため、
「いいのか?
城の事とか、王族に関しての情報をもっと聞きたいとか、
何かやりたいこととかあんじゃねえの?」
もう一度確認してみた。
城や王族に関する情報。
これが、プログがスカルドに意思確認をした、
もう一つの理由だった。
スカルドがプログやレナ達と行動を共にしている理由は、
決して仲間の役に立ちたいなどという慎ましいものではない。
復讐。
魔術を究めるという動機と双璧を成すくらいに、
スカルドにとってある種生きる意味とも言えるもの。
父を殺し、母を病死へと追いやり、
自らを孤独へと貶めた、ファースター政府、王族、
そしてセカルタ政府。
それらに自らの手で、
必ず復讐して両親の無念を晴らす事。
それこそスカルドが今、
プログの横にいる理由なのだ。
そして今、2人はファースターに立っている。
スカルドにとっては、
自らの目的を果たすためには、
今はこの上なく、大事な時間のはず。
スカルドは、強大な魔術を操ることのできる少年だ。
無論、常に行動を共にしてくれるなら、
これほど心強い事はない。
だが、そのような感情論だけで、
スカルドの目的に対するアプローチを制約する権利など、
プログには当然ない。
ゆえにスカルドがもし、
合流という選択肢を拒否し、
単独行動を取ると言い出せば、
いやいやそれはまずいだろなどと、
プログは止めることはできない。
プログもそれは、承知の上。
だからこそ、今一度確認してみた。
だが、
「いや、俺も戻る。
それらについても、
成果に値するような話は充分に聞けた。
それにファースターに来たからといって、
すぐにでも城のヤツらに復讐を、
なんて無謀な策を、俺が取るはずないだろ」
スカルドは、最後は呆れ気味に言ってきた。
察するに、
その後にまだ、何かを言いたげな様子をしていたのだが、
「まあ、そりゃそうだわな」
プログは素早くそれを遮った。
どうせロクな事を言うはずがない。
悲しいかな、その思いには妙な自信があった。
とにかく、プログが行くべきと考える、
道を阻む障害はなくなり、クリアになった。
プログは再び通信機に口元に寄せると、
「スカルドも異論なし、だってよ。
とりあえずそっちと合流するわ」
『おっけー、どーもですっと』
「んで、どこに行きゃいい?
セカルタか?」
『いや、セカルタは避けましょ。
そろそろ首脳会議は終わる頃だし、
クライドに見つかると厄介なことになるし』
「確かに。
そしたらアックスはどうだ?
こっちは行きで使った船はもういないし、
エリフ大陸に戻るとしたら、
バンダン水路を使うことになるから、
アックスまで来てもらえると早めに合流はできると思うぞ」
『ふむ……そうね。
そしたらそうしましょ。
都合どのくらいでアックスまで来れそう?』
「んー、希望としては2日くらいみてほしいわな。
俺とスカルドはほとんど寝てないし」
『了解、そしたらあたし達もそれをめがけて、
アックスへ向かうわ』
「ほいよ、そしたらよろしく頼むわ、んじゃな」
最後に言って、通信を終えた。
そしてすぐさま、もう一人の仲間の方へと向き直り、
「とりあえずこれからの動きだけど……」
と、説明しようとしたのだが、
「これから2日使って、
アックスへ戻るんだろ?
それくらい聞こえてるぞ」
「……お耳がたいそう宜しいようで」
およそ内容を把握していた天才少年に、
精一杯の皮肉を込めてそう告げてみる。
いや、無駄な会話を省くことができたという事は分かっている。
だが、どうにも調子が合わない。
ただそれだけの話である。
「……とりあえず移動するか。
行く途中に小屋があるから、
そこで少し仮眠してから行こうと思うけど、
それでいいか?」
「問題ない。それで行く」
「分かった。そしたら時間も惜しいし、
サッサと向かうとしますか」
ふぅ……、と。
ただの会話なのに、
面倒くさい上司への相談を終えた直後並みに、
大きくため息をつくプログは、
仲間の承諾を得て、再び歩き出し、
ふと上空に目を向けてみる。
何でも透過しそうな透き通る青空の中で、
太陽は一日のうち、
もっとも高い場所へと到達しかけている。
あの太陽が二度地平線から姿を消し、
再び同じ場所へと辿り着いた時、
プログ達は、今度はエリフ大陸に、
地に足をつけていることとなる。
世界も思うほど広くねぇモンだな、
などとぼんやり考えながら、
プログは、ふと気づいた。
「あれ?
さっきレナ、あたし達って言っていたような……?
アイツ、1人じゃなかったか?」
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