第173話:噂をされたら②
「ぶぇっくしょいッ!!」
街に絶対1人はいると思しき、
やたらとデカいくしゃみをする男。
果たしてその豪快な爆音を発したのは。
「ういぃぃぃ……誰かが噂をしてるってかぁ??」
正体は、王都ファースターにいるプログだった。
なぜか満足そうな表情を浮かべる元ハンターの、
その隣で、
「ったくうるせぇ奴だな。
お尋ね者の身で、
居場所をバラすバカがどこにいる」
それはそれはたいそう不機嫌な様子で、
スカルドは軽く舌打ちをしている。
「わりいわりい、
昔っからくしゃみだけはやたらデカくてね。
先生にもよく注意されてはいたんだが、
なかなか治んなくてな」
「……ガキかお前は」
悪びれる様子を見せないプログに対し、
どうやらスカルドは心底腹が立っているようだ。
だが、プログはそんな少年の怒りの感情には一切触れずに、
「まあ、そうカッカしなさんなって。
とりあえずこれで一通り、
出来る範囲内での情報収集は終わったわけだが……」
話を本題へうつした。
2人にとってくしゃみの事などわりとどうでもいい話であって、
真に議論すべきなのには断然、こっちの方なのである。
現在、王都ファースターにいる、
プログとスカルドの2人。
プログが王女誘拐の罪でお尋ね者とされているのに加え、
クライドいわく、
今や列車専門の犯罪集団シャックの根城と化している、
ファースター城のお膝元とも言うべき場所に、
わざわざ2人が来たのにはもちろん、理由がある。
調査。
この2文字だけで、
彼らの目的が端的に表現できる。
この国の事実上のトップである騎士総長クライドは今、
ファースター、セカルタ、
そしてサーチャードの3国首脳会議に出席するため、
エリフ大陸の王都セカルタに赴いており、
王都ファースターを留守にしている。
その隙に、今のファースターがどのような状況となっているのか、
あるいはファースターに関わる情報が何か得られないか、
それを調べるために、この地に足を踏み入れた。
途中7隊長の一人で、
7番隊隊長のリョウベラーに見つかるというアクシデントに見舞われ、
クライドに気づかれず任務を、
というミッションは失敗に終わったが、
だがそれでも、何とか現状把握と情報収集の実施という、
最低限の任務は、何とか果たせそうなところまで来ていた。
「ファースター駅から脱出して約5時間、
聞き込みを開始して約1時間、か。
そろそろ潮時だな」
「ああ。
これ以上この場に留まれば、今以上に人が増え、
厄介なことになりかねない。
ここいらで退くのが妥当だろう」
朝11時を指す街の時計に、
視線を送りながら呟いたプログの言葉に、
スカルドも小さくうなずく。
ファースター駅にて遭遇した、
7番隊隊長リョウベラーから逃れた2人は駅を抜けた後、
人目につかない木の陰に隠れてそれぞれ2時間ずつ、仮眠をとった。
元々は駅を抜けたらすぐに収集活動を行おうとした2人だったが、
午前6時を回った程度では、
あまりにも市民が外に出ていなさすぎた。
いやいやこんなに人が少なかったら逆に怪しまれるじゃねぇかと、
作戦変更を余儀なくされた2人。
そこで導き出したのが、
とにもかくにも少し休もう、という結論。
アルトの故郷であるファイタルから列車の旅を経て、
車庫、そしてファースター駅まで歩き、
そして、リョウベラーから逃げる。
この一連の流れに要したのが、およそ1日弱。
その間、プログ達は一睡もしていない。
それを考慮してか、
スカルドの提案で、
1人は仮眠、1人は見張りといった具合に、
交代で休息を取っていたのだ。
だが、木の陰に隠れて寝ていたのだから、
もちろん布団などない。
地べたに体を横にする、
ただそれだけの行動である。
自然の光や風、外気に野晒しという状態。
もし今、デイフィード大陸にいるアルト達が、
プログ達とまったく同じ行動を取ったなら、
仮眠どころか、永眠しかねないだろう。
だが、幸いなことにプログ達は今、
4大陸の中でもっとも、
気候が温暖といわれるワームピル大陸にいる。
そのため外で仮眠、などという荒業も、
やろうと思えばできる環境下にある。
事実、2人が休憩していた時間の気温は18℃。
日向ぼっこをするには最適な気温である。
そんな中、しっかりと仮眠をとることに成功した2人は、
その後一時間だけという制約の元、
街を行きかう市民の中で、
慎重に相手を選んで聞き込みを行ったり、
小路で立ち止まり、もれなく世間話を繰り出している、
おばちゃん達の会話などを聞き耳立てたりなど、
本来の任務である情報収集へと勤しんでいた。
そして約束通り一時間を経過して、現在へと至る。
プログ達がわざわざ一時間という制限を設けたのは、
ただ何となくというわけではない。
午前11時ともなれば、
(一部の人間を除いて)それはもはや立派な、昼の時間帯である。
朝方はまばらだった市民の数も、
この時間帯にでもなれば、
あちらこちらでごったがえしているような状態になる。
「お前がお尋ね者の身だからな、
お前のせいで俺まで捕まるのは御免だ」
「わりい、俺は顔が知られちまっているからな。
聞き込みもお前が頼りだったし、
そこは素直に感謝するぜ」
「フンッ。
あの程度の人数、聞き込みにもならねえわ」
プログの礼に対し、
スカルドは突き放すように言う。
朝方から昼に差し掛かれば差し掛かるほど、
人々の往来は多くなる。
そして往来が多くなればその分、
情報を得られやすくなるというメリットが、
確かに発生する。
だが、そのメリットと比例の関係を結ぶかのように、
人々が多く集まれば集まるほど、
お尋ね者とされているプログが、
市民の人たちに勘付かれるデメリットが生じる。
情報は欲しい。
だが、捕まってしまっては、すべて終わり。
メリットを最大限に得て、
かつデメリットを最小限に留める。
その均衡を探った結果が、昼に差し掛かる少し前の、
1時間という設定だった。
そして、繰り返すがプログは、
現在絶賛逃走中の身である。
逃亡犯が市民に声をかけるなど、
私を捕まえてください、と自ら言いに行くようなものだ。
よって聞き込みの分野については、
相方であるスカルドがもれなくすべて、
請け負っていたのだ。
ほぼ無口で、
口を開いたとしても、
出てくる言葉は基本憎まれ口の、
セカルタが生んだ天才少年、スカルド。
あんなに暴言吐きまくりのコイツで本当に大丈夫なのかと、
自分のことは棚にあげておきながら、
プログは内心、ヒヤヒヤしながら様子を見守っていたのだが。
「いやー、いつもの調子ならどうしたものかと思ってたが、
言葉遣いもバッチリ、
雰囲気もいつもの陰湿な感じじゃなかったし、
スカルドもやるときゃ、
節度ってモンをわきまえられるんだなぁ」
まるで成長した弟に感心する兄であるかのように、
元ハンターは冗談じみた表情でウンウンと大きくうなずく。
が、
「……陰湿とはまた随分な褒め言葉だな。
あとで新しい魔術の実験台に、
貴様がなってもらってもいいんだぞ?」
このテの冗談が一切通じないスカルドは、
いたって真面目に、というより、
おおよそ年上には使わないであろう、
殺気に満ちた目でプログを睨み付けている。
察するに、やはりこちらが本来の性格であり、
やむを得ず人と接する際に出す表情は、仮の姿らしい。
「ヘイヘイ冗談ですって。
怖い怖い」
まったく何ですぐにこうなっちゃうかねえと、
プログは苦笑いを浮かべながら軽くあしらいつつ、
「さて、と。
冗談はこれくらいにして、
とりあえず街の外に出るか」
「ああ。
街にいると厄介ごとに巻き込まれる可能性が高くなる。
話をまとめるのは外でもできる。
今はとにかく、サッサとズラかるぞ」
「ズラかるぞって……。
お前、その言葉よく使うよな……」
「うるせェな。
口を動かす余裕があるなら、
足を動かせ、行くぞ」
スカルドはスタスタと、
逃げるようにその場を立ち去る。
プログも後をついていく。
スカルドの言葉は相変らず悪いが、
だがそれでも言っている事には同意できる。
故に、少なくとも情報収集という、
何者にも勝らぬ任務を終えた今、
この場に留まる必要は、一切ない。
それに、スカルドはともかくとして、
プログは文字通り、
なるべく人目につかぬよう逃げる必要性が、大いにある。
天才少年様に引っ張られるようにして、
まるでネズミが天敵から尻尾を巻いて逃げるように、
元ハンターの青年は隠れるようにして、
王都ファースターから退いていく。
王都から退却することを決めて早足で移動し続ける事、
およそ30分。
「ま、とりあえずここら辺までくれば安心か?」
すでに米粒程度にしか可視化できなくなった、
ワームピル大陸の王都に視線を送り、
プログはふう、と一つ息をつく。
続けて、
「確実に安全とは言えないが、
まあここまで来れば問題ないだろう」
スカルドは息一つ乱れぬまま、
涼しげな顔で言う。
(いやいやいや、コイツも早足でずっと歩き続けてたってのに、
何で一切呼吸が乱れてねぇんだよ……)
通常“文”が優れていれば“武”が劣るモンじゃねえのかよと、
プログは少年の意外な体力に驚いてしまっていたが、
「……とりあえず、このあたりで少しまとめてみるか」
それを言葉にして声に出すと、
元ハンターとして活躍していた自分が何だか負かされている、
そんな気がしたので特には触れないでおいた。
いや、そもそも論として、
今、すべき議論はそこではない。
まずは、得たものを基にして、
情報、あるいは事実を精査する、
それこそが今、彼らが求め、
求められているもの。
「えーと……。
とりあえず分かったことを羅列してみると……だ」
まずは、とプログが前置きしたうえで、
「ファースター市民のほとんどが、
王女が行方不明になっていることを知らない、
そしてそれに関する告示もされていない……」
「加えてクライドがやはり実質国のトップとして動いている事、
そして王女を含めて陛下や妃などといった王族関連の情報が、
市民レベルにはまったく降りてきていない、という事」
「更に言えば、クライドの野郎が実は城からあまり出ない、
ってことも分かったな。
俺としてはこれが一番驚いたっちゃ驚いたが」
「おおかた、具体的な動きは部下に任せて、
自らは総指揮として本営に残る、
といったところだろう。
さほど驚くことではねェ。
……ただ一つ、
7隊長がすべての真実を知っているわけではない、
という部分が気にはなるが」
セカルタが生んだ天才少年もやはりその部分に、
まるで喉に小骨が刺さっているかのように、
どうにも引っかかりを感じているようだ。
「そう、そこなんだよなあ。
クライドがファースター城内で、
7隊長に対して何らかの指示を飛ばしている、
ってのは推測できるんだが、
その指示の中にシャックに関するモノも、
果たして含まれているのか、ってところだよな」
「5番隊隊長のナナズキ、とか言ったか。
アイツはクライドが、
シャックのボスであることは知らなかった。
一人がそうだから全員も、と考えるのは安易すぎるが――」
そこでスカルドはわずかに言葉に詰まったが、
だがすぐに、
「だがそれでも、ナナズキ一人だけ知らない状況は、
万が一それが本人にバレた時が面倒なことになる、
という事を踏まえれば、
7隊長全員がシャックに関する事実を知らない、
という可能性もすぐには捨てられないだろうな」
まるで乳児のベッド内並みに雑多に散らかる情報の数々を、
一つ一つ丁寧に整理していく。
これ以上事実という明確な収穫が得られない以上、
過去に蓄積された情報と、
今得た情報を融合させ、
新たな仮定、可能性を生み出す。
それが今、2人に必要なモノ、指針である。
「ということは、クライドがシャックに関する情報というのを隠して、
指示を飛ばしている可能性がある、ということかい天才少年君?」
「いや、その線は薄いだろう。
7隊長もそこまでバカじゃない。
具体的な行動をクライドが指示すれば、
誰か一人くらいは、
任務に対して疑心暗鬼になるヤツが、
確実に出てくるハズだ。
何かこの任務おかしくないか? とかな。
クライドというヤツがどういうヤツかは知らんが、
少なくともファースターの事実上トップである奴が、
そのようなリスクが高すぎる行動をとるとは考えにくい」
「いやいや、その線が薄かったら、
俺ら完全に手詰まりだぞ?
確かにナナズキが嘘ついている、
って可能性も捨てきれないけど、
それでも――」
「いや、お前の言うとおり、
あの女はおそらく本当に、
シャックに関する情報を知らなかっただろう」
「じゃあ一体、どういうことだよ?
やっぱりシャックに関わる任務を、
7隊長へ与えていない、ってことか?」
「それが分からねえから、
今、考えているんだろうが」
最後は僅かに怒気を含んだ声で、
スカルドは吐き捨てた。
話は、どうにも平行線のまま。
推測の域を出ないとはいえ、
いっこうに結論が見えてこない。
進んでも進んでも、
まったく出口が見えてこないトンネルを手探りで進むかのように。
まさに今日の早朝に経験した、
あのファースター駅前のトンネルを想起させるかのように、
2人の指針は、定まらない。
そんな中。
(ここいらで、他のチームに連絡を取ってみた方がいいか……?)
自力での解決を諦め、他力へその望みを、
委託しようとした、その時だった。
ピーッ、ピーッ!!
「ッ!!」
まるでプログの心を、
完璧に見透かしていたかのように。
そして重苦しい現状を切り裂くかのように、
プログのポケットの奥から、
通信機の甲高い音色が乱暴に響き渡った。
次回投稿予定→1/20 15:00頃




